太田述正コラム#8210(2016.2.11)
<イスラム過激派をどう見るか>(2016.5.28公開)

1 始めに

 本日のディスカッションで予告したところの、朝日掲載のエマニュエル・トッドへ(注1)(コラム#82、252、3129、7851)の表記に係るインタビュー記事
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12204205.html?rm=150
のさわりをご紹介し、私のコメントを付します。

 (注1)1951年〜。「フランスの人口学・歴史学・家族人類学者・・・。人口統計による定量化と家族構造に基づく斬新な分析で知られる。現在、フランス国立人口学研究所 (INED) に所属する。・・・
 ユダヤ系であるが、家族が第二次世界大戦中にカトリックに改宗したため、ユダヤ人としての教育は受けていない。 パリ政治学院を卒業後、父の友人であるエマニュエル・ル・ロワ・ラデュリの勧めでケンブリッジ大学に入学した。
 家族制度研究の第一人者であるピーター・ラスレットの指導の下、1976年に『工業化以前のヨーロッパの七つの農民共同体』と題する博士論文を提出し、博士号を取得した。当時ラスレットは、アングロサクソンが工業化以前から核家族であったことを発見していた。続いて核家族が世界に普遍的な家族構造であることを示そうとしていたが、博士論文において家族構造の多様性を見出していたトッドはそれに反対し、ラスレットの下を去った。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%89

⇒トッドが、現在の世界に存在する8つの家族型、という考え方を提示していることを知りました。
 具体的には、絶対核家族(アングロサクソン型)、平等主義核家族(南欧・ラテンアメリカ型)、直系家族(北欧・ユダヤ・日本帝国型)、外婚制共同体家族(露・支那型)、内婚制共同体家族(イスラム世界型)、非対称共同体家族(南インド型)、アノミー的家族(東南アジア型)、アフリカ・システム(アフリカ型)(括弧内は太田の命名)、ですが、この類型はともかく、そこから発展した考え方であるところの、「トッドは当初、家族型の分布は偶然であり、何ら環境的要因はないとしていた。すなわち、ドイツと日本が似ているのは同じ直系家族だからだが、両民族が直系家族なのは偶然の一致だと見ていた。しかし後に、言語学者のローラン・サガールの指摘により、家族型の分布が、中心から革新が伝播して周辺に古形が残るという周圏分布をなすことを示した。これは言語地理学の重要な原則であり、日本では柳田國男の『蝸牛考』でよく知られている。ユーラシア内陸に外婚制および内婚制の父系共同体家族があり、その外側のドイツや日本に直系家族があり、さらにその外側のイングランド、フランス、東南アジアに核家族が存在する。これは、父系共同体家族が最も新しく、次に直系家族が新しく、核家族が最も古い残存形態であることを表している。」(上掲)が興味深いと思いました。
 いつか、私の文明論、とりわけ、その中の、狩猟採集社会における人間主義/女系主義の農業社会到来による毀損と日本のみにおけるその持続という考え方、とを対置させる形で、トッド・セザール説の総合的な検証・批判を行ってあげたい、という気持ちは生じたものの、果たして、それだけの労力を費やす意味がありますかどうか・・。(太田)

2 イスラム過激派をどう見るか

 「・・・「奇妙なことに、中東について新たな宗教戦争という見方がよく語られます。シーア派とスンニ派の戦争だという。だが、これは宗教戦争ではない。イスラム圏でも宗教的信仰は薄れつつあります。人々がその代わりになるものを探している中で起きているのです」

⇒改めて私見を繰り返せば、アッバース朝成立の頃から(シーア派、スンニ派等を問わず)「薄れつつあ」ったイスラム教信仰・・政治経済と不可分・・を、初期カリフの頃のそれに回帰させようとする宗教戦争です。(太田)

 「『イスラム国』(IS)もイスラムではありません。彼らはニヒリスト。あらゆる価値の否定、死の美化、破壊の意思……。宗教的な信仰が解体する中で起きているニヒリズムの現象です」・・・

