カテゴリ: 台湾

太田述正コラム#5364(2012.3.17)
<鄭成功の台湾攻略>(2012.7.2公開)

1 始めに

 鄭成功(Zheng Chenggong)は、近松門左衛門の『国姓爺合戦』等を通じて、日本でよく知られている人物ですが、鄭の日本語ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%84%AD%E6%88%90%E5%8A%9F
があげる日本人による文献は、2004年のものが一番新しい・・しかも、日本人ないし日本語以外によるものとして唯一あげられているのは、支那人とおぼしき著者によるドイツで2008年に出版された英語本1件のみ・・のに、英語ウィキペディア
http://en.wikipedia.org/wiki/Koxinga
があげる文献は2004年以降のものも数多く、また、いつものことながら、質量ともに内容は後者が前者を圧倒しています。
 さて、トニオ・アンドレード(Tonio Andrade)が、彼が2011年に上梓したばかりの、 'How Taiwan Became Chinese and Lost Colony: The Untold Story of Europe's First War with China' について、アジアタイムスのインタビューを受けていたので、そのインタビュー記事
http://www.atimes.com/atimes/China/NC16Ad03.html
(3月16日アクセス)のさわりをご紹介し、私のコメントを付けることにしました。

 なお、アンドレードは、イリノイ大(Urbana-Champaign校)修士、エール大修士・博士で、現在米エモリー(Emory)大学の歴史学准教授です。
 (上記記事及び下掲による。
http://history.emory.edu/home/people/faculty/andrade.html )

2 第一次支那・欧州戦争の勝利者たる鄭成功

 「・・・鄭成功(Zheng Chenggong=国姓爺(Koxinga)<(注1)>)は、欧州の最も活動的な(dynamic)植民地勢力たるオランダ東インド会社を打ち破った。・・・

 (注1)1624〜62年。日本の平戸で生まれ、7歳の時に福建へ。「1644年、李自成が北京を陥落させて崇禎帝が自縊すると、明は滅んで順が立った。すると都を逃れた旧明の皇族たちは各地で亡命政権を作った。鄭芝龍らは唐王朱聿鍵を擁立したが、・・・朱・・・は隆武帝と呼ばれる。・・・<鄭成功は、元の名を鄭森と言ったが、>ある日・・・父の紹介により隆武帝の謁見を賜る。帝は・・・鄭森のことを気入り、「朕に皇女がいれば娶わせるところだが残念でならない。その代わりに国姓の『朱』を賜ろう」と言う。それではいかにも畏れ多いと、森は決して朱姓を使おうとは<しなかっ>・・・たが、以後人からは「国姓を賜った大身」という意味で「国姓爺」(「爺」は「御大」や「旦那」の意)と呼ばれるようになる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%84%AD%E6%88%90%E5%8A%9F

 支那人達は、勇敢、無私、かつ<明に>忠実に<オランダや清といった>外国人達に抵抗し、支那人の明王朝を再興しようと願ったところの、この国民的英雄を歓呼の声で称えている。
 しかし、彼は日本で生まれ育ち、恐らくは日本語を第一言語としてしゃべった人物だ。
 彼の父親・・支那人海賊・・は、彼が生まれた時にその場にはいなかった。・・・
 国姓爺は、彼の父親の帝国を継承し、自分の日本人的出自によって鼓吹されつつ、地球上で最も強力な軍の一つとの戦いの資金をこの帝国から捻出した。
 いくつかの部隊は、日本の武士の面を付け、日本の武士の刀を用いた。
 彼は、優れた(effective)司令官であり、全支那奪取を目指していた新しい王朝、清(1644〜1911年)、の建国者たる強い満州族と、支那沿岸を北上したり南下したりして戦った。・・・
 彼の、オランダ人たる仇敵ないし諸敵のチーム・・・<を率いたの>は、癇癪持ちのフレデリック・コイエット(Frederick Coyet)<(注2)>台湾総督だった。

 (注2)1615?〜87年。オランダ系スウェーデン人。日本の長崎の出島(1639〜60年)でオランダ東インド会社代表(VOC Opperhoofden in Japan)を務めた(1647〜48年、52〜53年)。台湾総督:1656〜62年。
http://en.wikipedia.org/wiki/Frederick_Coyett
http://en.wikipedia.org/wiki/VOC_Opperhoofden_in_Japan
 
 コイエットは、彼の部下達とも上司達とも苛烈な軋轢が絶えない男だった。
 全般的に、支那人達は、頭脳でも戦闘力でも下回っていたオランダ人達を凌駕していた。・・・
 オランダ人達は、台湾に1624年移住し、原住民たる首狩り族達の狩猟場を奪い取って水田と砂糖プランテーションをつくらせるために支那人の植民者達を招いた。
 オランダ人達は、この植民者達に課税し、彼らに対する若干の虐待や相互不信はあったものの、双方が裨益した。
 しかし、1661年に、国姓爺は、満州族の清・・・と戦うための基地として台湾を欲した。
 清は、彼の支那本土の諸基地を次第に浸食してきた。
 そこで、彼は、1400年代初期の鄭和(Zheng He)の有名な累次の航海以来の最大の支那外洋艦隊でもって台湾に侵攻した。・・・
 国姓爺は、現在の台南市付近にあったオランダの主要防御陣地を通りぬけ、ほとんど使われていなかった「鹿耳(Dear's Ear)」海峡を通って台湾入りを果たした。
 この海峡は、普段は大きな外洋艦艇には浅すぎるところだったが、国姓爺は大潮の時に合わせてそこに近づいたため、オランダの大砲群はあらぬ方角に向けられていて、オランダの斥候達は、数百隻の支那艦艇群が安全にその部隊を上陸させるのを眺めるしかなかった。
 彼らは、すばやくオランダの大部分の陣地を落とした。
 数日のうちに、オランダの、攻撃に耐えられる防御陣地は、最も主要で強力な、ゼーランディア城(Zeelandia Castle)と呼ばれた要塞だけになった。・・・
 支那人達は、オランダ人達に対し、リーダーシップ、練度(drill)、そして大砲において優っていた。
 しかし、オランダ人達には二つの大きな優位があった・・・。
 第一は、オランダの船は、深海での戦闘において、支那の艦艇よりも圧倒的に優れていた。
 ・・・オランダの各船は、1隻で20隻内外の支那の艦艇を相手にすることができた。
 とはいえ、支那の司令官達は、より優れたリーダーシップでもってしばしば<海戦でも>勝利を収めた。
 支那の艦艇が、風上に対して、あるいは風の中に向かって航海することはできなかったことと、オランダ人達が、敵に接近した場合の航海術にはるかに長けていたことは、オランダ人達を何度も助けた。・・・
 ・・・オランダ人達の第二の優位・・・は、欧州の砲撃要塞の設計思想がルネッサンス期に発展し、それが欧州大陸中に普及していたことだ。
 それは、大砲を格納しているところの、大きな、突き出した四隅の稜堡を持っており、大砲をほとんど全方位に向けて発射できた。
 だから、城塞(fort)は襲撃することがほとんど不可能なのであり、ゼーランディアはその一つだったのだ。
 国姓爺は、何度か窮地に立たされたが、それは彼にとって意外なことだった。
 というのも、ゼーランディアは、彼が攻略しなければならなかった支那の城壁都市の大部分よりも格段に小さかったからだ。
 <ゼーランディアから発射された>オランダの致死的な大砲の弾丸は、彼の強力な軍を木端微塵にした。
 <しかし、>酔っぱらいのハンス・ラディジ(Hans Radij)なる高位の司令官が離脱したことにも助けられて、彼は、9か月後に、ついに<コイエットに>降伏を強いることができたのだ。・・・

3 支那軍事史による世界軍事史見直しの動き

 <火薬は支那起源であること等に言及しつつ、>支那の歴史家のスン・ライチェン(Sun Laichen)<(注3)>は、説得力ある形で、軍事革命は全球的プロセスと見るべきであって、それが始まったのは、欧州ではなく支那においてであり、1300年代中頃の明以前の諸戦争の間においてである、と主張した。

 (注3)北京大修士、北イリノイ大学修士、ミシガン大学博士。米フラートン(Fullerton)単科大学歴史学科准教授。
http://hss.fullerton.edu/history/facultypage/lsun.asp

 ピーター・ロージュ(Peter Lorge)<(注4)>やケネス・スウォープ(Kenneth Swope)<(注5)>といった他の歴史家達は、爾来、この考え方に立脚している。・・・」

 (注4)米ヴァンダービルト大学(Vanderbilt University)東アジア研究助教。著作多数。(新しいものから、Chinese Martial Arts: From Antiquity to the Twenty-First Century、The Asian Military Revolution: From Gunpowder to the Bomb(以上、ケンブリッジ大学出版会)、War, Politics and Society in Early Modern China (Routledge))
http://www.vanderbilt.edu/historydept/lorge.html
 (注5)米ボール・ステート大学(Ball State University)歴史学准教授。文禄・慶長の役についての著作(A Dragon's Head & A Serpent's Tail: Ming China and the First Great East Asian War, 1592-1598, and Warfare in China Since 1600)あり。
http://cms.bsu.edu/Academics/CollegesandDepartments/History/FacultyandStaff/SwopeKenneth.aspx

4 終わりに

 3で紹介した説が仮に正しいとすると、支那で始まった軍事革命は、わずか200年余で西回りに世界を一周し、日本の武士道に取り入れられ、それが更に西回りに、慶長・文禄の役等を通じて軍事革命の発祥地の支那にインパクトを与える至っていた、ということになりそうです。
 いずれにせよ、私は、慶長・文禄の役自体を、豊臣秀吉によるところの、対欧州(カトリシズム)戦争構想の一環たるその予備戦争である、と見ている(コラム#4507)ところ、鄭成功の台湾攻略(=オランダとの戦争。1661〜62年)は、日本と米英支蘭(ABCD)が戦った先の大戦(大東亜戦争)の前哨戦であった、と見ることもできるのではないか、と思います。
 当時の(反カトリシズムの)オランダは、同国が1668年にイギリス(及びスウェーデン)と同盟関係に入り、1672年にイギリスのチャールス1世の孫のウィレム(ウィリアム)がオランダ総督に就任し、1689年に彼がイギリスのウィリアム3世となり、オランダがイギリスと1702年まで同君連合となる、という一連の動きの直前であった
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A03%E4%B8%96_(%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7%8E%8B)
ことを想起してください。
 また、鄭成功は、精神的には、武士道を身に付けた日本人であった(コラム#5362)ことも想起してください。

太田述正コラム#2448(2008.3.26)
<台湾総統選挙余話>(2008.5.2公開)

1 初めに

 台湾総統選挙に勝利した馬英九の関係者の中から2人に登場願いましょう。

2 李登輝
 
 本日付の産経新聞の電子版に掲載されたインタビューで、前台湾総統の李登輝が次のように語っています。

 「私は国民党主席を約12年務めたが、一党独裁をもってこの民主化を進めた。今の立法院(国会)と同様、あの時に国民党の議席が4分の3以上なければ、実は台湾の民主化は難しかった。」

→授権された強大な権力を活用せよと馬を激励しているわけです。これが、民進党よりも過激にいわゆる台湾「独立」を推進してきた人物、しかも投票日直前に謝長廷候補支持を表明した台湾の超有力者の口から出たことは、日本でメルマガ「台湾の声」を講読している数多くの台湾「独立」派たる在日台湾人や日本人にとって、大ショックでしょうね。(太田)

 「台湾の独立派は口先だけの人が多すぎる。政権が悪いことをしても批判ひとつせず、政権とぐるになって悪巧みをする。汚職がひどすぎた。これが台湾人と思うと情けない。」

→この第二弾で、またまた日本の台湾「独立」派は大ショックを受けるでしょうね。(太田)

 「実は中共(中国共産党)は馬氏を心の底から支持しているわけではない。・・彼はアメリカの影響を非常に強く受けている。」

→ここは、私の見方(コラム#2440、2442(未公開)、2446(未公開))と全く同じですね。(太田)

 「<ただし、>チベットを応援して台湾のプラスになるか? ならない。」

→ただし、何から何まで米国政府の言うことをマネしちゃダメだよと馬に忠告しているわけです。(太田)

 「<馬>のいいところは、正直なところだ。汚職をやったという人もいるが、僕は信じない。孤立的で独り善がりの面もあるが、近代的でもある。・・ただ、「中国人」(外省系=中国大陸籍)でもあり、公に尽くすかはわからない。」

→馬を誉め、その上で、どうせなら漢人系米国人でなく、純粋な(?)米国人になることを促しているのですな。(太田)

 「台湾経済を伸ばすには日本の技術が必要だ。どう提携するか。日台関係をよくしていく必要がある。私は国民党を除名された立場ではあるが、相手が頼みに来るなら、知恵と経験は大いに生かしたい。駐日代表をやるには年をとりすぎたが、フリーランサーという形なら何かできると思う。・・彼が来たら私の本を読ませよう。「奥の細道」もね。20年後の台湾は新総統の努力次第で大きく変わる。何をすればこの総統の時代に台湾が飛躍できるのか? 私も今、考えているところだ。」

→この第三弾で、上記台湾「独立」派はノックアウト寸前の状態でしょうね。
 李登輝は総統時代、馬を1993年に法相に抜擢しています(〜1996年)(
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080326/chn0803260844001-n1.htm
3月26日アクセス)。いわば李は馬の師(メンター)でもあることを考えれば、このような発言は何の不思議もありません。そもそも、李は日本人として人となったかもしれないけれど、あくまでも台湾の老練な政治家であるということです。

 (以上、李登輝の発言は、
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080326/chn0803260845002-n1.htm
(3月26日アクセス)による。)

 日本の台湾「独立」派は、これまでひたすら李を崇め、馬を罵倒してきたけど、やや単細胞的過ぎたのではないでしょうか。
 日本における台湾独立派の重鎮たる林建良さん、私は台湾「独立」の大義を支持している人間ですが、日本における台湾「独立」運動のやり方は、この際、抜本的に見直されたらいかがでしょうか。
 少なくとも、もっぱら日本の「右」派に支援を仰がれてきたことは賢明だとは思いません。

3 周美青

 周美青(Chow Mei-ching)って誰だって?
 馬英九の奥さんですよ。
 
 「台湾の馬英九次期総統の周美青夫人(56)の「庶民スタイル」が話題を集めている。台湾紙・蘋果日報は「短髪で化粧をせず、宝石や指輪、ブランド製品などと縁がない主婦」と伝えた。夫が総統選で当選後初の出勤日となった24日<(月曜)>午前6時46分、夫人は自宅を出た。顔はすっぴんでジーンズ姿、平凡なカバンを肩にかけていた。普段通りに指輪やネックレスも身に着けていなかった。一般市民と同様に路線バスに乗り込んだ夫人は、車内でMP3プレーヤーを聴きながらしばらく立っていたが、席が空いたのでやっと腰を下ろした。通勤時間は約50分。これまでと違うのは護衛3人が張り付き、記者が同行取材するようになったことだ。周美青夫人は大手金融持ち株会社の兆豊金融控股(Mega International Commercial Bank)に26年間勤めており、名門の台北市立第一女子高級中学(高校)を卒業し、<馬と同じく、>米ニューヨーク大で法学修士号を取得したエリートだ。現在の肩書きは法務室処長。会社に着くと、同僚が渡そうとした花束を拒み、「総統夫人ではなく、ただ『処長』と呼んでほしい」と話した。米国留学中に結婚した馬次期総統の・・ハーバード大での勉学を助けるため、夫人は自身の博士課程進学をあきらめ、倹約が身に染みついたという。」
 「利害の衝突を回避するため、周はこの銀行の取締役と(馬と二人で創設した)Dwen An Social Welfare Foundationの理事を辞任した。・・彼女は馬とともに公的行事に出席したことはほとんどなく、今回の選挙でも最終の数日だけしか馬に同道しなかった。・・<なお、>彼女は二度と公共交通機関は利用しないと語り、月曜と火曜に乗ったバスに記者やカメラマンが大勢乗り込んだことについて他の乗客達に謝罪した。」
 (以上、
http://www.chosunonline.com/article/20080326000024
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2008/03/26/2003407111
(3月26日アクセス)による。)

 日本で共稼ぎの配偶者を持つ首相が出現するのはいつのことなのでしょうか。
 このような意味でも、台湾の民主主義は日本を追い越した、と言えるのかもしれませんね。

太田述正コラム#2442(2008.3.23)
<台湾総統選挙>(2008.4.28公開)

1 始めに

 野党国民党の馬英九候補が与党民進党の謝長廷候補を、投票率76%で投じられた17,321,622有効票のうち7,658,724票、58.45%を獲得して破りました(
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2008/03/23/2003406725
。3月23日アクセス。以下同じ)。
 民進党は、2000年の総統選の時の得票率約40%に戻ってしまったことになります。もっとも、この時は国民党と国民党系の新党からそれぞれ候補者が立ったため、漁夫の利を得て民進党の陳水扁候補が当選しました。
 2004年の総統選の時は、陳水扁候補が、国民党候補との一騎打ちを50%ちょっとの得票率で制して再選を果たしました。
 この時、民進党にスイングした10%の得票率が今回元に戻ってしまった勘定です。
 (以上、
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2008/03/23/2003406772
による。)
 コラム#2440で、この結果に密かに「中共当局は頭を抱えているのではないでしょうか」と申し上げましたね。
 この際、この点をもう少しご説明したいと思います。

2 中共当局が頭を抱える理由

 (1)これまで

 馬は、天安門事件での死者を慰霊する式典に毎年出席してきましたし、中共の法輪功(Falun Gong)に対するこの10年来の弾圧を非難するとともに、そのメンバーと面会してきました。中共を訪問する機会が何度もあったのに訪問しようとはしませんでした。

 (2)選挙中

 選挙期間中、馬は、これまで国民党は民進党による台湾防衛力強化の足を引っ張ってきたところ、防衛予算に台湾のGDPの3%を割り当てると宣言しました。
 また、中共が希望しているところの平和協定を締結する用意はあるが、それは中共が台湾向けに配備している約1,000基のミサイルを撤去することが大前提だと表明しました。

 (3)当選後

 当選後、馬は改めて中共のチベット騒擾弾圧を非難し、ダライラマが台湾を訪問したいのであればそれを歓迎すると述べ、ダライラマを「敬愛すべきチベット人の指導者である」と形容し、ダライラマの中共内でのチベットの自治要求を指示すると語ったのです。
 そして、チベットでのデモ参加者にする中国政府の鎮圧の状況などを調査すると表明。「チベットでの事態が悪化すれば、われわれは五輪に選手を派遣しない可能性も検討する」と述べるとともに、「中国が人権について行ってきたことを強く批判する」と語りました。
 また馬は、中華民国は「主権国家である」点でチベットとは法的地位が全く違うとも語っています。
 馬は再度、中共を近い将来に訪問する計画はないと述べ、実務的かつ実質的な交渉が積み上げられる前に首脳同士が会っても意味がないとしています。

 (以上、
http://www.nytimes.com/2008/03/24/world/asia/24taiwan.html?_r=1&hp=&oref=slogin&pagewanted=print
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-taiwan23mar23,1,1339871,print.story
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-30953320080323?rpc=112
による。)

4 コメント

 朝日新聞は、本日付の社説で、「初の台湾出身の総統となった国民党の李登輝氏のもとで90年代、民主化が進んだ。8年前の選挙で、初めて野党民進党の陳水扁氏に総統の座を奪われた。その国民党の返り咲きである。かつての独裁政党から様変わりしているのはむろんだが、住民の間に拒否感がないわけではない。それが乗り越えられたところに、台湾政治の成熟を見て取ることができる。進化の歯車がまた一つ回った印象である。」(3月23日アクセス)と書いたが、私の認識はこの社説とほぼ同じです。
 (これに限らず、最近、朝日の社説が一皮むけたような印象を持っています。)
 韓国に続いて、台湾も、独裁制の母斑を残した「右派」政権から「左派」政権へ、更にリニューアルした「右派」政権へと政権交代を二度経験するに至りました。
 旧日本帝国の下で民主主義を日本本土から伝授された韓国と台湾の民主主義は、日本の民主主義が体制翼賛会体制及びその残滓の下で停滞を続けているうちに、完全に日本に追いついたばかりか、追い抜いた感すらあります。
 果たしてこれを喜ぶべきか悲しむべきか、複雑な感慨を覚える今日この頃です。

太田述正コラム#2297(2008.1.13)
<台湾立法院選挙>(2008.2.18公開)

1 台湾の立法院選挙についての新聞記事

 (1)選挙結果

 台湾の国会にあたる立法院の選挙が12日、投開票され、野党国民党が3分の2を超える81議席を獲得しました。国民党にとって単独過半数は1998年選挙以来。他方、与党民進党は27議席にとどまり、諸派・無所属が5議席でした。
 民進党の議席割合は約24%にとどまり、初めて完全直接選挙となった1992年の選挙で161議席のうち50議席(約31%)を得たときを更に下回りました。
 なお、投票率は小選挙区で前回選挙の約59%をやや下回る58.5%、比例区で58.3%でした。
 この選挙は、2005年の選挙制度改革で今回から定数が半減、小選挙区73議席と政党比例区34議席、先住民区6議席の計113議席を争ったものです。
 立法院では3分の2の賛成があれば、総統の罷免案を提案して住民投票で賛否を問うことができますし、国民党と協力関係にある諸派・無所属の当選議員5人も加えると、合計で4分の3を超えます。4分の3の賛成を得れば憲法改正などの提案が可能です。
 陳水扁総統は選挙敗北の責任をとって民進党党首を辞任しました。
 (以上、
http://www.asahi.com/international/update/0112/TKY200801120211.html
(1月13日アクセス)による。以下特に断らない限り同じ。)

 以上は朝日の電子版の記事を要約したものですが、これだけ読むと、与党の民進党は大敗北を喫した、よって3月22日に予定されている総統選挙でも民進党候補の当選はおぼつかない、と誰でも思うことでしょう。

 (2)民進党敗北原因は経済失政?

 東京新聞の記事も同じようなことを記した上で、民進党敗北原因について、以下のように分析しています。

 「台湾紙・聯合報が昨年末に実施した世論調査では、<台湾市民の>83%が「不景気」と答え、貧富の格差が広がったと感じる人は9割近くに上った。07年の消費者物価指数は前年比1.8%上昇するなど、物価高も家計を直撃している。3月の総統選候補となる<国民党党首の>馬英九氏は、総統に就任すれば▽中国と統一問題を話し合わない▽台湾独立を支持しない▽ 中国側が武力で台湾問題を処理することに反対する−とし、対中政策を「経済・貿易関係の正常化協議から始める」と述べた。そのうえで「大陸観光客の受け入れ開放は、年間600億台湾元(約2100億円)のビジネスチャンスと4万人分の就業機会を生む」とアピールした。大陸で働く台湾人ビジネスマンが家族も含め約100万人とされ、07年の貿易統計では輸出先の4割を中国が占め、増加率は前年比12%といった現実を踏まえると、その主張には説得力があ<った>。」(
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008011390070847.html

 あの英ファイナンシャルタイムスも、「伸びない賃金、高騰する物価と失業率の高さ」が民進党敗北をもたらしたとしています(
http://www.ft.com/cms/s/0/4a0148ca-c139-11dc-814e-0000779fd2ac.html)。

 台北タイムスも同じ趣旨のことを言っています(
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2008/01/13/2003396940)。

 (3)民進党敗北原因は「独立」にこだわりすぎ?

