太田述正コラム#8588(2016.9.4)
<皆さんとディスカッション(続x3090)>

<太田>(ツイッターより)

 「14歳のプロ棋士誕生へ 愛知の…中学2年生<の>…藤井三段、史上最年少で…加藤一二三九段…の14歳7カ月を抜いて62年ぶりの記録更新…
 中学生棋士は…5人目。」
http://digital.asahi.com/articles/ASJ935CY0J93UCLV005.html?rm=278
 12歳のアイビーリーグ入学といい勝負の快挙。
 女性の奨励会突破はいつのこと?

<kVI68zhw>(「たった一人の反乱(避難所)」より)

≫私は、前述したように、スターリンは、日本の対蒋介石政権戦に対する、背後からの一連の牽制の一環であり、これらの挑発的行為によって日本を対ソ開戦に追い込もうと企んだものである、との見解であるわけです≪(コラム#8372。太田)

→<1939年5月11日から9月16日の>ノモンハンから半年後には事実上ソ連側からフィンランドに「冬戦争」<(1939年11月30日 - 1940年3月13日)>を仕掛けたわけですが、仮に日本が挑発に乗った場合(ノモンハンでは8月にソ連側の大攻勢がありましたし、下手をすると「冬戦争」仕掛けた後日本側から日ソ開戦される可能性もある)、ソ連は二正面で戦わなくてはならないのではないでしょうか?

 (当時の日本側は<1939年9月1日に始まった>第二次大戦と<1939年8月23日の>独ソ不可侵<条約締結>によって完全に開戦する気はなかったようですが)(いくら日本軍を支那に釘付け状態にして戦力を削いだとしても)日ソ開戦はスターリンにとってもそれは不味いのでは?

⇒ソ連は、当時、既に、傀儡の蒋介石政権をして、日本に対する間接侵略を開始していたところ、その戦況が思わしくないこともあり、対日直接侵略・・とは言っても、支那(含む満州)におけるそれ・・の機を窺っていたが、日本軍の能力を見極めるために行った大規模な威力偵察
http://www.weblio.jp/content/%E5%A8%81%E5%8A%9B%E5%81%B5%E5%AF%9F
であったところの、1938年の張鼓峰事件での敗戦、及び、1939年のノモンハン事件での事実上の敗戦、によって、それを諦めた、と私は見ているところ、その見方への反論になってませんぜ。
 冬戦争は、単に、(ノモンハン事件直前に既に締結が決まっていた)独ソ不可侵条約が実際に締結され、その秘密議定書による独ソ勢力圏取極めを「履行」しただけ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%AC%E6%88%A6%E4%BA%89
の話しです。(太田)

 スターリンは極東だけでなく西への侵略にも注意を注いでいたはずですし、(実質スターリンは「1938年10月のミュンヘン会談による対独宥和は、英仏がドイツのソ連侵攻を黙認しているのではないかという疑念をスターリンに与えた」このような中でもノモンハンを計画していたわけで)恐らく、ノモンハンと冬戦争は戦略としてセットであって、ノモンハンでの『失敗』もこれあり、ドイツと接近し東欧への侵略に切り替えたのでは?

 つまり独ソ不可侵以降は日ソ開戦はスターリンにとってよろしくないのでは?

⇒マクロ的に見れば、独ソ不可侵条約締結は、ポーランド侵略を決意していて、それについてソ連の「了解」を取り付けたかったところの、ヒットラー側からの働きかけにソ連側が応じたものであって、ソ連が「ドイツと接近し東欧<とバルト海沿岸諸国>への侵略」をしたかったからドイツに働きかけて実現されたものではありませんよ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%AC%E6%88%A6%E4%BA%89 (太田)

 『・・スターリンの大戦略におけるノモンハン事件の位置づけについては、当時からさまざまな推論はあるが定説は必らずしも固まっていない。いずれにせよソ連が独ソ接近を見定めたうえで八月攻勢を発動し、しかもソが主張してきた国境線を越えての追撃をきびしく禁じたこと、ノモンハンの停戦を仕あげてから東部ポーランドへ進入するなど後顧の憂いを残さないタイミングで行動していたことははっきりしている。・・・しびれを切らしたドイツは四月頃から同盟がぐずつくならソ連に乗りかえると示唆するようになる。』

