太田述正コラム#9125(2017.5.30)
<武光誠『誰が天照大神を女神に変えたのか』を読む(その4)>(2017.9.13公開)

 「日本神話は天照大神を天神(あまつかみ)<(注11)>(高天原の神々)を統べる神とし、素戔嗚尊<(注12)(コラム#6306、8376、8967、8971)>を国神(くにつかみ)<(注11)>(地上を治める神)の最初のまとめ役とする。・・・

 (注11)天津神・国津神。「天津神は高天原にいる神々、または高天原から天降った神々の総称、それに対して国津神は・・・大国主など、天孫降臨以前からこの国土を治めていたとされる土着の・・・神々の総称とされている。ただし、高天原から天降ったスサノオや、その子孫である大国主などは国津神とされている。・・・
 ヤマト王権によって平定された地域の人々が信仰していた神が国津神に、ヤマト王権の皇族や有力な氏族が信仰していた神が天津神になったものと考えられる。・・・
 日本神話において、国津神がニニギを筆頭とする天津神に対して国土(葦原中国)の移譲を受け入れたことを国譲りとして描かれている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%B4%A5%E7%A5%9E%E3%83%BB%E5%9B%BD%E6%B4%A5%E7%A5%9E
 (注12)「スサノヲは多彩な性格を有している。母の国へ行きたいと言って泣き叫ぶ子供のような一面があるかと思えば、高天原では凶暴な一面を見せる。出雲へ降りると一転して英雄的な性格となる。八岐大蛇退治の英雄譚は優秀な産鉄民を平定した象徴と見る説も根強く、草薙剣の取得はその象徴であるとの解釈も多い。しかし、日本初の和歌を詠んだり、木の用途を定めたりなど文化英雄的な側面もある。これは多数の伝承をまとめて一つの話にしたためとする説もある。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%B5%E3%83%8E%E3%82%AA

⇒これは、拡大弥生時代における邪馬台国等の体制(前述)が神話へ投影されたものであろう、というのが私の見方です。(太田)

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[天孫降臨と国譲りについて]

 天孫降臨とは、「日本神話にお<ける>、天孫の邇邇藝命(ににぎのみこと)が、天照大神の命を受けて葦原の中つ国を治めるために高天原から日向国の高千穂峰へ天降(あまくだ)ったこと。・・・
 古事記<の記述:>・・・邇邇藝命は高天原を離れ、天の浮橋から浮島に立ち、筑紫の日向の高千穂の久士布流多気(くじふるたけ)に天降った。
 日本書紀<の記述:>・・・皇孫は天盤座(あまのいはくら)を出発し、また天八重雲(あめのやえくも)を押し分け、稜威(いつ)の道(ち)別き道別きて、日向(ひむか)の襲(そ)の高千穗峯(たかちほのみね)に天降き、とある。・・・<或いは、>降り到りし所は、日向の襲(そ)の高千穗の添山峯(そほりのやまのたけ)と<も>言う。・・・
 谷有ニは・・・、高千穂を「高い山」の意とし、添(ソホリ)がソウルと同じ王の都であるなど韓国との関連を示す記載と前述の瓊々杵尊の言葉から、本来は九州北部が伝説の地であったが、政策上の都合で九州南部に移動したとしている・・・なお、その他にもクシフルの比定地は多くある。クシフルと同様、ソウルが変化したとされる脊振山(セフリサン)は、福岡県と佐賀県の境にあって、韓国(カラクニ)=朝鮮半島南部が対馬の向こうに見える山である。朝鮮の建国神話、とくに加耶の始祖首露王が亀旨(クジ)峰に天降る話と似ていることが、神話学者の三品彰英によって指摘されている。」 」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%AD%AB%E9%99%8D%E8%87%A8

⇒天孫降臨は、弥生人が。支那の揚子江流域の稲作地帯から、朝鮮半島南部を経由して、縄文人が住んでいた日本列島にやってきた史実を神話化したもの、というのが私見だ。
 日本の学者達の誰も、端的にそう言っていないようだが、理解に苦しむ。(太田)

 国譲りとは、「日本神話<における>、天津神が国津神から葦原中国の国譲りを受ける説話・・・葦原中国平定(あしはらのなかつくにへいてい)・・・ともいう。・・・
 日本の初期の稲作は陸稲が主流だったとされ、日向では、近畿や九州北部などで頻繁に出土する弥生時代の青銅器がほとんど出土しない。よって日向の文化はそれらよりも遅れて伝わったと考えられる。宮崎県埋葬文化センター所長の北郷秦道によれば、このことから、陸稲の生産効率の低さへの不満に、高天原の勢力が大国主に国譲りを迫った理由があると考えられるという。
 安本美典などのように卑弥呼=天照大神説をとる場合、出雲国譲りとは、北九州の邪馬台国が武力によって出雲を併合した事件と解釈出来る。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%A6%E5%8E%9F%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%B9%B3%E5%AE%9A

⇒国譲りとは、日本列島中の九州に到着し拠点を築いた弥生人が、東漸し、本州の西部までその支配を拡大してヤマト王権を確立した史実を神話化したもの、というのが私見だ。
 日本の学者達が、日向と出雲を、現在の宮崎と島根県東部に同定した上で、それに拘泥し、マクロ的に国譲り神話の解釈を行おうとしていないように見えるところ、それが不思議でならない。(太田)
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 日本神話は、天照大神という女神が神々の世界である高天原を治め、天照大神の子孫が日本の君主となった経緯を説く形のものになっているのである。
 皇室の祖先とされる瓊瓊杵尊が地上に降ったあとは、男性中心の物語になる。
 しかし日本神話のそれ以前の部分は、天照大神という女神が主導する物語になっているのである。」(28、31)

(続く)