 民進党政権が台湾「独立」にこだわりすぎたことに選挙民が嫌気が差したからだとするのがワシントンポストの記事です。
 台湾の安全保障にとって不可欠な存在である米国のブッシュ政権が、このところ民進党政権の台湾「独立」志向に不快感を示していることが選挙民に影響を与えたというのです。
 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/01/12/AR2008011200862_pf.html
による。)

2 新聞批判

 しかし、これらの記事は、誤解を与えるものです。
 先に周辺的な問題から始めましょう。
 経済に言及する記事についてですが、東京新聞の上記記事自身、「台湾の2006年の経済成長率は4.89%、2007年は5.46%に達する。失業率もここ数年は低下傾向にあり、2007年1〜11月の平均では3.92%」であることを認めており、自家撞着を起こしています。
 もちろん、最近の(日本を除く)アジア経済の高度成長、就中「隣国」中共の高度成長に比べれば、台湾のこのような成長率は遜色があることは確かですが・・。

 また、「独立」志向に言及するワシントンポストの上記記事も、台湾の民意の最近の大きな変化について、誤解を与えかねないものです。
 というのは、自らを支那人であると同時に台湾人でもあると思う台湾の人の割合は2007年に45%であったところ、自らをもっぱら台湾人であると思う台湾の人の割合は2003年には17%だったのが2007年には45%に増えたのに対し、自らをもっぱら支那人であると思う人の割合は2003年には26%であったのが2007年にはわずか6%に減っているからです。
 ちなみに、台湾はただちに中共と統一すべきだとする人は2%しかおらず、13%は将来とも統一すべきではないと考えています。
 (以上、
http://www.ft.com/cms/s/0/ecd17520-bcb6-11dc-bcf9-0000779fd2ac.html
(1月12日アクセス)による。)
 つまり、台湾の民意はどんどん「独立」志向になっているということです。

 より深刻な問題は、これらの記事は事実と全く反対のイメージを読者に与えるという点です。
 実は、民進党は前回の立法院選挙より健闘したからです。
 というのは、民進党の議席の全議席に占める割合は減ったけれど、民進党の得票率は増えたからです。
 すなわち、民主党の得票率は4年前の立法院選挙の時に比べて35.7%から38.17%に増えているのです。(今回導入された比例区の方では36.91%ですが、これだって35.7%を上回っています。)(
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2008/01/13/2003396944

 では、民進党の議席の割合が減った原因は何だったのでしょうか。
 それは大部分、中選挙区制を小選挙区制を基軸とした選挙制度へと変えるなどという自ら墓穴を掘るようなことを陳水扁民進党政権がやってしまったからであり、部分的には、国民党が野党系の諸派と選挙協力を行ったのに、民進党は与党系の台湾団結連盟(李登輝前総統を精神的指導者とする)と選挙協力ができなかったからです(台北タイムス上掲)。

4 蛇足

 以上を踏まえれば、ガーディアンが電子版で本件を載せなかったことは一つの見識だと思いますが、産経新聞が電子版で本件を載せなかったことは、台湾が隣国であるところの旧植民地であることを考えれば、まことに困ったことです。

太田述正コラム#2053(2007.9.9)
<反米に転じた台湾>(2007.10.10公開)

1 始めに

 台湾で反米感情が急速に高まっています。
 韓国といい、台湾といい、日本の裏庭とも言うべき所で地滑り的変化が起きているわけです。

2 ブッシュ政権の台湾政策の変更

 ことの起こりは、台湾の陳水扁(Chen Shui-bian)総統が、(中華民国ではなく)台湾という名前で国連加盟を申請することの可否を問う住民投票を行う意向であることに対し、8月27日、ネグロポンテ(John Negroponte)米国務副長官も台湾という名称で国連加盟を申請する可否を問う住民投票に向けての動きを、独立宣言への布石であって反対であると批判していたところ、8月30日に、米国の国家安全保障会議の上級東アジア担当官のウィルダー(Dennis Wilder)が「国連に加盟するためには国家である必要があるが、台湾または中華民国は、現時点においては国際社会における国家ではない」と述べたことです。
 これは、米国のこれまでの台湾政策の変更を意味すると同時に、米国の国内法である台湾関係法(Taiwan Relations Act)で台湾を実質的に国家とみなしていることとも齟齬を来す話なのです(注)。

 (注)台湾の国際法的地位については、コラム#182、188、200、247、260、267〜269参照。なお、
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2007/08/09/2003373386
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2007/08/17/2003374626
もよくまとまっている。

 ブッシュ政権は、当初台湾寄りの姿勢を打ち出していたのですが、9.11同時多発テロ以降対イラク戦争を目前にして、中共の協力を得る必要があることから、中共寄りに軌道修正し、その後、北朝鮮の核問題やスーダンのダルフール問題等、中共の協力を得る必要がある案件が続出していることもあり、中共寄りの姿勢のまま現在に至っています。
 思い起こせば、2004年10月に当時のパウエル(Colin Powell)米国務長官が、香港のTVのインタビューで「中国は一つしかない。台湾は独立しておらず、国家としての主権を保有していない(does not enjoy sovereignty as a nation)」と答えたことがあり、当時は、アドリブで答えてとちったのだろうと考えられていたのですが、今にして思えば、ウィルダーの述べたことは、当時から一貫してブッシュ政権の公式見解となっていたわけです。

 (以上、
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2007/09/08/2003377770
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2007/09/08/2003377813
(どちらも9月9日アクセス。以下同じ)

3 台湾朝野の反発

 このウィルダー発言に対しては、台湾政府、最大与党の民進党、最大野党の国民党がいずれも非難声明を出しました。
 国民党がどこが違うかと言えば、陳水扁総統が中華民国名ではなく、台湾名で国連加盟申請をする可否を問う住民投票を口にしてきたことが、ウィルダー発言をもたらした、ということを言っている点だけです。
 (以上、
http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2007/09/01/2003376690
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2007/09/02/2003376880
による。)

 陳水扁総統は、国民党の言う、中華民国名での国連加盟など、台湾名での加盟よりもっと米国の賛同を得られないと国民党を批判しつつ、米国政府に対しては、米国が、蒋介石の独裁政権を支え、しかも住民の多数によって選ばれ、民主主義・自由・人権・平和・正義の実現を目指している台湾政府の方針を支持しないのはもってのほかである、と批判しました(
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2007/09/02/2003376879
)。
 台湾の有識者達も、次々と米国を批判しており、これまでほとんど反米感情が存在しなかった台湾の世論が急速に変化しつつあり、このまま行けば、台湾は反共・反米国家になるかもしれない、という声が出てきています(
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2007/09/02/2003376881
)。
 8月30日から9月2日にかけて台湾で実施された世論調査によると、米国が一番好きと答えた人は17%と、昨年の32%から15%も激減しました。また、日本と答えた人は38%(昨年は35%)、韓国と答えた人は10%(昨年は11%)、中共と答えた人は7%(昨年は9%)でした。分からないと答えた人と答えなかった人は29%でした。
 ちなみに、中共が嫌いな人が一番多かったのは20歳から29歳までの年齢層であり、これに次ぐのが50歳から59歳までの年齢層です。
 要するに、もともと日本好きより少なかった米国好き人間が若年層を中心に激減し、日本好き人間は微増し、中共好き人間は消滅に向かいつつある、ということです。
 (以上、
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2007/09/07/2003377582
による。)

4 終わりに

 東アジアで反自由民主主義勢力勢力に肩入れする米国を見ていると、米国が戦前犯した過ちを思い出すのは私だけではありますまい。
 米国は、戦前、ファシズムの中国国民党とスターリン主義の中国共産党に肩入れして自由民主主義の日本の足を引っ張ったのですが、戦後は引き続きファシズムの中国国民党に台湾で肩入れを続け、今では中共、すなわち中国共産党に再び肩入れする一方で自由民主主義の台湾の足を引っ張っているわけです。
 米国のアジアにおける自由民主主義の推進は、戦前も戦後も現在も口先だけであることがよく分かりますね。
 自由民主主義の台湾は、戦前台湾において文明開化を推進した日本の努力の結晶です。
 だからこそ、現在台湾の熱い目が日本に注がれているのです。
 しっかりせよ、日本。

太田述正コラム#1493(2006.11.7)
<台湾での大スキャンダル(続)>

1 辞任しなかった陳水扁

 台湾の陳水扁総統は5日、今回の夫人らの起訴は、台湾のイメージを損ない、社会を動揺させたと謝罪した上で、自分は潔白であって辞任しないが、起訴された夫人(注1)が第一審で有罪となったら辞任する、とTVで表明しました。
 
 (注1)陳水扁夫人の呉淑珍は、陳が総統になるまで内助の功を大いに発揮したことは衆目が認めるところだが、総統になってからは、人事等を含め政治に口を出しすぎるという評判もある。夫人は、裕福な家庭に1952年に生まれた。彼女は貧しかった陳と大学時代に知り合い、親の反対を押し切って1975年に結婚した。夫人は、弁護士になった陳に台湾民主化運動に参加するように促し、陳は、弾圧を受けていた(後に民進党の党首になる)人物の弁護を引き受けたことから始まり、次第に政治に関与するようになった。1985年には夫人は、トラックに轢かれて下半身不随になり、爾後車椅子生活を余儀なくされているが、これは暗殺未遂事件であったと考えられている。その直後、陳は、民主化シンパの雑誌に書いた記事のために一年間服役させられたが、その間に夫人は立法院選挙で当選し、1987年に出獄した陳は、その後1989年に陳自身が立法院議員になるまで夫人の秘書を務めた。 (
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2006/11/06/2003335062
。11月7日アクセス)

 総統は、80分間にわたる放送中、北京官話ではなく、ほとんどを台湾語で通し、「独立」派としての姿勢をアピールしました。
 (以上、特に断っていない限り
http://www.asahi.com/international/update/1105/015.html
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/11/05/AR2006110500301_pf.html
http://www.ft.com/cms/s/7d67e814-6d01-11db-9a4d-0000779e2340.html
(いずれも11月6日アクセス)による。)

2 陳水扁の弁明

 総統は、国家安全保障上の理由から国家機密に係る情報を検察当局に開示するわかにはいかない、とし、5年間に使った外交機密費4,200万台湾ドルはロビイスト活動をしている企業や中共の民主活動家達等に支払われているところ、そのうち、領収書のあるのは1,200万台湾ドルだけで、残りの3,000万台湾ドルは領収書がない(注2)し、領収書があるうちの、台湾のエージェントであるA氏のケースでも、A氏が誰かを明らかにすると中共当局がこの人物を逮捕する危険性があるので名前は明かせないと述べました。

 (注2)そもそも、機密費に領収書があるとかないとか、その領収書が本物とか偽造とかいった話が出てくること自体、私には理解できない。そもそも、機密費とは、領収書が得られない用途に使う資金であるはずだからだ。(太田)

 総統が強調したのは、彼には外交機密費を横領する動機がない、という点です。
 検察当局は総統が5年間で1,480万台湾ドルを横領したとしているのですが、総統は、就任時点から、俸給を二分の一に減額しており、このことでこれまでに4,400万台湾ドルも納税者の負担を軽減しているし、李登輝前総統の時代には1994年から2000年にかけて1億1100万台湾ドルも使った奉天(Fengtien)機密費があったが、この機密費も當陽(Dangyang)機密費も国庫に返戻したとし、そんな自分がわずか1,480万台湾ドルを横領しようとするはずがなかろう、と述べたのです。
 (以上、
http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2006/11/06/2003335030
(11月7日)による。)

3 検察当局の主張

 ここで、参考のために検察当局が3日に行った主張を記しておきます。

 外交機密費からの支出がらみの領収書のうち29枚分のカネは呉夫人が受け取っている。夫人はそれで宝石・衣類・靴・サングラス等、計149万台湾ドルの買い物をしている。衣類については、夫人は買う前に試着しており、買った衣類のサイズは夫人のサイズにぴったりだ。夫人が買ったダイヤの指輪も夫人の指のサイズにぴったりだ。
 総統に質したところ、領収書の何枚かは夫人に総統がギフトとして贈ったものの領収書だが、他の領収書は外国人のゲストや友人達の結婚式の際のギフトだということだった。しかし、総統も夫人も、ギフトが贈られた人物の名前を明かさなかった。
 また、夫人がある夫人の友人から、542万台湾ドル相当の多数の領収書を受け取り、外交機密費から領収書記載金額に相当するカネを受け取っているところ、総統、夫人及び他の容疑者達は、これらの領収書はこの友人から受け取ったのではなくて、外国に在住して台湾のために秘密外交を行っているA氏から台北で受け取り、その時にA氏にカネを渡したと主張しているが、実際にはその時にはA氏は台湾にいなかったので領収書を渡せるはずがなかった。
 最近では、夫人は検察当局による事情聴取を拒んでいる。
(以上、
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2006/11/06/2003335061
(11月7日アクセス)による。)

4 感想

 やはり相当怪しいですね。
 前回申し上げたように、陳水扁総統は、潔く辞任すべきだったと思います。

太田述正コラム#1487(2006.11.4)
<台湾での大スキャンダル(その2)>

2 台湾の人々の声

 まずは、台湾の人々の声に耳を傾けてみましょう。
 英BBC電子版が4人の声を紹介しています(
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6113480.stm
。11月4日アクセス)が、驚くべきは、それぞれ若干のニュアンスの違いはあるものの、全員が冷静にわれわれとしても首肯できる意見を述べていることです。台湾の自由民主主義の成熟度が推し量れます。
 この4人の中では知識人に属する42歳のある大学教授は、「すぐ気づくことだが、これは台湾が本当にとても民主的な社会になったことを示している。われわれがこうなることを望んで懸命に努力してきたことからすれば、このような地点まで到達したことを祝うべきだろう。現役の大統領が社会のあらゆるセクターから批判されているというのに国家は機能している。これは奇跡に近いと言うべきだ。」という喜びようです。
 英ファイナンシャルタイムス電子版の記事(
http://www.ft.com/cms/s/4722d11c-6b6f-11db-bb4a-0000779e2340.html前掲)でも、台湾の別の大学教授が、「本日は我が国が胸を張れる日だ。・・多くの国では、何か違法行為を犯したからといって、検察が大統領とファーストレディーを追及することなどできないからだ」と言っています。

3 中共の反応

 まさに、同様の声が中共の心ある一般市民の間からわきあがっています。
 陳総統の義理の息子が起訴された時、人民日報と新華社がこの事件を、台湾が腐敗している証拠として報道したところ、ネット上で、台湾の民主主義は本物でうらやましい、それに比べて中共はひどいものだ、といった趣旨の中共の一般市民からの書き込みが相次ぎました(
http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2006/06/20/2003314533
。6月21日アクセス)。
 これに懲りたからと思われるのですが、今回のスキャンダルについて、中共のメディアはろくに報道していません。にもかかわらず、中共のネット上では、台湾の民主主義は支那人の誇りであり、台湾の人々を祝福したいとか、台湾同様、中共においても、地方レベルだけではなく中央レベルの腐敗を追及できるようにならなければならない、といった書き込みが続いています(
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2006/11/04/2003334760
。11月4日アクセス)。
 これでは、中共当局が危機意識を持つはずです。
 中共が、何事によらず、このところ台湾に対して声を潜めているのは、日本との関係修復に血眼になっている(コラム#1454)ことと同様、この危機意識の表れだと私は見ています。
 今週初めに、陳総統は英ファイナンシャルタイムス(FT)のインタビューの中で、現中華民国憲法を改正せず、「凍結」するだけにとどめつつ、それに代わる基本法的なものを定め、事実上、中華民国体制からの離脱、すなわちいわゆる台湾「独立」、を追求する意向を表明したというのに、中共当局が、インタビュー記事を掲載したことをFTに抗議しただけで、肝心の陳総統の発言内容そのものについては沈黙を保っていること(
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2006/11/04/2003334745
。11月4日アクセス)は、中共当局がいかに追いつめられているかを示すものです。

4 国民党の偽善性

 このように見てくると、ついに陳水扁総統、ひいては民進党政権を打倒するチャンスが到来したと小躍りしている台湾の国民党及び親民党(
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2006/11/04/2003334785
前掲)の小ささとアホさかげんが哀れになってきます。

5 それでも総統は辞任を

 民進党が起訴された党員の党籍を剥奪する方針をとってきた(
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2006/11/04/2003334758
。11月4日アクセス)こと一つとっても、事実上起訴されたに等しい陳水扁総統が自らに厳しい処分を課さないわけにはいきません。
 台北タイムスが社説で主張している(
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2006/11/04/2003334785
前掲)いるように、ここは潔く辞任し、憲法の規定に則り、副総統を総統に昇格させて後事を託すべきでしょう。副総統を急遽呼び返したのは、そのためだ、と信じたいところです。

(完)

太田述正コラム#1486(2006.11.4)
<台湾での大スキャンダル(その1)>

1 スキャンダルの概要

 台湾が大きく揺れ動いています。
 台湾の高等法院検察署(Taiwan High Court Prosecutors’ Office。検察当局)は3日、総統府の外交機密費(state affairs fund)を不正流用したとして、陳水扁(Chen Shui-bian。)総統(2000年に就任。二期目の残任期は2008年5月まで)の呉淑珍(Wu Shu-chen)夫人と馬永成前総統府副秘書長ら4人を横領、文書偽造、ないし偽証の容疑で起訴しました。
 検察当局は、陳総統の関与も認め、総統は憲法で不起訴特権があることから起訴は免れるものの、退任後の起訴を示唆しています。
 検察当局によると、呉夫人には、総統夫人の立場を利用し、他人名義の領収書を使って、2002年7月から今年3月までの間、機密費から1480万元(約5,300万円)を横領し、陳総統ともども、自分達の子供や孫用のダイヤの指輪等の贅沢品購入等に使った容疑と、この関連で、デパートの商品券購入にともなう1195万元(約4,300万円)分の領収書を文書偽造した容疑がかけられています。
 ただし、陳総統は、事柄の性格上、使途を全面的に明かすわけには行かないが、個人的目的のためにはこの金は一切使われていないと抗弁しています。
 昨年には陳総統の上級補佐官の一人が汚職の嫌疑をかけられ、また、複数の閣僚についても、汚職の捜査が進行中です。
 今年の夏には、陳総統の義理の息子がインサイダー取引容疑で起訴されています。
 また、呉夫人については、2003年と2004年に累次にわたって、法律で求められている個人財産開示を応じなかったことがケチのつき始めで、今年に入ってからは、某デパート・チェーンからそのチェーンの商品券の贈答を受けた疑惑も持ち上がり、この話は立件には至らなかったものの、今度は、オーストラリア在住の女性経営者が、呉夫人の親友がこの経営者の会社の領収書をかき集めていて怪しいという告発があり、今年7月に台湾政府の監査省(ministry of audit)が調べた結果問題ありとの結論に達したため、検察当局が捜査を開始し、今回の起訴に至ったものです。
 台湾の経済状況が思わしくなく、また、中共との関係改善の兆しが見えず、また上述した一連の腐敗疑惑・報道もあっって、陳総統の支持率は20%を切っていたところへ、この起訴が追い打ちをかけ、陳総統は苦境に陥っています。
 今年に入ってから既に6月と10月の二度にわたって陳総統不信任(recall)決議案を立法院に提出した第一野党の国民党は、改めて陳総統に辞任を求め、辞任しなければ三度目の不信任決議案を提出するほか、総統弾劾(impeachment)決議案の提出も辞さない構えです。
 今度不信任決議案や弾劾決議案が提出されれば、これまでの不信任決議案には白票を投じてきた、民進党より過激な台湾「独立」推進派政党たる台湾建国同盟も賛成票を投じる意向を表明しており、民進党から12名賛成票を投じる者が出れば、賛成票が三分の二を超えて、不信任決議または弾劾決議が成立する可能性が出てきました。
 仮に弾劾決議が成立すると、国民投票にかけられ、罷免を是とする者が過半数を占めれば、総統は罷免されます。
 台湾領の澎湖(Penghu)諸島を訪問中であった副総統の呂秀蓮(Annette Lu)女史は、急遽台北に召還されました。
 (以上、
http://www.sankei.co.jp/news/061104/kok002.htm
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6113480.stm
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/11/03/AR2006110300129_pf.html
http://www.nytimes.com/2006/11/04/world/asia/04taiwan.html?_r=1&oref=slogin&ref=world&pagewanted=print
http://www.guardian.co.uk/international/story/0,,1939173,00.html
http://www.ft.com/cms/s/ebb035ce-6b17-11db-bb4a-0000779e2340.html
http://www.ft.com/cms/s/4722d11c-6b6f-11db-bb4a-0000779e2340.html
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2006/11/04/2003334785
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2006/11/04/2003334761
http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2006/11/04/2003334733
http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2006/11/04/2003334732
(いずれも11月4日アクセス)による。)
 一体われわれは隣国でのこのスキャンダルをどう受け止めればよいのでしょうか。

(続く)

太田述正コラム#0642(2005.2.26)
<陳水扁総統の変節?>

1 民進党と親民党の提携

 昨年12月の台湾の総選挙(コラム#562)で与党の民進党等は過半数を獲得できず、引き続き苦しい議会運営を強いられてきていましたが、24日、陳水扁総統率いる民進党は、この総選挙で一番議席を減らした党である宋楚瑜率いる第二野党たる親民党(注1)との提携を発表しました(http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2005/02/25/2003224466。2月26日アクセス(以下同じ))。

 (注1)親民党は国民党より親中共。前回の総統選挙の時には、国民党主席の連戦と親民党主
席の宋楚瑜がそれぞれ総統候補、副総統候補としてタッグを組んで戦ったが、わずかの
票差で陳水扁総統・呂秀蓮副総統コンビの再選を許した。

 総選挙が終わった直後から、両党間で提携の動きがある、という報道が行われていたものの一時立ち消えになった観がありました(典拠省略)が、交渉は水面下でずっと続けられていたのでしょう。
 民進党からすれば、批判は覚悟の上で、最大野党の国民党と親民党との間に楔を打ち込み、議会運営の主導権を握るとともに、「台湾国内の混乱を招くとともに中共の反発と米国の懸念を招いてきた台湾政界の二極分化状況に嫌気が差し<ている>台湾の浮動有権者」(コラム#562)の民進党離れを食い止めることがねらいでしょうし、親民党からすれば、微妙な間柄である第一野党の国民党に一泡ふかせるとともに、選挙の敗北で蒙ったダメージを議会運営のキャスティングボートを握ることで少しでも解消することがねらいであると考えられます。

2 その評価

 第二与党の台湾団結連盟を始めとする台湾「独立」急進派は、これを陳水扁の変節であるとして悲憤慷慨しています(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/02/25/2003224482http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/02/25/2003224487、及びhttp://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2005/02/25/2003224517)。
 私も彼らの気持ちは痛いほど良く分かりますが、「独立派」総帥の陳水扁総統にしてみれば、掌握している行政府だけで実施できる施策には限界があり、立法府(議会)で少しでも自分の意図する予算や法律を通すためには、野党勢力の一部を取り込む必要があり、そのためには「妥協」をすることが避けられなかった(注2)、ということです。これは台湾「独立」急進派にとって決して悪い話ではありません。

