太田述正コラム#8104(2015.12.20)
<楊海英『日本陸軍とモンゴル』を読む(その11)/私の現在の事情(続x68)>(2016.4.5公開)

 「<とはいえ、>モンゴル自治邦では、日本人が草原から撤退していく際に、徳王は「モンゴル人の美徳に反することをしないよう」と指示して<おり、前記のもの等を除き、>ほとんど衝突は起こらなかった。
 満州国でも中国人は各地で日本人の婦女子からなる難民団員に襲いかかったが、モンゴル人はむしろ日本人を庇い続けた。
 それと比較すると、日本に6年間も暮らし、陸士を出てからエリートコースを歩み続けたジョンジョールジャブ参謀長の「背反」は特に目立つ。
 彼は日本人女性を愛して結婚し、・・・日本名を名乗るほど、日本人として歩んでいた。
 その彼が終戦時になって、日本側に痛烈な一撃を加えたことは、後世でも議論を呼んでいる。・・・
 実は、・・・ジョンジョールジャブ少将が「背反」した時に激戦が交わされ、モンゴル軍側にも20数人の犠牲者が出ていたのである。
 (一説では16名(吾孫子・・・)。・・・
 <文化大革命中に>彼があの世に行ったあと、同胞たちは34万人が逮捕され、10万人前後が中国政府のジェノサイドの犠牲者となった。
 平均してひとつの家族からひとりが逮捕され、15人にひとりが殺害されたのだ。
 単純な比較だが、日本も満州国時代に凌陞<(前出)>ら4人を処刑するなど、モンゴル人の犠牲者を生んではいるが、それに対して中国政府の犠牲者となった数字はあまりに大きい。」(201、235、247)

⇒日本の陸士は日本人への将校教育を行っていたので、人間主義教育を行う必要も発想もなかったはずであり、また、対露/赤露抑止についても、当時の日本人、とりわけ陸軍関係者達の間では常識であったからこそ、それ自体についての教育はなされなかったと考えられるところ、ジョンジョールジャブは、日本の陸士を卒業していながら、ついに、人間主義的人間になることも、対赤露意識を身に着けることもないまま、日本を後にした、ということでしょう。
 そんな彼だったからこそ、ソ連侵攻時にしでかした叛乱が、全く無意味な死を日本人、モンゴル人双方にもたらしたのです。
 なお、楊が挙げるところの、日本によるモンゴル人殺害は合法かつ正当な行為であったのに対し、文革時の大量虐殺は、それが漢人に対するものであれ、モンゴル人に対するものであれ、狂気の産物であり、数云々以前に、そもそも、この二つは、対比されるべき筋合いのものではありますまい。(太田)

(完)
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            --私の現在の事情(続x68)--

1 始めに

 年末恒例のスタンフォード大「同期」会に行ってきたので、私が何を話題にしたかを中心に、その様子をご披露しましょう。
 早めに家を出ることができたので、新宿のヨドバシカメラに寄って、ウェブカメラ(マイク付き)を買ってから、歌舞伎町でのこの会に赴きました。

2 私が話題にしたこと

 自分にとって、極めて充実した興味深い1年だったとした上で、3つの話題を提供したのですが、そのうちの1つの話題について、次のような趣旨のことを述べました。

 今年は、ようやく私が、自分で、一応納得できる世界観を持てるに至った年だった。
 しかも、11月に入ってからの「進歩」が著しかった。
 その世界観とは、日本文明は最も高度、かつ普遍的な文明であって、中共はこの日本文明を、毛沢東の最晩年以来、意識的に全面的に継受しつつある、というものだ。
 その根底には、マルクスの目指した理想社会が、マルクス自身は全く気付いていなかったけれど、日本社会で既に基本的に実現されている、という事実がある。
 このことに、日本で最初に気付いたのは、恐らくは、東大の哲学の教師であった、マルクス主義者の廣松渉・・彼は京都学派の「近代の超克論」を肯定的に捉えたことで知られる・・だろう。
 習近平体制による、対日軍事攻勢と日本礼賛/日本行奨励という精神分裂症的対日政策は、中共の日本文明継受が最終段階に入りつつあることを示すものなのだ。
 中共は、このクリティカルな時期において、日本を米国から「独立」させた上で事実上の同盟関係に入ることで、米国等からの干渉に対して日本が防波堤になってくれることを期待している。

 (以下、話そうと思って端折った部分。)

 日本文明はいかなる意味において高度で普遍性があるのか?
 それを話し出すと時間がいくらあっても足りないので端折るとして、最近のスタンフォードビジネススクールのカリキュラムが、彼らはその自覚がないようだが、日本的経営一色になってしまっていることにびっくりした。
 最近、かつて、日本の対米挑戦を前向きに描写したところの、プレストウィッツが、21世紀は、米国の第二の世紀でも、中共の世紀でもなく、日本の世紀たりうる、という本を出したという。
 我々は、まさに、かかる驚天動地の光景を特等席で観覧しつつあるのだ。

3 その他

 10月来、様々なことで忙し過ぎたのでかなり疲れており、本日も寝不足だったため、私以外の出席者が話題にしたことを余り覚えていないのですが、私に関することで、太田コラム無料読者たる友人が、K.Kさんとのやりとりも、時々斜め読みしているようで、私のパソコン群の障害発生度の高さに呆れているとのことで、そもそもパソコンというものが私には全く分かっていないのではないか、と茶化されました。
 その彼、今朝配信したばかりのディスカッションもちゃんと読んでましたね。