太田述正コラム#7898(2015.9.8)
<米国人の黙示録的思考(その9)>(2015.12.24公開)

 (6)総括

 「・・・サットンの本は、米国の福音主義が明確に米国文化に根差していて、その文化と愛憎関係にあったこと、を証明している。
 福音主義者達は、自分達自身を多数派であって、文化的に影響を与えている側である、と見ている時は、自分達自身と世界について楽観視しがちだ。
 しかし、彼らが自分達自身を少数派であって、文化が異なった方向に動いていると見ている時は、彼らは悲観主義と敗北主義に向かいがちであり、聖なる審判が切迫しているという見方をする。
 恐らく、歴史の教訓は、両極端はどちらも非生産的である、ということになるのではなかろうか。・・・」(H)

 「・・・しかし、もしもあなたが、福音主義的諸固執に、自助(self-reliance)の特権・・ラルフ・ワルド・エマーソン(Ralph Waldo Emerson)<(コラム#3683、4034、4040、4161、4334、4412、4334、4860、5043)>やその他の米国の賢人達が甚だしく賛美(laud)した代物(quality)・・を付け加えるならば、バラク・オバマ大統領の医療費負担適正化法(Affordable Care Act)<(注30)>に対する敵意に満ちた反対や福祉国家についてのいかなる示唆に対しても起きる癇癪(spleen)、を理解するのは容易であることを見出すだろう。
 エマーソンは、「汝自身を信じよ、この鉄の琴線にあらゆる心は打ち震える」、と書いている。

 (注30)「Patient Protection and Affordable Care Act(患者保護並びに医療費負担適正化法、PPACA)」の通称。米国で試みられている国民皆医療保険制の取り組みであり、「2010年3月に大統領が署名して成立<し、>・・・2014年以降・・・完全実施<されつつある。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BB%E7%99%82%E4%BF%9D%E9%99%BA%E5%88%B6%E5%BA%A6%E6%94%B9%E9%9D%A9_(%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB)

 米国政治における社会的ダーウィン主義の定期的噴出は外国人達にとって理解が困難だ。
 というのも、貧困線未満で生きている、というよりも存在しているだけであるところの、何百万人もの米国人達が自分達を自分達自身で面倒を見るという至福を享受できないことは、一見明白だからだ。
 そのエマーソンは、更に、『自助(Self-Reliance)』の中で、「ある善男が今日私に伝えたように、私に対して、全ての貧しい男達を良い諸境遇に引き上げる義務があるなどと伝えないで欲しい。彼らは私の貧者達だと言うのか? 私は汝らに伝える。馬鹿な汝ら博愛主義者達よ、私は、私に属する訳でも私が属している訳でもないこんな連中のためになど、1ドル、1ダイム(dime)<(注31)>、いや、1セントですら与えることを惜しむ」、と記している。・・・」(D)

 (注31)「1<米>ドルの10分の1と同等の価値を持つ・・・<米>国の10セント硬貨。・・・表側には・・・フランクリン・<ロ>ーズベルトの肖像が描かれ<ている。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/10%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E7%A1%AC%E8%B2%A8_(%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD)

⇒米国の共和党支持層の福祉国家化、就中国民皆保険制への敵意の拠ってきたるところの説明として、秀逸だと思います。(太田)

 (7)サットン批判

 「・・・しかし、サットン氏が見逃しているより大きな文脈がある。
 <彼は、19世紀以来の米国の福音主義を目の敵にしているけれど、>米国の公衆は、その諸観念において、決して首尾一貫的ではないのだ。
 道楽でキリスト教の終末期の諸議論に関わったロナルド・レーガンも、占星術好きでもあった。
 奇妙な諸信条の変わった一連のもの(constellation)に入れ込む(affirm)米国人達にとっては、イエスの帰還は、いかに啓示的であろうと、単に、この(mix)うちの一部に過ぎない。
 そもそも、聖なる諸レンズ越しに歴史を読む習慣は、キリスト教自身と同じ位古い。
 「丘の上の都市(City on a Hill)」<(注32)(コラム#1767、3656、5620)>を樹立するために、清教徒達が旧世界を逃れたのは、彼らが、まさに、イギリスの不信心(unfaithfulness)に対する聖なる応報(retribution)を恐れた<、という単純な理由からに他ならない>からだ。

 (注32)City upon a Hill。マタイ福音書5:14の山上の垂訓(Sermon on the Mount)中で、イエスが「汝らは世界の光なり。丘の上にある都市は隠すことはできぬ」と述べたことに由来する文句。マサチューセッツ植民地に向かう船中で清教徒の指導者のジョン・ウィンスロップ(John Winthrop)が、説教を行った際、自分達の新しいコミュニティは世界中から「丘の上の都市のように」仰ぎ見られることになろう、という形で用い、爾来、この文句は、米国の例外主義を象徴するものとして、米国の政治家達の間で人口に膾炙することとなった。
https://en.wikipedia.org/wiki/City_upon_a_Hill

 かかる展望(outlook)は、その150年後の米国人の生活の一要素であり続けた。
 例えば、議員達は、断食を行う、国の休日の制定を何度も呼びかけた。
 <独立戦争中の>1779年の大陸会議では、「全能の神は、…我々が経験しており、経験させられるのが自業自得であるところの、差し迫っている(impending)諸惨禍(calamities)を、我々が回避することに満足されることだろう」、という言葉遣いがそうだ。
 福音主義者達のイエスの帰還についての彼らの諸信条が奇妙だとしても、彼らは、その話題に<何度も>誠実に立ち戻って来ざるを得なかったのだ。・・・」(C)

⇒この批判は、(一部の出来悪の北部人を除き、)北部人に比しての南部人のキリスト教のいかがわしさを強調している趣のあるサットンに対する、鋭い批判だと思います。
 私に言わせれば、神がかり的に思い込みが激しく、打算的でもあった北部人が、打算的であるだけであった南部人を「感化」した結果、南部人は、(打算的である点は維持しつつ、)迷信に囚われる存在へと変わって現在に至っている、ということではないでしょうか。
 サットンが持ち出したところの、エマーソンだって、北部の牙城、ボストン生まれの、ボストンのハーヴァード大神学校卒、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3
ですからね。(太田)

(続く)