太田述正コラム#9297(2017.8.24)
<イギリス論再び(その12)>(2017.12.7公開)

3 終わりに

 私は、かねてから、工業化社会以前のイギリスの富の源泉は羊毛生産であり毛織物産業であった、と申し上げてきたところです。(コラム#54)
 そもそも、「わざわざ肉に変換してから口に入れるということをすると、「植物の生産→人間の栄養」という経路の効率は1/10程度まで落ちてしまう」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%B2%E6%A5%AD
ところ、羊の場合、その肉も食べるけれど、羊毛も取るわけですから、「栄養・・・効率」は更に「落ちてしま」い、イギリスの場合、羊毛を取ることが主眼だったわけですから、どれほど「栄養・・・効率」が悪かったか、想像ができようというものです。
 これは、ざっくり申し上げれば、商品価値の相対的に高い(比較優位の)羊毛/毛織物を国外に売って、商品価値の相対的に低い(比較劣位の)食糧を輸入する、という、資本主義的農業・・換言すれば、徹底した一人当たり国民所得の向上を旨とする農業・・をイギリスが以前から行ってきたことを意味します。
 そういう意味で、イギリスは、どこまで遡っても、個人主義、すなわち、資本主義、社会であったわけです。(コラム#省略)

 以上のことを踏まえれば、13世紀に羊の天敵である狼がイギリスで絶滅させられたというのは、単に、上述したようなイギリスの農業特有の論理的一経過点に過ぎないのであって、それを特定の国王はもとより、特定の個人の「功績」、に帰するのはお門違いも甚だしい、と言うべきでしょう。
 我々は、その少し後の16世紀に生じたところの、イギリスの農業特有のもう一つの論理的一経過点を知っています。
 それは、囲い込み<(注31)>です。
  
 (注31)「囲い込みは以下の独立した三つの過程からなる。
 開放耕地の排除
 入会地の廃止
 混在地制の廃止(土地の統合)
 開放耕地とは収穫が終わった土地を次の種蒔きまで放牧地として共同で利用することであり、 入会地もまた共同で利用された土地である。 土地の統合は持ち主の異なる入り組んだ土地を整理統合することで大きな耕地を作り出すことである。 混在地制は共同で農作業を行う際に作業時期による収穫高の不公平を軽減するのに有効であり、 また開放耕地と入会地の存在と合わさることで、 それ程大きな土地を持たない者でも放牧を必要とする家畜を飼うことが可能となっていた。
 16世紀<の>・・・囲い込み<は、>・・・牧羊目的。毛織物工業の繁栄のため、需要の増大した羊毛をより効率的に生産するために導入された。個人主導であり、農民の職を奪ったため、大きな批判を受けた。トマス・モアはそのような状況に対し、「羊が人間を喰い殺している」と批判した。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%B2%E3%81%84%E8%BE%BC%E3%81%BF

 地理的意味での欧州で、狼が絶滅したのも囲い込みが行なわれたのも、イギリスにおいてだけ<(注32)>、だったのは、耳タコでしょうが、イギリスと欧州とが文明を異にする・・後者は、断じて個人主義/資本主義社会ではない・・からこそなのです。

 (注32)実際には、欧州でも、例えばドイツでは19世紀に狼は絶滅した。しかし、東欧では絶滅しなかったところ、近年、ドイツに東欧の狼が移ってきて復活しているらしい。
http://www.epochtimes.jp/2017/06/27710.html
 興味深いのは、狼は、イギリスでは、単に邪魔な存在と受け止められていたのに対し、欧州では邪悪視されてきたことだ。↓
 「<地理的意味での(太田)欧州>や<支那>など牧畜が盛んであった地域では家畜を襲う害獣として忌み嫌われる傾向にあり、逆に日本(北海道を除く)のように農業が盛んであった地域では、農作物へ被害をあたえるシカなどの害獣を駆除する益獣として、怖れをもたれると同時に慕われもした。また、アイヌや<アメリカ原住民>などのように、狩猟採集生活が盛んであった民族でも神格化されることがある。・・・
 中世<欧州>においては、狼はしばしば死や恐怖の対象として描写される。・・・
 キリスト教でも、狼は邪悪な害獣として扱われる事が多<い。>・・・
 <欧州>で狼を忌み嫌うのは中世キリスト教が、土着の信仰を駆逐するため人狼伝説を利用してきた影響も大きい。中世の<欧州>では、人狼の存在が信じられて<いた。>・・・
 <イギリス>では早い段階で狼が駆逐されたために、人狼の伝説は外国起源のものであり、魔法使いや巫女はたいてい猫や兎に化けることになってしまった、という説<がある。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%9F

(完)