 ・ノモンハン事件の終結
http://googleweblight.com/?lite_url=http://www.law.nihon-u.ac.jp/publication/pdf/seikei/49_4/01%2520(14).pdf&ei=8sT7RsAB&lc=ja-JP&s=1&m=491&host=www.google.co.jp&f=1&client=ms-docomo_link-jp&gl=jp&q=%E3%83%8E%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%B3+%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3+%E8%AB%96%E6%96%87&ts=1472920345&sig=AKOVD66GqvQUuyFlJpwQPI8AGsb4CMyz3Q
 ・冬戦争
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%86%AC%E6%88%A6%E4%BA%89 <(前出)>

 『この戦争でのソ連の立場に関しては様々な論がある。ソ連はレニングラードの安全のためフィンランドのロシア帝国への編入の際にフィンランド自治政府へ委譲された南部の地域を取り戻そうとしたというものと、ソ連はフィンランドに傀儡政権の共産政府を立てて社会主義化しようとしていたものの二つに分かれる。ソ連は開戦直後にフィンランド民主共和国という傀儡国家を建国し、フィンランド民主共和国を唯一のフィンランド政府として、損害が大きくなるまでフィンランド本国の政府と交渉しないでいることから、後者の意見が主流である。』

→安全保障オタクのロシアとしては無意識では前者で意識では後者でしょう。

⇒ノモンハン事件も冬戦争も、「定説は必らずしも固まっていない」、「様々な論がある」・・私は、冬戦争は独ソ勢力圏取極めを履行すべく、フィンランド全体の保護国化を狙ったものと見てますが・・ところ、ノモンハン事件に関しては、私の新説が最も説得力がある、と自負してるんだけど、そう思わない?(太田)

<太田>

 それでは、その他の記事の紹介です。

 私と同区民のリケジョの紹介記事だ。↓

 「「町工場の娘」32歳からゴーン流改革で10勝2敗 ダイヤ精機社長の諏訪貴子さん・・・」
http://style.nikkei.com/article/DGXMZO06663030Q6A830C1000000?channel=DF220620160332&style=1

 おー懐かしい。(コラム#5516でこの曲紹介)↓

 「(もういちど流行歌)「コーヒーショップで」あべ静江 「かわいい」よりも「美しい」・・・」
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12537955.html?rm=150

