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防衛省不祥事報道に思う(続x5)
退行する米国(続x4)
退行する米国(続x3)(その1)
日本帝国の敗戦まで(その1)
イスラエル空軍機のシリア攻撃(続x5)

米国

2007年10月25日
太田述正コラム#2145(2007.10.25)
<防衛省不祥事報道に思う(続x5)>

1 始めに

 コラム#2141で「私はゴルフ代は守屋(夫妻)が全額払っていたとみなすべきだと考えている」と書いたのに、どなたも、何のコメントもお寄せにならないので拍子抜けしています。
 そこで、このことをもう少し説明しておきます。

2 英国でのこと

 1988年に英国の国防省の大学校(Royal College of Defence Studies)に「留学」した時、「留学生」に特権が与えられたことに目を丸くしました。
 5つくらいのクラブ・・イギリスのクラブ、social club のことですよ・・の一年間の名誉会員にしてもらえたのです。
 その中には、ゴルフクラブが一つと、ロンドンの都心の一等地のペルマルにあるクラブハウス(2階以上は宿泊施設、地下にはプール)に加え郊外にもクラブハウスのあるクラブが一つ含まれていました。
 前者はロンドンの西方のヒースロー国際空港に近い市中にあるRoyal Surrey Golf Club(RSGC)であり、後者は、Royal Automobile Club (RAC。日本のJAFに相当する組織のクラブ)でした。後者の郊外のクラブハウスは、ゴルフコース付きのクラブハウスでした。このゴルフコースはロンドンの南方の郊外のエプソムの競馬場の近くでした。
 宿舎(英陸軍の官舎)からは、前者は車で15分、後者は車で30分の距離でした。
 何せ20年近く前のことなので、若干の記憶違いはあるかもしれません。
 RSGCでは、平日名誉会員であり、夏場はロンドンの日没は遅く、かつ大学校の「授業」が終わるのは午後一時なので、それからでも十分1ラウンドのプレーができます。水曜は、「学生」のコンペの日でした。
 RACでは、週末もプレー可能な名誉会員であり、しかも、「学生」の配偶者も名誉会員扱いでした。
 (名誉会員証は確か与えられたと思うし、ゴルフコースでは名誉会員証を提示したことがあったのではないかと思いますが、ペルマルのRACのクラブハウスを初めて訪れた時、ドアを開けてくれたスタッフが、私の顔を見た瞬間、「太田様、いらっしゃいませ、お待ちしておりました」と会釈したのにはたまげました。顔写真が事前に配布されていたのでしょうが、留学生だけで40人くらいの顔と名前を全部覚えたということですから・・。日本の例えば学士会の学士会館には、非会員も、来館目的を記して署名すれば入館できますが、イギリスのクラブには、会員同伴でなければ入館できなかったと思います。ちなみに、食堂に女性は入れません。ただし、RACの場合、ゴルフコースのクラブハウスの食堂には女性も入れました。)
 
3 私が言いたいこと

 「学生」達は、英国の「学生」も外国からの「学生」も、大佐か准将クラスで、少数いたシビリアンも大佐か准将相当でしたが、この程度(?)でも、大学校の格式が高いということもあるのでしょうが、以上のような待遇を受けるわけです。
 忘れてはならないことは、日本以外の世界の国々では、そもそも軍人は特別扱いされる対象だということです。
 ですから、海外に行けば自衛官だって特別扱いされるし、そのお相伴で当時の私のようなシビリアンだって特別扱いされる場合がある、ということなのです。
 どうしてかって?
 命をかけて公のために働いている人々である軍人が尊敬の対象になるのは当たり前ではありませんか。
 また、たまたま取り上げた二つのクラブの名称にどちらもRoyalがついていることにお気づきになりましたか?
 英国の海軍と空軍の正式名称もRoyalから始まります。(陸軍にはRoyalがつかないのは面白いですね。その代わり、王族達が連隊の名誉連隊長等を勤めます。)
 つまり、王室と近しい関係にある組織・機関は、特に軍人を大切にする、ということです。
 これも万国共通であり、国家元首にとって最も重要な役割は、軍隊の総指揮官としての役割であり、軍人は国家元首にとって最も近しい存在なのです。
 これにひきかえ、戦後の日本は何と異常な国なのでしょうか。
 日本の軍人たる自衛官は国ために死ぬことを禁じられています。
 もちろん日本の皇室から自衛隊は完全に切り離されています。
 死ぬことを禁じられている軍人なんて、単なる不労所得者、と言って悪ければ単なる年金生活者ではありませんか。
 そんな自衛官に対し、国民の多くが敬意を抱くどころか内心蔑み哀れんでいたとしても不思議ではありません。だからこそ前回のコラムで引用した加藤氏のような不用意な発言も飛び出すのです。
 われわれは全員米国の保護国に住む原住民です。
 宗主国米国は、自立心を忘れ、倒錯の世界に生きているわれわれを、「蔑み哀れんで」見下しています。
 保護国の原住民としての生き様に徹するのなら、自衛隊を廃止して、防衛費は思いやり経費だけにして全部宗主国の米国に貢いでしまえばいいのです。そうすれば、今のままではドブに棄てているに等しい防衛費も米国によってより活かされるでしょう。われわれは、米国からの更なる「蔑み哀れ」みの視線に耐えればいいだけのことです。
 いずれにせよ、そんな日本が、米国と合邦したい、連邦議会に代表を送りたい、大統領選挙にも加わりたいと言っても、相手にされないこと請け合いです。

