太田述正コラム#8607(2016.9.13)
<英国のインド亜大陸統治の醜悪さ(その2)>(2016.12.28公開)

 (3)結果

 「2世紀にわたる統治の後に英当局がインド<亜大陸>を去った時点で、多くの諸地域で牛車群が輸送の最も重要な形態だったし、50万の村々の中で電気が通じていたのはわずか0.2%だったし、人々の識字率はほんの12%だった。
 これらは、近代の時期の諸国家の多くの指導者達が吹聴したい諸業績ではなかったし、脱植民地化以降の、大いに悪しざまに言われた「計画経済的な(planned)」ネール流の発展モデルでさえ、はるかに高い経済成長率と人的資源開発(human development)率を達成した。」(A)

⇒英国人達は、インド亜大陸を(同時代の水準に照らせば)廃墟の状態にとどめたまま、去って行ったということです。
 改めて、日本の台湾・韓国統治と(これでも欧米の中では一番マシであったと言ってよいところの、)英国のインド亜大陸統治とを、同じ、植民地統治という範疇に入れて比較するのはナンセンスだという感を深くします。(太田)

 (4)背景

  ア 論理

 「一体、どうして、英インド当局はこんな体たらくだったのだろうか。
 この本は、反帝国主義的論争(polemic)<書>ではない。
 実のところ、著者は、帝国主義的事業(imperial enterprise)がこのような失敗に終わる必然性などないことを示唆している。
 問題の一つは、小さな政府、自由放任自由主義に囚われていたこと(grip of)だった、と彼は主張する。
 これは、米国、ドイツ、そして、日本を近代化したアプローチではなかった、と。

⇒ウィルソンが、イギリスは最初から近代であった、米国を建国したイギリス人達等は近代人の名に値しないところの、非イギリス人達とイギリス人中の屑達であった、とホンネでは(イギリス人の過半同様)思っていることあえて示唆しているように読めて面白いですね。(太田)

 もちろん、これらはすべて国民諸国家(nation-states)であって、国民諸政府は正統性を享受しているので発展のためと標榜する、大胆な諸要求を行うとともに、抜本的(radical)諸改革を焚き付けることが可能だった。
 かかる正統性を、諸帝国が<隷下の特定の民族(群)に対して>生み出す(generate)のは容易ではない<ことは確かだ>。
 しかし、興味深いことに、著者は、英インド当局がインド亜大陸で実質的にいかなる成果を残す(make any real difference)ことにも失敗したもう一つの理由を示唆している。
 その、特異な狭くて硬直した権力観だ。
 英当局は、自分達を「征服者達」と見、これだけで正統性が授与されると信じていたのだ。
 ところが、インド亜大陸人達は、当然のことながらそうは感じていなかった。
 インドについて、真の意味で「征服された」、と主張することは困難なのだ。
 というのも、英当局は、立ち上がりにおいて、インド亜大陸の諸部分の統治者達から「招かれ」て、諸戦闘を、戦いと同じくらい密かな外交によって、勝利したからだ。
 <それに、>ある意味では、<立ち上がりにおいてはもとより、それ以後においても、>英インド当局は、「英」当局などと全く呼べないような代物だった。
 何千人かの英国人達が、何十万人ものインド亜大陸人の行政的、軍事的、商業的ピラミッドの頂点に、しばしばどちらかと言えば遠く離れて、乗っかって(perch)いた<だけだったからだ>。
 <そして、>1942年時点においては、大切に思われていた(cherished)インド帝国官僚(Indian Civil Service)・・ロイド・ジョージ(Lloyd George)言うところの「鋼鉄の枠(steel frame)」<(注1)>・・・でさえ、そのほとんどはインド亜大陸人となり、1920年代には、司法のほぼ全部がインド化するに至っていた。」(A)

 (注1)「我々が「鋼鉄の枠」という言葉を与えられたのはベヴァン(Bevan)<・・・Edwyn Robert Bevan。1870〜1943年。イギリスの在野の哲学者かつヘレニズム世界の歴史学者。https://en.wikipedia.org/wiki/Edwyn_Bevan 。彼の本Indian Nationalism : An Independent Estimate (1913)にこの表現が出てくる。・・>だ。(それをロイド・ジョージが援用した。)彼は、それを、医学的アナロジーから生み出した。すなわち、インドの政体を「折れた骨々(broken bones)」と「切れた連結糸群(connecting fibres)」と見た。「彼は、<インド亜大陸>行政府を、漸進的な治癒過程が部分部分を一緒に繋ぐまで、それらがバラバラにならないように保つために鋼鉄の枠中に入れる外科医のようなものと見たのだ。」彼は、「我々が若いインド<亜大陸>人と同様に、この枠は悪であると感じ、それが痛みをあたえることを自覚しない限り、我々がそれが必要であることを示そうと試みても、我々は彼らに耳を傾けさせることは困難だろう」、と付け加えている。」
https://books.google.co.jp/books?id=QfOSxFVQa8IC&pg=PA115&lpg=PA115&dq=Lloyd+George%EF%BC%9BSteel+Frame&source=bl&ots=qWQbHDpNzo&sig=7PGde5XKrD39p8EPNPL8vBOqeYU&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiTn7H8mozPAhUN2WMKHYcpB58Q6AEIMTAD#v=onepage&q=Lloyd%20George%EF%BC%9BSteel%20Frame&f=false (Richard Sisson and Stanley Wolpert edut., Congress and Indian Nationalism PP115)
 1922年にガンディーが英国はインド人達自身にインドの政治的運命(destiny)を決定させよと求めたのに対し、当時の英首相のロイド・ジョージが、英下院での有名な「鋼鉄の枠」演説の中で、英国政府は、いかなることがあろうと、今後とも、英国のインドにおける、極めて重要な(cardinal)責任を放棄(relinquish)することはない、と回答した。
 <ちなみに、>ウィンストン・チャーチルも、1930年にこれと同様の見解を表明している。
https://books.google.co.jp/books?id=Ubqm9vFpKakC&pg=PA29&lpg=PA29&dq=Lloyd+George%EF%BC%9BSteel+Frame&source=bl&ots=KIh4f8SeaW&sig=yYBpOX3ccJfSIQKY1hB07KftCyY&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiTn7H8mozPAhUN2WMKHYcpB58Q6AEIJzAB#v=onepage&q=Lloyd%20George%EF%BC%9BSteel%20Frame&f=false (Suchintya Bhattacharya, Constitutional Crisis and Problems in India PP29〜30)
 「インド人には自治は尚早であること、インドの支配層はインドの民を代表しているとはとても言えない者たちであること、大英帝国の繁栄の根源であるインドに自治を与えることは自分で自分の手足を切り捨てているも同然である」、と。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%AB

⇒ベヴァンが必要悪と見たところの、英国によるインド亜大陸統治を、ロイド・ジョージ(自由党)は必要善にすりかえ、この必要善論をチャーチル(自由党⇒保守党)も引き継いだわけですが、彼がローズベルトと共謀して日本を挑発して、対英米開戦を余儀なくさせたことによって、インド亜大陸を失ってしまったことを我々は知っています。(太田)

(続く)