 中共官民の日本礼賛(日本文明総体継受)記事群だ。(順不同)↓

 <こんなものまで取り上げて中共人民に日本行きを勧める習ちゃん。↓>
 「・・・今日頭条は・・・食品サンプルを日本文化の1つとして捉え、その販売店を観光スポットとして紹介する記事を掲載した。記事はレストランのショーケースなどでおなじみとなっている食品サンプルが「日本人の生活の一部分」になっていると説明。食品サンプルを「これほど口にしたくなるプラスチック模型はない」と形容したうえで、実際に買って帰ることが出来る専門店が東京の浅草・合羽橋にあると紹介している。
 そして、この店に並んでいるおいしそうな食べ物の数々がすべて「プラスチックの模型」であると紹介。サンプルの数々が「食べ物ではないが、あまりにもかわい過ぎてそのままお腹の中に入れてしまいたくなる」とした。また、「もしあなたがドール愛好家であるなら、ここはお財布が大量出血する場所になるかもしれない」とし、サブカルチャーを愛する中国人観光客にとっては絶好のスポットとなり得ることを伝えた。
 記事はこのほか、合羽橋が調理用品の専門店街となっており、料理好きの中国人や、レストランを開こうとしている人にとってもうってつけの場所であると説明している。」
http://news.searchina.net/id/1617963?page=1
 <これはどっちかと言うと、日本再軍備/「独立」戦略の方かな。↓>
 「・・・今日頭条はこのほど、日本人と中国人の平均身長および基礎体力に関する統計データを比較しつつ紹介し、「日本人は決して背の低い民族ではなく、しかも基礎体力は中国人に勝っている」と説明、同時に読者に「危機意識」を持つように呼びかけている。
 記事は、日本人の20歳以上の成年男子の平均身長は、多くの年代において中国人の同年齢の成年男子より高いことを説明、さらに基礎体力の握力部門では「日本人の成年男子と成年女子の各年代の成績はすべて中国人を上回ったと指摘した。また、20歳未満を対象とした統計データにおいても、平均身長こそ中国人が日本人よりわずかに高かったが、基礎体力の測定項目である50メートル走、立ち幅跳び、握力のすべてにおいて日本人の成績は中国人を上回っており、「中国の青少年の基礎体力は日本の学生より大きく劣っている」と指摘した。・・・
 <そして、>「日本人は身体が小さかったときに中国を侵略した。現在も日本人は自分たちを強化している」と説明し、「日本人が再び中国を侵略するとは思わないが、絶えず自分を向上させてようやく侵略されずに済むというものだ」と主張し、他者に劣ることは脅威につながりかねないとの見方を示した。」
http://news.searchina.net/id/1617962?page=1
 <日本人の研究/実験大好きぶりを紹介。↓>
 「・・・今日頭条は・・・「日本は全体が大実験室のようなものである」評する文章を掲載した。文章はまず、中国人が日本で仕事をする中で気づいた点を3つ紹介している。1つ目は、健康診断の際に必要な書類を揃えて封筒にまとめ、机の上に置いておいてくれ、しかも健康診断会場の地図や最善ルートが考慮された行き方まで示してくれるという、会社の事務担当者についてだ。
 2つ目は、0.1グラム単位で計測できるはかりや電子タイマー、各種用途に合わせて温度計などが、日本では多くのスーパーなどで一般的な調理用品として売られていること。
 そして3つ目は、「トマトを上手に切る」というテーマで様々な科学的アプローチを試み、道具ではなく切り方にコツがあったという結論を導き出した実験番組である。文章は特に、この番組が「主婦向け」である点に着目したようだ。
 文章はそのうえで「簡単に言うと、日本は1つの大実験室なのである」と解説。日常生活において小さな実験や研究が繰り広げられており、「それが会社となればなおのことなのだ」との見解を示した。そして、日本を代表する便器メーカーでは、少ない水で流せるうえパイプを詰まらせない、お尻に水が残りにくいシャワーの角度などといった様々な実験について、それぞれ別の実験グループが勤しんでいると紹介。「一生の事業が研究であるのに、成果が出ない訳がない」と論じた。
 そして、「日本人は各種の研究について苦痛どころか誇らしいことと考えている」点が大事であると指摘。それが職人の「技」となり、「建築分野から料理人、便座から焼き鳥まで、みんな『技』を持っていて、個人はそれを誇らしく思い、社会はリスペクトするのである」と締めくくっている。」
http://news.searchina.net/id/1617961?page=1
 <日本人の仕事に対する真摯な取り組みを紹介。↓>
 「・・・今日頭条は・・・「日本人の『厳』と『謹』は、中国人1人ひとりが学ぶに値するものだ」と題した文章を掲載した。
