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太田述正コラム#1603(2007.1.2)
<すべての歴史は現代史(その2)・消印所沢通信2付>

  イ シーザーの事跡をふまえて
 シーザー(Gaius Julius Caesar。BC100??44年)は、共和制ローマのガリア(Gaul。南フランス)とイリリア(Illyria。ダルマチア海岸地帯)の総督(Proconsul)に任ぜられると、紀元前58年に北方ガリアの征服に乗り出し、現在のフランス全域とベルギー・スイスの大部分とドイツの一部を平定し、6年後に起こった大反乱を平定し、ローマのガリア支配を安泰なものにした上で、紀元前49年にルビコン川をわたってローマに引き揚げ、政敵ポンペイ(Pompey)に挑戦した。
 シーザーは、互いに相争っていて互いに言葉も通じないガリアの部族長達を集めて年一回会議を開くとともに、個別の部族長をしばしば訪問して懐柔を図ったが、まつろわぬ部族長達を惨殺したことが仇となって紀元前52年に大反乱が起こった。
 紀元前54年から53年にかけての冬には1.5軍団を失う大敗北を喫したが、シーザーはその2倍の軍勢をローマから呼び寄せて戦いを続けた。ローマの決意と無尽蔵の資源を現地部族達に見せつけるためだ。
 シーザーはこの9年間で、300万人の戦闘員を殺害し、100万人の戦闘員を奴隷にしたとされる。
 他方シーザーは、各部族に自治を許しつつ、原住民を公平に扱い、時間をかけて現地リーダー達のローマ化を図り、ローマによる支配を受け入れた方が武力に訴えるより魅力的であると説得を続けた。
 更に彼は、ガリアの平和を乱す懼れのある隣接地帯のゲルマン人やブリトン人の討伐も行った。
 また、ガリア滞在の間、シーザーはローマに年一回自ら執筆した名文の報告書を送り、本国の世論を味方につけることに腐心した。
 要するにシーザーは、ガリアでしばしば過ちを犯し、すんでのところで敗北を喫しそうになったが、最後は成功するということを信じ、過ちを犯した時はそれを率直に認め、状況に柔軟に対応し、計画を変更し、あらゆる資源を投入することによって、目的を達成するよう努めたわけだ。
 ガリアは結局その後500年間にわたって、西ローマが476年に滅亡するまでローマの支配下にとどまった。
 (以上、
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-goldsworthy29dec29,0,3767056,print.story?coll=la-opinion-center
(12月28日アクセス)によるが、
http://en.wikipedia.org/wiki/Julius_Caesar
(1月2日アクセス)も参照した。)

 このロサンゼルスタイムス掲載論考は、シーザーの事跡の中から、現在のイラクの状況を考えるよすがとなるものを、このようにピックアップした上で、それらと比べる形でブッシュ政権のイラク政策を批判しているのですが、そこまで紹介する必要はありますまい。
 次のロサンゼルスタイムス掲載論考は、フラグの事跡を取り上げているのですが、シーザーの場合とは違って、筆者のウェザーフォード(コラム#346)はモンゴルについての修正史観の持ち主であり、フラグの事跡についても、従来にない新しい見方を提示した上で、それらと比べる形でブッシュ政権のイラク政策を批判しています。

(続く)

消印所沢通信2:「ぷぷぷの法則」

「さて,12/30にサダム・フセインが処刑されました.
 この処刑は正しかったのか?
 本日は番組に,処刑と言えばこの人,藤枝梅安さんをゲスト解説者としてお呼びし
ています.
 藤枝さんは江戸・品川台町で鍼灸師(しんきゅうし)を営むかたわら,数多くの悪
人を処刑しておられます.
 藤枝さん,今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」

「さて,藤枝さん,単刀直入にお伺いします.
 この処刑は正しかったと言えるでしょうか?」

「正しいとは言えませんね」

「間違っている,と?」

「はい,やり方が間違っています.
 即決裁判で,逮捕したその日のうちに処刑すべきでした」

「それはなぜですか?」

「歴史が証明しています.
 独裁者に対する裁判では,日数をかければかけるほど,独裁者を訴追する側への批
判が大きくなるという本末転倒が起こりやすくなります.
 裁判が長引けば長引くほど,裁判の過程での不手際が発生する確率が必然的に高く
なります.人間のやることに完璧などないからです.
 何らかの政治意図をもって被告を擁護したい勢力にとっては,これは,裁判への攻
撃材料がそれだけ多くなることを意味しています.
 これを仕掛け人学会では『この世に完璧なものなどないのに,一つでもアラを見つ
けただけで無効裁判だとわめき散らす人権屋,必死だな(ぷぷぷ)の法則』と呼びま
す」

「法則名,長(なが)っ!
 即決裁判では,その点はどう違ってくるのでしょうか?」

「即決裁判では逆に,そのようなアラが発生する確率がきわめて低くなります.
 もちろん,その強引さに対して多少の批判は出ますが,やがて裁判自体が忘れ去れ
てしまうので,問題といえるほどの問題ではありません.
 チャウシェスク裁判をごらんなさい.誰が今,その裁判を声高に批判しています
か?
 ポル・ポト裁判も同様ですね.
 一方,例えばホーネッカー裁判では,時間をかけ過ぎ,そのうちにホーネッカーは
病気で釈放されてしまいました.コメディとしか言いようがありませんね.
 それどころか,最悪の場合,奪還テロだって起こりかねない.独裁者裁判ではあり
ませんが,日本もダッカ日航機ハイジャック事件という奪還テロに遭いましたね?」

「つまり,逮捕当日に処刑するのがベストだということですか?」

「もっといいのは裁判しないことです.
 裁判がなければ,裁判が批判される可能性はゼロです.
 例えばムッソリーニは,裁判抜きで処刑されましたが,そのことで今,イタリアを
非難する人権屋さんはだーれもいません.
 また例えば,ターリバーンはナジブッラー元大統領を,彼がかくまわれていた国連
施設に押し入ってまで逮捕し,裁判抜きで拷問,処刑しましたが,これも,ターリ
バーンを非難する人権屋さんはだーれもいませんね」

「つまり,その場で射殺するのがベストだったと?」

「一番いいのは『ヒトラー伝説方式』ですね.
 サダム・フセイン本人を殺す代わりに替え玉を殺し,本物はUボートに乗せて南極
へ逃がすんです.ついでにバース党残存勢力を武装させ,サダム・フセインの護衛と
して南極に送り届けるとなお良いでしょう」

「ええ?? なぜそんな回りくどいことをする必要が?」

「こうしておけば,これから先,フセインをかばう人達は,こう言わなければならな
くなるからです.
『処刑されたフセインは替え玉.
 本物のサダムはUボートに乗って南極へ逃れ,『最後の大隊(ラスト・バタリオ
ン)』を率いて再起を企んでいるんだぞ』と.
 これでフセイン擁護派は,月刊『ムー』顔負けの道化の集団に早変わりですよ」

(続く)

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