4 終わりに

 防衛省キャリアは、国内からと米国からの二重の蔑視に晒され続ける生涯を送ります。 やがて、彼らは蔑視に鈍感になっていきます。蔑視に晒されていることすら忘れようとします。自己防衛機能というやつです。
 しかし、いかに蔑視に対する耐性ができたとしても、防衛省キャリアの大部分の精神が蝕まれ、ゆがんで行くのはごく自然なことなのです。
 (正確には、日本国民一般に比べて、より精神が蝕まれ、ゆがんで行くと言うべきでしょうね。)
 彼らには、大集団を統率し、防衛装備を使い、訓練をするという、自衛官の幹部のような逃げ道すら与えられていないのですよ。
 その彼らの手に5兆円近くの防衛費が、気前のよいこと夥しい国民から、本来の用途以外に使えと言われて委ねられているわけです。
 好き放題に使ってなぜ悪いのですか。
 当然その彼らに政治家と業者、更には基地周辺住民が群がり、防衛費をむさぼりあう。
 それが、今回の守屋事件の背景です。
 
 守屋氏は悪い。
 しかし、ゴルフを、会員なら8,000円のところを、夫婦共々、1人1万円も出してプレーしていた点だけをとらえれば、守屋氏は何も悪いことをしていません。
 そのゴルフ場が、うさんくさい山田洋行の関係会社のゴルフ場であったことは確かですが、日本の一流ゴルフ場の中に、自衛官の将官クラスやこれに相当する防衛省のシビリアンに、名誉会員証を提供する所が一箇所もない日本がおかしいのです。
 守屋氏をこれ以上叩くのは止めましょう。
 守屋氏は、あなた方がつくったのです。あなた方の被害者なのです。
 加藤氏のような政治家はいくら叩いても良い。
 心優しい皆さんには、その政治生命を復活させる用意があるからです。
 しかし、防衛官僚は、一度水に落ちてしまえば、後は死ぬだけだからです。あなた方には防衛官僚を復活させる手段も意思もないからです。
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太田述正コラム#2146(2007.10.25)
<防衛省不祥事報道に思う(続x6)>

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2007年10月21日
太田述正コラム#2075(2007.9.20)
<退行する米国(続x4)>(2007.10.21公開)

1 始めに

 今回はもう一人の経済学者、クルーグマン(Paul Krugman。1953年〜)のブッシュ批判をとりあげたいと思います。

2 クルーグマンの主張

 (1)大分岐の時代の到来

 20世紀からの米国の歴史を振り返ってみよう。
 これまで金ぴかの時代(Gilded Age。コラム#1776)は1900年前後に進歩の時代(Progressive Era)に変わったと考えられてきた。
 しかし、実際には金ぴかの時代はニューディール時代のただ中まで続いたのだ。これを私は「長い金ぴかの時代」と呼びたい。
 というのは、19世紀後半と同程度の経済的不平等が続いた(注1)からだ。

 (注1)http://krugman.blogs.nytimes.com/中のSeptember 18, 2007付コラム(9月20日アクセス。以下同じ)に掲げられている表・・1917年から2005年までの、上位10%の人の所得が全所得に占める割合の推移・・をぜひご覧いただきたい。

 何せ、勤労者達は人種的・宗教的・文化的に分断されていたのに対し、エリートは団結して政治を支配していたのだからどうしようもなかったのだ。(何やら現在と似ていると思わないか。)

 次いで、「大圧縮の時代」(The Great Compression)となる。フランクリン・ローズベルトとニューディールのおかげで、1935年から45年にかけての極めて短い期間に金持達は後退し勤労者達はかつてない前進をかちとった(注2)。

 (注2)これは「ニューディールのおかげ」ではなく、「第2次世界大戦争(その準備を含む)のおかげ」と言うべきではないか(コラム#599参照)。(太田)

