太田述正コラム#8771(2016.12.4)
<米リベラル知識人の内省一(その5)>(2017.3.20公開)

 19世紀央から英国と米国で実践されてきた自由経済(liberal economics)は、暗い側面を持っている。・・・

⇒ブルマは一体どうしたのでしょうか。
 英国も、かつてその移民植民地であった米国も、最初から資本主義、つまりは自由経済、であったというのに・・。(太田)

 <すなわち、>英国と米国は、多くの欧米諸国に比べて、平等主義の理念よりも個人の経済的自由の方をより重視してきた(set greater store on)。・・・

⇒「多くの欧米諸国に比べて」に関しては、欧米諸国の大部分が福祉国家化した戦後にのみ基本的にあてはまる・・プロト欧州文明も欧州文明も階級制社会であって、「理念」的には欧州諸国の大部分は現在でも階級制社会であり、貴族達はその称号を手放そうとはしていません(コラム#省略)・・ことから、少なくとも、時期を限定すべきでした。(太田)

 諸金融サービスを規制緩和し、諸炭鉱や諸工場を閉鎖し、ニューディールや英福祉国家の諸便益に大ナタを振るったところの、1980年代のレーガン--サッチャー革命は、大西洋の両岸の多くの保守派達によって、英米例外主義の勝利、自由のための大クーデタ、と見なされた。・・・
 <ところで、>欧米において、共産主義の終焉は、余り好ましくない諸帰結をもたらした。
 ソ連帝国の戦慄的な諸事柄は、実際のところは反共であったところの、社会民主主義的諸理念を含めた、左翼主義の他の諸形態に泥を塗ってしまったのだ。
 「歴史の終焉」が宣言され、英米流の自由民主主義モデルが永遠に向かうところ敵なしになると期待されるまでに至った一方で、多くの人々は、集団主義的理想主義の全ての諸形態は、直、労働強制収容所へと繋がっている、と信じ始めた。・・・
 <オランダを例にとろう。>
 オランダ人達は、自分達自身が、人種的・宗教的寛容の世界王者達であると思っていた。
 <そして、>全ての欧州諸国の中で、オランダは、アングロサクソン圏(Anglosphere)に最も堅固に組み込まれていた。

⇒この点は、私がずっと前から指摘してきた(コラム#省略)ことです。(太田)
 
 <しかし、そのオランダで>現在最も人気が高い政党は、直近の諸世論調査によれば、事実上、ヘルト・ウィルダース(Geert Wilders)<(注6)>という男がたった一人の牛耳っており、彼は、反イスラム教徒、反移民、反EU<を唱えるところ>の扇動者(firebrand)であって、トランプの勝利を、「愛国の(patriotic)春」の到来と歓呼して迎えたのだ。・・・

 (注6)1963年〜。「オランダの・・・第二院(下院)議員。・・・通信制大学のオランダ・オープン大学で法学を学び、卒業した。・・・ユトレヒトの市会議員<を経て、>・・・1998年に・・・国会議員に初当選<し、>・・・2006年に自由等を結党<し>党首とな<る。>・・・ウィルダースは強硬な反イスラーム主義者である。「私はムスリムが嫌いなのではない。イスラームが嫌いなのだ」「クルアーンはファシストの書物」と述べている。・・・また、親イスラエル派でもあり、「イスラエルは西側諸国の最初の防衛ラインだ」と述べている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B9

 <振り返ってみれば、>米国人ないしは英国人として生まれたという全くの幸運に係る生来的優位の観念が、教育程度ないし繁栄度に関して社会の低い方の諸位置付けから逃れられない人々に特権的感覚(sense of entitlement)を与えてきた。
 これは、前世紀の最後の何十年かまでは、極めてうまく機能した。
 <ところが、>英国の労働者ないし中流の下の階級の人々の諸運勢(fortunes)が、金持達・・彼らは着実により金持ちになりつつあった・・の諸運勢に比べて下降し始めただけでなく、最も世間知らずの英国人達でさえ、彼らが、ドイツ人達、スカンディナヴィア人達、そして、オランダ人達と比べて、いや英国の最も古くからの競争相手達であるフランス人達と比べてさえ、うだつが上がらなくなったことが次第にはっきりしてきたのだ。・・・

(続く)