⇒初期カリフの時代のイスラム教も、というより、初期カリフの時代のイスラム教こそ、真正なイスラム教である、というのはIsisの言う通りなのであり、Isisこそ、イスラム教どころか、ニヒリズムとは対蹠的であるところの、真正イスラム教を体現している存在なのです。(太田)

 「アラブ世界は国家を建設する力が強くない。人類学者としていうと、サウジアラビアやイラクなどの典型的な家族制度では、国家より縁戚関係の方が重みを持っています。

⇒「国家より縁戚関係の方が重みを持ってい」るのは、基本的に、日本、アングロサクソンの両文明以外の全て文明でしょう。
 国家、というか、支配者が、人間主義統治ないし人間主義的統治を行わない文明においては、国家/支配者と被支配者との間に信頼関係が成立しないので、縁戚関係ないし(宗教共同体やイデオロギー共同体等の)疑似縁戚関係「の方が重みを持」たざるをえない、ということです。(太田)

 イラクのフセイン政権はひどい独裁でしたが、同時に、そんな地域での国家建設の始まりでもあった。それを米ブッシュ政権は、国家秩序に敵対的な新自由主義的思想を掲げ、国家の解体は素晴らしいとばかりに戦争を始めて、破壊したのです」

⇒フセイン政権の破壊は、イスラム文明世界における、ナショナリズム(ナセルのエジプト、パーレビのイラン)やファシズム(シリアやイラクのバース党政権)といった欧州文明継受の動きが次々に失敗して行った一環に他ならないのであり、米国が対イラク戦争に乗り出さなかったとしても、早晩、避けられないことでした。(太田)

 「中東でこれほどまずいやり方はありません。今、われわれがISを通して目撃している問題は、国家の登場ではなく、国家の解体なのです」・・・

⇒違います。
 文字通り、イスラム国家(=IS!)の登場なのです。(太田)

 「つまるところ、中東で起きているのは、アラブ圏で国家を築いていく難しさと、米国などの新自由主義経済に起因する国家への敵対的な考え方の相互作用の結果ではないかと思います」・・・

⇒前段についてコメント済ですが、後段については、欧州文明にせよ、アングロサクソン文明にせよ、その両文明のキメラである米国文明にせよ、イスラム世界が継受する、或いは、イスラム世界に継受させる、ことは不可能に近い、という、私がかねてから抱いているところの一般論を申し上げておきましょう。(太田)

 「パリでテロを起こし、聖戦参加のために中東に旅立つ若者は、イスラム系だが生まれも育ちもフランスなど欧州。アルジェリア人の友人はいみじくもこう言いました。『なんでまた、欧米はこんな困った連中をわれわれのところに送り込んでくるのか』。あの若者たちは欧米人なのです」・・・ 

⇒とんでもない。
 アルカーイダ指導者であったビンラディンもIsis指導者であるバグダーディも、生粋のイスラム世界人ですよ。(太田)

 「・・・今後30年で地球に何が起きるか予測したければ、近代を切り開いてきた欧米や日本について考えなければ。本物の危機はそこにこそあります。歴史家、人類学者として、まず頭に浮かぶのは信仰システムの崩壊です」
 「<それは、>宗教的信仰だけではない。もっと広い意味で、イデオロギー、あるいは未来への夢も含みます。人々がみんなで信じていて、各人の存在にも意味を与える。そんな展望が社会になくなったのです」

⇒日本文明には、もともと、(教義を持つ)宗教もイデオロギーもありませんでした・・人間主義はそのどちらでもありません・・から、「信仰システムの崩壊」とは無縁です。(太田)

 「そのあげく先進国で支配的になったのは経済的合理性。利益率でものを考えるような世界です」

⇒それは、非アングロサクソン文明の「先進国」が部分的にアングロサクソン文明継受に「成功」したことを意味します。(太田)

