太田述正コラム#8837(2017.1.6)
<ロシアに振り回される米国(その6)>(2017.4.22公開)

6 http://foreignpolicy.com/2016/12/21/the-end-of-the-end-of-the-cold-war-russia-putin-trump-cyberattacks/ (12月23日アクセス)より

 「25年前、欧米における政府の概念・・民主主義、自由諸市場、人権・・は、最も安定し、最も道徳的な統治形態(way)であること、が証明されたように見えた。
 そして、欧米の政府の形態が新制ロシアをも統治するであろうことも、25年前に決まった。
 ソ連が崩壊(crumble)すると、ロシアの都会の知識人達は彼らの国と彼らの諸生活が劇的に改善されると信じたところの、欧米化を希求した。
 共産主義をお払い箱にするだけで、彼らは、自分達の相手方達たる米国人達や欧州人達のように生活し始める、と思ったのだ。・・・
 <ところが、>2000年代に、ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)の体制変革と民主主義の普及(promotion)のプログラムが、元ソ連の諸共和国であった、グルジア(ジョージア)、ウクライナ、そしてキルギスタン、内における民主主義諸蜂起を支援した。
 これが、米国政府が何か似たことをモスクワで支援することを恐れたプーチンを戦慄させた。・・・」

⇒このコラムは、これまでの中で、一番間にして要を得ていますね。(太田)

7 http://foreignpolicy.com/2016/12/21/could-mikhail-gorbachev-have-saved-the-soviet-union/ (12月23日アクセス)より

 「・・・ソ連共産党書記長のゴルバチェフ(Gorbachev)は、中共当局の部隊を送り込む運命的な決定を行う2週間前の1989年5月15日に北京に到着した。
 彼が提示したのは欧米型の自由な資本主義ではなく、市場社会主義だった。・・・
 天安門での弾圧(crackdown)に先立つ、彼の北京での演説の中で、ゴルバチョフは、支那人達の聴衆に対して、「経済改革は、政治システムの急進的な変革(transformaion)によって支援されない限り機能しないだろう」、と語った。
 だから、ソ連は、その前月に、何世代かぶりの最初の、競争の伴う諸選挙を行ったのだ、と彼は説明した。・・・
 1980年代の終わりには、ゴルバチェフは、共産党の政治独占を終わらせることが、彼の経済上の課題(agenda)を実施するための唯一の方法(way)である、と結論付けた。
 しかし、トウ小平と中国共産党当局の強硬派の同盟者達は戦うことなしに権力を手放すつもりはなかった。・・・
 現在では、ロシアは市場経済でかつ専制的政治システムを持っている。
 多くのロシア人達は、中共政府の専制的資本主義のモデルを最初から採用していた方が暮らし向きはより良くなっていたのではないか、と思案している。
 どうして、ゴルバチェフは中共の経路に倣わなかったのだろうか。・・・

⇒一つには、ロシア人達は、ネップ(NEP。1921〜28年)の形でそれに類したものを経験済みであり、それらに余り良い印象を抱いていなかったからではないかと思われます。
 何せ、鋏状価格差(price scissors)
https://kotobank.jp/word/%E9%8B%8F%E7%8A%B6%E4%BE%A1%E6%A0%BC%E5%B7%AE-478358
https://en.wikipedia.org/wiki/Scissors_Crisis
に苦しめられ(Scissors Crisis)、成金(ネップマン=NEPman)達に羨望の念と怒りを抱かされた
https://en.wikipedia.org/wiki/NEPman
のですからね。
https://en.wikipedia.org/wiki/New_Economic_Policy (全般)
 実際、現在のロシアの政治経済システムは、NEPのそれに類したものであるところ、鋏状価格差にこそ直面してはいませんが、ギャング的成金達が跋扈しています。(典拠省略)
 もう一つのより根本的な理由は、昔も当時も現在も、ロシアは、「先進」地域であると思い込んでいる欧米の方だけを見ていることです。(典拠省略)
 中共についても、欧米に生まれたマルクス主義をロシアが継受して「改良」したマルクス・レーニン主義をほぼそのままの形で継受した存在として、下に見ていたに違いないのです。
 そんな中共が、今度はソ連のNEP期を真似している、という程度の受け止め方しかトウ小平の中共に関しても、当時、ロシア人達はしていなかった可能性が大です。(太田)

 トウ小平の一番下の息子は、「私の父は、ゴルバチェフはアホ(idiot)と思っている」、と証言(report)している。
 ロシアでは、多くの人々がそれに同意している。
 ロシア人達は、いつも、ゴルバチェフを自分達の20世紀の最悪の指導者達の一人であると評価してきた。
 2013年の世論調査では、ロシア人達の22%しかいゴルバチョフを肯定的ないし若干肯定的に感じてないのに対し、66%が否定的な印象を抱いていることが分かっている。
 対照的に、20年に及ぶ停滞期に君臨したレオニード・ブレジネフ(Leonid Brezhnev)は56%のロシア人達に肯定的に見られている。
 殺人的な恐怖の治世を監督したスターリンでさえ、ロシア人達の半数から肯定的諸得点を得ている。・・・
 多くのロシア人達は、1980年代と90年代の間に、自分達の国が行うべきだったことのモデルとして中共を見ている。
 自由主義的な政治は混沌と経済的苦境を引き起こす、剛腕だけが経済成長をもたらすことができる、と多くのロシア人達は結論付けた。・・・

⇒とんでもない。
 現に、今でも、ロシア経済の停滞は続いていますし、仮に、当時から現在のNEP的体制をとっていたとしても、大差なかったはずです。
 というのも、商才というか疑似資本主義的経済才覚において、華僑は有名ですし、印僑だって、東南アジアで、そして、現在では米国等においても、それなりに有名です(典拠省略)が、露僑の活躍などおよそ聞いたことがありません。
 つまり、ロシア人達に関しては、基本的に私的経済活動の歴史も能力も不足している、と私は見ています。
 (華僑のは生得的能力、印僑のはイギリス人譲りの能力、といったところでしょうか。)
 ここでも、より根本的には、トウ小平以降の中共の経済システムは、日本文明の総体的継受の初期段階であるというのに、そこのところが全く分かっていないロシア指導層にとって、真の意味で中共から学び真似をすることなど不可能だからです。(太田)

 トウ小平は、他の選良達とうまく(managed to)妥協することができ、彼らが中共が成長することを可能にした経済諸改革を追求するのを支援してくれれば彼らの権威を維持することを認めた。
 しかし、ソ連では、経済改革は特殊利害諸集団の権力の基盤を破壊することを意味したため、ゴルバチェフの後ろと頭上に潜在的な軍事クーデタが身をひそめる状態を招来した。
 これは、トウ小平が決して直面することがなかった脅威だった。・・・」

⇒こんなものは、後知恵的・屁理屈的分析でしかありません。(太田)

(続く)