太田述正コラム#8430(2016.5.31)
<一財務官僚の先の大戦観(その41)>(2016.10.1公開)

 「臨時軍事特別会計の予算課目は陸軍費海軍費及び予備費に分けられていただけ<だったわけだが、>・・・第四次追加予算措置以降は軍事上の機密保持の必要があるとして陸海軍費の区別も廃止されてしまった。

⇒これが、陸海軍の予算の統合という観点から実施された可能性も理論上はあるわけであり、陸海軍、或いは陸海軍それぞれの下部機関に予算がどのように具体的に配分されたか、について松元が全く説明していない以上、松元のように、この措置を否定的に見ることが妥当であるかどうか、判断することは、我々にはできません。
 (陸海軍(大臣)が話し合って配分するといっても、首相等、より権限のある第三者が調整することなくして、困難であったはずです。)(太田)

 さらに、日米開戦後には、それまで一般会計に計上されていた陸海軍費についてもその大部分(一般的な本省経費を除く)が臨時軍事費特別会計に計上されることとなって、議会の予算統制から外れ、治外法権化していった。

⇒いかなる理由でそのような措置がとられたのか、また、それが日本の臨時軍事特別会計史上、初めてのことだったのか、を松元は明らかにすべきでした。
 また、当時の米英独等との比較を行うべきでした。(自分でネットで少し調べてみたのですが、残念ながら、はかばかしい成果はありませんでした。)
 ここに限りませんし、また、松元に限らないのですが、タテ(歴史)とヨコ(国際比較)の視点を常に忘れないことが、人文社会科学においては求められます。
 それに、いずれにせよ、この措置が、議会の同意の下に行われたことを忘れてはなりますまい。(太田)

 ちなみに予算課目の区分は、アメリカ独立戦争時の英国において、戦費増加に伴う増税への批判が高まり、ロンドンでは暴動がおこる<(注71)>といった中で始まったものであった。

 (注71)時期的にゴードン暴動のことであるとしか思えないが、それは、「1780年,ロンドンで発生した英国史上最大の暴動<であって、>1778年カトリック教徒に対する差別が一部撤廃されたことに怒ったジョージ・ゴードン卿がプロテスタント連合に働きかけて反対運動を組織したのが,その発端<になったもの>」
https://kotobank.jp/word/%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%B3%E6%9A%B4%E5%8B%95-835966
であって、「米独立戦争が最高潮に達し、英国が、米叛乱者達、フランス、スペインとオランダと戦っている時に起こった<が、>これは、差し迫ったフランスの英国侵攻の前に、フランスが英国を不安定化するために行っている、計画的な陰謀である、との根拠なき恐怖に彼らが追い込まれたもの<だ>。」
https://en.wikipedia.org/wiki/Gordon_Riots

⇒ゴードン暴動について、引用元の富田が間違った記述をしているのか、松元が間違った引用をしたのか、どちらかでしょうね。(太田)

 当時の予算は全体が一つの議決項目であったが、1780年にエドモンド・バーク<(コラム#81、511、3148、3329、3338、3479、3830、4007、4247、4524、4683、4782、4816、4910、5186、5277、5882、6158、6277、6966、6968。7540、7542、7924、7933)>は、自分は、「自由(liberty)が全ての部局のあらゆる支出を大蔵省のコントロール下に置くようにとの議会演説を行い、1789年に予算課目の区分が設けられたのである(宮田俊基『経済政策の課題』)。

⇒議会演説とは、バーク(Edmund Burke)による、経済改革の計画に関する演説(Speech On The Plan For Economical Reform )(2月11日)
http://www.ourcivilisation.com/smartboard/shop/burkee/extracts/chap7.htm
のことを指していると思われますが、その内容は、広義の王室領の収支についても、議会のコントロール下に置くように求めるものであり、松元の記述とは趣旨がやや異なるように思われます。
 よって、この演説が1789年の予算課目区分設定につながったとの松元の記述については、判断を留保をせざるをえません。(太田)

 このように、英国で戦争を契機に始まった議会による予算統制が、我が国では先の戦争の際に骨抜きにされたのであった。」(137)

⇒松元も、どうやら、英国・・私の言うイギリス・・フェチのようですが、そのイギリスで、議会の前身たるウィタン(Witan)が、軍司令官(王)選任機関として始まり、
https://en.wikipedia.org/wiki/Witenagemot
議会(Parliament)が、軍事費確保のための徴税について国王に協賛するために始まった
https://en.wikipedia.org/wiki/Parliament_of_England
こと、つまりは、議会の原点は戦争遂行のための機関であったこと、を、彼はお忘れのようです。
 議会は、始まった戦争の開始や収束についてはともかくとして、遂行を邪魔をするための機関ではなく、邪魔をするようなことがあってはならない、ということです。
 そして、蛇足ながら付け加えれば、少なくとも英国とドイツでは、大蔵省(財務省=treasury)は、「国家間競争や戦争に国家が対処するための、資金の徴収者、及び、徴収した資金が規律ある使い方をされるための番人」として設立された機関
https://www.odi.org/publications/7438-origins-modern-finance-ministries-britain-germany
ですし、「イギリスの中央銀行<である>・・・イングランド銀行<(Bank of England)は、>・・・1694年、軍事費を調達する目的で創設<された>」機関
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E9%8A%80%E8%A1%8C
です。
 いくら自分が奉職していたとはいえ、日本の大蔵省(財務省)だって、(そして弟分の日銀だって、)こと戦争に関しては、単にそれだけの存在でしかない、という分相応の自覚を松元は全く持ち合わせていないようですね。(太田)

(続く)