 「<これは>信仰としては最後のものでしょう。それ自体すでに反共同体的な信仰ですが。経済は手段の合理性をもたらしても、何がよい生き方かを定義しません」・・・

⇒そんなことは当たり前です。
 (米国はさておき、)アングロサクソン文明諸国では、その人間主義的部分が「何がよい生き方かを定義し」ているからです。(太田)

 「<なお、>日本の文化には平等について両義的な部分があります。戦後、民主的な時代を経験し、だれもが中流と感じてきた一方、人類学者として見ると、もともと日本の家族制度には不平等と階層化を受け入れる面がある。民主的に働く要素もあれば、大きな不平等を受け入れる可能性もあります」・・・」

⇒そこまでトッドに求めるのは酷かもしれませんが、彼には、日本文明が主たる縄文と従たる弥生の両要素から成り立っていて、前者が顕在化した縄文モードの時代と後者が顕在化した弥生モードの時代を交互に繰り返してきたことが分かっていないのです。(太田)

3 終わりに

 せめて、日本文明を独自の文明と見る故ハンチントン並みの感受性を持たないと、世界を俯瞰した文明論的な説を唱えることなどできないのですが、トッド説はそうしていない以上、彼の説は、少なくとも東アジアの人々は眉に唾を付けて拝聴しなければなりますまい。
 案の定、フランス人である以上、土地勘があってしかるべきイスラム過激派に対する見解すら、(私見では、)完全に的外れになってしまった、というわけです。
なお、トッドや、同じくフランス人であるエレーヌ・カレール=ダンコース(1929年〜)が、ソ連崩壊を、1976年と1978年に、それぞれ、異なった理由をあげて、予言し、「的中」させた(上掲及び、↓)
https://en.wikipedia.org/wiki/H%C3%A9l%C3%A8ne_Carr%C3%A8re_d%27Encausse
ことを持ち上げる人がいますが、ずっと以前に、確か、ダンコースの予言を取り上げた際に、1917年のロシア革命の翌年の1918年時点で早くもソ連の崩壊の必然性を、しかも、より理論的に語っていたマックス・ヴェーバーに比べれば、ダンコースはオオカミ少女レベルだ、のような感じで、彼女をこき下ろしたことがあったのではないでしょうか。(注2)

 (注2)「マックス・ヴェーバーは近代産業社会において官僚制化の過程が浸透すれば、新たな隷従をうむと診断しており、これはマルクスとも共通していたとも指摘されているが、生産手段の国有化は労働者の状態を悪化させるし、資本主義には欠陥もあるが社会主義的な国家統制型の経済秩序よりもましであって、計画経済よりも交換経済の方がよいと、マルクス主義を批判し<、>1918年講演「社会主義」では、生産手段の社会化によって階級闘争が終止符を打つことは決してない、と批判した」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E6%89%B9%E5%88%A4
が、この講演の直前の「<1918年の4〜6月の間のある日、ヴ>ェーバーとシュンペーターは、ウィーン大学向かい側のカフェ・ラントマンで会った。・・・シュンペーターはロシア革命(1917)について満足の意を表明した。社会主義はもはや抽象的な情熱ではなく、現実世界で検証中だという。ウェーバーは興奮して、ロシアのような発展段階の共産主義は犯罪だ。前代未聞の悲惨さを導き、恐るべき破局に終わるだろうという。『そうかもしれません』と、シュンペーターは言った。『しかし、私たちの(社会科学的)理論には、良い実験室になるでしょう』『人間の死体が積みあがった実験室だ!』と、<ヴ>ェーバーは応えた。『解剖教室はどこも同じですよ』と、シュンペーターは短く返す。」
http://diamond.jp/articles/-/3648
というやりとりの中で、ヴェーバーは、(当時は、まだ、「ソビエト社会主義共和国連邦」ではなく、「ロシア社会主義連邦ソビエト共和国」だった
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%88%E9%80%A3%E9%82%A6
が、)ソ連の崩壊をはっきり予言している。

 この際、トッドは、さしずめ、オオカミ少年レベルだ、とこき下ろしておきましょう。