太田述正コラム#9201(2017.7.7)
<武光誠『誰が天照大神を女神に変えたのか』を読む(その27)>(2017.10.21公開)

 「地動説を知らなかった古代の日本人は海と空とを合わせた世界、つまり陸地以外のところを「あま」と呼んだ。<(注61)>

 (注61)「日本において、海を主とする水域(河川や湖沼を含む)を生業の場とし、素潜りすもぐりする漁民を始め、釣漁・網漁・塩焼(藻塩の製造)・水上輸送・航海などに携わる人のこと」を指す「あま」が、「海」そのものを指すことはなさそうだ。
 他方、「天」を指す「あま」は、「あめ(天・雨)の、名詞又は助詞「が」「の」に接続する際の変化」とされており、これ「が通説であるところ、「漁師」の意の「あま」との関係を見いだし、天孫族の漁撈的性格の共通性を唱える説もある。」
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%BE

 ところが漢字の表記が使われるようになると、「あま」がその意味に従って「天」「海」に書き分けられるようになっていった。

⇒「注61」からすると、武光の、「海=空=あま」説は、絶対的少数説ということのようです。
 なお、面白いのは、「古代・中世では性で区別する概念は未発達で、古代から見られる「海夫」も「漁夫」などと同じく、男性という意味は含まない」(上掲)ことです。
 漁師等たる「あま」は、は縄文時代からいたことからして、このことも、私の言う、中性的な縄文文化を裏付ける事実である、と言えそうですね。(太田)

 古代の日本には、海のはてに常世国(とこよのくに)<(注62)>という神々が住む世界・・・があるという信仰があった。

 (注62)「常世の国へ至るためには海の波を越えて行かなければならず、海神ワタツミの神の宮も常世の国にあるとされていることから、古代の観念として、常世の国と海原は分かちがたく結びついていることは明らかである。『万葉集』の歌には、常世の浪の重浪寄する国(「常世之浪重浪歸國」)という常套句があり、海岸に寄せる波は常世の国へと直結している地続き(海続き)の世界ということでもある。しかしながら、常世の国には、ただ単に「海の彼方の世界」というだけでなく、例えば「死後の世界」、「神仙境」、永遠の生命をもたらす「不老不死の世界」、あるいは「穀霊の故郷」など様々な信仰が「重層的」に見て取れる。・・・
 日本神話においては、少彦名神<(神)>、御毛沼命<(人)>、田道間守<(人)>が常世の国に渡ったという記事が存在する。浦島子(浦島太郎)の伝承にも、常世の国が登場する。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B8%E4%B8%96%E3%81%AE%E5%9B%BD

⇒「注62」から、武光のように、「常世の国=神々が住む世界」、とすべきではなく、「常世の国の一属性=数柱の神々が住む世界」、とでもすべきだったのではないでしょうか。
 なお、「沖縄県や鹿児島県奄美群島の各地に伝わる他界概念のひとつ<である、>・・・ニライカナイ<は、>・・・本土の常世国の信仰と酷似して<いる>」(上掲)ところ、琉球の人々が縄文人であるとされている(典拠省略)ことから、常世の国は、縄文文化由来である、といいうことのようですね。(太田)

 また天に住む神が、海を通って海岸に来るともいわれた。

⇒恐らく、これも、絶対少数説でしょう。(太田)

 今でも海岸で海の神を祭る祭祀が日本のあちこちにみられる。・・・
 「天照(あまてる)」の通称で呼ばれる太陽神は、伊勢の漁民の首長から土地の守り神である国魂として祭られてきた。
 その神は伊勢では海を照らしてやって来る「海照(あまてる)」、つまり海神でもあったのだろう。」(165〜166)

⇒よって、これも、武光の単なる憶測である、ということになりそうです。(太田)

(続く)