太田述正コラム#7970(2015.10.14)
<キリスト教の天使と悪魔(その6)>(2016.1.29公開)

 (3)ケルビム

 ヘブライの神殿の諸聖中の聖たる緊迫の厳かなる諸人型(figures)であるケルビムが(ラファエロ(Raphael)の(諸グリーティングカードに描かれているところの、有名な、)システィーナの聖母(Sistine Madonna)<(注33)>の中の番のような)丸ぼちゃのよちよち歩きの子供達になったのだろうか。・・・

 (注33)「あるいは『サン・シストの聖母』は、盛期ルネサンスの巨匠ラファエロ・サンティ<[(Raffaello Santi。1483〜1520年)]>が、その晩年1513年から1514年頃に描いた絵画。祭壇画の一翼として描かれ、ラファエロが描いた最後の聖母マリアであり、ラファエロが自身だけで完成させた最後の絵画でもある。・・・聖シクストゥスと聖バルバラを両脇にして、聖母マリアが幼児キリストを抱きかかえている。マリアは曖昧に描かれた何十もの天使を背景に雲の上に立ち、画面下部には両翼を持つ、頬杖をついた特徴的な天使が描かれている。・・・<この絵は、>「世界で最高の絵画」「神」そのものであると賞賛されている。・・・マリアの足下に描かれている翼を持った二人の天使は、この絵画自体の評価とは無関係に非常に有名なイメージになっている。」現在、ドレスデンのアルテ・マイスター絵画館が所蔵。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%81%AE%E8%81%96%E6%AF%8D
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A8%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3 ([]内)

 ユダヤ人の信条のプラトン主義的解釈者たる、アレクサンドリアのフィロン(Philo of Alexandria)<(注34)>にとっては、この天使達は、(そこから人類が追放されたところの、)楽園(Paradise)の諸門を守っていたのと同じケルビムなのだった。

 (注34)BC20/30?〜AS40/45?年。「ローマ帝国ユリウス・クラウディウス朝時期にアレクサンドリアで活躍したユダヤ人哲学者。豊かなギリシア哲学の知識をユダヤ教思想の解釈に初めて適用した。ギリシア哲学を援用したフィロンの業績はユダヤ人には受け入れられず、むしろ初期キリスト教徒に受け入れられ、キリスト教思想のルーツの1つとなった。・・・
 フィロンは旧約聖書を注解するのに比喩的解釈を多用した。また、ギリシア思想に由来するロゴスやイデア論の概念をユダヤ教思想の理解に初めて取り込んだ。フィロンはプラトンの著作とくに『ティマイオス』に影響を受け、旧約聖書とプラトン哲学が調和的であると考えた。フィロンはプラトンを「ギリシアのモーセ」と呼んで、プラトンの思想にモーセが影響を与えたと考えた。
 ロゴスが神の言葉である、という思想は、後にキリスト教において、イエスが天地の創造に先立って存在したという「先在のイエス」の思想と結びつき、イエスがロゴスであるという思想にいたった。・・・
 創世記<の>・・・アダムとエバの物語の最終部分の・・・注釈・・・<である>「ケルビムについて」<という、ギリシャ語の>著作<も>残している」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AD%E3%83%B3

 ヴァレリー・リースは、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》(Raiders of the Lost Ark)』<(注35)>の中で仮定されているような、エルサレム神殿(Temple)内における神の強力な現存(presence)についての電磁気的な形での(in electro-magnetic terms)民間伝承的解釈に言及するのを怠ることはない。

 (注35)言わずと知れた、「1981年の<米>映画。アドベンチャー映画。『インディ・ジョーンズ シリーズ』の第1作」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B9/%E5%A4%B1%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%80%8A%E8%81%96%E6%AB%83%E3%80%8B

 もっとも、彼女が、聖櫃について、「雷箱(thunder-box)」と言及するのは、悪気はないのだろうが、『武器を取った男達(Men at Arms)』<(注36)>に登場するアプソープ(Apthorpe)のことについて無知なためであるに違いない。

 (注36)イギリスの小説家のイヴリン・ウォー(Evelyn Waugh)による、自身の第二次世界大戦観を描いたところの、『名誉の刀(Sword of Honour)』シリーズの第1作。アプソープは、その3人の主要登場人物達の1人であり、「雷箱」は作中に登場する携帯トイレ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Men_at_Arms_(Waugh_novel)
 オックスフォード大卒、学校教師を経て作家という経歴のウォー(1903〜64年)(カトリックに改宗)が、自身の第二次大戦従軍歴を踏まえて『名誉の刀』シリーズを書いたのは、1952〜61年の間。
https://en.wikipedia.org/wiki/Evelyn_Waugh

 語源上、ケルビムの諸起源は明らかにヘブライ語には見いだせないため、大英博物館の諸彫刻で見ることができるように、全員が諸翼と4本の蹄(hoof)のある諸脚を持っているところの、天使達がバビロニア人の発明であると見る者達に拍車を掛けている。
 しかし、アブラハム(Abraham)はカルデア(Chaldees)<(注37)>のウル(Ur)<(注38)>出身ではある<[とされている]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%83%A0
>けれど、我々に聖書への良い入口(introduction)を与えてくれているところの、<彼に係る>ヘブライ神話は、バビロニアの諸物語(tales)とは極めて異なった趣(flavour)を持っている、という考えを抱かざるをえない。

 (注37)Chaldeaのミスプリか。「カルデア・・・はメソポタミア南東部に広がる沼沢地域の歴史的呼称である。紀元前10世紀以降にこの地に移り住んだセム系遊牧民の諸部族はカルデア人と呼ばれるようになった。カルデア人は紀元前7世紀に新バビロニア王国を建国した。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A2
 (注38)「ウル<は、>・・・古代メソポタミアにあったシュメール人の都市及び都市国家、またはその遺跡。元来はチグリス川とユーフラテス川のペルシア湾への河口近くに位置していた。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%AB

 アンドレイ・ルブリョフ(Andrei Rublev)<(注39)>が彼のイコンの「アブラハムによる歓待(The Hospitality of Abraham)』の中で三位一体の神を表現する芸術的奇跡を、もしも訪問者達が四つ脚のライオン達であったとすれば、制作できた、と想像するのは不可能だ。

 (注39)1360?〜1430年。「ロシアの修道士、・・・聖像画家(イコン画家)・・・。正教会では聖人・・・彼の作品のうち、もっとも重要なものは、創世記17章に材を取った『至聖三者』(聖三位一体)のイコンである・・・。アブラハムの許を3人の天使が訪れたという旧約の記述<に基づいたもの。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%A7%E3%83%95
 「至聖三者(三位一体の神)そのものは描けないが、至聖三者を象徴する三天使を描いたイコンであるとされる」[モスクワの]トレチャコフ美術館所蔵。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%B3%E8%81%96%E4%B8%89%E8%80%85_(%E3%83%AB%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%A7%E3%83%95%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%B3)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%B3%E3%83%95%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8 ([]内)

⇒まだ、訪れたことのない、ドレスデンとモスクワを含む、旧ソ連圏の旅にいつか行かざるべからず、という思いが掻き立てられました。(太田)

(続く)