太田述正コラム#8631(2016.9.25)
<2016.9.24東京オフ会次第(続)>(2017.1.9公開)

E:太田さんは、アングロサクソン文明に敬意を抱いているが、そのうち、アングロサクソン文明も野蛮だと言い始めるのではないか。
O:私が、かつてはアングロサクソン文明の方が日本文明より上かもというくらいの感じだったのが、日本文明の方が上、に変わったことはご承知だと思うが、日本文明の至上性を機会があって欧米の人々に説明するとすれば、皆さん、ホンネじゃ、文明には上下があってアングロサクソン文明が至上の文明だと思ってんでしょ、実はその上があったんですよ、それが日本文明なんです、と言って、(人間主義等についても教え込んだ上で、)相手がそうかもしれないと思い始めた頃を見計らって、イギリス人がアングロサクソン文明以外は野蛮な文明だと思っているのと同様、私は日本文明以外は、ナンバーツーのアングロサクソン文明を含め、みな野蛮な文明だと思っているんですよ、と打ち明けることになるだろう。
 だから、答えは、私は、かねてからそう思い始めており、本日ただいま、それを口に出した、ということになる。
 ちなみに、アングロサクソン文明と欧州文明に共通する野蛮性は、個人と組織の二元性の文明である点だ。
 但し、アングロサクソン文明は、経済では市場、政治では選挙、の形で個人主義のウェートが一貫して欧州文明より顕著に高いところが、欧州文明とは違う。
 言うまでもなく、アングロサクソン文明でも欧州文明でも、組織に関しては、専制主義・・非自由非民主主義・・であるわけだが・・。
 他方、日本文明は、エージェンシー関係の重層構造一元主義であるわけだ。
 (従来は、市場/選挙、と、エージェンシー関係の重層構造、との二元主義的な説明をしてきたが、この際、修正しておく。
 やや誇張して言うのだが、日本では、談合がどう制度をいじっても根絶できないということは(教科書的な)市場など存在せず、また、選挙が価値観ないし世界観ないし政策体系の選択になっていないという点・・大政翼賛会的政治であるという点・・では選挙もまた(教科書的な意味では)機能していない、ということ。)
F:自民党からタカがいなくなり、「タカ」だけになったのはいつか。
O:私が役所に入った時、つまり1970年代には、「タカ」ならぬタカであれば、到底同じ党内にいることに耐えられないはずの、最近亡くなった加藤紘一のような連中が自民党「ハト」派を称していた。
 ということは、1970年代には、既に、自民党には鍵括弧のついていないタカなどいなくなっていた、言えそうだ。
G:さしずめ、安倍首相のおじいさんの岸あたりが自民党最後の真正タカか。
O:そうではなかろうか。
 但し、タカだとして、首相を辞めてから、タカ的な活動を彼が余りした記憶がないので、彼をタカと言い切るのを躊躇する気持がある。
O:ところで、コラムを書く際に英語を日本語に訳さなければならない場合がよくあるわけだが、私は、もともとは帰国子女だし、コラムを書き始めてからだけでももう15年になるというのに、いつまで経っても、習熟して楽になるどころか、大変な思いをしながらの英文和訳が続いている。
 学術用語的なものはともかく、一般用語というのは、どの言語でも多義的なものであって、そもそも、多義的な英単語と多義的な日本語の単語が一対一対応をすることなどありえない、ということがどれほど悩ましいことかを、どんどん身に染みて自覚させられている。
 なお、英単語の方が、一般に日本語の単語に比べて、より多義的だ。
 恐らく、日本語に比べて英語はより多くの人々によって幅広く使われているからだろう。
 自分が知っている単語が使われていてもうまく訳せないのでネット辞書で調べ、えっこんな意味もあったの、という新発見が、書評紹介コラムのような場合、一コラムで数件出てくる。
 困るのは、英和ネット辞書、更には場合によっては英英ネット辞書で調べても、しっくりくる意味が載っていない場合だ。
 そんな場合は、仕方なく、自分で意味を考え出さざるをえない。
 こういうことからすると、AIは将棋や囲碁では世界最高のプロを凌駕したが、並みの良心的翻訳家のレベルを超えるAIの出現がまだないのは当然だと思う。
G:ロンドン市長にイスラム教徒が選出されたのは驚くべきことだと思うのだが・・。
H:そもそも、イスラム教徒は、ロンドン市民のごく一部のはずであることを考えると確かにそうだ。
O:私は全くそうは思わない。
 インド亜大陸のイスラム教徒なんていいころかげんなものだったのを、一つは、英国が省力化植民地統治の一環として、宗教の違いを際立たせることにつながる、分割統治をやった。
 それでもって、単なる土俗諸宗教のバラバラな信徒の間で、ヒンドゥー教という(英国人が与えた?)名称の下で同一宗教の信徒であるとの意識が醸成され、かつ、そのヒンドゥー教徒とイスラム教徒とが。互いに違いを強く意識するようになった。
 そこへ、(これも英国に責任があるが、)インドとパキスタン(後のバングラデシュを含む)が分割独立した結果、インドに残ったイスラム教徒は殆ど変わらなかったが、パキスタンの、或いはパキスタンに移ったイスラム教徒の中から、原理主義化する者が出現し、その割合が次第に増えて現在に至っているわけだ。
 本来、どんなにいいころかげんだったかは、例えば、英国防大学のパキスタン人同僚のパ空軍軍人だが、大酒のみだったことから察して欲しい。
 そんな彼が、後にパキスタンの空軍参謀総長になったんだから恐れ入る。
 で、要するに、現在のロンドン市長も、両親が、現在のインド地区出身で、分割独立後パキスタンに移り、更に英国に移住してきた、ということは、両親は間違いなくいいころかげんなイスラム教徒であり、その両親の下で英国で生まれ人となった現ロンドン市長だって間違いなくいいころかげんなイスラム教徒のはずなのであって、ロンドンの有権者達も、彼がそうであることを知ってるはずだ、ということだ。