 その次が、その結果到来した「中産階級の時代」(Middle class America)であり、強力な労働組合、高い最低賃金、累進税制のおかげもあって、極端な金持ちや貧乏人がいなくなった時代だ。
 これは、民主党と共和党が基本的な諸価値を共有し、超党派で協力することが可能な時代でもあった。
 最後は現在であり、米国がもはや中産階級の社会ではなくなった「大分岐の時代」(The great divergence)だ。
 1979年から2005年の間に中位家計所得は13%伸びただけだが、上位0.1%の金持ちの家庭の所得は296%も伸びた。
 これは、技術変化やグローバリゼーションの必然的結果などではない。
 1935年から45年にかけての変化が政治の産物であったのと同じく、1970年代以降の不平等度の高まりもまた政治の産物であったと私は考えている。
 こんな趨勢は他の先進国では見られないのであって、サッチャー時代の英国の不平等度の高まりなんて可愛いものだ。
 興味深いことに、この時代は保守化の時代(the era of “movement conservatism”)でもあった。
 貧乏人の叛乱が起こるどころか、保守化がどんどん進行し、ついにブッシュの時代に、共和党は三権すべてをコントロールするに至ったのだ。
 こうして、不平等度が高まったというのに、金持ちに対する税率は下げられ、セーフティーネットは穴だらけになった(注3)。
 (以上、特に断っていない限り、NYタイムスブログ中のコラム上掲による。)

 (注3)クルーグマンは、以上を詳述した'The Conscience of a Liberal'という本を近日上梓する予定。

 (2)共和党の手口

 共和党は、どうやって有権者を丸め込んだのか。
 第一に、供給重視経済学(コラム#2052)だ。これは、税率引き下げを売り込むのに使われた。
 第二に、国家公務員が多すぎるというためにする議論だった。
 その言い出しっぺはレーガンであり、1964年に共和党のゴールドウォーター大統領候補を応援する演説で、「250万人も非軍人の国家公務員がいるなんてキチガイじみている」という形で登場した。
 実際には、そのうちの三分の二は国防省と郵便局の非軍人の国家公務員だった。
 第三に、共和党の人間の批判をやると、共和党はみんなが協力して総掛かりで主要メディア、ラジオ、そして最近ではブログを駆使して批判者の人格攻撃を行い、完全に打ちのめしてしまう。
 これに対し、民主党の人間の批判をしても、こんなことは全く起こらない。
 第四に、これもレーガンが始めたことだが、生活保護を受けている人間がキャデラックに乗っているといった類の、実態は人種差別的な議論だ。

 (以上、
http://bookclub.tpmcafe.com/blog/bookclub/2007/sep/11/crank_politics
による。)

 (3)グリーンスパン批判

 グリーンスパンは、クリントン政権時代には、ようやく財政が黒字になったが、再び赤字に転落させるなと警告を発していたというのに、ブッシュ政権時代になると掌を返したように、2001年の税率削減に上院での証言で賛意を表明した。
 2004年に至ってもなおグリーンスパンは、税率削減を恒久化する措置に賛意を表明している。
 そのグリーンスパンが、連邦準備制度理事会議長を辞めた今、ブッシュ政権の放漫財政批判に転じた。
 これは、ブッシュ政権の開戦理由のいかがわしさに気付きつつも対イラク戦に賛成した人物が、その後のイラクの状況を見て、実は自分は対イラク戦に反対だったのだと言い出したようなものだ。
 要するにグリーンスパンは、ブッシュ大統領の支持率が下がり、上下両院の多数を民主党が占めるようになったのを見て、またまた態度を豹変させた、ということだ。

 (以上、
http://economistsview.typepad.com/economistsview/2007/09/paul-krugman-sa.html
による。)

3 感想

 クルーグマンによって(正当にも)こきおろされたグリーンスパンですが、そのグリーンスパンまでブッシュ批判に転じたということは、ブッシュ政権がいかに異常な政権であるかを示している、と私は思います。
 しかし、以上のようなクルーグマンやグリーンスパン、そしてライシュら経済学者によるブッシュ批判が大衆の賛同を得るのは容易ではなさそうです。
 検索をかけると結構上位に来る投稿の筆者が、「クルーグマンは機会の平等ではなく結果の平等を求めるマルキストと同じだ。これは米国の建国の理念に反する」という趣旨の悪罵をクルーグマンに投げつけている(
http://www.freerepublic.com/focus/f-news/1898847/posts
)のを見ると、つくづくそう思います。

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2007年10月18日
太田述正コラム#2069(2007.9.17)
<退行する米国(続x3)(その1)>(2007.10.18公開)

1 始めに

 退行する米国シリーズでは、ブッシュの(日本にも関わる)ひどい演説の話から出発して米国のファシスト国家化という深刻な結論に到達したわけですが、今後ともこのテーマは機会あるごとにとりあげていきたいと思っています。
 今回は、経済学者のグリーンスパンとライシュのブッシュ批判に触れたいと思います。

