太田述正コラム#8691(2016.10.25)
<プーチンのロシア(その5)>(2017.2.8公開)

 (5)レフ・グミリョフ

 「この<ユーラシア主義>理論は、1960年代に、歴史学者のレフ・グミリョフ・・・によって再生された。
 二人の有名なロシア人詩人達・・・の息子であったグミリョフは、強制労働収容所で[14年間]を過ごした。
 彼は、そこで、1920年代のユーラシア主義者達の最後の生き残りであるピョートル・サヴィツキに出会った。
 部分的にはサヴィツキの霊感のおかげで、グミリョフは、諸人々の興隆と滅亡に関する明確に反マルクス主義的理論を考案した。
 特定の部族諸集団は、歴史の特定の諸時期に、彼がパッショナルノスト(passionarnost)と呼んだところの、創造的エネルギー、拡大と無慈悲さへの強い欲望(lust)、が共通の目的を追求するにあたっての苦しみと忍耐への耐性と組み合わさったものである、社会的連帯の一形態、に心を掴まれることがある、というのだ。
 <そして、>技術的進歩や道徳的進歩ではなく、パッショナルノストこそ、世界史の鍵だ、と彼は主張した。
 第二次世界大戦におけるソ連のドイツに対する勝利は、ロシア人達が、この素質(quality)を持っていること、そして、中央アジアの諸人々と共通して、欧州のそれと極めて明確に区別される文明を形成していること、を示した、と。
 ソ連が、1980年代末に崩壊に向けて歩を進めていた時、グミリョフの諸理論が公刊され、多くの知識人達を魅了した。
 彼の、ステップ地帯の遊牧民達の歴史についての諸本は、ベストセラーになった。
 それは、部分的には、それらが、まるで血湧き肉躍る小説群のように読めたからだ。
 (実際、若干の学究達は、彼が本質的にはフィクションを書いている、と非難したものだ。)」(A。但し、[]内はB)

 「<彼の>理論では、社会階級というよりは、「エスノイ(ethnoi)」が歴史の基本的諸単位(basic units)であって、歴史は、経済的ないし物質的諸要素というよりは、非合理的な駆動力(drive)ないしエネルギーである、「熱情性(passionarity<=パッショナルノスト>)」、によって駆動されている、というのだ。
 グミリョフは、これらのエスノイを、それぞれが自身の生命諸サイクルを持つ諸有機体に準えた。
 よって、全人類共通の普遍的歴史などないのだし、仮にあったとしても、それは、無階級社会のユートピアで終わるようなものではありえない、と。
 グミリョフは、学界主流からは疎外されたが、ペレストロイカ時代において、良く知られた著名知識人となった。」(B)

 「反体制派歴史学者のレフ・グミリョフ<は、>・・・そのイブン・ハルドゥーン(Ibn Khaldun)<(注9)(コラム#4294)>的ヴィジョンの中で、歴史を通じて繫栄したところの、諸部族、諸社会、そして、諸民族(nations)は、最も啓蒙され、先進的であったそれらではなく、自分達自身を犠牲にする欲求、及び、その構成員達が互いに惹かれあう感覚たる「相補性(complementarity)」の最高度のもの、でもって定義される、「熱情者達(passionaries)」を最高の割合で持っている(contain)ところの、それらだった、と<主張>したのだ。」(C)

 (注9)1332〜1406年。「中世のイスラ<ム>世界を代表的する歴史家、思想家、政治家。イスラーム世界最大の学者とも呼ばれる。・・・チュニスで生まれる。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%B3
 「<彼は、>歴史を動かす原動力として・・・アサビーヤ・・・アラビア語で「集団における連帯意識[(social cohesion)] 」または「部族主義[(tribaslism)]」を意味する・・・<を>重要視した・・・。いわく、連帯意識の強い集団が、連帯意識の弱い集団を征服する。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%A4
https://en.wikipedia.org/wiki/Ibn_Khaldun ([]内)
 すなわち、『省察すべき実例の書、アラブ人、ペルシャ人、ベルベル人および彼らと同時代の偉大な支配者たちの初期と後期の歴史に関する集成[(Book of Lessons, Record of Beginnings and Events in the History of the Arabs and the Berbers and Their Powerful Contemporaries)]』の中で、「王朝や政府は、文明に対する形相であり、その質料である文明が崩壊すれば必然的に崩壊する」、「人間は、社会的結合と、食物その他を得るための相互扶助がなければ存在しえない」、「人間はお互いへの権利侵害や確執といった動物的性質をもっているため、抑制する者が必要であり、その人物が統治者である」、とした上で、「王朝の交代を招く主因として、アサビーヤ・・・を挙げる。「田舎や砂漠」・・・の集団は質実剛健で団結力が強く、「都市」・・・の住人を服属させて王朝を建てる。だが代替わりが重なると、建国の祖たちが持っていた質素で武勇を尊ぶ気風が失われ、奢侈や富裕生活への耽溺により王族同士の団結力が弱まり、かつて服属させた都市の住人のようになる。そうして支配力が低下するうちに、田舎や砂漠から来た別の集団につけ込まれ、実権を奪われたり王朝が滅ぼされてしまう。その集団によって新たな王朝が誕生するが同じ道をたどり、また次の連帯意識を持った集団に取って代わられる」、と。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%BA%8F%E8%AA%AC
https://en.wikipedia.org/wiki/Ibn_Khaldun 前掲([]内)

⇒著者ないし書評子が、グミリョフがイブン・ハルドゥーンの影響を受けていることを示唆しているのは慧眼であり、どうやら、グミリョフ「理論」の核心部分はハルドゥーンの剽窃、残りはフィクション、と見てよさそうですね。(太田)

(続く)