太田述正コラム#8767(2016.12.2)
<米リベラル知識人の内省一(その3)>(2017.3.18公開)

 ファラージとトランプは、英国と米国が例外的な両国であると見ていることは疑いない。
 しかし、この二人の成功が我々を狼狽させるまさにその理由は、彼らが、英米例外主義の特定の観念に反するものであるところにある。
 それは、米国を<聖書に言う>丘の上の都市、そして、英国を悪しき欧州大陸から華麗にそっぽを向いているところの特権的地位にある(sceptered)島、と考えることを好む、特定の米英の盲目的ナショナリスト達の伝統的自己イメージの、ではなく、もう一つの種類の英米例外主義・・第二次世界大戦で形作られたもの・・だ。
 ドイツと日本の敗北は、欧米とアジアにおける、米国によって率いられたところの、大同盟(grand alliance)をもたらした。
 統合欧州を伴ったところの、パックス・アメリカーナは、民主主義世界を安全に維持するだろう、という・・。
 <しかし、>仮に、トランプとファラージの言い分が通れば、その夢の多くはメタメタになることだろう。・・・
 その中で英国が特別なジュニア・パートナーの役割・・その特別性は恐らくワシントンでよりもロンドンにおいてもっと強く(keenly)感じられた・・を演じたところの、パックス・アメリカーナは、リベラル・コンセンサスに立脚していた。
 1945年の灰燼群から、主としてソ連の脅威に対して、欧米民主主義諸国を守るために設立されたNATOだけでなく、欧州統合の理念もまた、生まれた。
 リベラル達も保守達もおしなべて、多くの欧州人達は、統合欧州だけが彼らが彼らの大陸を再び破断することを止めるであろう、と信じた。
 英連邦と大英帝国に、より、心の資を投じていたところの、ウィンストン・チャーチル(Winston Churchill)でさえ、これを好んだ。

⇒太田コラムの読者ならご承知のことですが、チャーチルは、欧州統合を遅らせることに生涯を捧げ、そのことによって英連邦と大英帝国を過早に失うという結果を招来したところの、大バカ者であるわけです。
 ブルマは、21世紀の今日になっても、なお、何という、欧米中心主義的、いや、英米中心主義的、なバイアスのかかった世界に生きていることでしょうか。(太田)

 冷戦は、勝利を収めた同盟諸国を一層枢要にした。

⇒これも、太田コラムの読者ならご承知のことですが、冷戦・・時折の熱戦や辺境第三国・地域における小熱戦群を含む・・は、本来日英が共同して戦っていたというのに、英国が脱落し、あまつさえ、その英国が米国と語らって敵側に寝返ったのを、先の大戦で、日本が、英国は文字通り敗北させ、米国は、事実上敗北させることによって、前者は翻意させ、後者は新たに冷戦に引きずり込む、という形で復活させたものです。
 従って、「勝利を収めた」同盟諸国、という形容は不適切です。(太田)

 その自由が米国によって守られたところの欧米は、ソ連のイデオロギーに対する、もっともらしい対抗物語を必要とした。
 これは、より大きな、社会的・経済的平等の約束を含んでいた。

⇒日英による冷戦時代においても、両国は人間主義的であるという共通点があったわけですが、そんなものを持ち出すまでもなく、ロシアの本来的侵略性、と、それに対抗する必要性、は、ロシアの周辺諸国・諸地域にとっては自明であって、特段、「もっともらしい対抗物語」など必要ありませんでした。
 それは、戦後復活した冷戦時代においても、基本的には同じでした。
 実際、冷戦を全期間を通じ、反露側で戦った諸国・諸地域には、人間主義とも自由民主主義とも無縁の諸国・諸地域が多数含まれていました。(太田)

 もちろん、米英両国は、彼らが戦後世界に提示した、輝ける諸理念に十分に忠実であったとは、その人種的偏見の長い歴史、及び、時々のマッカーシズム(McCarthyism)のような政治的ヒステリーの諸発作でもって米国は、そして、頑強な階級制度でもって英国もまた、言えない。

⇒「階級制度」よりも「個人主義」の方が適切だったですね。
 まあ、ここは、ブルマが韜晦しただけでしょうが・・。(太田)

 にもかかわらず、戦争中に<枢軸諸国によって>占領されていた諸国だけではなく、敗北した諸国であるドイツ・・少なくともその西半分・・及び日本においても、例外的な英米の自由なるイメージは生き続けた。・・・

⇒上述したように、日本は「敗北した諸国」ではないわけですが、それはともかく、少なくとも、支那及び朝鮮半島(含む韓国)でも「例外的な英米の自由なるイメージ」は殆どなかった、というのが私の認識です。(機会を見て、もう少しきちんと論じたいものです。)
 日本の場合は、戦前は指導層も含めたところの米国認識の不足ないし歪み、戦後は吉田ドクトリン墨守勢力がかかるイメージを国民に注入し続けたこと、によって、皮肉なことに、ブルマの指摘があたってしまっています。(太田)

 共産主義の抑圧の下で、米英のポップ音楽は自由を代表していた。
 第二次世界大戦の後、それほど時間を置かずに生まれた欧州人達は、しばしば、米国、或いは少なくともその諸政治や諸戦争、が嫌いだ、と公言したものだが、彼らの敵意の諸表現は、殆ど全て、米国それ自身から借用したものだった。

⇒とんでもない。
 むしろ、スターリン主義を含む、広義のマルクス主義を援用した形での諸表現・・米帝国主義、等・・の方が一般的でした。(典拠省略)
 それは、一つにはソ連/スターリン主義者らの情宣があったからですが、より重要なことは、本来のマルクス主義は、人間主義思想であり、本質的に、アングロサクソン文明の核心にある個人主義とは相容れないものがあったからです。(太田)

 ボブ・ディラン(Bob Dylan)が今年のノーベル文学賞を受賞したのは、少なからず、スウェーデンのベビーブーム期の審査員達が彼の抗議(protest)の諸言葉と共に成長したからだ。・・・

⇒こんな形でのディランへ言及するのは、ディランの代表作で、プロテストソングの代名詞となっている、「風に吹かれて」(Blowin' in the Wind)(1962年)について、発表直後に、「これはプロテストソングとかじゃな<い>」と語っている彼
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E3%81%AB%E5%90%B9%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%A6_(%E3%83%9C%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%9B%B2)
への冒涜ではないでしょうか。(太田)

(続く)