2 グリーンスパン

 グリーンスパン(Alan Greenspan。1926年〜)は、言わずと知れた、1987年から2006年にかけての18年間、米連邦準備制度理事会議長を見事に勤めあげた経済学者(注1)です。

 (注1)ユダヤ系。ジュリアード音楽院でクラリネットを学び、一流のジャズ奏者と競演したというユニークな経歴を持つ。ニューヨーク大学で経済学の学士号、修士号を取得した後、コロンビア大学の博士課程に入学するもドロップアウト。学位論文も書いていない(?)のに、1977年にニューヨーク大学から博士号(Ph.D.)を授与される。彼は、哲学者でかつ文学者であるランド(Ayn Rand。1905〜82年)女史の客観主義(Objectionism)哲学の熱心な弟子でもある(
http://en.wikipedia.org/wiki/Alan_Greenspan
。9月17日アクセス)。
    ちなみに、ランドもユダヤ系であり、ソ連のペトログラード(サンクト・ペテルブルグ)大学を卒業した後21歳の時に米国に亡命し、ハリウッドの脚本書きから出発し、在野の哲学者・文学者として生涯を終えた。彼女の客観主義哲学については、私はその内容をつまびらかにしないが、毀誉褒貶が激しいらしい。いずれにせよ、米陸軍士官学校の卒業式の祝辞の中で彼女は、「米合衆国は、その建国理念において、世界史上、最も偉大で最も高貴で、唯一の道義的な国家であると私は断言できます」と述べたというのだから、私としては、彼女の客観主義哲学なるものは、敬して遠ざけることとしたい(http://en.wikipedia.org/wiki/Ayn_Rand
。9月17日アクセス)。

 グリーンスパンは共和党支持者でもあるのですが、彼がこのたび自叙伝'The Age of Turbulence'を上梓し、その中でブッシュ大統領と共和党を激しく批判していることが話題になっています。
 すなわちグリーンスパンは、クリントンの財政政策とは違ってブッシュの財政政策は、政治的ウケ狙いの放漫財政であり、共和党は、財政規律を権力追求のために犠牲にし、その結果、昨年の上下両院選挙でその両方とも失ってしまった、と力説しているのです(注2)。
 (以上、特に断っていない限り
http://www.latimes.com/features/books/la-na-greenspan15sep15,0,6425254,print.story?coll=la-books-headlines
(9月16日アクセス)による。

 (注2)グリーンスパンが、対イラク戦の本当の目的は石油だったはずだと書いたことも話題になっている。彼によれば、大量破壊兵器疑惑はタテマエとしての対イラク戦開戦理由に過ぎず、開戦の本当の目的が、サダム・フセインがホルムズ海峡を閉鎖して、世界の石油市場を大混乱に陥らせるようなことがないようにするためだったことは明白だ、というのだ。(
http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,2170661,00.html
。9月17日アクセス)

3 ライシュ

 ライシュ(Robert Reich。1946年〜)カリフォルニア大学バークレー校教授は、クリントン時代の1993〜97年に労働長官を勤めた、日本でもおなじみの経済学者です。
 彼が、このたび上梓した'Supercapitalism: The Transformation of Business, Democracy and Everyday Life'は、直接ブッシュ大統領を批判しているわけではありませんが、米国における所得と富の不平等化、雇用不安定性の増大、地球温暖化の放置を問題視している、という意味ではこれは、まぎれもないブッシュ批判の本であると言えるでしょう。

(続く)

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2007年10月16日
太田述正コラム#2127(2007.10.16)
<日本帝国の敗戦まで(その1)>

1 始めに

 英国の著名なジャーナリストにして歴史家であるヘースティングス(Max Hastings。1945年〜)の『復讐の女神--日本のための戦い 1944〜45(Nemesis: The Battle for Japan, 1944-45)』をご紹介しましょう。
 (以下、特に断っていない限り、この本の書評である
http://books.guardian.co.uk/reviews/history/0,,2189851,00.html
(10月13日アクセス)、
http://thescotsman.scotsman.com/critique.cfm?id=1634822007
http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/books/history/article2583903.ece
http://www.waterstones.com/waterstonesweb/displayProductDetails.do?sku=5780974
http://www.spectator.co.uk/the-magazine/books/223341/the-worst-of-friends.thtml
http://www.telegraph.co.uk/arts/main.jhtml?xml=/arts/2007/09/29/bohas129.xml
(いずれも10月18日アクセス)、及びこの本からの抜粋である
http://www.dailymail.co.uk/pages/live/articles/columnists/columnists.html?in_page_id=1772&in_article_id=482589&in_author_id=464
http://www.dailymail.co.uk/pages/live/articles/columnists/columnists.html?in_page_id=1772&in_article_id=481881&in_author_id=464
(どちらも10月16日アクセス)による。)