 (注2)国号変更や憲法制定の凍結にしても(後述)、陳水扁の残りの三年の任期中に台湾国
民の過半の賛同を得られる見込みが殆どない以上、実質的には妥協とは言い難い。

 しかも、二年も前から私が指摘してきている(コラム#216、217)ように、野党第一党の国民党も実は隠れ台湾「独立」派になってしまっている(コラム#585)ところ、今回(国民党より更に親中派である)親民党が民進党に取り込まれた結果、親民党もれっきとした隠れ台湾「独立」派になったと言える(少なくとも中共からはそう見える)のであって、これも台湾「独立」急
進派にとって嘉すべきことではないでしょうか。
 なお、今回の両党の提携が、中共による反国家分裂法制定の動きに対する台湾国民の反発(コラム#585)、及びEUの対中武器禁輸解禁の動きへの日米の反対(コラム#613(森岡氏))並びにワシントンにおける19日の日米安全保障協議委員会共同声明の中での台湾海峡への言及(http://www.redcruise.com/nakaoka/index.php?p=77)といった台湾の安全保障にとって命綱であるところの日米両国の嫌中姿勢の鮮明化、という陳水扁政権にとって願ってもない追い風の下で行われたことも重要です。民進党は、心理的余裕を持って親民党との提携の最終的交渉に臨むことができたはずだからです。

 この際、提携発表の際の陳水扁による「解説」もふまえ、両党の合意内容のポイントをご紹介しておきましょう。

3 両党の合意内容

 (1)経済
 経済問題については、台湾政府が実施してきた対中戦略投資規制の緩和と中共との間の直行交通網等の設定等について合意された、ということです(http://news.ft.com/cms/s/9be76fcc-86d4-11d9-8075-00000e2511c8.html)。
 これは、親民党との提携をダシにして、陳水扁政権が、安全保障上の理由から先送りにしてきた長年にわたる懸案を解決する、ということです。
 対中戦略投資規制は、民間企業による脱法行為を招いており、名存実亡状況になりつつありましたし、初めての中共航空便の受け入れが今年の旧正月期間に限って行われたところであり、この恒久化の強い要請を中共に工場や家族を持つ台湾国民等から受けていたからです(注3)。

 (注3)タイミングを見計らったように、24日、中共側からも直行航空便恒常化の提案があっ
た(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A54487-2005Feb25?language
=printer)。
     陳水扁政権の方も、中共の銀行の支店受け入れを表明したり
http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2005/02/25/2003224467)、
中共の国民の個人での台湾観光旅行を認める旨表明したり
http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/02/25/2003224478)して
おり、中台間の経済交流の推進に積極的に取り組み始めている。

 (2)政治
 政治問題については、一言で言えば、1991年に李登輝総統(当時)によって打ち出され、2000年の総統選挙で当選した直後に陳水扁総統がコンファームした基本的スタンス(四不一沒有=four noes and one not)に立ち戻った、ということです。
 つまり、独立宣言をしない、中華民国という国号は変更しない、憲法に中台関係を国家と国家の関係として謳わない、公式の独立に関する住民投票を実施しない、そして国家再統合に係る機関と基本方針を廃止しない、ということです。
 (以上、http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/02/25/2003224482上掲、http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/02/25/2003224487上掲、及びhttp://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/02/25/2003224486による。)

4 最後に

 最後に台湾「独立」急進派の皆さんに一言。
 陳水扁総統への批判はほどほどにして、民進党とできる範囲で協力を続けつつ、心を新たにして、台湾内外の人々に対し、「独立」派の考えの一層の浸透に務めてください。
 そして、次の総統選挙と総選挙での勝利を果たし、その上で「独立」の大願の成就を図っていただきたい。
成功を祈っています。

太田述正コラム#0580(2004.12.31)
<中台軍事バランス(その4)>

 (前回のコラムの(注2)に手を入れて、ホームページの時事コラム欄に再掲載してあります。また、コラム#578についての読者とのやりとりが掲示板の#855、856に掲げられています。)

(2)日本と台湾の防衛協力
米国の影に隠れていますが、台湾の防衛における日本の役割も重要です。
日本が米軍の出撃拠点ないし兵站拠点の役割を果たすことを期待されているからです。
日本がこの期待に応えうる根拠は、1960年2月の極東条項を巡る政府統一見解の言うように、「フィリピン以北、日米安全保障条約の対象たる「極東」の範囲は、「日本及びその周辺地域で、韓国及び台湾地域も含む。この区域の安全が周辺地域に起こった事情のため脅威されるような場合、米国がとることのある行動の範囲は、必ずしも前記の区域に局限されるわけではない」(http://job.nikkei.co.jp/2006/contents/news/guide/kotoba/002.html。12月24日アクセス)からです。
なお、1969年11月の佐藤・ニクソン共同声明において、日本側は、「総理大臣は、朝鮮半島の平和維持のための国際連合の努力を高く評価し、韓国の安全は日本自身の安全にとつて緊要であると述べ<るとともに、>総理大臣は、台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとつてきわめて重要な要素であると述べ」(http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19691121.D1J.html。12月24日アクセス)ており、このスタンスは、日中国交回復(日台国交断絶)以降も、変わっていません。
更に、1996年3月の台湾総統選を牽制して中国軍が行った、台湾周辺海域へのミサイル発射(これに対して米空母が急遽派遣された)に危機感を抱いた李登輝総統(当時)が日本との軍事協力の必要性を痛感、次の陳水扁総統から日本に対し、米軍通の現役海上自衛官の台湾駐在を求め、結局中国通の陸上自衛官OBが派遣されることとなり、2003年1月、事実上の駐台湾日本大使館である交流協会に主任として赴任しました。1972年の日台断交以来、初めて「駐在武官」が台湾に派遣されたことになります。(http://www2.asahi.com/special/jieitai/kiro/040322.html。12月25日アクセス)
おろかにも中国の胡錦涛指導部が、対台湾政策を改めず、引き続き台湾向けのミサイル配備数の増加等を続けるようなことがあれば、次に日本が打つべき手は集団自衛権行使を禁じた政府憲法解釈の変更です。
もとより、政府憲法解釈の変更は、中国の軍事動向いかんにかかわらず行うべきことではありますが、台湾の軍事的苦境を救うためということであれば、一層意義があることになります。
言うまでもなく、これは米軍への支援をより効果的に行うことが主たるねらいであって、政府解釈を変更したとしても、実際に自衛隊を台湾防衛のために投入するかどうかについては、慎重な判断が求められることに変わりありません。

(3)原潜日本領海侵犯事件と台湾
 ア 台湾通報説
台湾の陳水扁総統は11月19日、中国の原潜の日本領海侵犯事件について「事前に日本と米国に関連情報を提供することができ、最終的に(中国原潜と)確認され、発見されたことを光栄に思う」と述べ、台湾当局が最初に原潜の動向を確認したことを初めて示唆し、「原潜の侵犯事件によって(日米ともに)中国の脅威を感じたはずだ」とした上で「アジア太平洋地域の平和と安定維持が日米台の共通の利益だ」と述べました(http://www.sankei.co.jp/news/041119/kok102.htm。11月20日アクセス)。
そして翌20日に台湾の有力紙・中国時報は、台湾軍事関係者の話として、台湾は11月初め、台湾東部海域で中国の原潜が航行しているのを対潜哨戒機S-2Tが発見し監視を開始し、巡視艦も現場海域に急派し追尾したが、原潜が潜行を続けたため、一度は強制浮上させる準備に取りかかったが原潜は離脱し、台湾北東方向の与那国島と宮古列島付近の日本の領海へ入り込んだ、と報道しました。同紙によれば、台湾当局はその直後に日本側に情報提供し、原潜の監視が自衛隊に引き継がれたというのです。(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20041121/mng_____kok_____003.shtml。11月21日アクセス)
ところが、日本の外務省は、台湾から通報があったことを否定したため、台湾の総統府はこの日本政府の反応に対し遺憾の意を表明しました(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/11/27/2003212741。11月27日アクセス)。

 イ 米国通報説
話はこれで終わりませんでした。
12月に入ってから、日本政府筋の話として、米国が10月中旬に偵察衛星で出航直前の中国漢級原潜をとらえ、この原潜が出航してからは青島近海で潜没したまま監視活動を続けていた米ロサンゼルス級原潜が追尾を開始したところ、中国原潜は宮古島北方の公海を潜没して太平洋に進出し、グアム付近から帰路に就き、11月10日に日本領海を侵犯し、最後は再び偵察衛星によって16日に青島に戻ったことが確認された、という報道が東京新聞によってなされたのです。この記事では、「米原潜が中国の原潜基地付近で隠密の監視活動を行っていることが判明したのは初めて。冷戦期、ソ連の原潜基地付近で行っていたのと同じ軍事行動に当たる。2年前にも青島を出港した漢級原潜を米原潜と海自が追尾したが、この時は領海侵犯しておらず、公表されていない。グアムには2001年から米原潜が1隻配備されているが、月内にも1隻追加し、常時1隻は青島付近の監視任務につくことが可能になる。」とも報じられています。(http://www.tokyo-np.co.jp/00/sei/20041208/mng_____sei_____001.shtml。12月8日アクセス)。
 通報は、この追尾の過程で、米国から日本に対してなされたことになります。

  ウ 真相いかん?
 一体、どれが真相なのでしょうか。
 確かに中国には原潜は攻撃型としては漢級が5隻、核弾道弾搭載型としては夏級が1隻しかありませんし、そのすべてが同時にオペレーションを行うことはありえないので、出港した原潜すべてを米国が自分の攻撃型原潜で追尾することは、攻撃型原潜を56隻も持っているので十分可能です(注3)。しかし、オペレーション中に原潜側から通信を行うことは極力避けるものなので、中国原潜の位置情報をこの米国原潜が地上司令部に通報し、これを米国政府が日本政府に伝達した、とは考えられません。

 (注3)中国と米国の潜水艦の隻数等は、The military Balance 1904/1905 PP25,171 による。

 私は、以前(コラム#530??533、537)述べたように、固定ソーナー網(SOSUS)で得られた中国原潜の位置情報をもとに、日本政府はP-3C等を投入してこの原潜をピンポイントで捕捉した、と考えています。
 いずれにせよ、台湾のST-2のような旧式の対潜哨戒機が中国原潜を発見したはずはありません。
 米国が台湾を基地局として台湾周辺海域にはりめぐらせた固定ソーナー網がこの中国原潜を追跡し、この固定ソーナー網で得られた情報を台湾も米国と共有するルールとなっていたことから、この情報を米国が日本に伝達したことをとらえて、陳水扁総統は、日本に直接情報を伝えたかのように語ったのでしょう。
 結果としてこの中国原潜が日本の領海を侵犯した、というわけです。
 他方日本は、米国(台湾)から情報が得られていたので、この中国原潜を、米国が日本を基地局として日本周辺海域にはりめぐらせた固定ソーナー網でなおさら容易に捕捉することができ、早期にP-3C等を投入することによって、この中国原潜が日本の領海を侵犯する前にピンポイント捕捉ができた、と考えます。
 陳水扁発言を日本政府が否定したのは、台湾と日本の軍事協力態勢をコンファームすることは対中配慮上避けたかったことと、米国が日本と台湾周辺に張り巡らせた固定ソーナー網の存在を引き続き秘匿したかったからでしょう。

(完)

太田述正コラム#0579(2004.12.30)
<中台軍事バランス(その3)>

5 補論

(1)中国海軍の外洋海軍化?
先般の原子力潜水艦の日本領海侵犯事件もこれあり、沿岸海軍(coastal navy)であった中国海軍が本格的な外洋海軍(blue water navy)化を目指し、ミッドウェー・グアム・マリアナ諸島・南太平洋諸島・パラオ諸島へと連なる第二列島線を目指し、日本列島・台湾・フィリピン・インドネシアへと連なる第一列島線を突破しつつあり、最終的にはこれらの防衛線の向こうにいる米国をおびやかそうとしている、といった議論が盛んに行われています。
これは当時中国の中央軍事委員会副主席だった劉華清(Liu Huaqing)が1993年に確立した方針に従ったものである、というのです。
日本近海に中国海軍の海洋調査艦が出没した回数が、1999年には12回だったのが、2000年には18回になり、2001年には7回に減ったけれども、2002年には17回に戻り、昨年は8回に再び減ったけれども、今年に入ってからは5月までだけでも17回にのぼり、しかもこのうち14回は第一列島線を越えて第二列島線をうかがったものだった、この事実こそ、中国海軍が本格的な外洋海軍化に向けて着々と歩を進めている証拠だとされます。
これら海洋調査艦は、海流・海水温・塩分・深度等を調査していると考えられており、中国が海軍艦艇(潜水艦を含む)を有事に調査対象海域に展開させることを考えていることは明らかだ、というわけです。
(以上、http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2004/12/14/2003215081(12月15日アクセス)による。)
しかし、海洋調査艦がハワイ沖に出没した、とかインド洋に出没したというならともかく、日本周辺海域に出没しただけでは本格的な外洋海軍化の動きとは到底言えないでしょう。
中国海軍は、1970年代に国防予算の20%が割り当てられ、躍進しました。在来型潜水艦が35隻から100隻に増え、ミサイル搭載艦が20隻から200隻に増え、補給艦等も含め、外洋航行に適した大きな水上艦艇も建造されました。そして、攻撃型や核弾道弾搭載の原子力潜水艦の開発にも着手しました。
しかし、前出の劉華清が海軍司令官を務めた1980年代に入ると、海軍に割り当てられる国防費は減り、海軍の増勢は鈍化してしまいます。
本格的な外洋海軍を目指すのであれば、空母の保有に乗り出すべきところ、そんな様子も全くありません(注2)。
(以上、特に断っていない限りhttp://en.wikipedia.org/wiki/Chinese_aircraft_carrier及びhttp://en.wikipedia.org/wiki/Soviet_aircraft_carrier_Varyag(いずれも12月24日アクセス)による。)

 (注2)ソ連ですら、その末期にかろうじて空母を一隻(Admiral Kuznetsov。58,000排水トン)保有しただけだ。(ロシアが引き続き保有。)その他のソ連の「空母」は、短距離/垂直離着陸機ないしヘリコプターを搭載できたにとどまる。(http://www.naval-technology.com/projects/kuznetsov/及びhttp://www.bharat-rakshak.com/NAVY/Gorshkov.html(いずれも12月25日アクセス))
ソ連崩壊後、建造中だったもう一隻の空母(Varyag。Kuznetsovと同じ型)は、ウクライナの所管となったが、建造が中止され、スクリューも舵も取り去られた船体だけとなっていたところ、マカオで海上カジノにすると言ってマカオの会社が1998年に購入し、実際には2000年から2002年にかけて大連まで曳航したので、中国が空母保有に向けて動き出した、と話題になったことがある。しかし、この船体を入手したのは、あくまでもお勉強目的だったようだ。

 このように見てくると、中国海軍の本格的な外洋海軍化は、遠い将来はともかくとして、当面考えられない、と言ってよさそうです。
 
(続く)

太田述正コラム#0578(2004.12.29)
<中台軍事バランス(その2)>

(本篇は、コラム#534(2004.11.15)の続きです。)

4 米国との防衛協力の強化

 (1)台湾米国装備購入予算
大統領選挙の前から、台湾では384基のパトリオットPAC-3ミサイル、12機のP-3C大戦哨戒機、8隻の在来型潜水艦、等を米国から調達するための6100億元(188億米ドル相当)の予算をめぐって与野党間で綱引きが続いています。台湾政府並びに与党の民進党等の緑陣営は、高まる中国からの脅威を念頭に置き、台湾の自主防衛力を強化し、台湾海峡有事における米国への依存を減らすためにこの調達が必要だとしているのに対し、野党の国民党等の青陣営は、調達価格が高すぎる等とケチをつけているのです。(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/12/15/2003215185(12月16日アクセス)等)
この10月に、台湾では国家の存立に係わる問題まで政争の具になっている、と米国防省の高官が嘆き、台湾に警告を発しています(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/11/17/2003211402。10月18日アクセス)が、この件に関しては青陣営の方に理がありそうです。
台湾政府は、台湾に対する中国の軍事的脅威の第一は潜水艦で、第二はミサイルであり、これに対処するための最適のパッケージがこの調達計画だとしています(台北タイムス上掲)が、この認識がまずおかしい。最大の脅威はミサイルであり、潜水艦の脅威は米第7艦隊にとっては脅威かもしれませんが、台湾にとっては直接的な脅威ではありません。
とまれ、仮に潜水艦の脅威にも対処しなければならないとしても、P-3Cに加えて、P-3Cに比べると対潜水艦能力が無に等しい、在来型潜水艦まで調達する必要があるかどうかは疑問です。
最大の問題は、潜水艦の調達価格が高すぎることです。
潜水艦調達経費は、上記調達パッケージの総予算の66%、120億米ドルを占めていますが、これは余りにもバランスを失しています。
こんなに高い買い物になるのは、在来型潜水艦を、もはや在来型潜水艦をつくっていない米国から買う計画だからです。
米国の業者は、台湾政府から発注されれば、在来型潜水艦をつくっている国の企業からライセンスを取得して建造することになりますが、これでは高くつくのは当然ですし、引き渡しまで時間もかかります。第一隻目の引き渡しまで10年はかかると予想されているほどです。
ある米国の元海軍提督は、在来型潜水艦の調達はやめ、その予算で、ミサイルに狙われている施設をコンクリートで強化することを提言していますが、私も同感です。
クリーンさを売り物にしている緑陣営ですが、調達パッケージ中、少なくとも潜水艦調達の部分に関しては、台湾と米国にまたがる利権のにおいがぷんぷんする、と申し上げておきましょう。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/12/18/2003215612(12月18日アクセス)による。)

 (2)米台軍事交流
いずれにせよ、一番大事なことは、台湾と米国が軍事面でより連携を深めることです。
今年5月、米上下両院でそれぞれ、米台間のトップレベル軍事交流を可能にする法案が可決され、今まで禁じられていた、准将以上や次官補代理以上の台湾訪問が可能となりました。そのねらいは、軍事のあらゆる分野について、米台間で突っ込んだ協議を行うことです。
この法案は、しぶる国務省と国家安全保障会議を国防省が押し切って行った要請に米議会が応えたものです。
(以上、http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2004/05/22/2003156470。5月23日アクセス)
このような米国内における意識の変化を反映し、米国の現役将校が来年、事実上の駐台湾米国大使館である米国在台協会台北事務所に配属されることになりました。これは1979年の米台断交以来途絶えていたことの復活です。
(以上、http://www.sankei.co.jp/news/041220/kok061.htm(12月21日アクセス)による。)
 この関連で、米国防省がEUに対し、対中武器禁輸を解除しないようにあからさまに要求し、禁輸を解除するようなことがあれば、米国はEU諸国との武器技術協力をやめると警告したことは注目されます。(そんなことになったら一番被害が大きい英国は、青くなっています。)(http://news.ft.com/cms/s/4626b21a-5514-11d9-9974-00000e2511c8.html。12月24日アクセス)
 イラクや北朝鮮を人質にとられているために、当面中国には強く出られない米ブッシュ政権ですが、その対中警戒心が急速に高まりつつあることが、米国の以上の動きからよく分かります。

(続く)

<読者>
在来型潜水艦保有のメリットの一つは対潜水艦訓練目的もあるのではないでしょうか。
米国以外の西欧諸国は中国ビジネスに気兼ねして高性能通常型潜水艦の売却をしないのではないでしょうか。
1904年当時,日本の同盟国が英国で三笠とか新鋭艦を購入できたのはラッキーだったと思います。台湾は兵器購入に関して気の毒な状態にあります。イスラエルのように米国に泣きつくしかないでしょう。

<太田>
 日本が保有している潜水艦の目的は、日米のP-3C等の対戦訓練の目標になることと、冷戦時代は対馬・青函・宗谷海峡等の隘路でソ連の潜水艦を待ち受け攻撃することでした。
 後者の目的がなくなった今、16隻も在来型潜水艦を保有している意味はなくなったと思います。
 (原子力潜水艦であれば、話は違います。)
 さて、台湾が現在保有している潜水艦4隻は余りにも古いので勘定に入れないとしても、8隻新たに調達すれば、日本の潜水艦勢力の半分も台湾が保有することになります。
 待ち受け攻撃する隘路など台湾周辺海域にはほとんどない上、台湾の海岸線の長さとか周辺海域の広さを考えれば、8隻というのは、多すぎることは明らかでしょう。
 せっかくP-3Cを買っても、(原子力潜水艦なら米国が訓練に供してくれそうですが、)訓練相手となる在来型潜水艦がないことは読者ご指摘のとおりです。
 しかし、日本の潜水艦があります。
確かに現時点では、日本の潜水艦相手に訓練することはできませんが、10年後は可能になっているかもしれませんよ。
どうしても訓練目的に在来型潜水艦を保有する必要があるとしても、3隻もあれば(2隻を常時使用することができることから)十分でしょう。
 なお、読者ご指摘のように、在来型潜水艦をつくっている国で、台湾に潜水艦を売ってくれる国はほとんどないことは事実であり、このことは米国に(台湾に潜水艦を売ると分かっていて)ライセンスを提供する国もほとんどないことを意味します。
この点からも、台湾が潜水艦を調達する計画は、絵に描いた餅に終わる可能性が大です。
 (潜水艦の隻数は、The Military Balance 2004/2005によった。)

太田述正コラム#0562(2004.12.13)
<台湾の総選挙の評価>

11日に台湾で総選挙が実施されました。
予想ではこれまで少数与党であった民進党と台湾団結連盟が合わせて全議席の過半数をとると考えられていましたが、多数野党であった国民党・親民党・新党が過半数を維持するという意外な結果に終わりました(注1)(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-taiwan11dec11,1,2463159,print.story?coll=la-headlines-world。12月12日アクセス(以下特に断っていない限り同じ))。

(注1)3月の総統選挙における陳水扁勝利も番狂わせであった(コラム#296)ことを思い出す。台湾の選挙は面白い。

しかし、前回の2001年の総選挙の結果と比較してみますと、全225議席中の過半数113犠牲を1議席上回る114議席を獲得した野党側(青陣営)の得票率は50%から52%へと増えただけであるのに対し、101議席を獲得した与党側(緑陣営)の得票率は41%から48%に大きく増えており、緑陣営が着実に支持を伸ばしたと見ることもできます(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/12/12/2003214732)。
ちなみに、台湾では議員は行政府の閣僚等を兼ねることができないので、緑陣営が青陣営の議員を行政府のポストで釣って減らすことが予想され、また、青陣営に何人かいる海外在住の議員の議会出席率が悪いこともあって、両陣営の議会内での力は前回の選挙以来の青陣営と緑陣営の伯仲が続くこととなり、10議席の中間派がキャスティングボートを握っていると言っていいでしょう。(もっとも、その中間派は青陣営寄りです。)(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/12/12/2003214733)。
そうは言っても、今年3月の総統選挙の時には緑陣営は過半数を制して陳水扁再選をなしとげた(注2)のですから、緑陣営には反省すべき点があるはずです。

