太田述正コラム#8835(2017.1.5)
<ロシアに振り回される米国(その5)>(2017.4.21公開)

5 http://foreignpolicy.com/2016/12/23/the-russian-question-putin-trump-bush-obama-kissinger/ (12月24日アクセス)より

 筆者は、あのニオール・ファーガソン(Niall Ferguson)です。

 「その経済的重要性(significance)が小さくなったにもかかわらず、ロシアは、・・・より攻撃的(aggressive)になった。

⇒ロシアは、タタールの軛から脱した時から、基本的に一貫して同程度に「攻撃的」であり続けてきたことを、かりそめにも歴史学者を標榜するファーガソンが知らないはずがないのですが・・。(太田)

 21世紀の地政学の最大かつ最難関の問題は、ロシア政府について我々はどうすべきか、であったということになるかもしれない。

⇒「我々」とは何か明らかにせよ、とまず言いたいですが、それはともかく、後になってから振り返る必要はないでしょう。
 「21世紀の地政学の最大かつ最難関の問題は」、世界の人口と富の中心がアジアへと正常な状態に復帰する世界の中に、欧米諸国がいかなる居場所を見つけるか、になることで決まりだからです。(太田)

 <19世紀央から20世紀央にかけての、かつての>ドイツ問題のように、この新たなロシア問題は、その国のミッテルラーゲ(Mittellage=中心的状況(central situation))の関数(function)なのだ。
 欧州的には、ドイツの位置は中心にあった。
 その全盛期においては、ドイツ帝国は、コブレンツ(Koblenz)からケーニヒベルク(Konigsberg)まで、また、ライン川の岸辺からバルト海の諸海浜まで、広がっていた。
 今日のロシアは、全球的に、その中心にある。・・・

⇒ファーガソンは、かつての地政学のランドパワー的な考え方、というか、単なる思い込み、に引きずられているわけですが、物理的に考えれば、球体である地球の表面に中心など存在しない、で終わりです。
 もとより、ファーガソンが、欧米中心的な歴史的・政治的・経済的認識を持っていることも、彼のドイツやロシアに対する過大評価をもたらしているわけです。(太田)

 その最も最近の本である『世界秩序(World Order)』の中で、ヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger)は、4つの進化しつつあるところの、両立不可能(incompatible)な国際秩序の諸概念・・米国の、欧州の、支那の、そして、イスラムの・・を対照させた。
 この図式(scheme)の中でのロシアの場所ははっきりしない(ambiguous)。・・・

⇒ロシアを登場させなかった点こそ、キッシンジャーは、ファーガソンよりはマシですが、彼が、米国と欧州とを相互に「両立不可能」であるとしたことは意味不明です。アングロサクソンと欧州なら分かりますが・・。(太田)

 キッシンジャーは、ロシアは、独特の「ユーラシアの」大国であって、二つの大陸群にまたがっているけれど、どちらにも完全に属した試しがない、と記している。・・・
 ロシアは、推論できるかもしれないが、世界秩序に最も関心のない大国だ。
 ウラディミール・プーチン(Vladimir Putin)は、間違いなく、そのことを否定しないことだろう。
 彼は、世界秩序の最善の基盤は、諸大国が相互に、それぞれの、諸勢力圏、と、国内の政治的諸差異、を尊重することだ、と主張することだろう。・・・

⇒ソ連時代には「世界秩序に最も関心」があったのに、現在そうは見えないのは、イデオロギー力においても、経済力においても、ロシアがソ連時代に比べて相対的に凋落していることからに過ぎない、と、どうしてキッシンジャーないしファーガソンが考えないのか、私には全く理解できません。(太田)

 若干の人々の諸恐れとは反対に、1991年より後における新しい世界秩序は存在した。
 世界は、多くの地域的諸紛争を代理諸戦争へと転化してきたところの、カネや諸武器が引き上げられるとともに、はっきりと、より平和な場所になった。