 この本は、第一次世界大戦及び第二次世界大戦で侵略を行い敗北して占領された諸国の中で日本においてのみ反政府活動がなかったのはなぜか、どうして日本がすぐに占領者であった米国の忠実な、ただし時としてグズな同盟国になったのか、どうしてドイツが戦後犠牲者に(選別的にせよ)補償を行ったというのに日本は過去と向き合うことすらしないのか、に答えようとしたものである、というのですが、残念ながら、この本の部分的抜粋や、書評からは、著者がいかなる回答を示しているのか、その全貌が必ずしも明らかではありません。
 そこで、将来この本を読む機会があった時に、もう一度この本を取り上げることにし、まずは、現時点で分かる範囲でこの本の内容の一端をご紹介をすることにしました。
 
2 1944年から日本帝国の敗戦まで

 1944年には6月6日に欧州で米軍を中心とする総兵力152,500人でノルマンディー上陸作戦が開始されたが、その5日後に太平洋で米軍だけの総兵力130,000人によるマリアナ諸島上陸作戦が開始された(注1)。

 (注1)この日付と兵力は、6月15日に兵力71,000人で開始されたマリアナ諸島サイパン島上陸作戦と符合しない(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
。10月16日アクセス)。どなたかご教示いただきたい。

 
 米国の対日戦争にかける決意のほどが分かろうというものだ。
 このマリアナ諸島攻防戦は、1942年のミッドウェー海戦に次ぐ、対日戦争の転換点となった。
 1944年後半までにドイツでは先の大戦全体で生じることになる死者数の半分の300万人が既に死んでいたが、日本の死者はほとんどがこの時期以降に生じたものだ。
 この時点では、対日戦の当事国は、どの国も幻想を抱いていた。
 英国は日本に勝利すれば、インドの支配を継続できるし、ビルマとマラヤも再支配することができると思っていたし、米国は支那を日本の占領から解放すれば支那を自由な社会へと変貌させることができると思っていた。
 しかし何と言っても日本の幻想は一番ひどかった。まだ勝利できると信じ込んでいたのだから。
 世界の三分の一の広さがある太平洋・アジア地域に米国は125万人の兵力を投入し、英国は40万人近くの英軍と200万人以上の英印軍を投入した。
 そして米国は103,000人の兵士を失い、英連邦は、30,000人以上の英国人、インド人、オーストリア人等の兵士を失った。
 米軍の対日戦における死傷率は欧州におけるそれの3.5倍に達した。
 とにかく、日本の兵士達の戦いぶりは凄まじかった。
 日本人達は、1941年の開戦時、ドイツ人達が1939年に開戦した時よりはるかに熱狂的だった。アジアにおいて領土を拡大し、それに反対するいかなる者にも立ち向かうとの考えは、大半の日本人達の支持を得ていた。
 これに対し、連合国側はバラバラだった。
 米国人達は、自分達達自身破壊しようと決意していたところの英帝国を、英国人達は取り戻したいだけがために戦っていると軽蔑していた。まさに当たらずといえども遠からずだが・・。
 また、米海軍は、英海軍を太平洋における戦いに加えないように努めた。
 米陸軍は、英国によるビルマ戦役は、援蒋ルートを確保することにより、中国国民党軍を助け、同軍が支那本土を日本軍から解放し、米軍が日本本土に侵攻するする根拠地を得る、という意義しか認めていなかった。
 東南アジア地域の米陸軍司令官であったスティルウエル(Joseph Warren Stilwell 。1883〜1946年)とその次のウェデマイヤー(Albert Coady Wedemeyer。1897〜1989年)は、どちらも英軍の同僚達への嫌悪と支那人への侮蔑を隠そうとしなかった。
 また、米国は蒋介石が偉大な民主主義的指導者であって戦後の四つの世界の警察官役の一つたりうるとという幻想を抱いていたのに対し、英国は蒋介石を、自分の利益だけを考えている、暴虐で腐敗した軍閥であると見ていた。
 オーストラリアは、自分達を棄てた英国と自分達を蔑ろにする米国に憤りを覚えており、英米両国との協力を最小限にとどめた。
 米軍内のいがみあいもひどいものだった。
 海軍は日本に海上封鎖だけで勝利できると信じていたし、陸軍航空部隊は日本に空爆だけで勝利できると信じており、それが空軍を陸軍から独立させる契機になると期待していた。
 誇大妄想狂のマッカーサーは全く独自に、フィリピン解放という自らの誓約の実現と個人的栄光の追求に血道を上げていた。
 米参謀本部は、米国の富と生産力のおかげで、全く優先順位をつけることなく、これらすべての希望を充足させてやることができた。
 この間、スリム(William Joseph Slim。1891〜1970年)は、辺境のビルマで日本に対する勝利とはほとんど関係のない、シンガポールでの降伏という英国の屈辱を晴らすための戦いを続けていた。もっとも、この戦いも米航空部隊の支援があったからこそ遂行できたのだ。