(注2)ただし、同時に実施された初の住民投票は、有権者の5割の参加を確保できなかったため、成立せず失敗に終わった(コラム#296)。

その手がかりは、今回の総選挙の投票率が史上最低の59.16%であった(http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2004/12/12/2003214727)ところにあります。これは浮動票の多い緑陣営支持者(コラム#296)で投票に行かなかった者が多数いたことを意味します。
このことと、最も中共寄りである親民党が前回の総選挙の時に比べて12議席も減らして34議席であったこと、逆に最も台湾「独立」志向である台湾団結連盟もまた1議席減らして12議席であったこと、を合わせ考えると、台湾の浮動有権者で、台湾国内の混乱を招くとともに中共の反発と米国の懸念を招いてきた台湾政界の二極分化状況に嫌気が差した人々がかなりいる、と見ることができます(http://www.guardian.co.uk/taiwan/Story/0,2763,1371733,00.html)。
そうだとすると結果論になりますが、陳水扁総統として、かねてから主張してきた憲法改正の旗印を下ろす必要こそなかったものの、選挙期間中に「中国」とか「中華」といった名前の政府系企業を「台湾」に改称させるとぶちあげた(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A56977-2004Dec11?language=printer)ことは、米国政府の不快感表明を招いた(http://www.cnn.com/2004/WORLD/asiapcf/12/11/taiwan.election/index.html)こともあり、失敗だったというべきでしょう。
興味深いのは中共の対応です。
今まで選挙のたびに緑陣営への脅しを繰り返してきた中共政府は、それが逆効果であったことを自覚したか、今回は完全に沈黙を保ち(ロサンゼルスタイムス前掲)、選挙が終わってからも、12日夕刻時点で何の表明もしていません。
しかし、(当然政府の意向を汲んで)同国の中央テレビが「台湾の選挙結果は現在の政治当局に不満を抱く台湾の民意を代表したものだ・・台湾の民衆は台湾の選挙文化に失望しており、積極的に選挙に参加していない・・人々は現在の台湾当局がわざと台湾内の対立や分裂を激化させていることに嫌気がさしている」と報じた(http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20041212AT2M1101Q11122004.html)ことは注目されます。
これは客観的かつ「妥当」な論評であるだけでなく、選挙結果を「民意」のあらわれとしていることは、選挙(制度)を評価している、とも受け止められるからです。
やはり、中共の全権を掌握した胡錦涛は、対日政策(コラム#560)に引き続いて台湾政策も転換しようとしている、と私には思えてなりません。
中共に面子を失わせることなく政策転換を行わしめる猶予を与えたという意味では、今回の選挙結果は、巧まずして最善の結果であった、と言えるのかもしれません。

(12月12日夕刻発信)

太田述正コラム#0534(2004.11.15)
<中台軍事バランス(その1)>

1 始めに

前回、原潜の領海侵犯に関し、米国は「日本を中国の「脅威」に目覚めさせて積極的に(台湾防衛等を念頭に置いた)米国の対中国軍事戦略に組み込」もうとしているのではないか、と申し上げたところです。
米国がどうしてこのように考えている可能性があるのか、ご説明しておきましょう。

2 中国が台湾を攻撃したらどうなる

8月初め、中国が台湾を攻撃すれば、台湾の首都台北は6日間で陥落するというシミュレーション結果が出たと台湾の新聞が報道しました。
その後、台湾の別の新聞は、台湾は6日間ではなく2週間は持ちこたえられる、と報じました。
これらのセンセーショナルな報道を受け、ロイター電は、米海軍大学の専門家の、中国海軍はまともな上陸用艦船を保有しておらず台湾への上陸侵攻は困難であるし、米国が中国に外交的圧力をかけたり、台湾に軍事情報を提供してくれたり、軍事力で助けてくれたりすることが期待できる、という言葉を紹介しました。
(以上、http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/08/13/2003198541(8月14日アクセス)による。)
もう少し具体的に見てみましょう。
11月14日付のサンケイ新聞(http://www.sankei.co.jp/news/morning/14pol001.htm。11月14日アクセス)は、防衛庁で行われた「極秘」分析を引用する形で、このままでは中台軍事バランスは2009年に中国が優位に立ってしまう、と報じましたが、ファイナンシャルタイムスの記事(http://news.ft.com/cms/s/a51c1e08-0e8e-11d9-97d3-00000e2511c8.html。9月27日アクセス)等を参照しつつ、この記事に若干補足を加えて整理すると以下の通りです。 
?? 中国は陸軍の上陸作戦能力に見通しうる将来にわたって制約がある。しかし、現在中国が量的には圧倒しているものの質的には台湾が優位に立っている海・空軍力については、中国が急速に近代装備の拡充を図っていることから、このままだと中国が遠からず、海・空軍力において優位に立つことは必至だ。すなわち、
?? 台湾が仏製ミラージュ戦闘機、米国製F-16戦闘機を計約200機を保有しているのに対し、中国は性能的にこれらよりやや劣るものの、ロシア製戦闘機のスホイ27、スホイ30の保有が既に200機程度に達し、しかも台湾に近い華南地方に集中配備しており、このまま増勢が続けば、2009年頃には中国が空軍力で優位に立つ。
?? 中国は既にロシア製ソブレメンヌイ級駆逐艦2隻とロシア製キロ級在来型潜水艦4隻をを保有しており、このまま増勢が続けば、仮に台湾が米国からイージス艦や特注の在来型潜水艦を予定通り導入したとしても、2007年には中国が海軍力において優位に立つ。
?? 中国は、東風15や東風11等の弾道ミサイルを既に約600基を台湾対岸に配備しており、その配備基数は今後毎年75基のペースで増大して行く。これに対し台湾は、米国製地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の配備で対抗しているが基数が圧倒的に不足しており、仮にパトリオットを米国から予定通り更に導入したとしても、まだまだ不十分だ。最新の対空ミサイルを装備したイージス艦の配備が伴わなければ、なおさらだ。
   そもそも現状においても、中国が台湾を弾道ミサイルで攻撃したとすると、5波約10時間の攻撃で台湾の航空基地等は壊滅的打撃を蒙り、台湾の空軍力は無に帰してしまう。そうすれば、台湾の海軍も全く動けなくなってしまう。そうなれば、いくら上陸能力に制約があると言っても、台湾の陸軍の駐屯地等も壊滅的打撃を蒙っているであろうことから、中国陸軍の台湾への渡航上陸を妨げるものは何もなくなってしまう。

いくら米国が助けてくれることを期待したとしても、台湾周辺にたまたま米空母が展開してでもいない限り、中国から航空優勢を奪い返すことは困難です。むろん、米国が全力をあげ、日本もまた米軍支援に全力をあげたとすれば、何ヶ月か後に、一旦中国にとられた台湾を取り返すことは不可能ではありませんが、その間台湾住民が蒙る惨禍には恐るべきものがあるでしょう。
もとより以上は軍事バランスだけに着目した議論です(注)が、それにしてもこれは憂うべき状況だと言わざるをえません。

(注1)中国が台湾を核攻撃するようなことは、台湾の「解放」を唱えている以上、ありえない、という大前提がかぶっている議論であることに注意。

3 台湾はどうすべきか

最も優先順位が高いのは対弾道ミサイル防衛ではないか。パトリオット等をもっと沢山、しかも早急に米国から買えば良いではないか、と思われるかもしれません。
しかし、パトリオットは高価であり、台湾の財政力にも限界があります。
しかも、そもそもパトリオット3基でやっと弾道弾1基を迎撃できるとされており(FT上掲)、ただ単に防勢一本やりでは無理があるのです。
そこで台湾では、1000km以上の射程の対地巡航ミサイル(ジェットエンジン搭載ミサイル)を開発中であり、このミサイルを地形照合しつつ中国の防空システムをかいくぐって低高度で飛ばすための中国の三次元の詳細地図を米国が提供してくれさえすれば、4年以内にも実戦配備することが可能であると報じられています。
ところが、中国は中国で射程1500km、命中誤差10mの対地巡航ミサイルの発射実験に成功したとされており、どこまでいってもいたちごっこが続きそうです。
(以上、FT上掲を敷衍した。)
 こんな調子で中国との軍拡競争を台湾にやらせることは、今後中台間の経済力格差がどんどん開いて行くことを考えれば、しのびないものがあります。

(続く)

<森岡>
以下は、読売新聞の記事(http://headlines.yahoo.co.jp/
hl?a=20041119-00000214-yom-int)の抜粋です。
「日本の領海を侵犯した中国の原子力潜水艦について、台湾が、日本より先に動向を察知し、日米両国に通報していたことが19日わかった。台湾の陳水扁総統が、台北を訪問した日本の対台湾窓口である財団法人・交流協会の服部礼次郎会長との会談の中で明らかにした。」
Yahoo!ニュースでは陳総統の発言についてはこれだけしか書いてありませんが、台湾の台北タイムスによると陳総統は「我々は、台湾と同じように日本もまた中国の脅威を感じることができると信じる。これ(原潜による領海侵犯による一連の出来事)はアジア太平洋地域の安全を守ることは、日本、米国そして台湾の共通の利益であると認識していることを示した」と発言しました。
(原文は"We believe Japan can feel the sense of threat from China just as Taiwan does. [..] This shows Japan, the US and Taiwan share same interests in safeguarding the security of the Asia-Pacific region."です)(http//www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/11/20/2003211789)
陳総統は9月にも「日本と台湾の関係は軍事同盟だ」と台湾を訪れた自民党議員に対して発言しています。(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040912-00000009-san-int
太田さんがコラム#534(中台の軍事バランスその1)で述べられているように中国の軍拡によって脅威を感じている台湾政府は、日本との軍事協力を拡大したい、軍事「同盟」を既成事実として日本人に受け入れてもらいたいとしてこのような発言を繰り返しているようです。
また、日本は台湾の味方だとアピールすることで中国を牽制しているとも考えられます。
いずれにせよ、日本ではこのような台湾からの必死のアピールはあまり大きなニュースになっていないようなのが、台湾が可哀そうですね。

太田述正コラム#0299(2004.3.25)
<台湾の総統選挙(続x3)>

5 連戦陣営による異議

 この選挙結果に対し、連戦陣営は異議を唱えているわけですが、その異議の内容は、その後三つも増えて5項目にわたっています(下掲)。
 ア 投票日前日の銃撃事件は同情票をねらった陳水扁陣営による自作自演の疑いがあり、その究明がなされないまま投票が行われたので選挙は無効であり、再投票が行われるべきだ。
 イ 陳水扁陣営と連戦陣営の差は投票総数1,290万票に対し、わずか3万票に過ぎないので、票の再計算が行われるべきだ。
ウ 31万票もの無効票は、過去二回の総統選挙に比べて異常に多いので、票の再計算が行われるべきだ。
エ 銃撃事件の後、政府は高度の警戒態勢をとったため、20万人もの兵士が投票することができなかった。よって選挙は無効であり、これら兵士にも投票させる形の再投票が行われるべきだ。
オ 投票所の運営がずさんで票の計算の際不正が行われた。よって選挙は無効であり、再投票が行われるべきだ。

お気づきだと思いますが、再計算は選挙が有効であったことを前提にしており、その一方で選挙の無効を主張するのは矛盾です。

個別的には、
アについては、陳水扁総統が銃撃の結果死亡した場合は選挙が中止になることになっていますが、けがをしただけなので、投票を実施したことに問題はありません。
ウについては、無効票が多かった理由について、既にご説明しました。
エについては、投票できなかった兵士の数が過大であるのみならず、仮に選挙が無効になったとしても、再投票の際には、最初の投票時の有権者だけが投票を許されることになっているので、意味のないクレームであるとしか言いようがありません。
イとオについては、これは完全ないいがかりだと承知の上で提起しているクレームであることは明白です。というのは、前に説明したような投票方法であって、投票者が自分で何か書くのではなく、投票所にある判を押すだけなので、紛れる余地が殆どないだけでなく、投票所の事務を行うのは公務員と助っ人の教員であり、いずれも国民党系の人々が多いこと、陳水扁、連戦両陣営の立会人が目を光らせていること、から、投票所で計算ミスが生じたり、不正が行われたりする余地などないからです(前掲Laurence Eyton記者の記事4)。

(以上、特に断ってない限り、http://www.atimes.com/atimes/China/FC24Ad04.html(3月24日アクセス):Laurence Eyton記者の記事5、による。)

さて、連戦陣営は、裁判所に対して選挙無効の申し立てを行うとともに、陳水扁総統に対し総統権限で票の再計算をするよう要求しています。
これに対し、所轄の高等民事裁判所は、連戦陣営による選挙無効の申し立てについて、投票結果が確定する前に提起されたという形式的理由で却下しました。
また、陳水扁陣営は、総統選挙で一位と二位の得票率が1%以内の時は、自動的に再計算するとの法律改正案を立法院に提出し、今回の選挙に遡及適用することで、この問題の決着をつけようとしており、現在、立法院において審議中です。
(以上、http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20040325/mng_____kok_____000.shtml(3月25日アクセス)による。)

6 感想

 総統選後、台湾は混乱の中にあります。
 私は、台湾の現在の混乱は、いまだにかつてのファシスト政党たる古い殻を完全には脱ぎ捨てられていない国民党を支持する人々が、最終的かつ抜本的な意識改革を迫られ、取り乱しているが故の混乱であると見ています。
韓国と台湾はどちらも日本の旧植民地であり、成熟した議会制民主主義国となっていた日本の薫陶をその当時に受けていたからこそ、戦後の経済発展の土台の上に、この10年来、議会制民主主義を確立することができました。
しかし、議会制民主主義の成熟化というゴールを目前にして、韓国はこのところ足踏み状態にあります。(退行状態にある、と言ってもいいかもしれません。)これに対し、台湾の議会制民主主義は、今回の総統選挙後の混乱を経て、成熟化するであろうと私は楽観視しています。
 台湾には韓国におけるような、中国に対する事大主義が(国民党を支持する人々においてさえ既に)見られないこと、反米主義が見られないこと、反日的意識が見られないこと、そしてこれが一番重要なことなのですが、台湾の人々が韓国の人々に比べてはるかにまっとうな歴史観を持っているように見えること、がその根拠です。

(完)

<読者>
>お気づきだと思いますが、再計算は選挙が有効であったことを前提にしており、その一方で選挙の無効を主張するのは矛盾です。(コラム#299)

これは矛盾ではありません。まず大前提として「選挙無効」を主張し、仮に選挙無効の主張が退けられたとしても、「再計算」を主張するというわけです。

たとえて言うならば、刑事裁判で、「無罪」を主張するが、無罪の主張が退けられた場合に備えて、「量刑不当」も同時に主張するようなものです。何も矛盾ではありません。

>この銃撃事件を誰が仕組んだかについては、自作自演説が成り立ち得ないことだけは(命中精度の悪い手製銃による腹部の狙撃は危険すぎることから)はっきりしていますが、・・(コラム#299)

確かに、道路上で狙撃されたというのが事実であるなら、自作自演は危険すぎるのでまずありえないでしょう。
しかし、道路上で狙撃されたという確実な証拠があるのでしょうか。
病院に駆け込んでから、至近距離から狙撃して銃創を作ったという可能性はありえないでしょうか。適当な物(たえとえば布団や枕)を貫通して威力を弱めれば、弾がそれてもまず致命傷はありえないので可能だと思います。私は銃のことを知らないので間違いであれば指摘してください。

<太田>
>たとえて言うならば、刑事裁判で、「無罪」を主張するが、無罪の主張が退けられた場合に備えて、「量刑不当」も同時に主張するようなものです。何も矛盾ではありません。

揚げ足をとるようですが、「量刑不当」は、判決があって初めて主張できるのであり、あらかじめ主張することは不可能です。
それはともかく、「選挙の無効」の主張(A)、及び「選挙は有効だが再集計」の主張(B)を同時に提起するのであれば、投稿子ご指摘のように、A、仮にAが認められない場合にはB、という提起の仕方をしなければならないというのに、AとBを並列的に提起し(、しかも、A、Bそれぞれの理由付けについても、無整理にありとあらゆることを思いつくままに挙げ)ていることをとらえて「矛盾」と表現したものです。連戦陣営の慌てふためきぶり、ないし法意識の未熟さを痛切に感じます。

>病院に駆け込んでから、至近距離から狙撃して銃創を作ったという可能性はありえないでしょうか。適当な物(たえとえば布団や枕)を貫通して威力を弱めれば、弾がそれてもまず致命傷はありえないので可能だと思います。

大変興味深いご指摘ですが、あらかじめ傷を負ってから遊説するのは陳水扁氏と副総統のお二人にとってきつすぎやしませんか。となると、遊説を中止して病院内で傷をつくり、それから手術(ビデオ撮影されている)に臨んだことになりますが、関係者が多くなりすぎて到底秘密が守れるとも思えません。
なお、布団や枕を貫通させてから命中させるとなれば、弾道がずれる可能性があり、むしろ危険ではないでしょうか。

太田述正コラム#0298(2004.3.24)
<台湾の総統選挙(続々)>

3 陳水扁総統銃撃事件

 陳水扁総統は翌日が総統選というた3月19日午後1時45分(日本時間同2時45分)頃、台湾南部の台南市内を選挙カーで遊説中に銃撃され、下腹部に傷(長さ11センチ、幅2センチ)を負い、同乗していた呂秀蓮副総統は右ひざを撃たれました(1―2センチの外傷)(http://www.nikkei.co.jp/news/main/20040320AT2M1902V19032004.html。3月20日アクセス)。
 この銃撃事件が陳水扁陣営不利に振れていた選挙情勢を一挙に覆してしまった、と私は見ています。
 まさに、連戦陣営はそう考えたのでしょう。同陣営は、選挙の投票結果が確定しない段階で、早くも選挙無効を唱えた(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20040325/mng_____kok_____000.shtml。3月25日アクセス)のです。(その時点で挙げられたのは銃撃事件に対する疑惑と票集計疑惑でしたが、後者については、再計算したところで結果が覆るわけがないことは、連戦陣営も百も承知しているはず(後述)であり、彼らの真のわだかまりは銃撃事件に対してであると思われます。)

 この銃撃事件を誰が仕組んだかについては、自作自演説が成り立ち得ないことだけは(命中精度の悪い手製銃による腹部の狙撃は危険すぎることから)はっきりしていますが、現段階で憶測をたくましくすることはさし控えた方が無難でしょう。

4 選挙の結果

 総統選の結果は、陳水扁陣営が6,471,970 (50.11%)、連戦陣営が6,442,452 (49.89%)、無効票が337,297、投票率が80.28%でした(http://www.atimes.com/atimes/China/FC22Ad01.html(3月22日アクセス):Laurence Eyton記者の記事3)(注4)。

 (注4)無効票が前回の総統選挙の時に比べて大きく増えたことについても、連戦陣営は問題にしているが、その理由ははっきりしている。第一の理由は、前回の総統選の時には、投票者が判を押す場所はどの陣営かさえ分かればどこでもよかったが、今回は、国民党も同意した法改正により、所定の場所以外に押すと無効になったことhttp://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/03/24/2003107527(3月24日アクセス)であり、第二の理由は、二つの提携関係にあるグループが、陳、連両陣営に不満を持つ人々に対し、上記法改正を踏まえ、投票用紙上の両陣営の候補者の口のあたりに判を押す形で無効票を投じるように呼びかけたこと(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/03/22/2003107253。3月23日アクセス)です。

 2000年の陳水扁、連戦、宋の三つどもえの総統選挙の際の陳水扁陣営の得票率39%に過ぎず、それが50%に増えた(http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2004/03/22/2003107314。2月23日アクセス)わけですから、民進党にとっては大躍進であったと言っていいでしょう。

 ちなみに、台湾初の住民投票が二つの設問とも有権者の過半数以上の投票が得られなかった(注5)ため、成立せず、このことがあたかも陳水扁陣営にとって大きな打撃であったかのような報道がなされているところですが。住民投票が失敗することは、総統選がデッドヒートであることから、あらかじめ十分予想できたところです。

(注5)投票率は、中国の台湾向けミサイル配備に対し、台湾の国防を拡大することの是非を問う設問1が45.17%、中国との平和共存のための協議メカニズムをつくることの是非を問う設問2が45,12%だった(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20040321/mng_____kok_____006.shtml(3月21日アクセス))。

 なぜなら、投票者が総統選の投票用紙と住民投票の二つの投票用紙の三つを一緒に投票箱に入れる原案が国民党の横やりで変更になり、総統選と住民投票とで投票箱が別々になったからです。今回の住民投票の設問内容であれば、反対する人は殆どいないはずであり、焦点は連戦陣営が呼びかけた住民投票棄権の呼びかけに連戦陣営支持者が従うかどうかでした。ところが、この棄権の呼びかけに応じたか否かは、住民投票の投票箱に用紙を投じるかどうかで判明してしまう・・住民投票に関しては秘密投票が認められない・・ことになってしまったのです。ですから、連戦陣営支持者の殆どは住民投票を棄権するであろう、(さもないと、国民党の利権から干されてしまう!)と予想されていたからです(http://www.atimes.com/atimes/China/FC20Ad07.html(3月20日アクセス):Laurence Eyton記者の記事4)。

いずれにせよ、住民投票の第一の設問については陳水扁陣営の得票数を上回る賛成票があった(台湾の声2004.3.24:【報告】李登輝友の会の選挙視察ツアーに参加して(木))勘定であり、総統選挙で連戦陣営に投票したか無効票を投じた有権者で、リスクを冒して勇気ある住民投票を行った人がいたことが注目されますし、何よりも住民投票の実施に向けて運動を盛り上げたことが、(銃撃事件のおかげでもありましたが、)陳水扁再選につながったことを忘れてはならないでしょう。

(続く)

太田述正コラム#0297(2004.3.23)
<台湾の総統選挙(続)>

2 連戦陣営有利に転じた理由

 2月の上旬に、かつての台湾の財閥のオーナーで、現在背任の嫌疑(そのカネで中共に投資したとされている)を受けて米国に逃亡中の男(Aとしておきましょう)が、野党の国会議員達にFAXで陳水扁総統夫妻に「贈賄」したことを明らかにしました。
 民進党は、前回の2000年の総統選挙の際、陳水扁候補(当時)がAからカネを受け取ったことは事実だが、政治献金として領収書も発行し、処理されていること、当時はまだAに背任の嫌疑がかけられていなかったこと、その後Aがお尋ね者になったこともあり一切Aに便宜供与はしていないこと、当時は台湾に政治献金を規制する法律がなかったこと(この3月に初めて成立した)、を挙げ、「収賄」を否定しました。またAは、2000年の総統選挙の時に、陳水扁候補と総統選を争った連候補と宋候補に、陳水扁総統に渡した額のそれぞれ10倍もの献金を行っていたことも判明しました。
 民進党側の反論も何のその、3月に入ってからAは米国で台湾メディアの取材を積極的に受けるとともに、台湾の新聞に陳水扁糾弾の全面広告を掲載しました。しかもこの時点で新たに、1996年の台北市長選挙(現職の陳水扁市長が国民党の馬候補(現市長)に破れた)の際にも、現在民進党の国会議員であるBの立ち会いの下、陳水扁夫人に「贈賄」していたことを明らかにしたのです。
 陳水扁夫人は、Aと会ったことなどなく、ポリグラフにかけられてもよいと怒りの会見をしましたが、Bは雲隠れした後、3月18日(総統選挙の二日前)になってようやく姿を現し、当時の記憶が定かでない、と語りました。
 民進党は、Aは中共の手先だとし、Aが米国に中共のパスポートで入国している、と糾弾しました(注3)。
 
 (注3)私自身、これは中共がしくんだ陰謀である可能性が高い、と考えています。というのは、今年に入ってすぐの時点で、ある日本人の日中交流人士から、「今度の総統選では、陳水扁の不祥事が明るみに出て、陳水扁が破れるだろう」と聞かされていたからです。
 
