太田述正コラム#8749(2016.11.23)
<西側文明?(その2)>(2017.3.9公開)

 これらの諸部分を全て有機的に統合する文化と呼ばれる一つの偉大なる大きな総体は存在しない・・・。
 <例えば、>「西側」の心臓部に位置するスペインは、「東側」において、東洋的専制主義の故郷(home)であるところの、インドと日本、で、自由民主主義が離陸してから2世代もの間、それに抵抗を続けた<からだ>。

⇒それぞれ、インドではカースト制社会、日本では人間主義社会、が、イギリス流自由主義/議会主権制を身に纏っているだけであり、これらについて、上位への移行的に「離陸」と表現するのはいかがなものかと思います。
 いずれにせよ、日本を東洋的専制主義の故郷の一つに位置付けるなどとはとんでもない話ですが、これには、まともな研究及びその発信を怠って来た日本の社会科学者達の責任が大きいので、アッピア一人を嗤うわけにはいきません。
 逆に、(拡大英国を含む)イギリスは、そして米国はそれ以上に、日本のような人間主義社会という高み(巡航高度)にまだ達していませんし、それ以外の欧州等の諸国・・インドも含まれる・・に至っては、更に遅れていて、日本のような人間主義社会へ向けての離陸が待たれるところです。(太田)

 ジェファーソン(Jefferson)の、アテネの自由(liberty)、アングロサクソンの自由(freedom)<(注3)>、という相続財産は、奴隷共和国を創造してしまわないように米国を維持することには繋がらなかった。・・・

 (注3)余り見たことのない、libertyとfreedomの使い方だが、「freedomは様々な抑圧、制限などのない広い意味での自由を表<すのに対し、>libertyは様々な抑圧、制限などから解放されていること」、
http://bizacademy.nikkei.co.jp/language/qa/article.aspx?id=MMACb4000001092014
すなわち、消極的自由、換言すればlibertyはfreedomの一部、という説明がなされることがあるところ、アッピアが言いたかったのは、古典ギリシャ文明は消極的自由までであって、積極的自由をも確保したのはアングロサクソン文明である、といった感じだろうか。

 我々が伝えるところの、プラトンないしアリストテレスないしキケロないし聖アウグスティヌスと今日の北アトランティック世界とを繋ぐ諸物語は、当然のことながら、その中に若干の真実を有している。

-------------------------------------------------------------------------------
[東洋と西洋]

 本日のディスカッションがらみで、表記の1対の言葉の語源に興味を覚え、少し調べてみた。

 「東洋の語は,現代日本語では〈トルコ以東のアジア諸国の総称,とくにアジアの東部および南部〉の意味で用いられるが,現代<漢>語では日本を意味し,両者はいちじるしく違う。もともと<漢>語として生まれた語が,日本語でも使われるようになり,やがて大きな語義変化が双方でおこったためであるが,その背景には,政治・文化の史的変化があった。 東洋という表現が<漢>書に初出するのは,汪大淵《島夷誌略》(元末の1349年に完成,刊本は明末)であるが,ここでは〈文萊は波羅,東洋のつきるところ,西洋の起こるところ〉とあり,この文萊は現在のブルネイをさすと解される。・・・
 この区別は、宋(そう)代以後、海船が磁針を備え、西洋針路と東洋針路を用いたことによる。つまり、華南の海港を出て、針路を西にとって回る諸国のインドシナ半島からマレー半島、スマトラ島、ジャワ島、さらにインドあたりまでを西洋といった。針路を東にとる澎湖(ほうこ)島、台湾、フィリピン、モルッカ、スル島、パラワン島などを東洋とよんだ。」
 以上からは、漢語における「東洋=日本」的用法が19世紀に起こったと受け止められるが、「中世から近世にかけて,日本の知識人は自国の異称に〈東海〉〈東洋〉〈東瀛(とうえい)〉〈東鯷(とうてい)〉などの語をそのまま用いたが,これらの異称は,いずれも東シナ海の東方に存在する島国という意味である。別に〈日東〉という異称も頻繁に用いられていた。」というのだから、日本側では、「東洋=日本」的用法が昔から行われていた、ということになりそうだ。
 なお、「明治期には,・・・orientまたはthe Eastの訳語として,〈東洋〉が<・・ということは、occidentまたはthe Westの訳語として、〈西洋〉が・・>登場する。」ともあるが、さしずめ、ディスカッションで記した私見によれば、英語たるorient/occidentは独語たるMorgenland/Abendlandの誤りであり、また、アッピアの見解に従えば、第二次世界大戦終結より前のこの文脈では、英語たるthe East/the Westではなく、独語たるder Ost/der Westを用いるべきだ、ということになるのではなかろうか。
https://kotobank.jp/word/%E6%9D%B1%E6%B4%8B-104278#E4.B8.96.E7.95.8C.E5.A4.A7.E7.99.BE.E7.A7.91.E4.BA.8B.E5.85.B8.20.E7.AC.AC.EF.BC.92.E7.89.88 (「」内)
-------------------------------------------------------------------------------

(続く)