(続く)
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 有料版のコラム#2128(2007.10.16)「日本帝国の敗戦まで(ペリリュー島攻防戦)」のさわりの部分をご紹介しておきます。
 コラム全文を読みたい方はこちらへ↓
http://my.formman.com/form/pc/3NwnFLCP76BGd3Ij/
 ・・
 ヘースティングスの本の中から、ペリリュー島攻防戦を描いた部分を抜き出してご紹介し、それを若干補足しましょう。
 ・・
 1944年9月15日に開始された米軍のマリアナ諸島ペリリュー・・島上陸作戦は、日本本土に至る飛び石作戦の最初のものだ。
 ・・
 ・・数日で終了すると考えられた戦いは、珊瑚礁にトンネルを縦横無尽に掘って陣地とした日本軍を相手に6週間も続き、組織的抵抗が終わった後も日本兵の散発的抵抗が続いた。
 ・・
 この小さい島を占領するまでの間に米軍は小銃で弾を1,500万発、迫撃砲弾を15万発も撃ち、手榴弾を118.262個も投げた。日本兵1人を殺すのに1,500発の火砲の弾を使った。そして米軍兵士1,950人が死んだ・・。
 ・・
 このペリリュー島上陸作戦のパターンはその後何度となく繰り返されることになった。
 それは、日本軍が動くと米軍に一方的に殺戮されるが、日本軍が陣地内にとどまっている限り、掃討するのは著しく困難、というものだ。
 ・・
 戦後、日本人が中心になって再建されたペリリュー神社の境内に建てられた碑に、「諸国から訪れる旅人たちよこの島を守る為に日本軍兵士が いかに勇敢な愛国心を持って戦い玉砕したかをつたえられよ。・・米太平洋艦隊司令長官C.ニミッツ」と掘り込まれています。
 ・・
 名越自身が指摘しているというのですが、この詩文は、古典ギリシアの・・テルモビレーの戦い・・の・・碑の詩文を彷彿とさせます。
 ・・
 ペリリュー島攻防戦は、後の硫黄島攻防戦等とともに、まさにこのテルモピレーの戦いに勝るとも劣らない、敗者の戦いの金字塔であると言えるでしょう。

 コラム全文を読みたい方はこちらへ↓
http://my.formman.com/form/pc/3NwnFLCP76BGd3Ij/


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2007年10月14日
太田述正コラム#2123(2007.10.14)
<イスラエル空軍機のシリア攻撃(続x5)>

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<弁慶船長>(2007.10.11)

 開戦前夜。
NYフィルが北朝鮮に行くことになったという。
 そこまでなりふり構わず、北との妥協を目指す裏には、かなりの確率でイラン攻撃が予定されているはずだ。
 日米開戦前、ドイツのソ連侵攻までは、日米諒解案の交渉にもアメリカ側に相当の真剣さがあったように、アメリカは本当に叩きたい敵に集中するためには、第二の敵と妥協する可能性がある。北朝鮮はいま、それをうまく読み込んで、アメリカの妥協を引き出した。
 アメリカの眼中には、六カ国協議における日本の立場など、まったく見えていない。都合のいいときだけ日米同盟というアメリカを、どこまで信頼できるのか、それを見切ることのできる新しい日本のリーダーがどこにいるのだろうか。

<太田>

 米国によるイラン攻撃は少なくともブッシュ政権下ではない、という見通しを私はこれまで累次(最近ではコラム#2070、2074で)申し上げてきているところです。
 私と同様の見方が、日本でも
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20071009/137071/?P=1
(10月10日アクセス)でなされています。
 他方、ブッシュ政権の最近の対北朝鮮政策についてはどう考えるべきなのでしょうか。イスラエル空軍機のシリア攻撃とのからみで、改めて解明してみたいと思います。
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1 始めに

 イスラエル空軍機のシリア攻撃について、ついにターゲットが何であったのかが明らかになりました。

2 シリア空爆のターゲット

 空爆のターゲットについては、シリアのアサド大統領が10月1日、「<空爆されたのは>建造中の軍事施設でまだ使用されてはいなかった。・・建造中なので中には誰もいなかった。兵士もいなかった。中には何もなかったのだから、われわれは<イスラエルがどうして空爆したのか>理由が分からない。はっきりしないのだ。・・ターゲットになった健造現場にはいかなる防備も防空システムも施されておらず、<空爆後、>放射能は出ていないし緊急措置がとられたということもない。・・われわれは北朝鮮と関係を持っているが、このことは秘密でも何でもない。・・われわれはいかなる意味でも核兵器には関心はない。」と語りました(
http://www.guardian.co.uk/international/story/0,,2181459,00.html
。10月2日アクセス)。
 通常、こういう話の全部がウソだということは稀です。
 どの部分が本当でどの部分がウソなのか、それが14日付のニューヨークタイムスの記事で明らかになりました。
 米国とイスラエルの政府筋からの情報に拠って書かれたこの記事のツボは以下の通りです。