 この話は民進党系メディアは全く報道しませんでしたが、国民党系メディア(こちらが台湾のメディアの大部分)がセンセーショナルな報道を続けた結果、陳水扁陣営には大きなイメージダウンになってしまいました。
 これには民進党が、この間、もう一つ明らかになった事実・・1990年代初めにAが国民党にやはり巨額の献金をした際、それを(2000年の総統選挙の総統候補(連戦候補を押さえて、陳水扁候補に次ぐ二位となった)であり、今次総統選挙で連戦総統候補とタッグを組んだ)副総統候補の宋氏が、自分の懐に入れた事実・・をプレイアップしなかったことも響いています。
 こういう次第で、陳水扁陣営は総統選で破れることになった・・はず・・だったのです。

(以上、http://www.atimes.com/atimes/China/FC19Ad06.html(3月17日アクセス):Laurence Eyton記者の記事2、による。)

そこに起こったのが、3月19日の陳水扁総統暗殺未遂事件です。

(続く)

太田述正コラム#0296(2004.3.22)
<台湾の総統選挙>

 3月20日に実施された台湾の総統選挙で民主進歩党(民進党)の陳水扁総統が再選されたのは、実は番狂わせでした(注1)。

 (注1)投票日の三日前に英国のファイナンシャルタイムスは、台湾総統選は野党有利と報じた(http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1079419700005&p=1012571727102。3月17日アクセス)

しかし、中国国民党の総統候補だった連戦氏は、選挙の過程と開票作業に疑惑があるとし、票の再計算を要求しているところ、野党の要求通り票の再計算が行われたとしても、結果がくつがえることはありえません。
 他方、同時に実施された住民投票が成立しなかったのは、予想通りでした。
 以上について、かねてから私が注目してきた、アジアタイムスのLaurence Eyton記者の記事に主として依拠して、ご説明しましょう。
 お読みになる前に、陳水扁、連戦陣営の得票がとちらも640万票台であったことをまず頭に入れておいてください。

1 当初、両陣営互角と予想された理由

 (1)全般
 国民党(とその分派たる親民党。この党首が連戦氏と組んで副総統候補として選挙戦を戦った)は、半世紀以上にわたる独裁的な台湾支配を通じ、台湾全国を利権で覆っています。また、国民党治世下の支那化イデオロギー教育によって台湾の人々に国民党への忠誠心を植え付けるのに成功しています。かてて加えて、経済界では、中共の経済発展と中共との経済的相互依存関係の進展とともに、中共寄りの国民党に共感を寄せる人が増えています。
 台湾の総統選を制するためには、連戦(国民党党首)・(親民党党首)のコンビが投票総数の半分以上をとらなければならないわけですが、確かにその可能性は大いにあったはずだ、という気がしてくるでしょう。
 以下、もう少し詳しく見ていきましょう。

 (2)外省人・客家・原住民
 民進党は台湾の人々に台湾人意識を持つように訴えてきているのですが、これはいきおい台湾人口の15%を占める外省人(=国民党とともに台湾にわたってきた人々及びその子孫)を敵に回すことになります。
ところが、この外省人以外の本省人が一枚岩かと言えば、そうではないのです。
本省人は、漢人としては、ホーロー語(福建語)を話す人々(福建人=Hokkien)と客家語を話す人々(客家=Hakka)がいます。この両グループは、日本の台湾統治が始まる1895年以前から土地をめぐって鋭い対立関係にあり、その対立感情は今もなお解消していません。客家は台湾人口の15%を占めていますが、外省人同様、多数派たる福建人による支配を恐れるがゆえに台湾「独立」には警戒的です。
国民党は、この客家を登用して福建人支配に活用しました。(李登輝前総統・前国民党主席も客家です。)
陳水扁政権としても、客家に食い込むため、客家語を学校で教えられるようにしたり、客家語のTV番組を始めたり、努力してきたところです。
このほか、台湾人口の2%を占める台湾原住民(aborigines。日本統治時代には高砂族と呼ばれた)がいます。
彼らも、少数派として福建人に弾圧された歴史があり、かつ国民党が彼らを懐柔するためカネを彼らに流してきたこともあって国民党支持グループです。
そこで、外省人+客家+原住民を合わせて国民党は350万票の基礎票を持っていることになります。

(3)利権票
農民や漁民は、国民党の利権の巣窟である農協や漁協による金融、就中農民はやはり国民党の利権の巣窟である灌漑組織による水の供給に依存しています
農漁民は70万世帯いるので、国民党はここから100万票以上の票が見込めることになります。
また、台湾の電力、鉄道、電電といった国営産業で働いている人々は公務員扱いになっており、解雇されることがありません。公社化や民営化には彼らは絶対反対です。
民進党は民営化を推進していますが、国民党は民営化に余り熱意がありません。
よって、国営産業からも、50万人程度の票が見込めます。

(4)経済界票
国民党は、政権をとったら三通(交通、通商、通信の三つのリンクを中共との間で開く)を推進すると公約しています。民進党もそうしたいのは山々なのですが、中共側が主権問題をからませているだけに慎重です。
従って、冒頭でも触れたように、経済界は、国民党の方が、中共との経済関係がより進展するのではないかと見ており、国民党乗りのムードです(注2)。

(注2)前回の総統選の時は陳水扁氏を支持した台湾の海運王でエバーグリーングループ会長の
張栄発(Chang Yung-fa)氏が、投票日の前日の3月19日に連戦支持を表明した
((http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/03/20/2003107050。3月20
日アクセス)ことがこれを象徴している。

特に、中共に渡ってビジネスをしている人々は、民進党政権が続いた場合、彼らのビジネスがどうなるのか、という懸念を抱いています。
中共に渡ってビジネスををしている人々だけで70万人もいるのですが、2万人くらいしか帰国して投票する人がいないのではないかと言われている点が国民党の泣き所です。
いずれにせよ、台湾の今日の繁栄を築いたのは国民党であって、民進党に比べて国民党の方が経済政策は一日の長がある、と多くの台湾人が思っていることは事実です。

(5)若者票
国民党が、現在20ヶ月間である徴兵期間を3ヶ月に短縮するという公約を掲げたこと・・実現可能性には疑問符がつきますが・・は、今回初めて総統選挙に投票する150万人の若者達、特に男性の若者達にとっては、徴兵が厭われているだけに魅力的です。
しかも、このうち大学に在学中の若者は、国民党時代に学問的・教育的能力と並んで反国民党思想の持ち主でないことをかわれて任命された教授達の形骸に接しており、国民党寄りの考えの者が少なくありません。

(6)その他の票
これも冒頭でも触れたように、国民党の半世紀に及ぶ支配の下で、台湾の人々は国民党支配が当然であるとの観念を教育を通じて注入されています。
また、これは民進党政権の責任ではありませんが、台湾はたまたま民進党が政権をとった2000年から、戦後最も深刻な不況に陥っており、失業率は4.7%に達しています。この失業者のうちから、50万人弱の票が国民党に投じられるのではないか、と言われています。
このほか、民進党政権なるが故に中共から投げかけられる脅し文句に心の底から震え上がっている人々がいますし、民進党の行政府と国民党が多数を占める立法府との角逐に嫌気がさしている人々もいます。
最後に福建人の中にも、民進党が福建人への風当たりを不必要に煽ってきたとの不満を持っている人々がいます。

(7)結論
以上の票を合算すると、手堅く見積もったとしても、国民党候補に投じられる票は600万票を軽く超えるであろうこと、従って投票の結果、両陣営のどちらに勝利の女神が微笑むか予想が困難であったこと、がご理解いただけることと思います。

(以上、特に断っていない限り、http://www.atimes.com/atimes/China/FC03Ad04.html(3月3日アクセス):Laurence Eyton記者の記事1、による。)

(続く)

太田述正コラム#0269(2004.2.24)
<台湾の法的地位(続X4)>

 台湾「独立」派はどうすればよいのでしょうか。
 「独立」派が台湾の政権を握り続けてさえおれば、中共との合併協議が始まるはずがなく、その限りでは事実上「独立」状態の現状が維持され、しかも現状が維持される間、中共は米国の軍事介入をおそれ、台湾を軍事的に併合しようとはしないものと思われます。
 しかしそれではあきたらないとして、台湾「独立」派が、何とかして台湾を米国の軍事占領下から脱せしめて独立主権国家にしたいというのであれば、次のような方法が考えられます。

 まず、3の(2)の台湾主権台湾人民帰属説は放擲すべきでしょう。主権は国家にのみ帰属するものだからです。
 次に、(1)の台湾主権帰属未定説をとるか(3)の台湾主権中華民国先占説をとるかですが、かつての米国(行政府と議会)の見解である(1)をとるのが単純にして明快でしょう。
 その際、日本政府に改めて明確にカイロ宣言を否定してもらい、1972年の日中共同声明についての中共の「誤解」(コラム#247)を正してもらうことが望ましいことは言うまでもありませんが、望み薄です。

 いずれにせよ、これから先が肝心なところです。
現在の米国行政府の主張・・中共に潜在的主権・米国が軍事占領・・を前提としつつ、なおかつ、台湾「独立」を追求するにはどうしたらよいか、です。
手がかりは米国の最高裁の判例にあります。
 20世紀に入った頃、米最高裁は、米国憲法に規定された基本的諸権利は、議会による法律の制定なくして、直接米国の法的管理下にあるあらゆる地域に適用される、旨の判例を形成しました。この判例は、1990年の最高裁判決(United States vs Verdugo-Urquidez)で再確認されています。
 この判例によれば、米国の軍事占領下にある台湾は、米国憲法第1条によって、共同防衛(common defense)の対象とされる権利を有します。
 これは、中共の軍事的侵攻があれば、米国は台湾を防衛しなければならないことを意味します。
 それだけではありません。米国憲法修正第5条の自由、財産、手続的正義(due process)の諸権利もまた軍事占領下の台湾に適用されることになります。
 そこで、台湾で住民投票を実施し、米国憲法修正第5条にうたわれている諸権利を直接台湾住民が享受しているところ、台湾の法的地位に関する米国行政府の主張・・台湾を専制的国家たる中共の潜在的主権下に置き、将来台湾が中共に併合さるのを当然視する主張・・は、台湾住民によるかかる諸権利の享受を不可能にするものであって米国憲法違反である旨を米国政府に申し入れるべきか否か、を問うて「申し入れるべき」との結果を得た上で、この見解を実際に米国行政府と議会にぶつけていく、というのが有力な作戦である、と考えられます。
 この結果、米国行政府が非を認めてその主張を撤回し、1979年までの主張である3の(1)の台湾主権帰属未定説に戻せば、その時点で再度台湾において、台湾が独立主権国家になるべきか否かについて住民投票を実施し、台湾「独立」を図ることになります。
 (以上、Hartzell前掲を参考にし、それに私見を加味した。)

 米国は、先の大戦の時以来、1950年の朝鮮戦争勃発(第一次冷戦。中共・ソ連が敵)、1979年の第二次冷戦開始(ソ連が敵、敵の敵たる中共は友)と二度にわたり、政治的理由で台湾の法的地位に関する主張を変更してきました。
 しかし、いまや冷戦が完全に終焉を迎えてから既に10年以上が経過しているのですから、再度米国が主張を変更しても不思議ではありません。(そもそも、冷戦終焉以前の1989年の天安門事件の時に主張を変更すべきだったのかもしれません。)
 それが「延期」されている理由は、一つは中共の経済的勃興であり、もう一つが米国の2001年以来の対テロ戦争でしょう。米国はとにかく中共を敵にしたくないのです。
 その米国を改心させられるのは、今のところ国際法や米国憲法を援用した法的議論しかありません。
 たかが法的議論と言うなかれ。
 世界の近現代史を振り返れば、法的正義に則った側が最終的に勝利を収めるケースが次第に増えてきています。
 ここでも日本の出番が待たれるところですね。

(完)

太田述正コラム#0268(2004.2.23)
<台湾の法的地位(続X3)>

 (今回も、「細かい」話が続きますが、もうしばらくご辛抱ください。)

3 台湾「独立」派の主張

 (1)台湾主権帰属未定説
対日平和条約発効に伴い台湾の法的地位は未定となったので、住民の自決権を認めた国連憲章ないし国際人権規約第一条に則り、台湾の住民は台湾の主権の帰属先を決定でき、決定された時点で米国による軍事占領は終了する(戴天昭教授の説。戴天昭前掲)。これは、1979年までの米国の主張でもあった。

 (2)台湾主権台湾人民帰属説
対日平和条約発効に伴い、日本が台湾の主権を放棄したので台湾の主権は台湾住民に帰属したが、台湾は中華民国という外国(の亡命政権)の軍事占領下にある(李登輝前中華民国総統及び陳水扁中華民国総統らの主張。Hertzell前掲及び(http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2003/10/08/2003070884(10月8日アクセス))。

(3)台湾主権中華民国先占説
 対日平和条約発効に伴い台湾の法的地位は未定となったので、台湾を占領して実効支配していた中華民国が先占の法理に則り1952年に台湾の主権を獲得した(陳鴻瑜教授の説。http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2003/11/04/2003074562(11月5日アクセス))。

4 コメント

 以上、台湾の法的地位をめぐる様々な主張を見てきましたが、どうして米国がれっきとしたポジションペーパーを公表したことがないのかお分かりになりましたか?
 それは、朝鮮戦争が勃発した1950年あたりを境にして、米国のスタンスが明確に変わった・・ローズベルトのカイロ宣言をトルーマンが否定した・・からです。
 つまりは、敗戦国日本の(国際法に則った正しい)言い分が通ったということです。
 そんな、先の大戦中の米国の言動は間違っていましたと白状するに等しいことを、戦後の米国政府が公文書にするわけにはいきません。
 実はもう一つ理由があります。
2の結論部分で紹介したのは米国の主張とは言っても、行政府の主張であり、この行政府の主張が、1979年以降議会の主張と乖離している(注6)ため、米国政府としての統一的なポジションペーパーがつくれないのです。

 (注6)米議会には、議会が自主的につくったところの1979年の台湾関係法(Taiwan Relations Act)を改正しようとする動きは全くなく、その法律の中に、台湾住民の人権の擁護にコミットしたParagraph (c) of Section 2( "Nothing contained in this act shall contravene the interest of the US in human rights, especially with respect to the human rights of all the approximately 18 million inhabitants of Taiwan. The preservation and enhancement of the human rights of all the people in Taiwan are hereby reaffirmed as objectives of the US.")と、台湾における体制変革を認めたようにも見えるSection 15, Paragraph 2 ( "The term `Taiwan' includes, as the context may require ... and the governing authorities on Taiwan recognized by the United States as the Republic of China prior to Jan. 1, 1979, and any successor governing authorities (including political subdivisions, agencies, and instrumentalities thereof).")が盛り込まれている以上、議会は3の(1)で紹介した台湾主権帰属未定説(1979年までの米国行政府=議会の主張)に依然立っている(前掲http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2003/10/08/2003070884を参考にした)。

 興味深いのは、中共は1で紹介した主張をしつつも、陳水扁政権による台湾住民投票実施を阻止させるよう米国に働きかけたことによって、2で紹介した米国(米国行政府)の主張・・台湾は、中共の潜在的主権下にあるが、引き続き米国の軍事的占領下にある・・に中共が事実上同意した、と考えられることです(http://www.nytimes.com/2004/02/06/international/asia/06TAIW.html。2月6日)。

(続く)

太田述正コラム#0267(2004.2.22)
<台湾の法的地位(続々)>

 (本コラムは、コラム#247、コラム#260の続きです。法律論のお嫌いな読者の方は、読み飛ばしてください。)

2 米国等の主張
 (1)始めに
(2)米国等の主張
・・・・・・(コラム#260を参照)
 対日平和条約が発効した1952年の以前も以後も台湾が米国(軍事政府)の軍事占領下にあることは、対日平和条約第23条(a)(注5)で米国が主要占領当局であることが再確認されていることと、同条約第4条(b)に「日本国は、第二条・・に掲げる地域のいずれかにある合衆国軍政府により、又はその指令に従つて行われた日本国及びその国民の財産の処理の効力を承認する。」とあることから明らかだ。

 (注5) 第二十三条(a) この条約は、日本国を含めて、これに署名する国によつて批准されなければならない。この条約は、批准書が日本国により、且つ、主たる占領国としてのアメリカ合衆国を含めて、次の諸国、すなわちオーストラリア、カナダ、セイロン、フランス、インドネシア、オランダ、ニュー・ジーランド、パキスタン、フィリピン、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国及びアメリカ合衆国の過半数により寄託された時に、その時に批准しているすべての国に関して効力を有する。この条約は、その後これを批准する各国に関しては、その批准書の寄託の日に効力を生ずる。

 このように、台湾の法的地位は日本の主権下、日本の潜在主権下、主権の帰属未定、と変化してきたが、その法的地位に再び変化が生じ、中共の潜在主権下に入ったのは1979年だ。(ハーツェルは、これが1972年の時点のことだとしているが、1979年の時点に変更した。)
 すなわち、1972年にニクソン米大統領が訪中した際の米中共同宣言(Shanghai Communique)に「The US side declared: The United States acknowledges that all Chinese on either side of the Taiwan Strait maintain there is but one China and that Taiwan is a part of China. The United States Government does not challenge that position. It reaffirms its interest in a peaceful settlement of the Taiwan question by the Chinese themselves.」とあり(http://www.china.org.cn/english/china-us/24878.htm。2月22日アクセス)、この共同宣言を踏まえた1979年の米中国交回復の共同宣言に「The United States of America recognizes the Government of the People's Republic of China as the sole legal Government of China. Within this context, the people of the United States will maintain cultural, commercial, and other unofficial relations with the people of Taiwan. 」(http://www.china.org.cn/english/china-us/26243.htm。2月22日アクセス)とあることから、主要な占領当局たる米国は、台湾の軍事占領を継続しつつも、1979年の時点で、台湾海峡両岸の支那人が、台湾は支那の一部であり、その支那には正統政府が一つしか存在していないと主張していることを認めそのことに異議を唱えない、と支那の正統政府として認めた中共に約束したことになる。
 つまり、この時点からは、米国は、中共が支那の正統政府であり、台湾が支那の一部であること、すなわち台湾が中共の潜在主権下にあることを認めるとともに、米国による台湾軍事占領に、台湾が中共の統治下に入るまで、という期限を設定した。ただし、米国としては、その具体的期限は、台湾海峡両岸の支那人が話し合って平和裏に決定すべきものと考えている、というわけだ。
 
 ちなみに、中共は、1972年の日中共同声明で台湾の法的地位問題は決着したと主張しているが、日本は台湾などに対する領有権を放棄した対日平和条約が1952年に発効した時点で台湾の帰属問題について発言権を失っていることから、1972年の時点で台湾の法的帰属問題に影響を及ぼすことはできない。(日中共同声明でポツダム宣言第8項に言及がなされているが、この第8項は、「台湾・・ヲ中華民国ニ返還スル」としたカイロ宣言(前掲http://list.room.ne.jp/~lawtext/1943Cairo.html)の「條項ハ履行セラルベク」としており(前掲http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Potsdam.html)、「履行スル」と明確には述べていないことを、日本としては「遵守する」と言っているに過ぎない(前掲http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/china/file31.htm)ものと認識している。)

 いずれにせよ、米国の主張は1979年の米中国交回復から一切変更されることなく一貫しているのであって、ブッシュ政権が台湾「独立」への動きを牽制すると同時に、他方で中共の台湾への軍事的介入に反対するのはそのためだ。

(続く)

太田述正コラム#0260(2004.2.15)
<台湾の法的地位(続)>

2 米国等の主張

 (1)始めに
 前回(コラム#247)では、「中華人民共和国の主張」をご紹介しました。次は「米国の主張」をご紹介するのが順序であるところ、「米国「等」の主張」となっているのには理由があります。
 米国政府が、台湾の法的地位について、れっきとしたポジションペーパーを公表したことがないからです。(それがなぜかは、今回及び次回のコラムを読めば分かります。)そこで、学者の指摘や日本の主張を勘案しつつ、米国の主張を忖度する、という作業を行ってみました。
 その結果がこの「米国等の主張」です。(以下、リチャード・ハーツェル(Richard W Hartzell)の論考(http://www.atimes.com/atimes/China/FA31Ad05.html(1月31日アクセス))に拠った部分が大きい。)

(2)米国等の主張
カイロ宣言において、「臺灣及澎湖島」を「中華民國ニ返還スルコト」とあり、かつポツダム宣言第8項に「「カイロ」宣言ノ條項ハ履行セラルベク」とあり、日本が降伏に当たってこのポツダム宣言を受諾したことは事実だが、領土の帰属はあくまで日本との平和条約において確定されるべきものである(注1)。

(注1)日本政府は、カイロ宣言が「臺灣及澎湖島」を「日本國カ清國人ヨリ盗取シタ」としている箇所については、歴史的事実に反し「承服し得ない」(外務省平和条約問題研究幹事会「割譲地に関する経済的財政的事項の処理に関する<鈴木武雄東大教授>陳述」(キム・ワンソプ「親日派のための弁明」草思社2002年235??236頁より孫引き))というのが事実上の公式スタンス。
    なお、カイロ宣言そのものが、この宣言に米英中首脳の誰も署名していないことからそもそも無効だとする説(台湾の沈建徳博士等の説(http://www.wufi.org.tw/mail2k3/m030925.htm(2月2日アクセス)より孫引き))も有力。
これらの説によれば、日本の降伏と同時に台湾の主権が中華民国に移転(復帰)することなど、およそありえないことになる。

 その対日平和条約(サンフランシスコ平和条約)において、日本は「台湾及び澎湖諸島に対する一切の権利…を放棄する」とだけ規定された以上、同条約発効(1952年4月28日)まで日本に依然主権があった台湾及び澎湖諸島(以後、「台湾」と呼ぶ)の帰属は、爾後未定となった(注2)(注3)。

 (注2)カイロ宣言及びポツダム宣言を字義通り読めば、日本の降伏と同時に台湾の主権が中華民国に移転(復帰)したと解する余地がないわけではないが、仮に主権が中華民国に移転していたとしても、対日平和条約という後法によってその法的状況は覆されたと考えられる(戴天昭氏「台湾戦後後国際政治史」(メルマガ「「台湾の声」台湾人の独立願望その歴史的背景(中)2月5日」より孫引き))。
 
 (注3)日本は、対日平和条約の締結国ではない中華民国と、対日平和条約発効日に日華平和条約を締結し、同条約は1952年8月5日に発効する。同条約第二条に、「日本国は、・・サン・フランシスコ・・平和条約・・に基き、台湾・・に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したことが承認される」とあるが、第十条に、「この条約の適用上、中華民国の国民には、台湾・・のすべての住民及び以前にそこの住民であつた者、並びにそれらの子孫で、台湾及び澎湖諸島において中華民国が現に施行し、又は今後施行する法令によつて中国の国籍を有するものを含むものとみなす。また、中華民国の法人には、台湾・・において中華民国が現に施行し、又は今後施行する法令に基いて登録されるすべての法人を含むものとみなす」とあり、台湾の住民は中華民国の国民であると「みなす」とすることによって、台湾の住民が中華民国の国民であること、すなわち台湾の主権が中華民国にあること、を日本が「承認」していないことが明確になっている(http://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/js27-10.htm及びhttp://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/js470929.htm(2月5日アクセス))。

 他方、1945年9月25日以降現在まで、台湾は、先の大戦における連合国を代表する米国軍事政府(United States Military Government =USMG)の軍事占領下にある(注4)。

