太田述正コラム#8991(2017.3.24)
<インディアン物語(その1)>(2017.7.8公開)

1 始めに

 北アメリカ原住民の話は何度か取り上げてきていますが、いささか変わった角度からこの話に取り組んだ新著が出ているので、書評群をもとにその内容のさわりをご紹介し、私のコメントを付します。
 その新著とは、JCH・キング(JCH King)の『血と地--アメリカ原住民物語(Blood and Land: The Story of Native America)』です。

A:https://www.theguardian.com/books/2016/dec/15/blood-and-land-the-story-of-native-america-jch-king-review
(12月17日アクセス)
B:http://www.irishtimes.com/culture/books/blood-and-land-review-an-excellent-panoramic-survey-1.2787443
(2月20日アクセス)
C:http://www.newstatesman.com/culture/books/2016/08/history-without-reservations-unpicking-myths-about-native-americans
 (Eric Vuillard, Sorrow of the Earth: Buffalo Bill, Sitting Bull and the Tragedy of Show Business、及び、Ethan Hawke & Greg Ruth, Indeh: a Story of the Apache Wars の書評を兼ねる。)

 キングについては、大英博物館のアフリカ・オセアニア・南北アメリカ部の学芸員を40年間務めた後、現在、ケンブリッジ大考古学・人類が博物館リサーチ・フェローであり、多数の著書がある、
http://www.hup.harvard.edu/results-list.php?author=3063
http://scholar.google.co.uk/citations?user=LiDttkYAAAAJ&hl=en
ということくらいしか分かりませんでした。

2 インディアン物語

 (1)序

 「20世紀の最後の4分の1において、米国の歴史学者達はついに目が覚めた。
 (どちらも1970年に出現したところの、)ディー・ブラウン(Dee Brown)の『我が魂を聖地に埋めよ(Bury My Heart at Wounded Knee)』<(注1)やラルフ・N・ネルソン(Ralph Nelson)<監督>の映画『ソルジャー・ブルー(Soldier Blue)』<(注2)>といった、<アメリカ原住民達に対する>国家的罪悪感の諸決意表明(professions)の大いなる人気によって、ある意味鼓吹され、ある意味扇動され・・。

 (注1)米西部のアメリカ原住民史。
https://en.wikipedia.org/wiki/Bury_My_Heart_at_Wounded_Knee
 2007年にTV映画になっている。
https://en.wikipedia.org/wiki/Bury_My_Heart_at_Wounded_Knee_(film)
 (注2)「米国史の暗部を提示することで、1960年代のベトナム戦争でのソンミ村事件へのアンチテーゼを掲げた映画だとも云われている。また、これ以降ネイティブ・アメリカンを単純な悪役として表現することがなくなった。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

 米国の歴史学者達は、米国史の形成において、アメリカ原住民達と欧州人植民者達との相互作用を通じてアメリカ原住民達が演じた役割を、深刻かつ批判的に直視する(address)ことを始めた。
 この長きにわたって遅れ過ぎていた試み(initiative)の累積的諸結果は、やがて、米国史を執筆することに関する、最も革命的な諸変化であることが裏付けられることになった。
 しかし、それまでの何十年にもわたる、アメリカ原住民史の発見、保全、及び、解釈、の栄誉(credit)を与えられるべきは、数少ない諸例外・・ウィルコム・ウォシュバーン(Wilcomb Washburn)<(注3)>がここで挙げられなければならない・・を除き、歴史学者達ではなく、言語学者達、地理学者達、そして、人類学者達、の業績だ。

 (注3)1925〜97年。ダートマス単科大学卒で同年にハーヴァード大から博士号授与。ウィリアム・アンド・メアリー大を経て、長年、米スミソニアン協会勤務。
https://en.wikipedia.org/wiki/Wilcomb_E._Washburn

 JCH・キングのこの本は、この称賛に値する伝統の直接的承継者だ。
 大英博物館の人類学・オセアニア・南北アメリカの<部門の収蔵品>管理者(Keeper)であったキングは、ルイス・モーガン(Lewis Morgan)<(注4)>、アルフレッド・クローバー(Alfred Kroeber)<(注5)>、及び、アンソニー・ウォーレス(Anthony Wallace)<(注6)>といった、19世紀と20世紀の、偉大な人類学者達と民俗誌学者達の伝統に則った叙述を行っている。

 (注4)1818〜81年。「<米>国の人類学の父」と称される。・・・ユニオン<単科大学>を卒業し・・・弁護士業を開始した<が、>・・・<やがて、>民族学研究に専念することにした。・・・
 1877年<の>主著『古代社会(en:Ancient Society)』・・・で、インディアンの社会の観察から導き出した結果として、人間社会の発展を、「野蛮」、「未開」、「文明」の三つの段階に分けられる、と主張した。・・・<こ>の学説は、<米>国における<欧州>白人文化の優位性の立証として、人類学者たちから支持され、支配階級である白人種が、いわゆる「野蛮な民族」を「開化させ」、「進化させた」<とする通年を裏付ける>理論として用いられた。そして「黒人やインディアンは、白人よりも遅れた劣等民族である」として人種を等級づけるモーガンの学説は、<米>国でしばしば人種差別を恒久普遍化するために使われ<た。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%B3
 (注5)1876〜1960年。コロンビア大博士で、カリフォルニア大学バークレー校で長く教鞭を執る。「一般には文化人類学者として知られているが、考古学においても重要な業績を挙げて<いる。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BBL%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC
 (注6)1923〜2015年。カナダ系米国人たる人類学者。ペンシルヴァニア大博士で、長らく同大で教鞭を執った。イロコイ族(Iroquois)の研究で有名。
https://en.wikipedia.org/wiki/Anthony_F._C._Wallace

 こういうわけで、副題が示すところにも関わらず、この本は、在来型の時系列的な物語ではない。
 むしろ、それは、主題の諸筋ごとに纏められた複数の諸物語の一揃いなのであり、それは、政治的区画を超えたところの、北米全体に、かつ、グリーンランドや北極圏にさえ、及んでいるのだ。」(B)

(続く)