太田述正コラム#8132(2016.1.3)
<矢部宏治『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を読む(その1)>(2016.4.19公開)

1 始めに

 このところ、めぼしい英米の新著に遭遇しないことから、引き続き、和書を取り上げたいと思います。
 今回は、MHさん提供の表記(集英社。2014年10月29日発行)です。
 なお、著者の矢部宏治は、「1960年、兵庫県生まれ、慶応大学文学部卒、(株)博報堂マーケティング部をへて、1987年より書籍情報社代表。著書に『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること--沖縄・米軍基地観光ガイド』(書籍情報社)、共著書に『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門』(創元社)。企画編集シリーズに『〈知の再発見〉双書(既刊165冊)」「J.Mロバーツ 世界の歴史・日本版(全1巻)」「〈戦後再発見〉双書(既刊3冊)」(いずれも創元社)」(奥付)、という人物です。

2 日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか

 「米軍機は、沖縄と言う同じ島のなかで、アメリカ人の家の上は危ないから飛ばないけれども、日本人の家の上は平気で低空飛行する。・・・
 簡単に言うと彼らは、アメリカ人の生命や安全についてはちゃんと考えているが、日本人の生命や安全についてはいっさい気にかけていないということです。・・・
 アメリカでは法律によって、米軍機がアメリカ人の住む家の上を低空飛行することは厳重に制限されているわけです。
 それを海外においても自国民には同じ基準で適用しているだけですから、アメリカ側から見れば沖縄で米軍住宅の上空を避けて飛ぶことはきわめて当然、あたりまえの話なのです。
 だから問題は、その「アメリカ人並みの基準」を日本国民に適用することを求めず、自国民への人権侵害をそのまま放置している日本政府にあるということになります。・・・
 強い国の言うことはなんでも聞く。
 相手が自国では絶対にできないようなことでも、原理原則なく受け入れる。
 その一方、自分たちが本来保護すべき国民の人権は守らない。
 そういう人間の態度を一番嫌うのが、実はアメリカ人という人たちなのです。
 だから心のなかではそうした日本側の態度を非常に軽蔑している。」(10〜13)

⇒珍しく、比較的まっとうかつ鋭い感覚を持っている、戦後日本人もいることを知り、ちょっぴり、にやけました。
 しかし、惜しむらくは、矢部、米国に敬意を表しちゃってます。
 「<米国政府は>アメリカ人の生命や安全についてはちゃんと考えている」だの「原理原則<を>受け入れる」だの「アメリカ・・・の基準<を自>国民に<平等に>適用する」だの「<自>国民の人権は守<る>」なんて正気かよ、と言いたくなりますよね。
 一番目に関しては、銃規制はしないわ、間歇的に戦争熱に浮かれるわときているし、二番目に関しては、国際法は自国に都合のよいものだけを受け入れ、しかも、受け入れたものについても自国に都合の良い解釈をし、国際司法裁判所の自国に不利な判決は無視するときているし、三番目と四番目に関しては、黒人(、いや、つい最近までは有色人種一般、)は蚊帳の外ときている、といった具合ですからねえ。
 もとい、さしあたりは、ハードルを、無理やり大幅に下げて、この本に付き合うことにしたいと思います。(太田)

 「官僚たちは、正当な選挙で選ばれた首相・鳩山ではない「別のなにか」に対して忠誠を誓っていたと、鳩山さんは語っています。・・・
 この鳩山さんの証言は翌年、彼が首相を退陣してからちょうど1年後の2011年5月に「確かな証拠(ハードプルーフ)」によって裏づけられることになりました。
 ウィキリークス<(注1)>という機密情報の暴露サイトが、この問題に関するアメリカ政府の公文書を公開したのです。

 (注1)ウィキリークス (WikiLeaks) は「匿名により政府、企業、宗教などに関する機密情報を公開するウェブサイトの一つ。創始者はジュリアン・アサンジ。投稿者の匿名性を維持し、機密情報から投稿者が特定されないようにする努力がなされている。2006年12月に準備が開始され、それから一年以内に120万を超える機密文書をデータベース化している。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B9

 その内容は、日本のトップクラスの防衛官僚や外務官僚たちが、アメリカ側の交渉担当者に対して、
 「(民主党政権の要求に対し)早期に柔軟さを見せるべきではない」(高見澤將林(たかみざわのぶしげ)<(注2)>・防衛省防衛政策局長/現内閣官房副長官補・安全保障担当)とか、
 「民主党の考え方は」馬鹿げたもので、[いずれ]学ぶことになるだろう」(齋木昭隆<(注3)>・外務省アジア大洋州局長/現外務事務次官)
などと批判していたという、まったく信じられないものでした。」(19)

 (注2)1955年9月〜。1978年東大法卒・防衛庁入庁。米国研修経験はあるが留学経験なし。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E8%A6%8B%E6%BE%A4%E5%B0%87%E6%9E%97
 (注3)1952年10月〜。1976年東大教養卒・外務省入省。タフト大フレッチャー法律外交大学院修士。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BD%8B%E6%9C%A8%E6%98%AD%E9%9A%86

⇒ここはなかなかいいですね。
 高見澤君は、事務次官になった西正典君(1954年3月〜)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%AD%A3%E5%85%B8
の同期で、直接、また、齋木君はお父さんの齋木千九郎氏・・よくあることですが、同じく外務官僚でした・・を存じ上げているところ、齋木君の方は、外務省キャリアの戦後コンセンサスに反する発想をするのは困難なのでしょうから罪一等を減じるとしても、高見澤君の方は嘆かわしい限りです。
 それにしても、自民党こそ売国奴である、という自明のことを、日本のキャリア官僚達の主だったところが自覚するようになるのは、一体いつの日なのでしょうか。(太田)

(続く)