(注4)対日平和条約発効までは、台湾の主権は日本にあり、発効以後は台湾の主権の帰属は未定となったが、発効以後も、台湾が軍事占領下にある事実に変化はない。ただし、対日平和条約発効以前は「敵対的占領」(belligerent occupation)であったが、発効以後は「友好的占領」(friendly occupation。より正確には「軍事政府による民事行政」(the civil affairs administration of a military government)となった。

すなわち、
1945年9月2日、ダグラス・マッカーサーは、上記軍事政府の長として、隷下の連合国各軍に一般命令第一号(General Order No 1)を発出し、中華民国軍に対し、主要占領当局(principal occupying power)として中国(東北部を除く)、ベトナム、及び台湾において日本軍の降伏処理にあたるとともにこれら地域を軍事占領するように命じた。(中国東北部(旧満州)はソ連軍が主要占領当局とされた。) 
この命令を受け、中華民国軍は1945年9月25日に台湾に進駐した。
(この日を中華民国は、台湾光復節(Taiwan Retrocession Day)、すなわち台湾の主権を回復した日としているが、中華民国が勝手にそう称しているに過ぎない。)

(続く)

太田述正コラム#0247(2004.2.2)
<台湾の法的地位>

1 中華人民共和国の主張

 (1)主張
最初に、中華人民共和国の主張をご紹介しましょう。

1943年に中華民国、米国、英国の3国はカイロ宣言を発表し、「右同盟國ノ目的ハ日本國ヨリ千九百十四年ノ第一次世界戰爭ノ開始以後ニ於テ日本國カ奪取シ又ハ占領シタル太平洋ニ於ケル一切ノ島嶼ヲ剥奪スルコト並ニ滿洲、臺灣及澎湖島ノ如キ日本國カ清國人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民國ニ返還スルコトニ在リ」(http://list.room.ne.jp/~lawtext/1943Cairo.html。2月2日アクセス)と宣言した。
1945年のポツダム宣言第8項も「「カイロ」宣言ノ條項ハ履行セラルベク又日本國ノ主權ハ本州、北海道、九州及四國竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」(http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Potsdam.html。2月2日アクセス)としている。
そして、中華民国政府はポツダム宣言(カイロ宣言)の規定に基づき1945年10月25日に台湾、澎湖(ホウコ)諸島を接収し、台湾に対する主権を回復した。
そもそも、「清国人ヨリ盗取」した(カイロ宣言)ということは、日本に不法行為があったということであり、国際法上不法行為によって権利は取得できない以上、日本が敗戦後、「盗取」した東北地方(満州)と同様、台湾や澎湖諸島が(清国の継承国たる)中華民国に返還されるのは当たり前のことであって、日本との間の「平和条約」を締結を待つ必要はない。ローズベルト大統領自身、1943年12月24日にカイロ宣言の原則に触れて、「これらの原則は簡単で基本的なものであり、盗んだ財産は本来の主人に返還することが含まれる」と述べている。

 そして米国は、1950年1月5日にトルーマン大統領が「過去4年来、米国及び他の同盟国は中華民国が台湾に対して主権を行使していることを承認している」と述べ、同日アチソン国務長官も、「中華民国人民はすでに台湾を4年間統治しており、アメリカその他いずれの同盟国もその権力及び占領に対して何らの疑問を持ったこともない。台湾が中華民国の1省とされたとき、何人も法律上の疑義を提起したことはない」と述べ、更に同年2月には国務省が、台湾は1945年に日本が投降して以来中華民国によって管轄されており、「台湾はすでに中華民国の中で1省となった」とし、対日戦争に参加した同盟国がこれについて疑問を持っていないのは「明らかにカイロで行い、ポツダムで再確認したコミットメントに合致しているからである」、「換言すれば、米国をふくむ同盟国は、過去4年間台湾が中華民国の一部であると認識してきた」と指摘しており、中華民国と同じ主張だった。
(ちなみに、英国については、1949年11月21日に外務次官が、「カイロ宣言に基づき、中華民国当局は日本が投降した時に台湾に対する管轄を行い、それ以降一貫して管轄している」と述べ、また1951年4月11日に政府声明で、「台湾に関しては、英国政府は、カイロ宣言及びポツダム宣言の(台湾を中華民国に返還することを要求した)束縛を受けていると認識する」と述べている。)

以上から、中華民国及びその承継国たる中華人民共和国は、台湾に対して主権を有する。

 (2)波乱と決着
ところが、朝鮮戦争勃発を契機として、米国は突然自分の上記主張を変更した。
すなわちトルーマン大統領は、1950年6月27日に、「台湾の将来の地位の決定は、太平洋の安全が回復し、対日平和条約の署名または国連における考慮を待たなければならない」と述べ、更に、中華民国と中華人民共和国のどちらも排除したまま、米国は1951年に対日平和条約を結び、日本に対して「台湾及び澎湖諸島に対する一切の権利…を放棄する」ことのみを認めさせた。
米国は、カイロ及びポツダム宣言両宣言にいう「返還」とは法律的にまったく意味が異なる「放棄」という文言を対日平和条約で使用することによって、爾後、日本がこれらの地域を放棄した後は、これらの地域は他のいかなる国家にも移譲されておらず、「台湾の地位は未定」であると主張し始めたのだった。

しかし、この台湾の地位は「未定」という問題は、1972年の日中国交正常化によって最終的に決着がついた。日中共同声明において、日本は台湾が中華人民共和国の領土の不可分な一部であるという中華人民共和国の立場を「十分理解し,尊重し,ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」ことに同意した(http://www.panda.hello-net.info/data/seimei.htm。2月2日アクセス)からだ。

(以上、http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/china/file31.htm(2月2日アクセス)による。)

この中華人民共和国(中共)の主張が正しければ、いわゆる台湾問題は、中共の純粋な内政問題だ、ということになってしまいます。
それでは、米国の現在の主張はどのようなものなのでしょうか。

(続く)

太田述正コラム#0217(2003.12.26)
<台湾海峡波高し?(その2)>

(例によって、コラム#216に若干の訂正等を加えてあります。ホームページ(http://www.ohtan.net)の時事コラム欄をご覧ください。)

3 中共武力不行使説

 ところが、後者の記事は、中共「人民」はもはや台湾併合、就中台湾併合のための武力の行使など望んでいない、と報じます。
 「北京の政府は世論の97%が台湾が独立を宣言したら戦争に訴えるべきだとしていると言っているが、実際に話をしてみると、そんな感情を抱いている人はごくわずかだ。・・北京の小さい出版社の経営者であるSam Huangは、「台湾は我々とは別個に50年以上存在してきた。我々は台湾がどんなところか知らない。分かっていることと言えば、そこが全く異なった場所であり、中共とは何の関わりも持ちたくないと思っていることだ。彼らの好きなようにさせればいい。」と言っている。・・ある会社の英語教師のPhoebe Chenは、「台湾が独立したとしても私には関係ないことだ。私が知る限り、台湾は既に独立しているし、自前の政府、法その他あらゆるものを既に持っている。」と言っている。・・北京のタクシー運転手のDaiという姓の男は、「もちろん台湾は支那の一部さ。子供の時から我々は台湾は支那の一部でその解放のために戦わなければならないと教え込まれてきた。しかし、台湾を併合するために戦う気はない。戦うほどの価値はない。あくまでも外交的圧力の行使にとどめるべきだ。」と語った」というわけです。
 台湾対岸の支那の南東沿岸地域でも状況は似たようなもので、それに加えて進出台湾企業も多く、台湾との友好親善関係の進展を望む声が強いといいます。

 これでは少なくとも北京を含む支那沿岸地域では、中共政府が、自ら国民に吹き込んできたナショナリズムや台湾併合論の手前、台湾「独立」に何らかの武力行使をしなければガス抜きができない、という状況ではなさそうです。
 それ以上に驚かされるのは、これらの北京市民が実名で政府の見解と背馳する意見を堂々と述べていることです。
 中国共産党の「権威」も地に墜ちたものだ、という印象は拭えません。

4 所見

 私は、3で紹介したような状況からして、可能性は極めて低いとは思いますが、中国共産党が支那内陸部のナショナリズムのガス抜きを図るとともに、支那沿岸部の上述した精神状況の引き締めを図るためにも、(例えば金門・馬祖に侵攻するような形で)何らかの武力行使をする可能性を完全に排除することはできないと思っています。
 中台経済関係は、今年の輸出入総額が昨年の約400億ドルから大幅に増えて500億ドルを超えると見られており、台湾側の大幅な入超になっています。また、台湾の中共への投資額も対前年比20%以上の伸びが見込まれています(http://j.peopledaily.com.cn/2003/12/20/jp20031220_35153.html。12月21日アクセス)。
ちなみに、中共への投資の収益を台湾に送金することは禁じられています(典拠失念)。
このように中台経済関係は、中共側に有利な形で近年急速な進展を見せていますが、このことが中共が武力行使を思いとどまる決定的要因になるとは思いません。(台湾側は中共との経済断交には容易に踏み切れないでしょうし、仮に踏み切ったら中共に進出した台湾企業を没収してしまう手があります。)
台湾以外の世界の諸国が、中共と経済断交するようなことは、まずありえないでしょう。
問題は、武力行使は、どんなに限定的なものであっても、エスカレートしたり、他に飛び火したりする惧れがあることです。

 台湾海峡にただならぬ空気が漂っているというのに、いつものように、日本政府は知らぬ顔を決め込み、口を閉ざしています。台湾政府も半ばあきらめ、半ばあきれながら日本政府のこの様子を見守っています(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/12/19/2003084095。12月19日アクセス)。

(完)

太田述正コラム#0216(2003.12.25)
<台湾海峡波高し?(その1)>

1始めに

私は、国際情勢分析については、結論に確信が得られるまで待ってから分析結果を公表することにしていおり、幸い、今までの分析はおおむね的中してきたのですが、今回は例外的に、結論をまだ出せていない問題を取り上げることにしました。
果たして台湾「独立」の動きをとらえて中共が武力を行使するかどうか、という問題です。

台湾の来年3月の総統選をにらみ、これまで中共寄りとみられていた野党の国民党や親民党の中から、与党の民進党が主張する「一辺一国」(=one country on each side of the Taiwan Strait=台湾と中共はそれぞれ一つの国)論に同調したり、台湾「独立」も「将来の選択肢の一つ」という発言が飛び出したり、「独立」派に同調するかのごとき動きが出ています。
すなわち、2002年8月に陳水扁総統が一辺一国論を打ち出したところ、中共は台湾「独立」を目指すものと反発し、国民党も猛反発したのですが、最近の演説で国民党の連戦主席は一転、「中華民国と中華人民共和国はともに独立主権国家であり、簡単にいえば一辺一国」と断言し、野党の選挙最高責任者である王金平(Wang Jin-pyng)立法院長(国会議長)は台湾「独立」を選択肢の一つだと発言したのです。
この背景には、台湾における台湾人意識の急速な高まりがあります(注1)。

(注1)1992年から毎年実施されている台湾政府の世論調査 (あなたは「台湾人なのか」「中国人なのか」「台湾人であり、中国人であるのか」の三つの選択肢から一つを選ぶ)で、「私は台湾人」と答えた人が初めて半数を超え、64%に達した。ちなみに、一回目の1992年にはそう答えた人は16%しかいなかった(メルマガ「台湾の声」2003.12.26:【講演録】台湾総統選のゆくえ(下))。

中共は、これまで独立志向の陳水扁総統らを名指しで批判する一方、統一派とされる野党の国民党、親民党批判を控えてきましたが、台湾全体が「独立」志向となった以上、中共としては中台統一を平和的に追求するすべを失ったことになります。
(以上、例えばhttp://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20031223/mng_____kok_____005.shtml(12月23日アクセス)参照。)

では、今までさんざん武力の行使をちらつかせて台湾「独立」派を牽制してきた中共はどうするつもりでなのでしょうか。
面白いことに、アジアタイムスに正反対の記事が18日(http://www.atimes.com/atimes/China/EL18Ad01.html。12月18日アクセス)と24日(http://www.atimes.com/atimes/China/EL24Ad01.html。12月24日)に出ました。
前者は、中共が武力を行使する準備をしているらしいという記事ですし、後者は中共は武力を行使することなど全く考えていないという記事です。

2 中共武力行使説

18日付の方の記事によれば、中共が武力を行使しそうだということを、中国南東沿海地域に進出している台湾企業は肌で感じているとのことです。
その根拠の第一は、従来の台湾海峡の危機の際には、中共政府が台湾政府を声高に脅迫しつつ(注2)も、地域の中国共産党筋からは「皆さんは心配することはありませんよ」という内々の話があったというのに、今回は逆に、中共政府は(人民解放軍関係者を除いて)抑制された批判を台湾政府に投げかけている(注3)というのに、地域の共産党筋からは強硬な声が聞こえてくることだそうです。 

(注2)1996年の台湾総統選挙での李登輝の当選を妨害するため、1995、96年には、脅迫だけにとどまらず、ミサイル発射訓練と称して実際にミサイルが台湾周辺の航路帯に向けて発射された。
(注3)1999年の台湾総統選挙で陳水扁が当選してからは、人民解放軍は現在に至るまで、台湾の対岸や周辺海域で、「通常の」演習の実施すら控えてきた。(典拠失念)

 根拠の第二は、現在の中共のインフレです。
 中共の11月の消費者物価指数は対前年比3.0%も上昇しましたが、これはこの6年間で最高の上昇率でした(http://www.livinginchina.com/review/archives/000543.html。12月18日アクセス)。広東のある台湾企業によれば、支那に進出して15年になるが、こんなに石油が不足したことはなかったし、食用油等の基礎食料品の値上がりもすさまじく、1996年の大洪水の時にもこんなことはなかったといいます。
そしてこれらの物価上昇は、人民解放軍が戦争準備の一環として石油や食料品を買い占めているからだ、というまことしやかな噂が流布しているのだそうです。

これで思い出すのは、先般ワシントンで行われたブッシュ米大統領と温家宝(Wen Jiabao)中共首相との会談の際のブッシュ発言を含む、このところの米国政府の台湾問題への対応です。
アフガニスタンやイラクに大兵力を展開し、他方で北朝鮮に備えなければならない米国として、台湾海峡においてまで緊張が高まることは避けたい、と考えることは当然です。しかも、中共には対テロ戦争で協力して欲しいし、北朝鮮問題でも中共には更に汗をかいて欲しいところです。
しかし、だからと言って、来年3月の総統選挙の際の中共の対台湾ミサイル配備非難の国民投票の実施等の台湾「独立」への動きには反対する、という明確な意思表示までしてhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A46623-2003Dec8.html。12月9日アクセス)中共にゴマをする必要はなかったのではないか、といささか疑問に思っていたところ、仮に米国が、中共が密かに武力行使の準備をしているとの情報を得ていたとすれば、疑問は氷解します。台湾海峡で緊張が高まるだけならまだしも、武力紛争が起きることは、米国として何としてでも避けたいはずだからです。

中共の武力行使が行われる場合、それはいかなる形のものになるでしょうか。
台湾に侵攻して占領することは、米軍の介入が必至であることもあり、現状では中共には全く不可能です。他方、中共は台湾にミサイルを撃ち込むことはできますが、そんなことをすれば中共は世界の孤児になってしまうでしょう。
私は、金門・馬祖両島の侵攻・占領だと思います。
金門・馬祖両島は日本が領有したことがなく、支那の一部であり、金門は支那本土側のアモイから最短距離で4kmしか離れていません(http://kk.kyodo.co.jp/is/column/chinawatch/china-0102.html。12月24日アクセス)。
つまりこの両島は中共の制空権下にあり、米軍が介入することも困難であることから、中共が侵攻し、占領するのはそうむつかしくないでしょう。
ちなみに、2001年1月からは金門・馬祖両島と支那本土との間で、ヒト、モノ等の直接的交流が始まり、今では両島は事実上支那本土の経済圏の中に取り込まれています(http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1985/106.html。12月24日アクセス)。
また、1958年の金門砲撃戦の時には、金門守備隊が降伏する気配を感じた中共側が、砲撃を一日おきにして降伏させないようにし、やがて砲撃もとりやめたという経緯があります。これは、金門、更に馬祖の両島を中共がとってしまうと、台湾が完全に支那本土と切り離されてしまい、台湾を「独立」に追いやりかねないことを恐れたためだとされています(http://www.wufi.org.tw/jpn/munakata17.htm。12月24日アクセス)。
しかし、台湾「独立」が避けられなくなったように見える現在、中共から見て、もはやこの両島を占領しないでおく必要はなくなったと言っていいでしょう。
後は米国に対し、「本土の一部である両島を侵攻するが、米軍が介入しなければ、両島以外には一切手を出さない」旨事前通知した上で、侵攻すればよい、ということになります。

(続く)

金門の非軍事化(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/02/01/2003097018。2月1日アクセス)

<読者>
はじめまして。

まず「支那」という差別語を使っているのは意図的でしょうか。きわめて不快に感じました。

>台湾に侵攻して占領することは、米軍の介入が必至であることもあり、現状では中共には全く不可能です。

とおっしゃっているのですが、本気でしょうか?
中国が台湾統一のために武力を発動しても、米軍が介入しないことは確実です。だって、超大国であり国連安保理常任理事国である中国と、何の大義名分もなく戦争できるわけがないじゃないですか。しかも、中国を打ち破ったとして、中国の政権が崩壊して不安定化することは、経済的にも政治的にも米国の国益に反します。
よって、米軍の介入はありえないと思われます。中国政府もそのことはわかっているから、いざというときは必ず武力行使に出ます。

>金門・馬祖両島の侵攻・占領

こんなことはありえない話です。金門・馬祖両島を占領したところで、台湾独立を促進するだけのことですから無意味です。また、もしも台湾独立が実現したとしたら(ありえない過程ですが)、台湾政府はみずから金門・馬祖両島を放棄するでしょう。したがって、「門・馬祖両島の侵攻・占領」などまったく考えられない話です。

<太田>
>まず「支那」という差別語を使っているのは意図的でしょうか。きわめて不快に感じました。

「差別語」としてではなく、必要に迫られて「意図的」に使っています。
私のホームページの掲示板の3頁の「「シナ」という呼称について - kawagoeh 03/11/04(Tue) 18:38No.280」以下をご覧ください。
読まれた上で、「支那」以外の代替案があったら、ご教示ください。
「中共」も、「意図的」に使っているのですが、こちらの方はよろしいのですか。

>台湾に侵攻して占領することは、米軍の介入が必至であることもあり、現状では中共には全く不可能です。
とおっしゃっているのですが、本気でしょうか?
中国が台湾統一のために武力を発動しても、米軍が介入しないことは確実です。だって、超大国であり国連安保理常任理事国である中国と、何の大義名分もなく戦争できるわけがないじゃないですか。

米軍が介入することは確実です。ブッシュ大統領は、大統領に就任した2001年の4月、台湾を防衛するためなら米国は何でもやる、と言明しています(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A46623-2003Dec8.html。12月9日アクセ
ス)。

>金門・馬祖両島を占領したところで、台湾独立を促進するだけのことですから無意味です。・・「門・馬祖両島の侵攻・占領」などまったく考えられない話です。

ですから、台湾「独立」が避けられなくなったら、中共は両島に侵攻、占領する可能性があると指摘したのです。
面子を完全につぶされた中共にとって、最も無難なオプションだと思いませんか。

<読者>
>とは言え、「支那」という言葉に不快感を覚える人々が、なにゆえに不快なのかを論理的に説明できるのであれば、不便を耐え忍び、「支那」という言葉を捨て去り、例えば「チャイナ」という言葉で置き換えることはやぶさかではありません。

とっくに論理的に説明されているではないですか。
http://kyoto.cool.ne.jp/jiangbo/china/edu/edu004.htm
http://www.age.ne.jp/x/commerse/kawara/kawarabn/0003/0003z.html
防衛庁に勤めていたような人が、「支那」を差別語と知らないとは驚きです。
>「支那」以外の代替案があったら、ご教示ください。

簡単なことです。「中国」です。
「中国」を「中華人民共和国」の略称と誤解されているようですが、そうではありません。1912年に中華民国が成立した時から、Chinaは中国となったのです。

中国というのは

1)Chinaという意味
2)中華人民共和国の略称
3)中華民国の略称

の3つの意味があります。

中華民国成立以前について「中国」という言葉を使うのに違和感があると言われますが、「日本」という国名がなかった弥生時代などの歴史も「日本史」と呼ばれていますし、キエフ公国時代の歴史も「ロシア史」ですし、何も問題ありません。

> 「中共」も、「意図的」に使っているのですが、こちらの方はよろしいのですか。

「中共」は「中国共産党」の略称ですので別にかまいませんが、「中華人民共和国を承認しない」というニュアンスで使われる場合は問題があります。

> 米軍が介入することは確実です。ブッシュ大統領は、大統領に就任した2001年の4月、台湾を防衛するためなら米国は何でもやる、と言明しています (http://www.washingtonpost.com/wp- dyn/articles/A46623-2003Dec8.html。12月9日アクセ
>ス)。

そういっているからやるはずだ、というのでは分析とはいえません。
政治の世界ではブラフというものもあります。現実に考えて、米国が本当に武力介入できるわけがありません。

台湾が中国の領土であることは国際的に認められています(1945年に中国に復帰)から、他国の領土への侵略戦争となります。イラクならともかく、中国は国際法を無視して侵攻するには大きすぎる相手です。また中国を戦争で打ち破ったとしてもその結果は望ましいものではありません。

米国産業界は中国との関係をきわめて重視しており、中国の崩壊につながるような米中戦争には絶対反対するはずです。

ですから、米国の軍事介入はありえないはずです。

> ですから、台湾「独立」が避けられなくなったら、中共は両島に侵攻、占領する可能性があると指摘したのです。面子を完全につぶされた中共にとって、最も無難なオプションだと思いませんか。

金門・馬祖両島を取っても無意味です。むしろ台湾政府のほうが放棄して大陸に押し付けるでしょう。

大陸政府としては、金門・馬祖両島を残して台湾独立の阻害物としたほうが便利なはずです。(金門・馬祖両島が残っている限り、大陸の一部を占領していることになり、領土が台湾のみにならない)

<太田>
「支那」問題については、どうやら、私がお示しした掲示板を読んでいただいていないようですね。

>中国というのは
1)Chinaという意味
2)中華人民共和国の略称
3)中華民国の略称
の3つの意味があります。

だからこそ、「1)」だけを指したいときに、いかなる言葉を用いればよろしいのかをあなたに問うているのです。(「日本」の場合には、生じえない悩ましい問題です。)
 Chinaですか?それじゃ日本語ではありませんね。シナですか?それなら支那とどこが違うのですか?

