太田述正コラム#8665(2016.10.12)
<またまた啓蒙主義について(その14)>(2017.1.26公開)

 しかし、スピノザは、人類の形而上学的自由を奪ったように見えるかもしれないが、彼はその代わりに空前の度合いの政治的自由を与えた。
 彼の、『神学・政治論』[(1670年)]<(注15)(コラム#2443、8653)>のなかで、彼は、アムステルダムの寛容な多文化社会を称賛し、それを世界にとっての模範である、と持ち上げた。

 (注15)迫害を避け、オランダ当局による検閲を免れるため、匿名でしかもラテン語で執筆された。死後出版される『エチカ』を先回りして弁護する内容となっている。
https://en.wikipedia.org/wiki/Tractatus_Theologico-Politicus ([]内も)

 しかし、彼は、更に先に進もうとした。
 彼は、民主主義は、「全ての政府諸形態中最も自然なものであり、かつ、個人の自由と最も調和」している、と主張した。
 <同時に、>彼は、思想の自由(libertas philosophandi)を執拗に主張し、国家が宗教的崇拝(worship)の外形的(outward)諸形態を樹立する力があることは認めつつも、いかなる良心に係る強制にも断固として反対した。
 個々の人間はどの神か<自分の神であるか>を決めるとともに、どうやったら彼に最も良く仕えることができるかを決める権利を持っている、と。
 綜合すれば、これらの諸信条は、スピノザに、自由民主主義の最初の偉大なる哲学者とみなされる権利(claim)を与える。
 スピノザの思想には、何かこの世のものとは思われない(unearthly)ものがあった。

⇒極度に単純化して記します。
 自由民主主義の最初の偉大なる哲学者を強いてあげるとすれば、それは、スピノザではなく、人々は自然権の行使を互いに抑制し合うために「相互に信約を締結し、自然権を放棄、譲渡することで共通権力を構成<し、その上で、>契約に参加する人々は代理人を立ててその代理人に共通権力を与えて契約の履行を監視させる<べきで>ある。<なお、>この関係は代理人と契約に参加する人々の同一性が維持されていることが必要であ<って、>この同一性によってもたらされる社会こそがコモンウェルス、国家と呼ばれる。」と主張したホッブス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%83%B3_(%E3%83%9B%E3%83%83%E3%83%96%E3%82%BA)
でしょう。
 スピノザの『神学・政治論』中の政治論の部分は、ホッブスの『リヴァイアサン』の翻案紹介に過ぎない、といういうのが私の見解だ、ということです。
 なお、、ホッブスが、上掲の政治観を記した「『リヴァイアサン』<(1651年出版)>が執筆されたのはクロムウェルが政権を掌握して国王のチャールズ2世がフランスへ亡命した時期であり」(上掲)、ホッブスは、単に、イギリスの議会主権制を、当時の時代の様相を帯びた形で「理論的」に叙述したことによって、後世において、結果として欧米政治学の祖と称されることになります。
 彼の言う、「万人の万人に対する闘争」は、戦争を生業とする個人主義者達からなるイギリスの原風景に外ならず、また、彼が想定した「信約」ないし「契約」・・後にロックやルソーが「社会契約」と呼んだ・・は、イギリス人達が、初めて、武装男性集会で戦争指導者を選び、戦争の間を中心として、自分達の権利がこの指導者によって制限されることを甘受することとした、仮想上の最初の決議が念頭にあったと私は想像しています。
 ちなみに、「代理人」とは、もちろん、議会の議員を指しているわけです。
 最後にもう一点。
 ホッブスが、従ってスピノザもですが、人を、本来、利己的な個人主義者である、と見たのは、人は、本来、人間主義者なのですから、間違っていたわけです。(太田)

 同様、スピノザその人にも天上界のものと思われる(unworldly)ようなものがあった。
 著者は、「彼の人格の親切さと高貴さは伝説的だった」、と記し、バートランド・ラッセルの、スピノザが「偉大な哲学者達の中で最も高貴で最も愛すべき人物」、という描写を引用する。
 しかし、神への知的な愛を達成するのが不可能であるのと全く同じく、この類の完璧性は受け入れ難いものがある。
 (アイサック・バシェヴィス・シンガー(Isaac Bashevis Singer)<(注16)>の偉大なる物語である『市場通りのスピノザ(The Spinoza of Market Street)』[(1961年)]は、その人生を通じて超人間的平静さ(serenity)を達成しようとしてきたけれど、自分の看護婦と屈辱的にも恋に落ちてしまったワルシャワの知識人についてのものだ。)・・・

 (注16)「ポーランド生まれの・・・ユダヤ人<たる>・・・<米>ノーベル賞作家(<(1902/1904〜1991年)>。イディッシュ<語>作家として初めてノーベル文学賞を受賞した。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC ([]内も)
 「イディッシュ語(Yiddish)は、「高地ドイツ語(標準ドイツ語)の一つで、世界中で400万人のアシュケナージ系・ユダヤ人によって使用されている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E8%AA%9E

⇒人間の本性について、ホッブスの考えを踏襲しているスピノザが、自身は人間主義者だった、というのは面白いですね。(太田)

(続く)