 文章はまず、勤勉さや厳格さというのは「とどのつまり、態度の問題なのである」とし、自分の身の回りに関する事柄についてはマメに動くのに、仕事となるといい加減になる人が多いと指摘した。
 そのうえで、数年前に体験したエピソードを紹介。中国国内の会社で日本の大手メーカー製のロボットを生産ラインに導入したものの調整がうまくいかなかったため、高い金額を支払ってロボットメーカーの日本人ベテラン技術者を呼んで調整してもらったという。その際、せっかくだからということで契約条項に盛り込んだ内容に基づき、このベテラン技術者から現地従業員に直接指導してもらうことになっていたが、いざその日になってみると従業員は全員すっぽかして姿を見せなかったとのことだ。
 文章はそのうえで、ベテラン技術者が丸一日ロボットの操作パネルの前に立ち続け、やって来るかもしれない従業員を待ち続けていたと紹介。付き添いの中国側スタッフが壁にもたれかかったり、座り込んだり、スマートフォンをいじり始めたりしても、この技術者は食事とトイレ以外は全く動かなかったとした。そして、この技術者がメーカーの中でも職位の高い人物であることを強調したうえで「彼は日本の製造業の縮図に過ぎない。彼のような人はたくさんいるのだ」と説明。日本の製造現場と中国の現場それぞれで仕事をする機会があったならば、その「絶望的な差」に気付くことだろう、と論じている。」
http://news.searchina.net/id/1617960?page=1
 <これもそう。↓>
 「・・・今日頭条はこのほど、最近中国にラーメン店を出店した日本人男性について紹介する記事を掲載し、日本人のラーメンへのこだわりに驚きとともに賛辞を送っている。
 記事は中国に進出した、ある日本のラーメン店を紹介。同ラーメン店の店長は、自分が納得できる豚骨ラーメンを作るために8年も修行したと驚きを示している。中国にも個人経営の飲食店は多く存在し、簡単に出店することができる一方で、すぐに閉店に追い込まれる店は多い。これは計画性のなさだけでなく、繁盛している店のまねをしてばかりで独創性がないことも原因があるだろう。納得できるラーメンを見つけるために8年も修行したという日本人店主は中国人にとっては信じられない存在であるに違いない。
 記事は、この店のラーメンが中国で一般的なラーメンよりも高額な理由について、スープに手間をかけているからだと説明している。大量の豚骨を14時間以上も煮込んで作っているのだという。・・・
  また、スープの種類、麺の硬さや塩加減、油の量、トッピングを選んで自分好みにカスタマイズできる楽しみもあると、顧客目線のアイデアを称賛。はきはきと元気にあいさつする礼儀正しい店員、日本風の内装など、そして「食材にはしっかりと火を通す中国にはない半熟卵」など、どれも客を惹きつける要素と紹介した。」
http://news.searchina.net/id/1617955?page=1
 <日本には個性的な人々が生み出す個性的なモノが一杯あると指摘する。↓>
 「・・・今日頭条は・・・「こんなちっぽけな自動車でも限定販売版を作る 30年前の日本人は何を考えていたのか」と題したこの記事で・・・日本の自動車メーカーは決して個性を大事にしていないわけではなく「単に、遊び心にあふれたモデルは日本国内でしか販売してこなかったに過ぎないのだ」と説明している。
 そして、1985年の東京モーターショーで発表されたコンセプトカーが好評を博し、87年にはほぼそのままの形で1万台の限定数量販売され、引く手あまたの人気を誇った日産の「Be−1」という小型自動車について紹介した。
 記事は同車がマーチをベースに作られたもので、動力系統は平凡ながら、過剰装飾の排除によるコストダウン、丸みを帯びたデザイン、新素材の多用による耐久性の向上という当時の流行とは一線を画する個性的な自動車であったと説明。レトロな風格で人気を博し、限定販売だったこともあって今もなお日本の自動車ファンから愛され、中古車市場でも同年代の自動車より高い値段が付くと伝えた。」
http://news.searchina.net/id/1617959?page=1
 <これもそう。↓>
 「・・・今日頭条は・・・レクサスのブランド戦略を垣間見る事例として、期間限定でわずか500台生産・販売されたスーパーカー・LFAについて紹介する記事を掲載した。
 記事は、「トヨタ傘下のレクサスは、自らの高級感を形作り続けてきた。それにより街にはBBA(ベンツ・BMW・アウディ)の御三家よりも、日本からやって来たレクサスを多く見かけるようになった」と紹介。
 そのうえで、2010年から12年にかけて500台が生産され、日本での販売価格が3750万円という超高額なスーパーカーであるレクサスLFAについて、カーボンファイバー、アルミ合金、本革の完璧な融合から得られる完璧な乗り心地、走りに飢えたクルマというイメージを想起させるようなデザインなどと紹介した。
