太田述正コラム#8635(2016.9.27)
<2016.9.24東京オフ会次第(続x3)>(2017.1.11公開)

O:次回の「講演」を先取りする格好だが、一体どうして、毛沢東が朝鮮戦争(1950年6月〜53年7月)に、1950年10月に軍事介入した
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%88%A6%E4%BA%89#.E4.B8.AD.E5.9B.BD.E4.BA.BA.E6.B0.91.E5.BF.97.E9.A1.98.E8.BB.8D.E5.8F.82.E6.88.A6
のか、について、まだ思い付きの域を出ない私見をご披露しておく。
 その私見とは、(ソ連は1949年に核実験を行っており、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E5%AE%9F%E9%A8%93%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
中共の核開発にソ連の支援を得る等の下心からスターリンに対して貸しをつくる目的があったであろうことはもとよりだが、)米国圏との間に緩衝地帯を設けるためだけではなく、ロシア(ソ連)ではなく中共が北朝鮮を滅亡から救うことで、北朝鮮を(ロシアではなく中共の)保護国化することによって、ロシアの朝鮮半島やそれ以南への進出を抑止するためでもあったのではないか、というものだ。
 私としては、北部だけだけれど、朝鮮半島を、日本の安全保障にも資するとの思いもあって、毛が押さえてくれた、とさえ思いたくなるくらいだ。
 この私の新説の当否はともかくとして、いくらスターリンと金日成からの強い要請があったとはいえ、この軍事介入が、中共当局内の猛反対を毛が押し切ってまでしてなされた
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%88%A6%E4%BA%89#.E4.B8.AD.E5.9B.BD.E4.BA.BA.E6.B0.91.E5.BF.97.E9.A1.98.E8.BB.8D.E5.8F.82.E6.88.A6 前掲
のはどうしてか、について、説得力ある形で説明できる説がいまだに登場していないのは事実だ。
 当時、(英国に至っては、既に1950年1月に中共と国交樹立をしていた
https://en.wikipedia.org/wiki/China%E2%80%93United_Kingdom_relations
わけだが、)米国ですら、中共と蒋介石政権との間で中立的姿勢をとっていて、蒋介石が逃げ込んだ台湾の中共による「解放」も間近だと思われていた(典拠省略)というのに、毛は、その台湾を捨て、北朝鮮の保護国化、の方を選んだわけだ、
 そのほか、内戦が一応終わったばかりで中共軍が疲弊していた上、世界最強の米軍と戦うというのだから、中共当局内で軍事介入反対が強かった(「朝鮮戦争」のウィキペディア前掲)のは当然だろう。
G:台湾だって対露上も重要ではないのか。
O:確かに、日本は、まず(日清戦争で)台湾を確保し、それから(日露戦争で)朝鮮半島を確保した。
 しかし、(1873年の)征韓論を持ち出すまでもなく、日本にとっては、一貫して対露上は朝鮮半島の方が重要だったからね。
 ところで、これも、次回の「講演」の先取りだが、トウ小平から、胡耀邦と趙紫陽はどちらも最終的にダメ烙印を押されたわけだけど、江沢民は、反日姿勢を江自身の生い立ちからして示さなければならなかったという事情もあり、日本人の間での評判は悪いが、(改革開放を順調に推し進め、かつ、その後の胡錦濤・温家宝体制、更には習近平体制へのレールを敷いた、といった点から、)、トウは最後の最後で良い後継者を得たと言ってよかろう。
 胡錦濤は、2008年に中共の国家元首として日本を訪問した際、1985年に「中国青年代表団団長」として来日した時
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/visit/0805_gh.html
に交流した日本の人々との親交を温め続けていたことが分かった・・そのうちの一人が小さな町の町長だったかにしかなっていないことに、「お前、なかなか出世しないので心配してたが、何か悪いことでもしたのか」と冗談で話しかけた挿話を思い出す<(ネットで調べたが確認できなかった。)>・・し、温家宝が、中共の首相として日本を訪問した際に、SMAPと会い、「世界でただ一つの花」を歌ってみせたこと
http://www.dailymotion.com/video/xiu7nq_%E6%B8%A9%E5%AE%B6%E5%AE%9D%E9%A6%96%E7%9B%B8-%EF%BD%93%EF%BD%8D%EF%BD%81%EF%BD%90%E3%81%A8%E4%BC%9A%E8%A6%8B_news
も思い出す。
 これぞ、日本を師と仰ぐ、毛沢東、トウ小平の真意の顕れであり、江沢民がやろうと思ってできなかったことを、ついにこの2人が、懸命にやってくれた、ということだ。
 習ちゃんだって、同じ気持ちだが、また、別の考慮、配慮もあって、顕すのを控えてるだけさ。