太田述正コラム#8174(2016.1.24)
<リトヴィネンコ・プーチン・ロシア>(2016.5.10公開)

1 始めに

 リトヴィネンコ暗殺事件に関する調査結果が英国で出て、プーチンの命令で実行された可能性が高い、とされたことを巡って、ワシントンポストはプーチン論を、ガーディアンはロシア論を展開したコラムを載せていて、興味深いので、それぞれのさわりをご紹介し、私のコメントを付すことにしました。

2 プーチン・ダメ工作員論

 「・・・プーチンの、世界舞台における欺罔的ふるまいは、実のところ、基本計画に則った抜け目なき悪漢というよりは、<工作員のくせに目立ちたがったという、>彼の無能な官僚としての歴史を、より反映したものだ。・・・
 今日のプーチンは、ロシアの諸世論に対する公然たる侮蔑、及び、彼のウクライナにおける冒険が掻き立てたところの、経済に損害を与える諸制裁並びに国際的不承認に対する無遠慮な無視、を示しているが、これらの諸特徴は酔っぱらった博徒にふさわしい。・・・
 ・・・ロシアのジャーナリスト達の間で流行っている理論は、プーチンが諸敵と諸裏切り者とを区別している、というものだ。
 諸敵は、・・・プーチンの頭の中では生存する権利を有する。
 <しかし、>諸裏切り者・・母国ロシアを見捨てた人々・・はその権利を有さない。
 ロシアは恐れられなければならない。
 それだけなのだ。・・・」
https://www.washingtonpost.com/news/worldviews/wp/2016/01/23/the-death-of-a-former-kgb-operative-is-a-reminder-of-vladimir-putins-past-life-as-a-spy/

⇒リトヴィネンコ暗殺は、プーチンの人間としての矮小さの象徴である、というこのコラムは、私見では、米国知識層の矮小さの反映以外の何物でもありません。(太田)

3 ロシア・ダメ国論

 「・・・ロシア・・・は、契約諸殺人が日常茶飯事化した世界なのだ。
 それらは、秘密諸ギャング達と結び付いているところの、国の保安機関によって、冷徹に(at arm’s length)実行されるが故に常に<有責性を>否定可能なのだ。
 KGBはソ連共産党の保安部門(wing)だった。
 <それに対し、>FSBはプーチンの個人的な保安部門だ。
 その仕事は、体制に挑戦する者達全員の評判を貶めることだが、殺すことさえもある。
 習主席が誹謗的であるみなすことを何か言えば、世界のどこにおろうと、自国民達を殺すことを認める、などということは中共はしない。
 これは、共産主義独裁の法ですらなく、皇帝(ツァー)の法だ。
 リトヴィネンコの死に対するロシア政府内の反応は無思慮な大喜びだった。
 裏切り者が当然の罰を受けた、という・・。・・・
 明確な法理上の諸原則及び熟慮されて施行された民主主義的法律を背景とした整った証拠に立脚したところの、独立した高級諸裁判所に訴えることができる、非偏頗な諸裁定、である、法の支配、は、自由だけでなく、繁栄と我々の文明の要石なのだ。
 英国が嘉されるべきは、それが法の支配が貫徹した社会であるところにある。
 ロシアは、その軍事力と豊富な諸資源にもかかわらず、そうではないから、ダメ(be damned)なのだ。
 ロシアや中共のような経済体制は、指令メカニズム(command-and-control mechanisms)を用いて一人当たりで中位の所得へと成長することはできる。

⇒中共も、現在は共産主義独裁ではなく、プーチンのロシア同様の皇帝的支配下にある、という認識ではなさそうなのに、どうして経済体制は同じだ、ということになるのでしょうね。
 ロシアは、プロト欧州文明化・・ロシアにプロト欧州文明時代はなかったので、プロト欧州文明回帰とは必ずしも言い難い・・しつつあるのに対し、中共は日本文明を継受中なので(そもそも指令経済志向ではなく、)全然違うのですがね。
 また、そもそも、法の支配よりも高度な人間主義の存在にこの筆者は全く気付いていません。(太田)

 しかし、一人当たりで高所得を達成するのは無限倍むつかしい。・・・
 ロシアは指令経済体制を用いてガズプロム(Gazprom)を創造することはできる。
 <しかし、>ロシアは、グーグル、アップル、BBC、シーメンスを、いや、アングロサクソン流のロック文化を創造することは決してできない。・・・

⇒シーメンスをあげて、トヨタをあげないのは、独創性がないと筆者が思っているからなのか、(一人当たりで高所得を達成している国であるにもかかわらず、)日本をそもそも評価していないのか、どちらかでしょうが、困ったものです。(太田)

 もっとも、我々だって自己満足に耽っているわけにはいかない。
 というのも、最近の英国の政治文化は法の支配において極めて弱体化しているからだ。
 リトヴィネンコ事件が調査されたのは、(ロシアを怒らせることで)国際的状況を複雑にすることを恐れたところの、英国政府がそれに反対したものの、<その言い分が>高等裁判所で敗れたからだ。
 しかも、<上掲の調査結果に対する、英国政府の>反応は、弱いなんてものではない。・・・
 <労働党党首の>コービンにとっては、法の支配はイデオロギー的概念なのであって、資本主義に隷属している代物であって、諸解放運動が、欧米帝国主義ないしはその代理人達に対する彼らの闘争において、それを信じないのは正当なのだ。

⇒諸解放運動や昔の名前で出ているコービンについては、彼らが法の支配に疑問を呈しているとすれば、人間主義者としての立場からは、一応評価できる、と申し上げておきましょう。(太田)

 我々及び他の法の支配下の諸社会を守ることが可能な軍事力を保持することは、主義として、間違いなのだ。
 トライデントなどというものは高価な玩具なのだ。・・・」
http://www.theguardian.com/commentisfree/2016/jan/24/litvinenko-murder-putin-russia

⇒英国の面前に、日本にとっての安全保障上の与国たる韓国とは比較にならないくらいの縦深性を付与しているところの、安全保障上の与国群たる欧州諸国が存することと、日本にとっての北朝鮮的な、核装備している危険な潜在敵国が存しないこと、等を勘案すれば、日本と違って、英国が核を有事即応体制に置く必要までは少なくともないでしょうね。(太田)

4 終わりに

 ロシアの対外行動をプーチン・ダメ人間論で説明しようとするなどというのは論外ですが、皇帝体制だの指令経済体制だのといった体制論で説明しようとするのも褒められたものではありません。
 文明論的な説明が求められるのです。
 ロシアの場合で言えば、タタールの軛論的な説明が必要だ、ということです。