太田述正コラム#9365(2017.9.27)
<アングロサクソンと仏教--米国篇(その16)>(2018.1.10公開)

 「我も汝も存在しない」、とケルアックは記した。
 また、「空間は空(empty)故に岩のようなものだ」、とも。<(注14)>

 (注14)ケルアックの言は、鈴木大拙が米国で説いたであろう、臨済禅の公案の引き写し、という趣がある。
 大拙は、「1950年より1958年にかけ、<米国>各地で仏教思想の講義を行った。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E5%A4%A7%E6%8B%99

⇒大拙は、「仏教の・・・悟り<を>・・・霊性的自覚<、すなわち>・・・《即非の論理》の体得である<とした>」(上掲)ところ、私見に照らせば、「霊性的自覚」≠「人間主義者化」、「霊性的自覚」=「自分が本来的には人間主義者であることの自覚」、ということになりそうです。
 そもそも、日本の臨済宗は、公案という非論理的設題を「考える」ことで積極的に頭の中を空っぽにするサマタ瞑想を行ったのに対し、日本の曹洞宗は、只管打坐(ただひたすら座り続ける)で、この、頭の中を空っぽにするサマタ瞑想を行ったわけですが、これは、私の言葉に置き換えれば、前者では、サマタ瞑想が人間主義性の復活を可能にするとしたのに対し、後者では、サマタ瞑想では人間主義性の復活までは不可能であると認めつつも、人間主義者や人間主義的非人間主義者が人間主義性を維持することには役立つとした、という違いがある、ということではないでしょうか。(注15)(太田)

 (注15)日本の臨済宗では、「見性<、すなわち、>・・・人間に本来そなわる根源的な本性<(仏性)>を徹見すること<を>・・・悟り<とするのに対し、>・・・<日本の曹洞宗では、>見性<を徹見することなどできない、と>全く否定<してい>る。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%8B%E6%80%A7
 すなわち、前者の悟り概念は、本覚思想(前出)をそのまま踏襲しているのに対し、後者は、本覚思想を一歩進め、大部分の日本人は既に悟っているとの前提に立ち、悟り概念そのものを否定している、と言えるのではないか。

 半世紀早送りして、ヘッジ・ファンド管理者のデイヴィッド・フォード(David Ford)<(注15)>は、ブルームバーグ・ニュースのインタビューで、瞑想の諸効用を、「私は、今や、変動の激しい諸市場に対してずっと平成に対応するようになった」、と要約している。

 (注15)不明。

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[支那の禅宗と日本の禅宗]

 支那の禅宗については、それを「真摯な仏教」とする見解と「道教との・・・共通点<の>多<さ>」を指摘する見解とに分かれている
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%85
が、私自身は、後者、すなわち、北伝仏教と道教の混淆宗教である、と考えている。
 「<支那の>禅宗における悟りとは「生きるもの全てが本来持っている本性である仏性に気付く」ことをいう。 仏性というのは「言葉による理解を超えた範囲のことを認知する能力」のことである」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%A8%E6%B8%88%E5%AE%97
とされているところ、このような思想は、「「道教が・・・不老長寿の世界にあこがれ、その自然・・・の中に神仙があるという・・・自然を超越した世界を志向してい<る>・・・神仙思想」(前出)と極めて似通っているからだ。
 栄西や道元が、日本の既存の仏教諸宗派にあきたらず、支那の禅宗に注目し、それを留学して学んだのは、単に、当時の支那において、仏教を標榜する各宗派の中で、「唐代から宋代にかけて禅宗が興隆を極め<てい>た」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%85
からに過ぎなかったのではなかろうか。

 (もとより、栄西や道元が、仏教が初めて日本に伝来した時に、当時の日本人が仏像や仏教伽藍に美的に惹かれたのと同様に、支那の禅宗が「漢詩などの文学、水墨による山水画や庭園造立などの美術などの、様々な文化的な事象に・・・与えた・・・広範な影響」(上掲)にも美的に惹かれた、ということもあったことだろう。
 彼らを通じて支那の禅文化を継受した日本において、後述する、禅宗における悟りの内容転換もあり、それが、室町文化として、より洗練された形で花開くことになる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%A8%E6%B8%88%E5%AE%97 前掲
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%A4%E7%94%BA%E6%96%87%E5%8C%96 )

 さて、北伝仏教においては、一般に、人は、悟れば、「全ての苦しみに煩わされることなく、また他の衆生の苦しみをも救っていける境涯を開くことができるとされる」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E6%80%A7
ところ、私見では、支那の禅宗は、支那の他の仏教諸宗派同様、悟りの後段を悟りの普及に限定しつつ、支那の他の仏教諸宗派とは違って、悟りの前段を道教的に再定義するとともに悟りを得る手段をもっぱらサマタ瞑想に限定した、のに対し、支那の禅宗を参考にした日本の禅宗は、サマタ瞑想中心主義はそのまま拝借しつつも、人間主義教たる鎌倉仏教の一環として、悟りの前段は人間主義の復活ないし維持、後段は人間主義の実践ないし普及、と読み替えて、創始されたものなのだ。
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(続く)