太田述正コラム#8611(2016.9.15)
<英国のインド亜大陸統治の醜悪さ(その4)>(2016.12.30公開)

  イ 歴史

 「著者は、原住民と一切関わることなく刑法典を書き上げるために1830年代に
インド亜大陸で3年間を過ごしたトーマス・マコーレー(Thomas Macaulay)
<(コラム#5958)>、英領インドの司令官を務めたロバート・クライヴ
(Robert Clive)<(コラム#1847、7642)>別名インドのクライヴ(Clive of
India)、1770年代と80年代にベンガル最高評議会(Supreme Council of
Bengal)の長を務めたウォレン・ヘースティングス(Warren Hastings)<(コ
ラム#1847、7824)>、等の、いわゆるインド亜大陸を「形成した(formed)」
人々を手加減することなく俎上に載せる。」(B)

 「約350年前、英東インド会社は、インド亜大陸の精緻な(sophisticated)諸
織物が増大しつつあった欧州における需要に合致したことから、インド亜大陸と
良い交易ができる、という展望を抱いていた。
 しかし、交易の大いなる拡大のためには、英国の商人達は、インド亜大陸版の
EU、すなわち、ムガール帝国の諸規則の枠内で勝負(play)をする必要があった。
 <それに対し、>自分達の独立性を維持しようと欲した彼らは、そうはしな
かった。
 英国は、独立国家として固定した交易諸結果を交渉で確保しようと努力した
が、それは、緊張、そして、時には戦争、をもたらし、双方の社会で得られる諸
便益を限定的なものにしてしまった。
 1700年代に、英国の権力がインド亜大陸全体に及ぶようになると、<英国が得
られる>諸利潤は減少した。 
 1800年代には、英<本>国は産業化したが、英国による統治がインド亜大陸産
業の発展を阻害したため、インド亜大陸は貧しくなって行った。
 英国は、インド亜大陸に、低価格諸商品、とりわけランカシャー
(Lancashire)の綿工場群で製造された諸織物、を売った。
 <その結果、>1913年には、短期間だが、インド亜大陸は、英国製諸商品の最
大の買い手になった。
 しかし、仮にインド亜大陸が自分自身の経済を発展させることができていたな
らば、もっと買ってくれていたかもしれないのだ。
 現実には、交易諸条件は更に悪化した。
 <英国による統治の間に、こうして>何十年間<にわたって続いた>紛争、
と、帝国的支配(imperial domination)<そのもの>によって作り出された悪
意(ill will)、とは、インド亜大陸の政治家達をして、自分達自身の諸産業を
支援をせよと要求せしめたため、混沌に満ちた英国国家(British state)は、
もっと<インド亜大陸のための>カネを確保しようと常に目を皿にし続けた。
 <そこで、>1894年からは、英国からのインド亜大陸の輸入に5%の税がかけ
られることになった。
 1930年には、インド亜大陸にいる人は英国の諸商品を買う場合に価格の15%を
<英インド>政府に支払せられるようになっていた。
 <その結果、>ランカシャーの綿<織物>(cotton)は<インド亜大陸に売れ
なくなり>、最初に衰亡した英国の諸産業の一つとなった。

⇒だからこそ、英本国が、大英帝国全体を経済ブロック化して、日本等からイン
ド亜大陸等が輸入をできないようにせざるをえなかった、というわけですね。
(大田)

 <結局、英本国が>インド亜大陸と相互に裨益する交易関係を作り出すことに
失敗したことが、そんな羽目になった原因の一つだったのだ。・・・
 <振り返ってみれば、>大英帝国の遺産の一つは、英国が南アジアからの移民
によって大いに裨益したことだが、遺産のもう一つは、英国がこの亜大陸と独立
以来、貧困なる交易諸連接(connections)しか持てなかったことだ<と言えよ
う>。
 この二者の間の<現在の>不均衡(disparity)はひどいものだ。
 インドは、<英国の>国民健康保険制度(NHS)に最大の数の医者達を提供し
ている。
 それに対し、英国は、インドへ輸出している諸国のリストで22番目であるに過
ぎない。
 1947年以降、亜大陸に残った数少ない英国の諸企業(businesses)は、旧いメ
ンタリティを引きずっており、相互関係抜きでインドを支配できると思い込んで
いた(assumed)。
 他方、外国の影響力に対する不安が、インドをして、外国交易を一世代にわ
たって妨害(block)せしめた。
 <こうして、>1990年代にインドが再び開放された時点では、英国は、交易の
潜在的パートナーとしてよりも、旧き英帝国的当局(old imperial authority)
として記憶されてしまっていたのだ。」(C)

⇒ここは著者ウィルソン自身が語っている部分ですが、彼や書評子達が、「イン
ド亜大陸」と分割・独立後の「インド」とを区別しないのは困ったものです。
 パキスタンにしても、そしてそのパキスタンから分離独立したバングラデシュ
にしても、インドに比べれば人口小国ですが、全球的標準では、どちらも押しも
押されぬ人口大国なのですからね。
 私は、彼、ないしは書評子達が「インド亜大陸」について語っていると思われ
る場合は「インド亜大陸」、そうでないと思われる場合は「インド」、と訳し分
けているのでご承知おきください。
 なお、NHSの箇所については、ひょっとして「インド亜大陸」なのかと思いつ
つも、それを確認する労は省いて、「インド」と訳した次第です。(大田)

(続く)