太田述正コラム#1743(2007.4.22)
<バージニア工科大学乱射事件(続々)>

 (このコラムは、例外的にただちに公開します。なお、未公開コラムについても、原則として概要を太田掲示板(末尾参照)に掲載しているのでご参照下さい。)

1 始めに

 次第に乱射事件の犯人チョの家庭環境が明らかになりつつあります。
 この関連で、一番鋭くバランスのとれた情報を提供しているのは、やはり英ガーディアン(系のオブザーバー)紙です。
 ガーディアンの記事(
http://observer.guardian.co.uk/focus/story/0,,2062846,00.html  
。4月22日アクセス)は、同時に、チョを含むこの事件の全犠牲者への鎮魂歌となっており、英文を読むのを厭わない方には一読をお勧めします。
 それでは、この記事をベースに、ワシントンポスト掲載の記事(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/04/20/AR2007042002366_pf.html  
(4月22日アクセス)、及びチョの姉に関し
http://www.chosunonline.com/article/20070420000057
(4月21日アクセス))も参照しつつ、チョの凶行の背景に迫ってみましょう。

2 チョの家族

 (1)両親

 チョの母親は、朝鮮半島北部の地主階級の出身であり、朝鮮戦争の時にすべてを失った家に育ち、朝鮮半島南部の貧しい家に育った夫と気が進まない見合い結婚をしました。
 二人は、ソウルで小さな古本屋を営みましたが、生活は苦しく、在米の親戚の招きもあって、子供達の教育のことを考え、1992年に米国に移住しました。
 彼らはクリーニング店や飲食店で懸命に働き、やがてワシントンの郊外の環境の良い所に1997年に145,000米ドルで家を買い、チョの3歳上の姉・・自慢の娘・・を1999年に名門プリンストン大学に入学させることに成功します。なお、チョの父親は、現在、クリーニング店の経営者ならぬ一店員です。
 このチョ一家は、周辺の韓国系の人々とのつきあいをほとんどしなかったという意味で、濃厚なつきあいをするのが通常である韓国系の中では極めて変わった一家でした。親戚筋とのつきあいすら最近ではほとんどなかったようです。
 チョは小さいときから無口な子供でした。母親はずっとチョが自閉症ではないかと懸念していました。敬虔なキリスト教徒であった母親は、米国移住後、更に無口になり、韓国系を含め友達の全くできなかったチョのことで、教会に相談するようになり、いつもチョのために祈っていたといいます。
 しかし、チョの学校での成績がよかったこともあってか、母親がチョのことで精神科の医者に相談した形跡はありません。
 もっとも、アジア系の人々は一般に、家族の恥だとして、精神科の医者に相談することを避けがちであるようです。
 また、チョの中学校や高校の時の同級生は、チョがいつも、恐らく両親のお仕着せであったであろうところの、流行にそぐわずカッコも悪い悪趣味な服装をしていた、と証言しています。
 そんなチョが、中学校の時、高校の時、いじめの対象になったのは想像に難くありません。

 (2)姉

 チョの姉は、プリンストン大学在籍当時、3年生を終えた年の夏休みにバンコクの米国大使館経済部で無償のインターン生として仕事をし、その後彼女は、9.11同時多発テロ事件で衝撃を受けた若者の治療を助けるために発足した「プリンストン機構」のメンバーとなり、ボランティア活動も行うといった具合に一見非の打ち所のない人物です。
 大学卒業後現在米国務省の派遣職員をしているこの姉は、同居していた両親とともに、乱射事件が起こった当日以降姿を隠しており、チョ一家は、この姉の名前で遺憾の意を記した声明を発表した以外、完全に沈黙を保っています。
 米国にいるチョ一家の親戚筋にもチョ一家から箝口令が敷かれているところ、姉からも、プリンストン時代の学友等に箝口令が敷かれています。更に彼女から、プリンストン大学の韓国系の牧師に対し、遺憾の意が伝えられ、その遺憾の意がプリンストンの韓国系の学生達にこの牧師を通じて伝達されています。
 もっとも、彼女が上記箝口令を敷いた理由はよく分かりません。というのは、この姉は、プリンストン時代に、家族のことについて一切話したことがないからです。

3 私のコメント

 実家の没落がトラウマとなっているであろうチョの母親が、生活のために望まぬ不釣り合いな結婚をして以来、恐らくはこの母親と(家庭内での影が極めて薄い)父親は一貫して家庭内離婚状況にあり、しかも、母親はもちろん、父親も(仕事以外での)社会との関わりがほとんどないという、荒涼たる家庭でチョは育ったことになります。
 このような家庭環境が、優等生であるまともな姉にまで影を落としているように見えるくらいですから、もともと精神的に偏りのあったチョを完全に蝕んでしまい、そんなチョが簡単に銃を手に入れることができたことが乱射事件の背景である、と私は思うのです。
 想像されるチョの両親の家庭内離婚状況、そしてその伏線となったであろう母親の実家の没落の原因をつくったのは、先の大戦で日本を打ち破り、朝鮮半島の分断をもたらした米国であり、チョが簡単に凶行の手段である銃を入手することを可能にしたのも米国であるこを、われわれ日本人は銘記すべきでしょう。

4 追記

 ガーディアンに比べればもとより、ワシントンポストに比べてさえ、この事件に係る朝鮮日報の報道ぶりは平板に過ぎる感を免れません。
 本日に至っても、朝鮮日報の報道(
http://www.chosunonline.com/article/20070421000035
http://www.chosunonline.com/article/20070421000021
(どちらも4月22日アクセス))は、チョーがこれまでの米国における銃乱射事件の犯人と同様「いじめにより歪んだ世界観と極端な攻撃性持つに至った」という一般論(
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-fox17apr17,0,7266641,print.story?coll=la-opinion-rightrail
。4月17日アクセス)にとどまっています。

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