 そして、莫大な研究開発費用が投じられながら、破格の販売価格によりマイノリティのツールと位置付けられたLFAは「もともとお金を稼ぐためのものではなく、レクサスというブランドを形作るためのものなのかもしれない」と論じた。」
http://news.searchina.net/id/1617957?page=1
 <日本における縮み志向の背後に人間主義があることを教えている。↓>
 「・・・衢州新聞網は・・・記事で、日本の「小文化」には思いやりや人への優しさなど、様々な優れた特質が反映されていると絶賛している。
 中国人は「大きいこと」を尊重する国民性であり、多くの中国人に言わせれば「大」こそが良質の条件であり、そのため家も車も大きいものを求める傾向がある。これに対し、記事は「しかし日本人が追求する小さいことは、安かろう悪かろうを意味するのだろうか?」と問いを提起、続けて「答えは明らかだ」と指摘、中国人記者が日本の「小文化」を自ら体験した際の感動を紹介した。
 記者が日本のホテルを利用した際、確かに部屋は小さいと感じたが、部屋には「すべてが揃っていた」と説明、さらに「中国のホテルに比べて客に対する思いやりがあり、より人に優しいホテル」だったと絶賛した。つまり、小さいからこそ管理が行き届き、小さいからこそ1人1人の客に対して充実したサービスが提供できるということだ。
 記事は「日本で最も感じたのは誠実さと助け合いの精神」とも説明しており、「自ら体験しなければ日中間の文化の強烈なコントラストを理解できなかったはず」と指摘。国土が小さく、自然災害の多い国だからこそ、日本人は助け合いの精神を持っていたと伝えている。」
http://news.searchina.net/id/1617958?page=1
 <日本人は、学ぶべきものとそうでないものを見分け、学ぶべきものを真剣に学んできたと指摘する。↓>
 「・・・今日頭条は・・・日本が中国から得た「学び」について紹介する記事を掲載した。
 記事は、世界を1つの学級に例えるならば米国が級長、ロシアが風紀委員、フランスが広報委員、英国が生活委員であり、そして日本は「学習委員」だろうと説明。日本は「クラスメイトの中に勉強のできる人を見つけると、その人に寄り添って学ぶとともに、いろいろ模倣する。そして徐々に成績を上げていき、クラスのトップ3を確保するほか、たまに1位を取るのだ」とした。
 その一方で、「彼は盲目的に学ぶのではなく、悪いものについては決して学ばない、ずる賢さがあるのだ」と解説。古代日本は唐に何度も使者を派遣して、文化や建築などを深く学ばせて日本に持ち帰らせたが、「唐王朝の制度上における弊害も吸収し、日本になじまないものについては決して学ぼうとしなかった」と説明している。
 記事はその例として、宦官制度と科挙制度を挙げた。
 宦官については「心理を歪ませ、失われたものを権力や金銭という別のもので取り返そうとする」とし、中国で宦官が政治を乱す状況を見た日本人はこの制度を日本に取り入れなかったと解説した。
 <ちと、単純過ぎる見方だが、立ち入らない。↓>
 また、科挙制度については、世襲制による既得権益を脅かすものとして学び入れられなかったとした。
 そして最後に「ともあれ、学びの王である日本は成績良好であり、教師を超えさえした。これらの優れた点は、中国が学ぶに値する」と結んだ。」
http://news.searchina.net/id/1617956?page=1

 やっぱ、ロッテは韓国の財閥だったと納得。↓

 「名前貸しで巨額給与の慣行、財閥オーナーは自ら正せ・・・」
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/09/03/2016090300390.html

 まるで劇画の世界だな。↓

 Once a Bucknell Professor, Now the Commander of an Ethiopian Rebel Army・・・
http://www.nytimes.com/2016/09/04/magazine/once-a-bucknell-professor-now-the-commander-of-an-ethiopian-rebel-army.html?rref=collection%2Fsectioncollection%2Fmagazine&action=click&contentCollection=magazine®ion=rank&module=package&version=highlights&contentPlacement=2&pgtype=sectionfront&_r=0
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太田述正コラム#8589(2016.9.4)
<スターリンの死とそれがもたらしたもの(その2)>

→非公開