太田述正コラム#9289(2017.8.20)
<イギリス論再び(その9)>(2017.12.3公開)

 一定程度まで、これは、我々の諸頭の中だけに存在しているイギリスだ。
 今日では、我々の大部分は、諸都市や諸郊外に住んでいる。
 我々の国は、<地理的な意味での>欧州の中で、最も都市化され、人口密度の高い諸国のうちの一つだ。
 しかし、著者が記すように、イギリスは、最初の都市化され産業化された国であったというまさにその理由で、このような牧歌的な郷愁の宗教を作ったのだ。
 実際、第二次世界大戦の時でさえ、英国の兵士達の殆どが我々の大きな産業諸都市出身だというのに、政府の愛郷的な諸ポスターは、中世に創造された田舎のイギリスを強調した。
 情報省によって製作されたこの諸ポスターは、教会の諸尖塔、村の諸草地、なだらかな諸丘、そしてゆるやかな起伏のある諸畑、を愛情を込めて描いた。
 そのうちの一つは、サウス・ダウンズ(South Downs)<(注25)>で、犬を引き連れていて、彼の羊の一群が丘のてっぺんにいて、遠くに農家が立っている<風景の>中で、大股で歩いている羊飼いを示していた。

 (注25)「<イギリス>南東部にある丘陵。<ドーバー>海峡にほぼ沿って・・・延びる白亜の丘陵で,・・・平均標高 150〜200mで,最高点は 271m。・・・<ドーバー>海峡に注ぐウーズ川,アラン川などによって分断されている。・・・南麓の海峡沿岸には,保養都市として有名なブライトン」や軍港のポーツマスがある。」
https://kotobank.jp/word/%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BA%E4%B8%98%E9%99%B5-68370
 サウス・ダウンズの地図、写真。
https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BA/@50.9366868,-1.1450978,10.15z/data=!4m5!3m4!1s0x4875bbce3a91d5bd:0xdf769d93111741cc!8m2!3d50.9279491!4d-0.6624634?hl=ja
 ポーツマス。ポーツマス海軍基地が実は観光名所。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%9E%E3%82%B9_(%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%9E%E3%82%B9%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E5%9F%BA%E5%9C%B0
 ブライトン。最大の観光名所は、(浜を別にすれば、)インド風のロイヤル・パビリオン。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%B3

 題字は、「<これが>君の英国だ」、「そのために今戦え」、だった。

⇒国防大学の、(イギリス北西部研修旅行と違って、全員が一緒の)ポーツマスとブライトンの研修旅行の際に、サウス・ダウンズについての説明は何もなかったように思いますが・・。(太田)

 もちろん、皮肉なことは、それが、我々の戦闘員達の大部分が住んでいた類の風景ではなかったことだ。
 しかし、殆ど本能的に、今日、我々の多くがそうであるように、それを、あたかも彼ら自身のものであるかのように、そのことを知っていて、かつ、愛していたのだ。
 諸国境と愛郷主義を侮蔑する、自称「ポスト国家的(post-national)」知識人達が主張するように、では、イギリス性は、単なる郷愁的幻想なのだろうか。
 全くそんなことはない。
 というのも、イギリスは、余りにも多くの古い諸国と同じく、歴史と同様に地理によって、また、諸物語と同様に諸石によって<・・storiesとstonesの語呂合わせ(太田)・・>によって規定された場所だからだ。・・・
 著者の主張は、私にはかなり説得力があるのだが、我々がイギリス性について語る時、我々は、しばしば、全ての中で最も重要なこと、すなわち、イギリスそれ自体、を忘れている、というものだ。
 イギリス性の核心には、ある場所がある、と彼は言う。
 それは、我々にお馴染みの、雨と風、樫と浜辺、小麦と諸林檎、石炭と鉄、海岸と諸川、そして恐らくは、何よりも、羊、という、愛しい風景だ。
 これこそ、ピーター・コルベットが重要な所以なのだ。」(D)

(続く)