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太田述正コラム#1491(2006.11.6)
<人種と知能(その2)>

4 英国で持ち上がったばかりの論議

 そこへ、英国で新たな議論が起きつつあります。
 今度は今年、つい先だって、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスのサトシ・カナザワ(Satoshi Kanazawa)という日系米人の講師(数量分析方法論(Quantitative Analysis)を教えている)が、英国のBritish Journal of Health Psychologyという学術雑誌に衝撃的な論文を上梓したのです。
 彼は、社会科学のすべての分野(社会学・心理学・政治学・経済学・人類学)で業績を残している新進気鋭の学者であり、彼が今年これまでに書いた論文には、「文化はどこから来るのか」、「まずは経済学者を全員殺さなければならない・・:マネージメントの研究におけるミクロ経済学の不十分性と発達心理学の必要性について」、といったものがあり、この二つのタイトルを一瞥しただけで、彼の恐るべき才気を感じます。
 今回の問題の論文は、「知性の格差に注目せよ:不平等と健康の関係を再考する(Mind the gap…in intelligence: Re-examining the relationship between inequality and health)」というタイトルであり、その要旨は次のとおりです。

 経済史学者のウィルキンソン(Richard Wilkinson)は経済的不平等はその社会の構成員全員の健康と寿命を減じると主張した(コラム#817)が、そんな議論は彼自身の方法論に照らしても成り立たない。最近の発達心理学理論によれば、人間の大脳は、大昔の環境に適応して形成されたので、形成された当時の環境には存在しなかった物や状況が出現した時、それらを把握しそれらに対応することは容易ではない。このような、次々に生起する新しい諸問題を解決するための特別な適応として人間の一般的知能が発達した(注2)。現代社会における健康への、銃・車・運動不足・薬品・酒、といった様々な重大な危険は新しいものであるだけに、より知能の高い個人は、このような様々な危険を認識してそれらに対処することがより容易であり、だから長寿となるのだ。

 (注2)一般的知能を測定したものがIQであり、知能すなわちIQはおおむね遺伝的に決まってしまう。

 社会調査データは、所得と知能のどちらも(自己申告された)健康にとってプラスの効果を有しているものの、知能の方が所得より効果が大きいことを物語っている。金持ちで平等な社会に住む人々の方が寿命が長くて健康(注3)なのは、彼らが金持ちで平等だからではなく、知能が高いからであることをデータは示しているのだ。

 (注3)知能の高さと寿命の相関度は、平等度と寿命の相関度の7??8倍にのぼる。

 もっとも、サハラ以南のアフリカ29カ国の人々に関してだけは、例外的に知能の高さと寿命ないし健康度との相関度が低く、一様に寿命が非常に短く健康度も極めて低い(注4)のだが、これは、彼らの知能が、他の地域の人々に比べて総じて顕著に低いからだ。このように彼らの知能が低いのは、この地域が長期にわたって余り変わらなかったため、人々が新たな物や状況の出現を把握し対応する必要がほとんどなかったからだと考えられる。こうして彼らの知能が低いために、彼らは現代の様々な重大な危険に直面してなすすべがない、というわけだ。

 (注4)その中でも最低がエチオピアであり、人々の平均IQは63で、平均寿命は40代半ばという短さだ。
 
 この論文に対しては、既に、これは新しい優生学だ、といったいくつか批判の声が挙がっていますが、これが学問的にきちんとした論文であるだけに、今のところ、批判は及び腰にとどまっています。
 (以上、
http://observer.guardian.co.uk/uk_news/story/0,,1939891,00.html
http://www.lse.ac.uk/collections/methodologyInstitute/whosWho/profiles/s.kanazawa@lse.ac.uk.htm
http://www.ingentaconnect.com/content/bpsoc/bjhp/2006/00000011/00000004/art00006
http://bps-research-digest.blogspot.com/2006/10/is-low-intelligence-to-blame-for-short.html
による。)

5 感想

 ポリティカル・コレクトネスの観点から、私の突っ込んだ感想は差し控えさせていただきますが、サハラ以南のアフリカの抱える問題や米国の黒人問題の本質をめぐる論争が、今回カナザワによって科学的に終止符を打たれた、という観があります。
 以前にも(同じくコラム#817で)申し上げたように、日本の戦後の人文・社会科学の低迷ぶりはまことに歯がゆいものがあります。
 たまたま本日、日本の男性の母親と配偶者の身長に強い相関があることを東大の研究グループがつきとめた、という記事が出ていました(
http://www.asahi.com/life/update/1106/004.html
)が、こういった研究成果がどんどん出てきて欲しいものです。

(完)

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