>政治の世界ではブラフというものもあります。現実に考えて、米国が本当に武力介入できるわけがありません。
台湾が中国の領土であることは国際的に認められています(1945年に中国に復帰)から、他国の領土への侵略戦争となります。イラクならともかく、中国は国際法を無視して侵攻するには大きすぎる相手です。
また中国を戦争で打ち破ったとしてもその結果は望ましいものではありません。米国産業界は中国との関係をきわめて重視しており、中国の崩壊につながるような米中戦争には絶対反対するはずです。
ですから、米国の軍事介入はありえないはずです。

現在においては、中共の台湾侵攻を防ぐことは、米軍の力をもってすれば容易なことです。またその場合、台湾周辺の人民解放軍基地は空爆されるでしょうが、米軍が支那本土に着上陸侵攻する必要など全くありません。全く素養のない事柄については、軽々にご意見をお述べにならない方がいいですよ。

法律論を述べておられる箇所に関しても、いささか勉強が足らないようにお見受けします。くわしくはコラムに書くことにしましたので、そちらにゆずります。

そもそも、あなたは全くアングロサクソンが分かっておられませんね。
せっかくご縁ができたのですから、私のコラムのバックナンバーを熟読して、アングロサクソンの何たるかをご勉強されることをお勧めします。

<読者>
> だからこそ、「1)China」だけを指したいときに、いかなる言葉を用いればよろしいのかをあなたに問うているのです。(「日本」の場合には、生じえない悩ましい問題です。)
Chinaですか?それじゃ日本語ではありませんね。シナですか?それなら支那とどこが違うのですか?

もちろん「中国」ですよ。中国大陸、中国人、中国語、中国料理、東中国海、南中国海とすでに用いられているではないですか。
一つの言葉がいろいろな意味を持つのはやむをえないことです。文脈によって理解するしかありません。

> 現在においては、中共の台湾侵攻を防ぐことは、米軍の力をもってすれば容易なことです。またその場合、台湾周辺の人民解放軍基地は空爆されるでしょうが、米軍が支那本土に着上陸侵攻する必要など全くありません。全く素養のない事柄については、軽々にご意見をお述べにならない方がいいですよ。

誤読されているようですね。私は、「米軍が中国の台湾統一を防ぐ軍事力がない」と主張しているのではないのです。
軍事力はあるが、米軍が戦争して台湾を防衛しても、失うものが大きすぎるということです。
中国が米国に負けて台湾を失うということは、中国の現政権崩壊につながるでしょう。中国が分裂状態になるか、それとも極右的民族主義政権が誕生するか、ともかく好ましくない事態が予想されます。中国への巨額の投資を行っている米国産業界は絶対反対するでしょう。
また同時に、中国と米国はともに国連安保理常任理事国ですから、これが戦争するということは国連の終焉を意味します。国連をつぶして、もう一度国際秩序を再形成するというのは困難だしリスクが大きすぎるでしょう。
軍事的ではなく、政治的・経済的な理由で、米国は中国にたいして武力行使できないということです。

外務省出身の浅井基文さんの論考を読んでください。
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/china/file60.htm
また、浅井教授が中国政府の見解を解説しています。
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/china/file31.htm
1945年10月25日に、中国政府は正式に台湾を回復しましたが、それに対する抗議はありませんでした。

<太田>
>中国大陸、中国人、中国語、中国料理、東中国海、南中国海とすでに用いられている

「東中国海」や「南中国海」は初耳ですね。本当ですか?
とまれ、私も混乱する恐れがない時は「中国」という言葉を使っています。
「支那」を使うのは、China、中華人民共和国、中華民国(、及び)台湾)が三つ(四つ)とも登場する文脈においてです。
欧米の人が書くときは書き分けられるのに、あなたは、どうして我々日本人が書き分けられないことをもってよしとするのですか。
ひょっとすると、あなたも中共に対して戦後仕込の原罪意識をお持ちで、だから冷静かつ常識的な判断ができないのではありませんか

 とにかく、私と議論をする気なら、少しは勉強してからにしてください。
 一言だけ申し上げれば、アングロサクソン、就中米国は理念の共和国であり、ギリギリの場面では、「政治的・経済的」利害など超越して行動するのです。戦後日本人たるご自分のモノサシで他国の行動様式を安易に推し量ってはいけません。
 もう一点。米国は、他国ならいざ知らず、自国が台湾防衛にコミットすることを国際法違反だなどとは毛頭考えていません。(このことは、前回述べたようにコラムで書きます。しかしそもそも、国際法違反などという寝ぼけたことを誰が言っているのですか。浅井さんですか?だとしたら、あなたは戦後日本の外務官僚を買いかぶっておられます。)

太田述正コラム#0200(2003.12.1)
<台湾は「独立」できるか?(続x3)>

 その後、台湾では「独立」にむけて大きな進展がありました。
 公民投票法(Referendum Law=国民投票法(日本語))(注8)の成立並びにこれを受けた陳水扁総統の発言がそうです。

(注8) 公民投票というと、中華民国関係者には必ず思い起こされる史実がある。
ソ連は1924年に中華民国の外蒙古に対する主権を認めた経緯があったが、1945年2月の米英ソによるヤルタ協定では、(事実上中華民国から独立し、ソ連の支配下にあった)外蒙古(モンゴル)について、「外蒙古の現状は維持する」が、それには「蒋介石総統の同意を要する」こととされた(http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Yalta.html。12月1日アクセス)。蒋介石は、ソ連の対日参戦と(中国共産党ではなく)国民党への支持を得るため、「外蒙古の現状は維持する」ことを認める含みで、体裁を繕うために(結果は明らかだったが)外蒙古で独立の是非を問う公民投票を実施させた。ちなみに、その時の公民投票の結果は、外蒙古の当時の有権者50万人弱、投票率は98.4%、「独立」賛成は100%だった。(http://homepage3.nifty.com/xiandaizhongguo/51taikai/rekishi-4.html。12月1日アクセス)。この結果を受け、翌1946年に蒋介石は外蒙古の「現状」を認めた。しかし、中華民国は外蒙古の独立を認めたわけではなく、中華民国憲法上外蒙古は中華民国固有の領土とされたまま現在に至っている。(中共は1949年、外蒙古の独立を認めている。)陳水扁総統になってから2002年2月、台湾はようやく外蒙古の独立を事実上認めた(http://www.sam.hi-ho.ne.jp/~kotosan/mongol/mncl0202.htm。12月1日アクセス)。

公民投票法制定は台湾「独立」への道を開くとして執拗に脅迫を重ねた中共に反発し、台湾では野党の国民党と親民党も急遽公民投票法制定に同意し、11月27日、立法院は公民投票法を採択しました。
しかし、多数を占める国民党と親民党はこの法律の牙を抜くことに腐心し、公民投票の実施には常に立法院の同意が必要とした上で、原則として公民投票の発議は国民(の5%)か立法院しかできず、かつまた中華民国という国名の変更、国旗、並びに領土の変更、及び新憲法の制定ないし憲法の全面的改正は公民投票の対象にはできないとし、憲法改正の公民投票を行うには立法院の四分の三の同意が必要、という内容にしてしまいました。
このため、一旦は民進党政権は意気消沈してしまいます。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A17476-2003Nov27.html及びhttp://www.nytimes.com/2003/11/28/international/asia/28TAIW.html?hp(いずれも11月28日アクセス))
 しかし、例外規定たる第17条は生き残りました。「国が、その主権に変更を及ぼす虞れのあるような外部からの脅威に直面した時は、総統は行政院(=内閣)の決定に基づき、国家安全保障に係る公民投票を発議することができる」という条文です。しかも、「国家安全保障に係る」案件には「独立」も含まれると解しうる余地があります。(ワシントンポスト上掲及びhttp://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1069493592051&p=1012571727102(12月1日アクセス))。総統のある側近は、第17条による公民投票に当たっては、行政院の決定を経ているのだから立法院の同意は不要だと言明しています(http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2003/12/02/2003078018。12月3日アクセス)。

 この条文に着目した陳水扁総統は11月30日、江西省、広東省、福建省の台湾から600km以内に配備されている496基のミサイルは台湾にとって公民投票法17条に言うところの「外部からの脅威」であり、総統の発議でいつでも公民投票を実施することが可能である状況にあるとした上で、来年3月の総統選挙の際に併せて公民投票を実施すると発言しました。
このような重要な発言について、インターネット版で見る限り、英米のメディアではほぼすべてが報じているというのに、日本のメディアが殆ど黙殺しているのは解せません。
総統の別の側近は、総統選挙の際に公民投票を実施するとすれば、その対象は「独立」ではなく、中共の(台湾向け)ミサイル配備を非難するといったものとなろうが、いずれにせよ公民投票実施を決めたわけではない、と解説しました。
国民党等は、この条文は戦争の場合を想定しており、総統の条文解釈は誤りだと非難しつつも、この総統発言に対し中共の激しい反発が予想されるところ、中共の第五列視されることを恐れてか、今のところ総統を弾劾手続きに付したり、公民投票法を改正してこの条文を改める動きは見せていません。
 (以上、ファイナンシャルタイムズ上掲、http://www.guardian.co.uk/china/story/0,7369,1096774,00.html及びhttp://edition.cnn.com/2003/WORLD/asiapcf/east/11/30/taiwan.vote.ap/index.html(12月1日アクセス)並びにhttp://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/12/02/2003078033(12月3日アクセス)による。)

5 台湾「独立」の意義

台湾が支那の政権の領土の一部であるというフィクションが 支那、台湾双方で維持されていることによって、台湾は大きな不利益を蒙っています。すなわち、27カ国としか正式の国交を結ぶことができず(http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/3186334.stm。10月13日アクセス)(注10)、殆どの国際機関にも加盟できない状況にあります。WTO加盟には12年かかりましたし、加盟後も台湾を香港並みの中共の一地域の地位まで落とそうとする中共の画策が続いています(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/11/27/2003077408。11月28日アクセス)。WHO加盟については、SARS禍の際の「懇請」にもかかわらず、中共の妨害でいまだにオブザーバーの地位すら認められていません。
しかも、台湾は中共からの武力攻撃を受けたとしても、「内戦」であるがゆえにこれを国際法的に侵略とはいえない立場にあります。(とはいえ、現状においても台湾は米国の事実上の同盟国であり、中共の台湾への武力攻撃を米国が座視することはありえません。)

 (注10)11月に太平洋のミニ島嶼国家のキリバスが中共から台湾に乗り換えたために27カ国に増えた(http://j.peopledaily.com.cn/2003/11/08/jp20031108_33881.html             (11月8日アクセス))。
これは中共にとっては大打撃だった。
キリバスには中共の衛星追跡レーダー施設があり、この施設は赤道直下に位置していて中共の有人宇宙飛行を含む宇宙開発(=軍事)にとって不可欠であったけでなく、1000km離れたクエゼリン島にある米軍の弾道弾迎撃ミサイル等のミサイル発射実験サイトをこの施設から監視していたからだ(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A16648-2003Nov26.html(11月27日アクセス)及びhttp://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/11/27/2003077400(11月28日アクセス))。

 仮に台湾が「独立」したとしても、見通しうる将来にわたり、以上のような状況に大きな変化が生じるとは考えられません。
 台湾「独立」の意義は、そんな片々たる「国」益を超えたところにある、ということなのでしょう。

(続く)

<読者>
 「1972年2月、ニクソン米大統領(当時)が訪中した際、周恩来首相(同)に対し「太平洋の平和のため、日本を抑制することが米国の利益と信じる」と明言していた・・。
 会談ではまた「米中のいずれかが日本について情報を手に入れたら相手に通知しよう」と提案した周氏に、ニクソン氏が「完全に秘密にできるようにすべきだ」と賛成。同席のキッシンジャー大統領補佐官(同)は「米中は直接話すべきで、間接的に日本を通すのはやめよう」と日本排除を提案していたことも判明した。
 当時、急速な経済成長を続けていた日本に、軍事大国化を懸念する中国だけでなく、同盟国・米国のトップが根深い警戒感を明確に示していたことが裏付けられた。
 会談では、日本の台湾への軍事的進出を懸念する周氏に、ニクソン氏が「米軍が日本に駐留しなければ、日本人は(台湾に進出させまいとする米国の意図を)気にも留めないだろう」と述べ、日本の台湾進出を防ぐためにも米軍駐留が必要と強調。日本が台湾独立を支持しないよう影響力を行使すると約束している。」(共同。産経新聞ウェブ12.12夕刊より)

アメリカは日本の潜在能力を本当に恐れているようですね。つまり日本は永久に縄文モードであり続け弥生モードへの切り替えは許さないと言う事になりますか。
それにしても日本に台湾進出の野心がある?本当ですか?
アメリカが台湾独立を支援する狙いは日本を牽制という意味があるのでしょうか。

<太田>
 先の大戦以降の米国の日本に係る安全保障政策は、第一に日本の軍事的台頭の阻止であり、第二に日本のアジアへの米軍事力投入基地としての使用であり、第三に(第一と第二の反射的効果としての)被保護国日本の領域保全でした。
 過去形で書いたのは、カーター政権が、1970年代後半にソ連との第二次冷戦に臨むに当たって、第一を放棄したからです。(なぜこの時放棄する必要があったかは、コラム#58参照。)
 ですから、1972年の段階でニクソン(やキッシンジャー)が、ご紹介いただいたような物言いを周恩来に対してしていたとしても、それは不思議でも何でもありません。
 私は、キッシンジャー(とニクソン)は危険なマキャベリストであると考えているので、余り評価していません(コラム#127)が、彼(ら)が、周恩来同様、日本が弥生モード(縄文モード、弥生モードについては、コラム#154)に切り替わったら、真っ先にやることは台湾の「併合」だろうと考えたのは、あたりまえです。現在でも米中のリーダー達はそう考えていると思いますよ。(日本の植民地統治は、欧米のそれに比べて「成功」した(コラム#197、200)が、とりわけ台湾統治は「大成功」だったことを思い出してください。)
 ところで、現在はポスト冷戦期ですが、米国は、先に述べた第一を復活する気配はありません。それは当然なことであって、そもそも米国が先の大戦で日本と戦ったこと自体が本来ありうべからざる逸脱現象(aberration)であり、アングロサクソンと日本が本来的同盟関係に戻ったというだけのことです。
 現在、アフガニスタンとイラクに兵力を投入し、他方で北朝鮮を叩く態勢を維持している米国としては、ここで更に台湾海峡で緊張が高まることに耐えられないので、中共にもリップサービスをしなければならないという立場にあるものの、基本的に米国が台湾の独立を支援している(コラム#188、192、200)のは、台湾が自由で民主的な「国」だからです。そこには日本を牽制する意味合いは全くありません。
 むしろ問題なのは、アングロサクソンの本来的同盟国たる日本で、台湾の民主化の完成、すなわち「独立」への関心が低すぎることです。
とにもかくにも、日本の一日も早い弥生モードへの切り替えが待たれるところです。

太田述正コラム#0192 (2003.11.23)
<台湾は「独立」できるか?(続々)>

(2)政治面でのテコ入れ

 11月初頭、陳水扁台湾総統は、パナマの建国記念式典に出席する途中、ニューヨークに立ち寄り、人権擁護団体から表彰状を受け取り、人権問題が中心ではありましたが、「政治的」講演を行いました。米中国交樹立(=米台国交断絶)以来、台湾の政府高官が米国内で講演を行うことが認められたのは初めてのことです。しかも、米下院は全員一致で陳水扁歓迎決議まで行っています。(彼が民進党党首として野にあった当時に米国を訪問した際には、ホテルから一歩も外に出ないという条件付でした。当時のことを思い出すと感無量だと陳水扁自身が語っています。)
 パナマで、同じ式典に参列したパウエル米国務長官と立ち話を行ったことも画期的なことでした。米中国交樹立以来、最も高いレベルにおける両「国」の接触だからです。
 パナマから帰台する途中、陳水扁はアラスカに立ち寄るのですが、現地では州知事が歓迎式典を行いました。李登輝前総統が現役総統時代に立ち寄った時には、空港の待合室の外に出ることも許されなかったことと比べると隔世の感がありますhttp://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2003/11/08/2003075083(11月8日アクセス)、http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1066565731896&p=1012571727102(11月9日アクセス)、http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2003/11/06/2003074738(11月7日アクセス)、http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/11/10/2003075301(11月11日アクセス)、http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/11/10/2003075300(11月11日アクセス))。
この陳水扁の米国「公式」訪問に随行した、米国の事実上の駐台湾大使であるシャヒーン女史は、その後、「「台湾独立を支持しない」との米国政府のスタンスは、「台湾独立に反対する」という趣旨ではない」と言明し、陳水扁訪米に不快感を表明していた中共を激怒させました(http://edition.cnn.com/2003/WORLD/asiapcf/east/11/16/taiwan.shaheen/index.html。11月17日アクセス)。
以上からはっきりしたことは、米ブッシュ政権が陳水扁再選支持、ひいては台湾「独立」を事実上、積極的に支援するスタンスを明確に打ち出したということです。
11月6日の演説(コラム#190。http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A8260-2003Nov6.html(11月7日アクセス))でブッシュ大統領が、「我々の民主主義へのコミットメントは中共で試されている。この国には今、一片、ひとかけらの自由しかない。しかし、やがて中共の人々は純粋かつ包括的な自由を求めるようになるだろう。中共は経済的自由が国富をもたらすことに気づいた。中共の指導者たちは自由は不可分であること、国家の偉大さと威信のためには社会的、宗教的自由もまた不可欠であることに気づくことだろう。やがて、自分たちの財産をコントロールすることを既に認められた<中共の人々は、>男女ともども彼らの生活と彼らの国家そのものをコントロールすることを求めるようになることだろう」と語ったことが思い起こされます。
このくだりの行間には民主主義を達成し、民主主義的手続きにのっとって国家のあり方を変えようとしている台湾への賞賛が隠されている、と言っていいでしょう。

4 台湾は「独立」できるか

台湾「独立」とは何かをまだ説明していないのに何だというお叱りは甘受することとして、私は、・・台湾が米国の要請に答える形の防衛力整備を行うならば(コラム#188)・・台湾「独立」の見通しは明るいと考えています。
 2000年5月の総統選挙勝利の直後、陳水扁はまだ民意が熟していないとの判断から、かねてからの民進党の主張を凍結し、在任中に「独立」宣言をしない、台湾の国名を現在の「中華民国」から変更しない、「独立」に係る国民投票を行わないと言明しました(http://www.atimes.com/atimes/China/EK20Ad04.html。11月20日アクセス)が、再選を目指す観点から、陳水扁はこのところ「独立」志向を改めて鮮明にしてきており、それにつれて陳水扁政権の支持率が高まってきていたところにもってきて、上述したように、米国が、「独立」を唱える民進党の陳水扁総統を積極的に支援する姿勢を明確にしたからです。
陳水扁の米国・パナマ訪問中に行われた、来年4月の総統選挙に関する世論調査によると、現職の陳水扁総統・呂秀蓮副総統ペアの支持率が前月の28%から35%に上昇したのに対し、野党の連戦・宋楚瑜ペアの支持率は前月の41%から34%と下落し、陳呂ペアの支持率が連宋ペアを逆転しました。これは国民党系(=中国系=藍グループ=Pan Blue Group)の新聞による世論調査であり、民進党が10月下旬に行った世論調査では、既に陳・呂ペアが逆転していたのですが、これで陳・呂ペアのリードがはっきりしました(FT上掲、及びメルマガ「台湾の声」11.6)。
 これに勇気付けられたか、陳水扁総統は、(それまでの憲法改正の必要性の示唆から一歩踏み出し、)2006年に(憲法改正ならぬ)新憲法制定、という目標を掲げ、その是非を問う国民投票の実施を提案しました
http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1066565796307&p=1012571727102。11月12日アクセス)。
状況の急展開にあわてた連戦国民党主席は、9月末までの憲法改正反対、国民投票反対の姿勢を一変させ、台湾の国名変更(台湾の「独立」)には反対だが、憲法にまず国民投票規定を盛り込み、その上で来年末にも憲法改正の国民投票を実施すべきだ、と言い出しました(http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2003/11/16/2003076025。11月17日アクセス)。国民党内部からも、党名を台湾国民党に改め、台湾志向、「地域」志向を鮮明にすべきだという声が上がっています(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/11/20/2003076529。11月21日アクセス)。

 あせった中共は、台湾での極端な独立への動きは、危険ラインを越えつつあり、戦争の危険を冒しつつある、と久しく使わなかった露骨な表現の警告を発したところです(http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1069131984719&p=1012571727102。11月19日アクセス)。

(続く)

太田述正コラム#0188(2003.11.12)
<台湾は「独立」できるか?(続)>

3 米国の台湾政策の変化

 (1)軍事面でのテコ入れ

 中国が繰り返し、「独立」宣言をしたら武力攻撃するぞと台湾を恫喝してきている(ワシントンポスト前掲)ことはご承知の方が多いと思います。
 中国は、人民解放軍陸軍のスリム化、陸海空軍の統合運用の強化、C4ISR(注4)システムの改善、露・英・仏・独・伊からの技術導入(軍事転用可能な民生技術を含む)や武器購入による近代化、を着々と進めており、台湾海峡対岸にミサイルを数百基配備する等台湾向けの軍備強化にも努めています。

 (注4)C4ISR=command, control, communication, computers, intelligence, surveillance and reconnaissance=指揮・統制・通信・電子計算機・監視・偵察(The Military Balance 2003-2004, IISS 末尾)。中国の有人宇宙飛行を始めとする宇宙開発は人民解放軍の手で行われており、その目的はC4ISRシステムの近代化にある。

 しかし、台湾側の対応はにぶく、台湾軍は兵員数ばかり多く、しかも将校過多の頭でっかちの編成です。また、大陸反攻の旗は降ろしたとは言っても、依然としてもっぱら着上陸侵攻対処のための態勢がとられており、そのため陸軍偏重となっており、陸海空三軍はいまだに統合運用されていません。そもそも、台湾軍は一見近代的な装備をこれ見よがしに並べているだけで、装備を実際に使って戦闘をすることを考えているとは思えないし、そのC4ISRシステムは貧弱この上もないし、軍事施設の抗たん性も殆ど顧慮されておらず、ミサイルや爆撃による攻撃にあったらひとたまりもない、といった酷評すら受けています。(どこかの国の「自衛隊」を思い出しますね。)(注5)
 (以上、http://russia.jamestown.org/pubs/view/cwe_001_001_003.htm(11月12日アクセス)並びにhttp://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2003/10/18/2003072410(10月18日アクセス)及びhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A38079-2003Oct29.html(10月30日アクセス)による。)

 (注5)台湾は日本と同じく島国であって戦略環境も極めて似通っているが、他方で面積及び人口(2003年推計)はそれぞれ日本の9.5%強、17.8%弱に過ぎない。その台湾の2002年のGNPは日本(但し、GDP)の7.4%弱でしかないところ、防衛費は79億ドルと日本の395億ドルの20%にも達しており、その限りでは台湾は決して防衛努力を怠っているとは言えないが、台湾軍は、現有総兵力29万人(日本は24万人弱)、うち陸20万人(日本の自衛隊は14万8千人強)、海4万5千人(日本は4万4千人強)、空4万5千人(日本は4万6千人弱)と、英国軍と比べて水ぶくれでいびつな日本の自衛隊と比べても、あるかに水ぶくれでいびつな姿をしている。
 (http://www.cia.gov/cia/publications/factbook/geos/tw.html及びhttp://www.cia.gov/cia/publications/factbook/geos/ja.html(11月12日アクセス)、ならびにミリタリー・バランス前掲PP158-159,170-171,299,301。なお、英国軍と自衛隊の比較は拙著「防衛庁再生宣言」日本評論社2001年参照。)

