太田述正コラム#8060(2015.11.28)
<西沢淳男『代官の日常生活』を読む(その3)>(2016.3.14)

 辞令交付に際しても、平士の役職の場合は月番の老中列座のなかで役職を申し渡すのであるが、布衣以上の場合は江戸城中奥御座之間<(注10)>において老中列座・若年寄侍座のなかで将軍自身が申し渡した。

 (注10)「表は将軍謁見や諸役人の執務場、中奥は将軍の生活空間であるが、政務もここで行っていた。大奥は将軍の夫人や女中が生活する空間である。大奥は表や中奥とは銅塀で遮られており、一本(後に二本)の廊下でのみ行き来ができた。・・・表と中奥は大奥と異なり構造的には断絶していないが、時計之間と黒書院奥の御錠口のみ出入ができた。しかし表の役人は中奥には御座之間への将軍お目見え以外は立ち入ることは出来ず、奥向の役人とは時計之間で会話を交わしていた。・・・
 御座之間・・・は上段・下段・二之間・三之間・大溜で構成され<ていた。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E5%9F%8E

 さらに布衣の役人の特典として致仕(引退)のちは寄合と称され、倅は家格・家筋にかかわらず・・・両番(小姓組番・書院番)という幹部候補のスタートラインの番士に就くことができた。
 また、家禄が100俵以下の場合は100俵高に加増されるなど、さまざまな特別待遇をうけることができた。
 諸大夫とはいかないまでも旗本たる者、目標・栄誉とするのは布衣を許されることである。
 代官にとっても同様で、例外的に代官のままで布衣を許されることもあるが、一般的に布衣場へ出るか、郡代<(注11)>に昇任することによって許された。

 (注11)「江戸時代中期以降は、関東・美濃・西国・飛騨の4郡代となった。郡代は、身分・格式が代官よりも上であるが、職務内容については代官とほぼ同じであった。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%A1%E4%BB%A3

 郡代とは代官と職務内容はまったく同じであるが、より広い地域を管轄する。
 就任者は布衣を許される。」(40〜43)

⇒この先から、西沢は、現在の日本の国家公務員制度と比較した叙述を繰り返すところ、それを先取りして申し上げれば、布衣は、現在で言えば、さしずめ、官房審議官以上の指定職、といったところでしょうか。
 官房審議官は、現在の将軍に相当する首相へのお目見えの機会こそありませんが、事務次官の代理の官房長の代理として、老中首座格であるところの、内閣官房長官が主宰する事務次官会議に出席することがあり、私も何度か出席しました。(太田)

 「旗本が幕府官僚として就職することを「御番入(ごばんいり)」というが、そのスタートラインは各家の由緒や家禄、先祖の職歴や父親の現職などにより、おおむね次の三つに固定化された。
 これは、現在の国家公務員採用試験区分に類似したものといえる。
 代官は、Cの小住人筋と同格である。

 A 両番筋(家禄の目安300俵以上)
 B 大番筋(家禄の目安200俵以上)
 C 小十人筋(家禄の目安150票以上)

 ・・・江戸の官僚社会と霞が関を比較してみれば、つぎのような図式となる。
 霞が関の役人身分差別は江戸時代からなんら変わっていないのである。

 キャリア事務官(法律)≧キャリア事務官(行政・経済)>キャリア技官>ノンキャリア =  両番筋>大番筋>小十人筋>御家人

⇒優秀度においてあい拮抗しているにもかかわらず、キャリア事務官>キャリア技官、であること(注12)は、西沢の指摘通りであり、国立大学が文系優位の世界であること(注13)、がそれを象徴しています。

 (注12)「法文系官僚は技官に比べて十八倍も昇進するチャンスがある」
http://www.asyura2.com/0505/dispute21/msg/567.html
 どうして、そのような扱いにしているのか、については、機会があれば、追求してみたい。
 (注13)「学士会は、・・・旧帝国大学系大学の出身者等を主な会員とする、大学の枠を超えた一種の同窓会組織である。」ところ、その歴代理事長10名中、文系が実に8名を占めている。(そのうち、6名が法学部出身者。ちなみに、10名全員が東大卒。)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E5%A3%AB%E4%BC%9A

 しかし、キャリア事務官(法律)≧キャリア事務官(行政・経済)、というのは違うのではないでしょうか。
 法・行政・経済は完全に平等に扱われているのだけれど、国立大学文系中の最優秀者が法学部に集まっていて、その上澄みである彼らの入省後の勤務成績も文系の同期中相対的に優秀であることの結果として、「≧」であるように見える、というだけのことです。
 なお、「行政」受験者には法学部出身者も多いことを忘れてはなりません。(太田)
 
(続く)