⇒ここはその通りであり、より平和な場所にならなかったのはアフリカ中部、より非平和になったのはイスラム世界、だけでした。(太田)

 米国の経済学者達は、ロシアの政治家達に助言するために押しかけた。
 また、米国の多国籍諸企業は<ロシアへの>投資を急いだ。
 25年間、時計の針を戻すが、1991年には、多かれ少なかれ同等の可能性があると思われた3つの諸未来があった。
 その1は、その年の8月に起こったクーデタがより手際よく実行されてソ連が維持される可能性だった。
 その2は、民族的(ethnic)や地域的な諸緊張がはるかに高まり、キッシンジャーが時に触れてそれについて警告を発したところの、一種の「超ユーゴスラヴィア」を生み出すこととなる、ソ連体制の、より暴力的な解体の可能性だった。
 最後(のその3)は、アジア的諸率でもって成長するところの、ロシアの経済が資本主義と全球化に立脚して繁栄する、目出度し目出度しの歴史の可能性だ。
 <つまり、>ロシアが、凍結される、解体される、ブームに沸く、という<三つの>可能性<があったの>だ。
 1991年時点では、誰も、このうちどの未来を我々が手にすることになるのか知らなかった。
 実際には、我々はこのいずれをも手にしなかった。
 ロシアは、1991年より後に確立した民主主義的諸制度を維持こそしたけれど、法の支配は根付かず、ウラディミール・プーチンの下で、反対と批判の鎮圧において銘記されるほど容赦なき、専制的なナショナリスト的な政府の形態が自ずから確立した。
 最も明白にはカフカス地方におけるような、諸遠心力<が働いた>にもかかわらず、ロシア連邦は解体しなかった。
 しかし、経済は、期待されたよりもはるかに低い実績が続いてきた。
 1992年から2016年にかけての、複利での各年のロシア人の一人当たりGDP成長率は、1.5%だった。
 <これを>インドの5.1%、中共の8.9%と比較してみよ。
 購買力平価に基づいたIMFの推計によれば、現在、ロシアの経済は、全球的生産高(output)の3%ちょっとでしかない。
 <これに対し、>米国のシェアは16%だ。
 <そして、>中共のシェアは18%だ。
 現在のドル<の為替レート>では、ロシアのGDPは米国のそれの7%を下回る。
 英国の経済はロシアのそれの規模の2倍だ。
 更に、化石燃料や他の一次諸産品輸出へのロシア経済の依存度は衝撃的だ。
 ロシアの諸輸出の3分の2近くは石油(63%)である、という相対的な経済上の弱点は、・・・2014年からの石油、天然ガス、その他の商品諸価格の急速な低下、及び、その同じ年における、ロシアのウクライナ侵攻とクリミア併合の後に課された米国とEUの経済諸制裁、によって、募った(compounded)。・・・

⇒このくだりでは、ロシアがもはや、取るに足らない存在に成り下がってしまったことを、ファーガソン自身が事実上認めてしまっています。(太田)

 <話は変わるが、>キッシンジャーの1970年代初における長く続いた諸業績の一つは、ソ連を中東からたたき出したことだ。
 オバマ政権はそれを元に戻してしまい、その諸帰結はひどいものだ。
 我々は、<シリアの>アレッポ(Aleppo)において、それがどんなものかを目にしている。
 諸都市の無差別爆撃を通して諸勝利を勝ち取るという20世紀央的戦術の名人<の姿>だ。・・・」

⇒オバマは、米国が軍事介入し(てアサド政権を打倒し)た場合の諸帰結、と、放置した場合の諸帰結、とを比較して、後者の方が「ひどさ」がはるかに小さい、と正しく判断したのであり、ファーガソンはとんだ言いがかりをつけたものです。
 なお、ロシアは、シリアに軍事介入した結果、中東から抜けられなくなり、軍事支出の垂れ流し等によって、経済が一層疲弊していくことでしょうが、このことも、当然、オバマはお見通しである、と思います。(太田)