 9月6日の空爆のターゲットは、北朝鮮の寧辺(ヨンビョン。Yongbyon)の原子炉そっくりの建造中の原子炉だった。
 イスラエルによる1981年のイラクのオシラク(Osirak)原子炉の空爆は、この原子炉が稼働する寸前だったのに対し、シリアの建造中の原子炉が完成するのはまだ数年先のことだった。
 だから、イスラエル政府がこの原子炉を空爆したいと米国に伝えた時に、米国政府はこれに反対した。(もっとも、オシラク原子炉の空爆の時も、当時の米レーガン政権は、イスラエル政府を非難した。)
 というのも、シリアは核拡散防止条約に調印しているものの、建造の初期段階の原子炉の存在を明らかにする義務はないし、発電のためであれば、そもそも原子炉を建造することは認められているからだ。
 イスラエルの狙いは、シリアはもとよりイランにも核保有は絶対に認めないとの意思を伝えることにあったと考えられるが、シリアを除き、いかなるアラブ政府も、そしてイランまでもがこの空爆を非難していないことは、イスラエルの狙いが一応奏効したということかもしれない。(シリア以外では北朝鮮だけが非難した。)
 シリアは、以前から研究用の小さな原子炉を持っている。
 これまでシリアは、本格的な原子炉をアルゼンチンやロシアから購入しようとして果たせていない。その都度イスラエルはシリアを非難したが、軍事行動をとるとは言わなかった。
 アサド大統領は、今年初め、シリアに核保有願望があることを一般論として述べている。
 なお、北朝鮮の原子炉そっくりだとはいえ、北朝鮮が原子炉そのものを売ったのか、設計図をシリアに渡しただけなのか、また、北朝鮮の専門家が空爆時に現地にいたのかは定かではない。北朝鮮からの技術の移転が数年前に行われた可能性もある。

 なるほど、これが真相だとすると、最近北朝鮮がシリアに核協力をしたという可能性は低く、だから米国が6カ国協議の場で北朝鮮を追いつめなかったのだな、と腑に落ちます。

3 シリア空爆と米対北朝鮮戦略

 ニューヨークタイムスは、10月10日付の記事(
http://www.nytimes.com/2007/10/10/washington/10diplo.html?pagewanted=print
(10月11日アクセス)と、上述の記事で、チェイニー副大統領等のブッシュ政権内タカ派が、シリアの核保有に北朝鮮が協力していることが明らかになった以上、6カ国協議に臨む米国のスタンスは見直しが必要であるし、来月米国のアナポリスで開催が予定されている中東和平会議へのシリアの招待もまた見直されるべきであると主張している、と報じています。
 日本では一般に、ブッシュ政権内のタカ派は北朝鮮の体制変革(transformation)を追求する路線であるのに対し、ハト派は北朝鮮に核保有を諦めさせ、その見返りに体制存続を認める路線であるとされ、ブッシュ大統領はタカ派からハト派に乗り換えた、と考えられています。

 しかし、私は必ずしもそう考えてはいません。
 何度も申し上げてきているように、ブッシュ政権の対北朝鮮戦略は、基本的にぶれることなく、政権内のコンセンサスに基づいて推進されている、と私は考えています。
 チェイニー副大統領やボルトン元米国連大使は、対北朝鮮悪役をあえて演じている、と見ているわけです。
 改めてその根拠を、ごく最近のワシントンポストと朝鮮日報から挙げてみましょう。

 ワシントンポストは10月12日付の社説で、ブッシュ政権と韓国のノムヒョン政権が、来るべき数ヶ月間で北朝鮮の体制変革が実現するかのように振る舞っていることに釘を刺すとし、北朝鮮がウラン濃縮計画とシリアへの核協力の全貌を明らかにし、IAEAによる北朝鮮の核計画の監査体制が確立し、その上で北朝鮮の核計画が完全に廃棄されて初めて北朝鮮の体制変革が実現する、と記しています(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/10/12/AR2007101202101_pf.html
。10月14日アクセス)。
 これは、米国では、北朝鮮の核計画の完全な廃棄と北朝鮮の体制変革がイコールであると考えられていることを示しています。
 私自身、なるほどそうだと思います。

