太田述正コラム#8735(2016.11.16)
<ナチス時代のドイツ人(その1)>(2017.3.2公開)

1 始めに

 ピーター・フリッツシュ(Peter Fritzsche)の『鉄の風--ヒットラー下の欧州(An Iron Wind: Europe Under Hitler)』のさわりを、その書評類をもとにご紹介し、私のコメントを付します。

A:http://www.csmonitor.com/Books/Book-Reviews/2016/1028/An-Iron-Wind-is-an-unsparing-riveting-examination-of-life-under-Hitler
(10月29日アクセス)
B:http://nationalinterest.org/feature/iron-wind-europe-under-hitler-18364 
(11月12日アクセス(以下同じ)。本からの抜粋)
C:http://www.nyjournalofbooks.com/book-review/iron
(書評(以下同じ))
D:https://www.myscience.org/wire/historian_finds_a_frail_humanity_in_personal_accounts_of_life_under_nazi_occupation-2016-illinois

 諸書評はいずれも余り啓発的でない一方、この本からの抜粋は、具体的過ぎ、かつ英語(恐らくはドイツ語からの翻訳)が妙にむつかしい・・その意味は、すぐ、何となくお分かりいただけるはずです・・、というわけで、一時、このシリーズは中止しようかと思ったのですが、トランプが米国の新大統領に決まったので、今後は、「西側」を代表する人物はドイツのメルケルに決まった、的な記事が散見されるところ、ドイツ人達の指導者が「西側」、すなわち、「世界」の代表になんてなれるワケがない、それは、ドイツ人達が先の大戦の時に集団的にやらかした数えきれない蛮行を振り返れば、現在のドイツ人達が彼らの子孫である以上、明らかだ、と私は考えており、このシリーズはその裏付けになる、と判断し、予定通り進行させることにしだ次第です。
 なお、フリッツシュ(1959年〜)は、ペンシルベニア大卒、カリフォルニア大バークレー校博士(歴史)、現在イリノイ大教授、という人物です。
http://www.history.illinois.edu/people/pfritzsc
 彼について、ドイツ語ウィキペディア
https://de.wikipedia.org/wiki/Peter_Fritzsche (彼の生年はこれによる。)
はあっても、英語ウィキペディアがない、というのは興味深いものがあります。

2 ナチス時代のドイツ人

 (1)目撃談

 最初に、というか、本シリーズの大部分はそうなのですが、スイスの赤十字要員(と思われる)人々による、独ソ前線における体験をご紹介します。

 「列車が<現在のベラルーシの>ミンスク(Minsk)に停車した時、一人のドイツ軍の兵士が暴虐的に率直に、ユダヤ人達の殺害について話し始めた。
 「ユダヤ人達は、急速にいなくなりつつある。
 我々は、既に1600人をぶっ殺した(bumped)。
 もう30人しか残ってないが、その大部分は靴職人か雑役夫だ。
 当面は、彼らは我々のために働かなくちゃいけない。
 それから、今度は彼らの番になるだろう。
 彼らは、駆り集められ、深い溝を掘らされ、それから「パンパン(piff-paff)」だ。
 年寄りも子供も全部だ。
 そのドイツ軍兵士は、「我々は連中には辟易してるんだ(have had more than enough of)」と言った。
 この暴力行為は、「パンパン」と自明であるとともに、「1600人をぶっ殺した」と劇的だった。
 最終的にスモレンスク(Smolensk)<(注1)>に到着した後、・・・外に散歩に出たら、6人のユダヤ人の一隊に出っくわした。

 (注1)「ドニエプル川沿いに位置する、ロシア連邦の西方の都市である。モスクワからは西南西へ360km・・・
 城郭都市であったスモレンスクは<欧州>からロシアへの通り道に当たり、歴史上何度も攻撃に晒され破壊された。ロシア・ポーランド戦争、ナポレオンのロシア戦役、独ソ戦などでも戦場と化している。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AF

 何人かはハイヒールを履き毛皮の諸コートを纏っており、「傷だらけの諸手」でもって凍った地を切り開いて進んでいた。
 そこで、スイス人達は、「心配げな(annoyed)」衛兵に話しかけた。
 周りを注意深く見渡しつつ、このドイツ人は、この医師達に打ち明けた。
 「いいか、これらの哀れな悪魔達は、あらゆることが私に嫌悪感を覚えさせるのだ。
 私に関しては、彼らが生きていってもいいのだが、私はこの界隈で采配しているわけじゃないんでね。」
 しかし、一人の医師の「殺さないでくれ(throw the musket away!)」との懇願に直面した時、この衛兵は「<そんなことすれば、>こん畜生め…私自身が銃殺されちまう」、と答えた。
 この場合、話(equation)は、「お前<が殺される>」か「私<が殺される>」かだったのだ。
 数日後、<医師の一人>がその地点を通り過ぎたが、その時、浅い一群の墓と思われるところの、手が加えられた(disturbed)地面が目に入った。

(続く)