太田述正コラム#9413(2017.10.21)
<定住・農業・国家(その5)>(2018.2.3公開)

 この儀典は「肉の侮辱(insulting)」と呼ばれており、それは、この狩猟者が、自分を偉く思い、自分が誰よりも長けていると考え始めるようなことがないようにすべく企図されたものだ。
 「若者が沢山の肉<獣>を殺すと、彼は自分自身を酋長ないしは偉大な男だと考え、それ以外の我々のことを、彼の召使達ないし劣等者達と考えてしまう・・・が、こんなことを我々は受け入れることはできない」、と、一人のブッシュマンが人類学者のリチャード・B・リー(Richard B. Lee)<(注10)>に語ったものだ。

 (注10)リチャード・バーズヘイ・リー(Richard Borshay Lee。1937年〜)。カナダの人類学者。トロント大卒、米カリフォルニア大バークレイ校博士。トロント大で教鞭を執り、現在、同大名誉教授。ボツワナと南西アフリカの原住民の研究に従事。
https://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Borshay_Lee

 この諸侮辱は、「彼の心を冷やし、彼を穏やか(gentle)にすること」、を企図している、と。
 これらの狩猟採集者達にとっては、「個人の私欲とそれを監視(police)する嫉妬心の総計は、恐ろしいばかりの平等主義社会であって、そこでは、利潤を挙げるための交換、階統、及び、大きな物質的不平等性、は、許容されなかった」、と、スズマンは記している。
 この平等主義的衝動は、豊かではあっても豊富ではなく、過剰でもなく、かつ、競争的な獲得もなし、という自分達自身の諸条件の下での生活を行う、狩猟採集者の能力にとって、核心的なものであることを、スズマンは示唆している。」(注11)(B)

⇒これは、まさに、マルクスの原始共産制(注11)と全く同じだと言っていいでしょう。
 現存する狩猟採集社会の研究は19世紀から一歩も進んでいない、ということなのかもしれませんが・・。(太田)

 (注11)「通常 カール・マルクスと結びつけて考えられている用語であるが、詳細はフリードリヒ・エンゲルスによって『家族・私有財産・国家の起源』の中で叙述された。原始共産制は、人類の歴史における基本的な富に対する集合的な権利、社会的関係における平等主義、階層化と搾取の発生に先行すると考えられる権威的な統治や階級の欠如などを示している。原始共産制に関して、マルクスとエンゲルスは、アメリカ<大陸>の先住民族の村落の構造を「古代氏族の自由、平等、友愛」や「生活における共産主義」と語ったルイス・ヘンリー・モーガンの大きな影響を受けた。原始共産制のモデルは人類の初期の社会である狩猟採集社会に見られ、そこには階級支配は無く、富の余剰も作成されない。・・・原始共産制の社会では、健全な身体を持つ全ての人間は食料の獲得に従事し、狩猟や<採>集により産み出されたものを全員が共有する。・・・
 近代以降、国家規模で原始共産制を目指したとされる主な体制には以下がある。
 毛沢東による文化大革命時代の中華人民共和国
 自国民を大量殺戮したポル・ポト派による民主カンプチア」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%A7%8B%E5%85%B1%E7%94%A3%E5%88%B6

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[原始共産制・新しき村・毛沢東]

 「注11」の、文化大革命に言及した部分が気になった。
 文化大革命を国家規模で原始共産制を目指したとしたのは、そのくだりの典拠からして竹内好らしいが、農業革命後、支那を含め、世界で人口が著しく増加してしまっており、だからこそ、マルクスは、産業国家でないと、共産制への回帰は不可能であると考えたわけだ。(典拠省略)
 これに対し、毛沢東は、大躍進政策が失敗したことから、産業国家以前の農業国家でも共産制への回帰ができないかと考え、若き日に勉強し、実践を試みたことさえあったところの、新しき村を思い出し、中共という国家全体を新しき村化しようと考え、文化大革命を発動した、というのが私の見方だ。
 一番最後のくだりを除き、この私の見方とほぼ合致しているのが、南米在住の、現地の新しき村関係者による下掲だ。↓

 「実篤がいう「人間らしい生活」とは、・・・衣食住をまず自分達の手で確保し、その後に、「自己を正しく生かすことにより他人を生かし、またお互いに助け合って自己を完成する」よう生きることであり、その根底をなすものは「人類愛」である。・・・
 新しき村は、全ての人が健康で長生きできる社会、全ての人が個性を発揮して天職を全うできる社会、全ての人が生きる喜びを感じ、趣味良き遊びを楽しむことができる社会(理想的社会の三要件)を目指したものである。・・・
 現在継続されている「新しき村」は埼玉県入間郡毛呂山町にあり、そこでは、農業を主とし、養鶏・稲作・畑作・椎茸・茶の栽培を村の生計の基礎にしていますが、パンの製造、陶芸の創作を仕事としている人もいます。
 「中華人民共和国の父と言われた毛沢東は、学生時代、魯迅の弟、周作人が中国に紹介した「新しき村」に出会い、長沙西岸の湘江をへだてる岳麓山のふもとに新しき村の建設をもくろみ、そこでどのように生活するか計画をたてていた。
 しかしその時には地元の人間から理解されず実現にはいたらなかったが、後に毛沢東によって創設された中華人民共和国の人民公社は、この「新しき村」からその発想を得たようである。」
http://yutopiakenkyu.hatenablog.com/entry/2016/08/18/215521

(続く)