太田述正コラム#8479(2016.7.11)
<入院「バカンス紀行」(その10)>(2016.10.25公開)

[2016.6.28]

 この日午前の(恐らく4回目の)体重測定で75.2kgだったのですが、入院時には79kgを超えていたはずなので、入院中に約4kg減った勘定になります。
 (思い立って、今、自宅で測定してみたところ、着衣で77.4kgなので、半分ほどしかリバウンドしていませんでしたね。これぐらいの体重をキープしたいものです。)
 ところが、血圧測定では、何度やっても上が70台しかないというので、看護婦が神原医師と連絡を取り、降圧剤の服用を急遽中止することになりました。
 その件とは別個、再度、一階の外来で泌尿器科の診断を受け、残尿がないので、膀胱留置カテーテルの再装着はなし、と決まりました。
 午後、今まで2度お見舞い電話をくれていた、東京オフ会幹事団の一人が見舞いに来てくれました。
 バナナとオレンジを持参してくれたところ、後者はナイフがないと食べることができない一方、退院時に余り荷物を増やしたくなかったので、この日から、(まだ、病院食以外を食べることは正式には許されていなかったけれど、)バナナを、近傍在住の読者の奥様が持参してくれていたコーラと共に、懸命に飲食し続けました。
 この見舞客は、デイルームという、飲料の自動販売機があり、雑誌等も置いてある部屋に連れていって歓談しました。
 彼が帰った後、リハビリ、とはいっても、もっぱら6階の廊下を歩くだけですが、があり、更にその後、地下1階に車椅子・・これまでのも、全て看護婦が押して行ってくれるんですよ・・に赴き、血液検査の後、生まれて初めて、エコー検査(注17)と血圧脈圧検査(注18)を受けました。

 (注17)超音波検査。「超音波を対象物に当ててその反響を映像化する画像検査法。主に医療分野で広く利用され<ている。>」
 私が受けたのは、「体表よりアプローチし、腹腔内の大動脈・大静脈や上肢・下肢の動脈・静脈の評価を行う・・・血管超音波検査」だろう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E9%9F%B3%E6%B3%A2%E6%A4%9C%E6%9F%BB (「」内)
 (注18)「四肢の血圧を同時に測定することで、動脈硬化の程度を数値化」する、ABI(Ankle Brachial Pressure Index=足関節上腕血比)ないしPWV(Pulse Wave Velocity=脈波伝播速度)検査
http://medical-checkup.info/article/56962632.html
http://www.fukuoka-vaccess.jp/blog/images_mt/ABI%E6%A4%9C%E6%9F%BB.pdf
http://unex.co.jp/glossary/trmhi_pwv/
のうちの前者だったのではなかろうか。

 (検査名は、前者は検査室のドアに書いてありましたし、後者はドアのところに書いてあったものを読み取るのに失敗し、検査後に検査技師に検査名を尋ねた次第。)
 エコー検査の際には、主治医の神原医師が取り仕切り、その場で血圧脈圧検査も実施するよう指示してから姿を消したことにやや違和感を覚えていたところ、彼女が、この病院の検査部長でもあることを退院後に知って、得心が行きました。
 夕食の後で、看護婦から、神原医師の指示で降圧剤を再開することになったと告げられ、しばらくすると、同医師自身が現れ、一連の検査の結果はいずれも異常はなかったと告げられ、その際、(血液検査後に、自分で止血帯をはずすなと言われていて、その前に訪れていた看護婦に頼むのを忘れていたので、)彼女に止血帯をはずしてもらいました。
 この時も思ったのですが、彼女が、私の主治医になったのは、その日、たまたま夜勤当番であったということなのでしょうが、その後も、この日を含め、しばしば、夜間にやってきたことのは不思議でした。
 一体、彼女の勤務形態はどうなっているんだろう、と。
 しかも、今にして思えば、循環器科の副部長と検査部の部長を兼務しているんですもんね。
 超過密勤務をしている印象です。
 それでいて、いつも、ニコニコしているのはお見事です。

[2016.6.29]

 この日は、微熱が出た以外、特記すべきことのない平穏な一日でした。
 この微熱、数年ぶりの、アレルギー性の微熱・・いわゆるHay Fever・・だと思われると看護婦に伝えたところ、納得したようでした。
 午後には、概ね一貫して私を担当してくれた理学療法士が最後のリハビリを行ってくれました。

[2016.6.30]
 
 朝食後、退院手続きが、病室で始まりました。
 まず、会計担当者がやってきて、縷々、説明をしてくれました。
 すぐは呑み込めなかったけれど、本来の3割負担だと、医療費だけで本人負担分が80万円を超えてしまうこと、減額制度があるが、どうやら、入院が2つの月にまたがらなかったことで私はトクをしたらしいこと、減額制度の適用を受けるためには、区役所(本庁)に行って証明書をもらわなければならないこと、区役所には翌月の第一週中に行かなければならないこと、その際、前月分ですと念の為伝えた方がいいこと、等が分かりました。
 その後で、今度は、薬剤師が薬を持ってやってきて、引き続き服用を続ける降圧剤(2種類)の説明、下剤の説明・・これは、「指示」を無視し、殆ど使わなかった・・、更には、私が持ち込んだ目薬3種の更新分が前日にほぼ尽きたことに伴う再更新分の説明・・かかりつけの眼医者や薬局の説明にはなかったところの、望ましい点眼順序を含む・・を受けました。
 こうして、6階の一般病棟の西側ナースステーションで、「太田さん退院です」の声と共に6階を送り出され、1階の会計で、先ほど言われた通り、10万円を概算払いした上で、大森赤十字病院を後にしました。
 (たまたま、発症した14日の午前中に、銀行で、一か月分の生活費を下ろしてあったので、キャッシュが潤沢にあったのが幸いしました。)
 退院した足で、すぐ近くのサミットで食料品を買い込み、自宅に戻り、郵便物をチェックし、参院選の投票用紙をゲットし、更に、最寄りのパン屋でセール中の揚げアンパンを買い込み、ミルクで腹に流し込み、自転車に乗って、よろよろと蒲田駅前の大田区役所まで赴き、件の証明書を得、ついでに参院選の期日前投票も行い、今度は病院に戻って、2万円弱の戻入を受け、帰宅し、慌ただしい半日が終わりました。
 体力は衰えていたけれど、爽快な気分でした。
 入院「バカンス紀行」、これにておしまい。
 最後に、(退院後を含め、)お見舞いに来ていただいた方々、ご激励をいただいた方々に、心から御礼申し上げます。

(完)