 また、朝鮮日報の10月13日付の記事(
http://www.chosunonline.com/article/20071013000029
。10月14日アクセス)は、「米国が南北首脳会談以後の韓国の行き過ぎた行動を警戒する動きがさまざまな面で明らかになっ<た>」と記しており、米国が、北朝鮮が核計画の完全廃棄に向けて動いているかどうかを慎重に見極めながら対北朝鮮戦略を一歩ずつ進めていることが窺えるのです。
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 有料版のコラム#2124(2007.10.14)「海自艦艇インド洋派遣問題(続)(その6)」のさわりの部分をご紹介しておきます。
 コラム全文を読みたい方はこちらへ↓
http://my.formman.com/form/pc/3NwnFLCP76BGd3Ij/
 ・・
 (本篇は、コラム#2119の続きでシリーズの最終回ですが、都合により非公開扱いにします。)
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<バグってハニー>

>また、これに関連し、「ときわ」が、ペコスに補給したのと同じ日に米イージス艦ポール・ハミルトンにも燃料を直接提供しており、 そのペコスがイラク戦争に参加した可能性があるという指摘もなされており、防衛相は、そのポイントは、ポール・ハミルトンが巡航ミサイルのトマホークを搭 載していた艦艇なのかどうかだとして、その点を米側に照会したいと国会で答弁しました・・。

 ポール・ハミルトン、イラク開戦時にトマホーク発射してますね。
 第五艦隊の“消えた”ウェブページから
http://nofrills.up.seesaa.net/image/5th-oif.png

On March 21, the night of "shock and awe," 30 U.S. Navy and coalition warships launched more than 380 TLAMs against significant, real-time military targets of interest. The U.S. ships which launched Tomahawks were USS Bunker Hill (CG 52),・・・ USS Paul Hamilton (DDG 60),・・・USS Cheyenne (SSN 773) and two Royal Navy submarines, HMS Splendid and HMS Turbulent.
−−−

 まあ、先生的にはトマホークを発射してようがしてまいが関係ない、ということなんでしょうが。給油から一ヶ月近くたった艦艇の作戦行動を縛ろうとするなんておこがましいですよね。

<太田>

 長々と神学論争にお付き合いいただき、恐縮です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
4 終わりに代えて
 ・・
 政府と民主党の間の神学論争が延々と続いています。
 ・・
 この問題の核心は、政府・自民党の安全保障政策のホンネとタテマエが乖離している上に、何がホンネであるかについても、実のところはっきりしていないことです。
 これは、政府・自民党の安全保障政策が一貫して、米国の要請(指示)と世論との板挟みの中で落としどころを探す、というものであったところから来ています。
 
 平行して、民主党内でも神学論争が続いています。
 ・・。
 こちらの問題の核心も、・・民主党にいまだに党としての明確な安全保障政策がないことです。
 ・・
 私に理解できないのは、国会で誰も燃料を無償で提供していることを問題にしていないことです。
 そもそも世界の議会の原点とも言うべきイギリス議会は、国王(行政府)を戦費の承認の是非を通じてコントロールするものであった、ということを肝に命じて欲しいものです。
 ・・
 ・・米国防総省の諮問機関・国防科学委員会の・・シュナイダー氏は、日本に以下のような苦言を呈しています。
 「給油活動<は>1999年の日米防衛指針(ガイドライン)関連法成立後の・・日本の大きな政治的変化の産物・・だと評価<しているところ、>・・問われているのはその変化が長期的なものなのか、それとも一部の政治指導者の時代に限ったものだったのかということだ・・。控えめな給油活動も続けられない<というの>なら、・・米国と日本、豪州<等の国々>で21世紀の新たな同盟構造を模索しているが、日本にいかなる関与を期待できるのか疑問をもたらす・・さらに、・・日本が安全保障上の役割を受け入れることが困難なら、なぜ・・国連安保理常任理事国・・になる必要があるのか」・・と。
 神学論争をやっているヒマはないのです。
 ・・
 私は、インド洋でこれまで実施してきた無償の給油活動は止めさせ、その代わり、海自艦艇をOEF-MIOの一環としての海上阻止行動の本体に参加させることを提言します。
 ただし、インド洋派遣自衛艦には補給艦を随伴させることとし、他国が給油を求める時はこれに応じてもよいが、あくまでも有償(原価)で提供することとするのです。
 もっともそうなれば、ほとんど給油を求める国はなくなると思いますが・・。
 これは、民主党が小沢下ろしを行った上で、この案で党内コンセンサスを形成することが前提になります。
 こうでもしない限り、民主党は再び世論から見放されることでしょう。
 (私は、ISAFへの参加は、自衛隊関係の法整備が十分でない現状においては、隊員にとってリスクが大きすぎるので差し控えるべきだと思っていることを申し添えます。)
(完)

 コラム全文を読みたい方はこちらへ↓
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