 事実上の駐台湾米国大使たるシャヒーン女史は、先月、台北のある大学での講演で、中国の台湾向け軍備増強に注意を喚起した上で、「皆さんは二年前に米国が<提供すると>約束した潜水艦などに依存すべきではなく、対潜水艦戦、早期警戒レーダーや指揮システム、といった、より短期的に利得をもたらすものに焦点を切り替えるべきです」と述べ、中国に気を遣って従来は密かに行われてきた米国の台湾への安全保障に係る要請を公然と行い、話題を呼びました(http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1059480691863&p=1045050946495#Static(10月17日アクセス)。
 米国の民間でもこれに呼応する動きが出ており、国防総省の元高官によって、米軍と台湾軍の指揮調整所の設置や共同作戦計画の策定が提唱されています(http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2003/10/19/2003072482。10月19日アクセス)。
これは米国のブッシュ政権が、軍事面での台湾テコ入れに公然と乗り出したことを意味します。
1979年の米中国交樹立と同時に米議会によって制定された台湾関係法(注6)の下、米国は台湾の要請に基づく防御兵器の提供以外、軍事面での台湾との交流や連携を意識的に避けてきました。例えば、米軍人の台湾訪問を禁止してきました。
(注6)台湾関係法の中に、「平和手段以外によって台湾の将来を決定しようとする試みは、ボイコット、封鎖を含むいかなるものであれ、西太平洋地域の平和と安全に対する脅威であり、合衆国の重大関心事と考える」、「防御的な性格の兵器を台湾に供給する」、「台湾人民の安全または社会、経済の制度に危害を与えるいかなる武力行使または他の強制的な方式にも対抗しうる合衆国の能力を維持する」 という条項がある(http://www.panda.hello-net.info/data/taiwankankei.htm。11月12日アクセス)。
この米国の姿勢が転換する契機となったのが、1996年に中国が李登輝の台湾総統就任を牽制するために行った台湾周辺海域へのミサイルの発射「演習」です。この後、当時の米クリントン政権は密かに軍事面での台湾へのテコ入れを開始したと言われています。
ブッシュ政権は、これを公然化したことになります。
ブッシュ政権は2001年、台湾のかねてからの要請にこたえ、防御兵器かどうか微妙な(在来型)潜水艦8??10隻(及び護衛艦、対潜哨戒機)の提供を約束(注7)するとともに、昨年、在台湾の事実上の米大使館への駐在武官の派遣を可能にする法的措置を講じましたが、これらの延長線上に今度のシャヒーン発言があります。

(注7)米国は現在原子力潜水艦しか製造しておらず、欧州の国から在来型潜水艦製造のライセンス供与を受けて米国で在来型潜水艦を製造した上で台湾に提供するという遠大な計画だったが、中国による経済制裁を気にする独や蘭に袖にされ、英や伊にもその気はなく、話は進んでいない(前掲Jamestown Foundation のサイト及びhttp://www.fas.org/news/taiwan/2001/taiwan-010424.htm(11月12日アクセス))。台湾は露にもアプローチをしていると伝えられている(http://www.janes.com/press/pc010620_3.shtml。11月12日アクセス)。
   ちなみに、中国は原子力を含む潜水艦69隻を擁するのに対し、台湾は在来型潜水艦を4隻(うち2隻は1940年代半ばの米国製で博物館級、他の2隻は1987、88年の蘭製)しか保有していない(ミリタリー・バランス前掲PP153,171及びジェーン前掲)。

米国によるテコ入れ公然化の背景としては、中国側の軍事力強化がどんどん進む一方で、台湾の方は一向に危機意識が高まらず、依然として防衛力整備の手を抜いていることに対する米国の苛立ちがあると思われます。
(以上、全般的には前掲10月18日付け台北タイムスによる。)

(続く)

太田述正コラム#0182(2003.11.4)
<台湾は「独立」できるか?>

1 始めに

 隣「国」である台湾の「独立」運動家の眼に映る日本は、まことに頼りない存在であるに違いありません。(台湾「独立」運動とは何か、は後日説明します。)
 米国の保護国ですから当然と言えば当然なのですが、日本は自前の外交・安全保障政策を持っておらず、台湾政策もまたないのですから。
 そんな国ではありますが、日本は台湾の旧宗主国であるだけでなく、台湾は日本と経済面やヒトの面での結びつきも強く、また、在日米軍は台湾の安全保障にとって不可欠な存在でもあります。
 以上のことからして、台湾(中華民国)前総統の李登輝氏や、在日台湾同郷会(=在日台湾人の会)前会長の林建良氏(コラム#178で登場)が、台湾「独立」運動に日本人が関心を持ち、この運動を積極的に支援してくれるようになることを期待し、日本の覚醒を求めて日本の世論にさまざまな働きかけを行うことは自然なことであり、理解できます。李登輝氏の「武士道精神を思い出せ」(http://www.wufi.org.tw/jpn/limkl/limkl15.htm。11月4日アクセス)、林建良氏の「靖国神社を参拝せよ」(http://www.wufi.org.tw/jpn/limkl/limkl30.htm。11月4日アクセス)、という日本人に対する呼びかけがそうです。
 しかし、私はお二人のような親日派の台湾「独立」運動家の対日戦略にはかねてから危うさを感じています。
 このような働きかけは内政干渉だとなどとケチなことを言うつもりはありませんし、日本が覚醒してほしいということにも全く異存はないのですが、お二人が喧伝しておられる「武士道」や「靖国神社」が、いわゆる戦前の時期の姿のまま・・日本統治下の台湾で当時理解されていた姿のまま、と言い換えてもいいでしょう・・現在の日本人に推奨されているところに危うさを感じているのです。
 武士道について言えば、縄文モードの武士道、すなわち土着勢力たる蝦夷(エミシ)の武士道なのか、弥生モードの武士道、すなわち渡来勢力たる貴族=武士の武士道なのか(注1)、そこまで遡らないとしても、それぞれこの二つの武士道の系譜をひくと考えられるところの、在野武士道(中世に由来し、一味同心たる君臣という考えの下、情・実を重視。禅宗と親和性あり。教科書は山本常朝の「葉隠」)と公定武士道(江戸時代に由来し、知・法を重視。儒教と親和性あり。教科書は新渡戸稲造の「武士道」)があり、両者は相当異なる代物なのですが、李氏の眼中には後者の武士道しかない(注3)ように見受けられます。

 (注1)川合康「源平合戦の虚像を剥ぐ 治承・寿永内乱史研究」(講談社選書メチエ 1996 
   年4月)や高橋昌明「武士の成立 武士像の創出」(東京大学出版会 1999年11月)は、
武士の起源を蝦夷に求めている。
 (注2)嘉村孝氏のサイト(http://www.pdfworld.co.jp/bushidou/。10月30日アクセス)参
照。ただし、「在野」武士道と「公定」武士道は私の造語。
 (注3)李氏はキリスト教徒として、同じくキリスト教徒の新渡戸の「武士道」を読んで感動
し、新渡戸と同じ農政学(農業経済学)を専攻することを決意する
http://www.wufi.org.tw/jpn/limkl/limkl15.htm。11月4日アクセス)。私自身は初め
て新渡戸の「武士道」を読んだ時、洋書を読んだような違和感を覚えた記憶がある。武
士ないし武士道については、改めて論じたい。

 靖国神社について言えば、幕末期までの日本には政府の戦没者(だけ)を慰霊するという発想がなかったことはさておくとしても、林氏の主張においては、招魂社時代から日露戦争時代にかけて靖国神社が持っていた「超ハイカラな東京名所」・・境内で競馬やサーカスが行われた楽しい場所・・という側面(http://www.tanken.com/yasukuni.html。11月4日アクセス)が全く捨象されているように見受けられます。

 尊敬する李登輝、林建良ご両名を始めとする親日派の台湾「独立」論者に申し上げたいことは、縄文モードと弥生モードを行きつ戻りつしつつ、ダイナミックに様相を変えて進んで来たのが日本の歴史であり、今後とも日本はそのように進んで行くであろうことから、一つの時代の日本の、しかも一断面を切り取って理想視されない方がよいということです。
 台湾「独立」運動シンパの日本人が、一部の、どちらかと言えば保守的で高齢の人々だけであって欲しくないというのが私の気持ちです。

2 台湾について

 ここで台湾について、基本的なことを押さえておきましょう。

 (1)人口:2,240万人。イラク、マレーシア、北朝鮮とほぼ同じであり、台湾は世界的に見れ
  ば決して小「国」ではありません。
 (2)言語:公用語は北京語です。そのほか、南福建語、客家(注)語、原住民の言語が用いら
れています。言うまでもなく、北京語は植民地時代の日本語に代わり、蒋介石政権によっ
て公用語として押し付けられたものです。
   (ちなみに客家(ハッカ)とは、4世紀の初め(西晋末年)から12世紀初め(北宋末年)
 にかけて黄河流域から南方へ移住してきた漢民族の一派であり、太平天国の乱の首魁洪秀
全、孫文(客家の後裔)、トウ小平、李登輝(父親が客家)、元シンガポール首相のリー・
クワンユーらを輩出していますhttp://www.otcjpn.co.jp/chi_isan/chi
  _hakka/hakka_1.html。11月3日アクセス)。)

 (3)人種:殆どが漢民族で、このうち、福建人と客家(大部分が広東出身)が85%(福建人が
客家の三倍)、蒋介石政権とともに台湾に渡ってきたいわゆる外省人が15%です。原住民(南
方系と南支那系)は全体の2%しか占めていません。漢民族は欧州民族に相当するメタ民族
ですが、いずれにせよ、台湾に住んでいるのは漢民族だ、という点は重要です。
 (4)宗教:信者の数が多い順に、仏教、道教、キリスト教(プロテスタントがカトリックの二
倍)、新興宗教です。キリスト教徒の割合は総人口の4%弱に過ぎません。
  (以上、事実関係は、http://www.gio.gov.tw/taiwan-website/5-gp/q&a/index.htm(11月
3日アクセス)による)
   しかし、蒋・宋一族の多くがキリスト教徒であったように、キリスト教徒の影響力には
大きいものがあります。キリスト教徒の割合が多いのは、原住民、外省人、福建人(の1%)、
客家(の0.3%)の順です
  (http://www.send.org/taiwan/climate.htm。11月3日アクセス)。李登輝氏はキリスト教
徒ですが、客家としては例外中の例外であるのに対し、林建良氏がキリスト教徒であるの
は原住民出身だそうですから、珍しくも何ともないということになります。
 (5)経済:2002年の一人当たりGNPは、13,250ドルであり、中東を除くアジアでは、ダントツ
の日本、そしてシンガポール(都市国家)、ブルネイ(産油国で小人口)に次ぐ第四位で、実
質二位と言ってもよく、韓国をはるかに上回っており、中国の970ドルの実に14倍弱です
(The Military Balance 2003-2004, IISS, PP298-302,288-290)。

(続く)

太田先生へ

力作を送って頂き、有り難うございます。

大変参考になりました。

  林 建良拝

太田述正コラム#0033(2002.5.15)
<台湾秘密資金問題のその後>

 台湾秘密資金問題をフォローしない日本のメディアや政治家と何度か申し上げてきましたが、その後、少しずつ議論が行われるようになりました。そのいくつかをご紹介しましょう。

 4月30日付の赤旗は、6頁目の記事で、台湾の週刊誌「壱週刊」、中国時報紙、香港の星島日報紙の記事を引用し、「・・九五年<から>九六年<にかけて>台湾海峡の緊張が高まってい・・た。・・李登輝総統は・・橋本首相に対して、ワシントンに密使を送り、台湾を防衛するための出兵を求めるよう促し・・首相は密使を確かに派遣した・・クリントン大統領は二つの空母戦闘群の派遣を決定し、台湾海峡付近に急行させた・・台湾<は>日本や米国の政府関係者らの参加をえて、・・三者の秘密協調グループを組織。毎年定期的に二、三回、緊急時には臨時会議を開<い>た。場所は台湾、日本、米国を順番に回っていた・・日本のメンバーは・・自民党の極右派が中心。橋本氏は首相を辞任した後に加わった。日本の元『(自衛隊)北部方面』指揮官で現在、帝京大学教授の志方俊之氏も一員である。・・クリントン政権の・・キャンベル・・国防副次官補・・や現ブッシュ政権のウルフォウィッツ国防副長官も「重要なメンバー」。・・三月に台湾の湯曜明氏が「国防部長」の肩書で初めて訪米できたのは、この・・グループとの協力が密接に関係している・・日本の政界要人<は>橋本氏・・を含めて、台湾から・・『好意』・・台湾特産の食品<等と>商品券・・を受け取った・・」と報道されているとした上で、秋山氏のことに触れ、「秋山氏は防衛局長のとき、台湾の「駐日代表」と会見し、「日本と台湾の断交以来、初めてわが政府役人と会見した日本の軍事関係高官<である>・・台湾は日米安保条約の保護圏に入ることを強く希望し、あらゆる手段を使って日本の軍事情報部門に食い込もうとした。日本政府の政策決定に影響を与え、台湾の戦略的利益にとって有利な方向へ導くためである。秋山氏はそのような役割を果たせる人物であった・・彼と・・<上記>グループ<の>米側・・メンバーの共同作業のもと、日米双方は日米安保条約の『周辺事態』のカバー範囲を台湾海峡と朝鮮半島を含む『極東』および『極東周辺』地域と確定した。つまり、台湾海峡で戦争が起これば、日本は米国とともに軍隊を派遣し、同地域の安全と安定を守るということである」と報じるとともに、既に私がコラム#26や28で毎日新聞やワシントンポストを引用して述べた、秋山氏のハーバード「留学」のいきさつを報道しました。

 「世界週報」の5.7-14号は、台湾の第二野党である親民党(第一野党は国民党。親民党は、国民党の分派であり、台湾「独立」運動に国民党以上に強く反発している)が台湾「独立」運動に加担している李前台湾総統を標的として、秘密資金にかかる文書を入手し、メディアに流したのではないかと報じました。私がコラム#28指摘した「中国による台湾政府の権威失墜をねらった国際陰謀、又は台湾内の反台湾独立派による李登輝氏や民進党等の台湾独立派の権威失墜をねらった国際陰謀」やその両者の複合説等のいずれが正しいのかも興味のあるところです。

 画期的であったのは、この問題が国会で取り上げられたことです。(以下、議事録による)
 民主党の山田敏雅衆議院議員は、まず衆議院外務委員会(開催日不明)において秋山氏の件を取り上げ、防衛庁の柳澤官房長(参考人。以下同じ)からの、秋山氏はご自身のハーバード「留学」の際、研究室、アパート、研究費の提供を受けたがその財源までは知らないと言っている旨の回答と、同じく防衛庁の萩山副長官からの、質問内容が事実であれば副長官としてその責任をとるという答弁を引き出しました。
そして、更に5月8日の事態対処特別委員会において、議員自ら台湾に赴いて調査した結果をふまえ、「台湾に参りまして、・・<日本>大使館に当たる・・交流協会の所長さん<に>お話をお伺いしました。・・<その>方のお話ですと、・・日本側としても、これはどういう情報が正しいのか正しくないのか、あるいはこれはどういう日本として影響があるのか、こういうことは余り前向きにやらない、こういうふうなお話でございました。したがって、・・本当にどうなのかという調査をなされていない・・書いた記者に接触したこともない、会おうともしない。・・現実にどんな感触で、どういうルートで、どういうふうに流れてきたのか。私は二日間聞いたわけですが、そんな人間でもできることを<やらないということでは>、在外公館の情報収集能力では、非常に・・心もとない。」と述べた上で、法務省に事後収賄の構成要件を質問しました。そして、秋山氏のハーバード「留学」について、ワシントンポストの記事を書いた記者が書いた報告書を入手したとし、防衛庁を追及しました。
萩山副長官は、ご自分の前回の答弁に変わりはないと改めて答弁したのですが、中谷防衛庁長官は、「秋山氏<が防衛庁を退職した後の>その後の人生とかその歩み方等については直接本庁の政策決定とか運営等には全く無関係でありまして、本人を監視をしたりまた関与するものでもございませ<ので、>それ以上の調査をする必要があるかどうか・・」と答弁。山田議員は、事後収賄にあたるのではと納得せず、秋山氏の参考人招致を瓦事態対処特別委員長に要求して質問を終えました。
(なお、質疑の過程で、柳澤官房長から、秋山氏がハーバード「留学」中の2000年4月に「ハーバードの旅費負担で台湾を訪問」したこと、秋山氏が同じ年の2月に台湾に電話を入れているが、秋山氏に問い合わせたところ、同氏は、電話は、その台湾旅行のアレンジであり、そのアレンジをしてくれることに対するお礼は述べたことはあるかもしれないが、ハーバードに留学すること自体について台湾側と連絡をとったり、あるいはそのお礼を述べたりということは一切なかったと言っていたとの発言がありました。)

このほか、「選択」の5月号にも本件の記事が出たそうです。これら以外でお気づきの記事等があれば、ご教示ください。

最後に一言。
本コラムの読者諸賢はよくお分かりのことと思いますが、私は決して秋山氏の台湾に関する考え方や行動それ自体を批判しているわけではありません。(どちらか言えばシンパシーを感じていると申し上げておきましょう。)
しかし、いかなる日本国民であれ、日本の法律は遵守しなければなりません。それが法律を執行することが仕事である公務員であればなおさらです。
むろん、「超法規的措置」をとらなければ著しく国益が損なわれたり、人命にかかわるようなケースがありうることまで否定するつもりはありません。
しかし、私は、調達実施本部事案におけるM本部長の違法行為(背任)や今世間の注目を浴びている外務省の佐藤氏等の違法行為(同じく背任)、そして、仮に事実だった場合の秋山氏の違法行為(事後収賄)などは、到底そのようなケースには該当しないと思っているのです。
それにしても、外務省や防衛庁のやる気のなさと隠蔽体質は、本件への対応一つ見ても度しがたいものがあります。

(注)コラム#27がだぶっていることに気がついたので、二つ目のコラム#27を28とし、前回のコラムまで、数字を繰り下げました。

太田述正コラム#0026(2002.3.28)
<台湾機密費問題>

 台湾で李登輝政権当時の90年に、予算の剰余金を流用して密かにつくられた1億ドルにのぼる機密費の存在がメディアにリークされ、台湾や香港で大騒ぎになっています。
 台湾政府の国家安全局は、この機密費から得られる利子をスパイ活動や対外工作に使ってきたようです。
 台湾政府は、内容を報道しようとした台湾の雑誌社と新聞社を家宅捜査し、出版を差し止めました。しかし、この話は香港等のメディアにもリークされており、台湾の対中国本土スパイ網の存続が危機に瀕していると報じられています(http://newssearch.bbc.co.uk/hi/english/world/asia-pacific/newsid_1887000/1887708.stmhttp://newssearch.bbc.co.uk/hi/english/world/asia-pacific/newsid_1892000/1892690.stmhttp://newssearch.bbc.co.uk/hi/english/world/asia-pacific/newsid_1893000/1893971.stm)。

 日本のかつての植民地だった隣国(あえて「国」と言わせてもらいます)のこのようなビッグ・ニュースを日本のメディアがほとんど伝えていないのは理解に苦しみますが、その中で毎日が見過ごすことのできない記事を報じました。

「台湾の情報機関、国家安全(国安)局の機密費疑惑で、25日付の香港紙「星島日報」は、国安局が橋本龍太郎・元首相に接近を図り、99年には歳暮として1万ドル(約130万円)の商品券を贈ることを決めていたと報じた。同紙が入手した98年9月2日付の機密文書によると、国安局が日本や米国とのパイプづくりの組織「明徳グループ」に橋本氏を参加させることを計画。米国の大使が訪日して橋本氏を説得することになり、旅費などとして1万5000ドル(約195万円)を支出することを決めた。橋本氏は同年7月に首相を辞職していたが、国安局は政界への影響力を重視していたという。一方、99年12月15日付の文書によると、日本の歳暮の習慣に従い、対日工作の対象者に1人2000ドル(約26万円)の商品券を贈ることにしたが、李登輝総統(当時)の側近の提案で橋本氏は1万ドルと特別扱いにした。・・・・・(中略)・・・・・・同文書はまた、97年9月に決まった日米防衛新指針(ガイドライン)で重要な役割を果たしたとして、当時の防衛事務次官を米ハーバード大学に留学させ、学者として台湾に協力させる計画も記載。機密費から10万ドル(約1300万円)を米国の別団体にいったん振り込むなどして支援が表面化しないことを確認している。元次官は98年11月、防衛庁調達実施本部の背任事件に絡む証拠隠滅疑惑で依願退職していた。橋本政権下で決まった日米防衛新指針では、日米が協力する「周辺事態」に台湾を含むかどうかで論議を呼んだ。日本政府は地理的な特定はしなかったが、当時の李総統は新指針を評価する発言をしている。」(2002年3月25日23時32分)
http://www.mainichi.co.jp/news/flash/kokusai/20020326k0000m030159000c.html

 橋本元総理の話も問題ですが、政治家の「不祥事」には読者もいささか食傷気味ででしょうし、最近の週刊誌に橋本氏の病院建設利権の話が出ていることもあり、橋本氏については今後の日本のメディアの追求に期待することにして、本稿では記事の後半に焦点をあてたいと思います。
 記事の中の「当時の防衛事務次官」とは、秋山昌廣氏であり、防衛庁に大蔵省(当時)から審議官として出向されてきてから、高校の先輩であったこともあり、私が防衛庁に在職中、公私ともお世話になった人です。次官をお辞めになってからハーバード大学に客員研究員として赴かれ、現在は、出身の財務省の関係団体に勤めておられます。
 この記事だけでは、(橋本氏のケースも同様ですが、)台湾の国家安全局の計画通りにことが進められたかどうかはあきらかではありません。しかし、秋山氏のハーバード行きについては、ご自分のカネで行かれたわけではなく、さりとてハーバード側の招待でもないと当時から囁かれていたことから、この計画が実行に移され、秋山氏が台湾政府の機密費をもらってハーバード大学に「遊学」された可能性は否定できないと思います。

 仮にそうだとすると、ことは重大です。
 第一に、記事の中でも言及されているように、当時秋山氏は「防衛庁調達実施本部の背任事件に絡む証拠隠滅疑惑で依願退職し」たばかりであり、本来、謹慎していなければならないところ、自分のカネならぬ、他人の、しかも素性の定かでないカネで「遊学」したこと自体が問題です。
 第二に、このカネが「日米防衛新指針(ガイドライン)で重要な役割を果たした」ことへの謝礼の意味があったことが問題です。秋山氏本人は否定されるでしょうし、私個人としても、そんなことはありえないと断言したいところですが、カネを受け取った以上は、カネで国策を売ったというそしりを受けても仕方がないでしょう。
 第三に、「学者として台湾に協力させ」られたことが一番深刻な問題です。実際、私のかすかな記憶では、秋山氏のハーバード在籍中、北京寄りのクリントン政権の台湾政策を批判する内容の同氏の投稿記事が朝日新聞に掲載されています。どこの国の前国防省次官であっても、その発言は重く受け止められますが、経済大国日本の前国防省次官ともなればなおさらです。(前防衛事務次官であれ誰であれ、元防衛庁幹部の発言など省みられない日本国内が異常なのです。)百歩譲って、秋山氏が本当に持論を展開されただけだったとしても、カネをもらっている国の利益になるような発言は慎むべきでした。
 
 秋山氏ご自身の弁明をぜひともうかがいたいものです。

 この毎日の記事が出てから、毎日自身も含め、日本のすべてのメディアが後追い報道を全くしていません。劇場型政治の大根役者達を連日連夜追っかけ回す暇があったら、このような事案こそ取り上げて欲しいものです。

↑このページのトップヘ