太田述正コラム#8815(2016.12.26)
<米リベラル知識人の内省三(その5)>(2017.4.11公開)

・・・ブルームは、進化論や脳の諸研究を根拠に、共感・・他の人々が感じると思われることを感じる活動・・は「道徳的に腐食的(corrosive)である」、とする。
 彼は、アマゾン・コムが、題名や副題に「共感」という言葉が入っている1,500冊もの諸本を掲げていること、に言及する。
 それらの<諸本の>ほぼ全てが、他者達の諸気持ちを自分の心の中に映し出す能力を寿いでいる。 
 彼が目指しているのは、このコンセンサスに挑戦することだ。
 「結局、共感は人間社会の出来事としては負の存在なのだ」、と彼は執拗に主張する。
 「それは、甘ったるい炭酸水であり、美味しいけれど我々にとっては悪いものなのだ」、と。
 一体、どうして共感は我々には悪いものなのだろうか。
 <換言すれば、>ブルームの見解では、どうしてそれが、「道徳的判断にとってひどい指針」なのだろうか。
 それは、偏っており、我々に近しい人々、すなわち、我々の親戚達や友人達、そして、人種、宗教、或いは他の諸徴表によって同定される人々、を優先する(favor)からだ。
 それは、狭量であり(narrow)、我々の思いやり(care)をして、一人の人間ないしは数少ない人間達に焦点を当てさせ、それ以外の全ての人々を無視させる。
 それは、親達をして、自分達の子供達を、それが彼らを不幸にさせることを恐れて、しつけを回避させる可能性がある。
 <また、>それは、自分達の諸患者の苦しみを受け止める施療士達を燃え尽きさせてしまう可能性がある。
 それは、我々をして、経験から得られた証拠や現在の諸活動の将来諸コストに目を瞑らせてしまう。
 彼の最も重大な告発は、「我々にとって近しい人々への我々の共感は、戦争と他者達に対する残虐行為に向かわせる強力な力である」、というものだ。・・・
 例えば、以下のような主張(claim)を考慮してみよう。
 「我々が、しばしば野蛮な諸法を施行したりひどい諸戦争を始めたりするのは共感の故にだ。すなわち、少数の苦しみに対する我々の気持ちは多数に対して大災厄的諸帰結をもたらすのだ」、と。
 <それはともかく、一体、>いかなる諸法、いかなる諸戦争、が彼の念頭にあるのだろうか。
 <それについて、>彼は黙して語らない。
 読者達は、彼の批判が、反同性愛法制や「拷問メモ群」、ドローン戦争やイラク侵攻、を説明するのに資するのかどうかを思案する可能性があるが、ブルームは、これら<の諸実例>に言及していないし、他の諸実例をあげることもしていない。
 或いはまた、気候変動に直面する中で、「共感は何もしないことを優先させる。<というのも、もしあなたが<炭酸ガス排出規制に向けて>行動すれば、多くの同定可能な犠牲者達・・我々が共感を感じることができる人々・・が、ガソリン諸価格の高騰、諸企業閉鎖、税増加、等々、によって被害を被るからだ。対照的に、我々の現在の不行動の諸帰結に、特定することのできない将来の日付において、苦しむであろうところの数百万ないし数十億の人々は、色褪せた統計的諸抽象物に他ならない。・・・」

 ブルームのこの本は、今年の12月6日発行であり、
http://www.goodreads.com/book/show/29100194-against-empathy
それ以前からの本人のものを含む諸研究を踏まえてはいても、昨年から今年にかけての米大統領選がそのトーンを規定している感が私にはぬぐえません。
 端的に申し上げれば、米国の知識人達、すなわち米民主党支持者達(リベラル)中の選良達、が、トランプ及びその支持者達に対して、共感を感じることを拒否する理屈付けのために、ブルーム・・彼の場合は、米国に過剰適応したユダヤ人ですが・・はこの本を書いたのではないか、ということです。
 だからこそ、米国のリベラルの情宣本部とも言うべき、NYタイムスやワシントンポストが、飛びつくような形で、この本の書評を掲載した、ということなのではないか、と。
 もとより、トランプやトランプ支持者達は、マスコミ不信、学者不信、という形で、以前から一貫して、米民主党支持者達(リベラル)、就中その選良達、に共感を感じることを拒否し続けてきているわけです。
 米国よりも年季の入った、互いに共感を感じることを拒否するに至った二派からなる社会、と言えば、ユダヤ人の本家本元であるイスラエルがそうです。
 (パレスティナ当局による「自治」下にあるレバノン川西岸地区も、ハマスによる「統治」下にあるガザ地区も、前者は法的には、後者も事実上、イスラエルの占領下にありますし、イスラエル自身、国内に多数のアラブ人住民を抱えているわけであり、イスラエルは、ユダヤ人とアラブ人という二派が角突きあわせている社会である、と言えます。(典拠省略))
 そのイスラエルで、かかる相互不信状況を説明しようとする研究が出たので、最後に、この研究を取り上げることにしましょう。

(続く)