太田述正コラム#7858(2015.8.19)
<資本主義とポスト資本主義(続々)>(2015.12.4公開)

1 始めに

 ポール・メイソンの『ポスト資本主義』の新しい書評が、今度はガーディアンに出た
http://www.theguardian.com/books/2015/aug/15/post-capitalism-by-paul-mason-review-worthy-successor-to-marx
(8月18日アクセス)ので、そのさわりをご紹介し、私のコメントを付すことにしました。

2 資本主義とポスト資本主義(改めて)

 「・・・ポール・メイソンは、インターネットが、もう一つの、古趣豊かで素晴らしい観念・・社会主義・・を実現可能な範囲(scope)へと引き寄せつつある(bringing)、と主張する。
社会主義と言っても、20世紀後半に出現した、不平等性を緩和し労働者達の諸権利を擁護する(champion)ところの、大人しい社会民主主義のことではない。
 それは、このところ、コービン(Coirbyn)<(注1)(コラム#7843、7845)>やスィリザ(Syriza)<(注2)>と結び付けられているところの、より怒りっぽい(spiky)ヴァージョンのことでさえない。

 (注1)1949年〜。1983年から英労働党下院議員。大学には行っていない。労働組合運動あがり。
https://en.wikipedia.org/wiki/Jeremy_Corbyn
 (注2)2004年に結成されたギリシャの政党の「急進左派連合」。現党首はアレクシス・チプラス(ツィプラス)首相。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A5%E9%80%B2%E5%B7%A6%E6%B4%BE%E9%80%A3%E5%90%88
 チプラスは、「10代半ばでギリシャ共産党の青年団に入党。17歳のとき、教育制度改革に反対する活動に参加、数か月にわたり仲間とともに高校を占拠した。・・・国立アテネ工科大学・・・と大学院で土木工学や都市計画を学んだ。・・・同棲相手の女性ペリステラ・バヅィアナとの間に二人の子供が誕生している。革命家のチェ・ゲバラを崇敬しており、次男のミドル・ネームにはゲバラの本名からエルネストと名付けている。 またツィプラスは無神論者でもあり、首相就任宣誓式の時にも従来のようなギリシャ正教式の宣誓は行わなかった。また、公の場でも普段からネクタイを締めていない。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%84%E3%82%A3%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B9

 それは、本物の、19世紀初の空想社会主義者達、及び、その究極的後継者達であるところの、マルクス、ルクセンブルク、レーニン、に戻ることなのだ。
 すなわち、資本主義、市場、及び、私的所有権の観念そのものに対する完全な挑戦としての社会主義だ。・・・
 <但し、>彼のマルクスは、『資本論』の著者というよりは、あまり知られていない、『諸機械の破片(The Fragment on Machines)』<(注3)>と呼ばれた論文の著書の方だ。

 (注3)「マルクスが1857年から1858年にかけて執筆した、経済学批判にかんする一連の未完の草稿」で後に『経済学批判要綱(Grundrisse der Kritik der politischen Okonomie)』と呼ばれることとなったものの一節。
http://eipcp.net/transversal/1106/raunig/en
 なお、『経済学批判要綱』は、「マルクスが本格的にまとめた経済学研究の最初の成果であり、『経済学批判』を経て主著『資本論』へと至る彼の経済学研究の中心部分の構想を展開した最初の原稿と見なされる。他方で、『経済学批判』や『資本論』には反映されなかった議論もあり、この草稿の独自の価値も存在する。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6%E6%89%B9%E5%88%A4%E8%A6%81%E7%B6%B1

 それは、情報の過多(overload)が、労働者達の間に知識をまき散らすことによって、究極的に資本主義を破壊することになるだろう、と主張した。・・・
 ディジタル時代において、出現しつつあるその性格は、既存のいかなる社会主義的青写真にも適合的であるはずがないが、初期における代替的未来の諸瞥見の<内容の>薄気味悪い木霊群(echoes)の様相を帯びている。
 レーニンやルクセンブルク<のような、>・・・独占資本主義の批判者達は、<資本主義>体制が生き延びることができる唯一の方法は、征服すべき諸新市場を絶え間なく見つけ続けることだ、と主張するのが通例だった。
 20世紀初においては、それは、帝国主義的征服諸戦争を意味した。
 21世紀初においては、それは、「普通の人間の生活の大量商業化」・・市場メカニズムを、語られることのない我々の諸希望や諸欲望という私的世界に持ち込むこと・・を意味する、ということをメイソンは示唆している。
 フェイスブックの広告モデルがそうでないとしたら、一体何だと言うのか。
 知識経済が価格メカニズムに及ぼす圧力は売るべき新しい諸物の容赦なき探索へと<人々を>駆り立てる。
 メイソンに言わせれば、資本主義は、その主たる諸資源を殆んどコストがかからずして確保できるようになり、かつ、<その諸資源の>貯蔵<可能>期間が殆んど無限になれば、生き延びることはできないのだ。

⇒ディジタル化された情報のことを指しているのでしょうね。(太田)

 豊富な情報は、今や、私的財産に立脚した経済モデル<であるところの、資本主義>が持ちこたえるためには、貴重過ぎると同時に、安価過ぎるのだ。
 (無限であるところの)知識と(限界がある)所有権(ownership)との間の緊張関係は、<もともと>資本主義の<抱えている>根本的矛盾<なのだが、この矛盾>が<ディジタル時代になって>顕在化したのだ、といえよう。
 初期の思想家達は、<既に、>この矛盾を様々な異なった諸視角から展望していたのだが、ついに、ディジタル革命がそれを露呈させた、というわけだ。・・・
 メイソンは、<この矛盾を解消するために、>自由な交換のより協力的な諸仕組み(schemes)・・「捕食的経済、の、シェア(sharing)」経済による置き換え・・、及び、より集団的な所有権、<が実現すること>を欲している。

⇒その両方とも、既に江戸時代のプロト日本型政治経済体制は実現していたわけです。(太田)

 彼は<、また>、国が私的金融をより飼い馴らすためにより多くのことを行うとともに、諸個人も私的金融を迂回するためにより多くのことを行うこと、を欲している。・・・
⇒徳川幕府が、大名貸が目に余ったため(と考えられているが)、1705年に大阪の豪商の淀屋の財産没収(闕所)処分にしたことや、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%80%E5%B1%8B
幕府や諸藩が家臣たる武士達の札差からの債務の免除/利子削減/長期年賦化を18世紀末から累次行ったこと(棄捐令)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%84%E6%8D%90%E4%BB%A4
を思い出します。(太田)

 <しかし、>メイソンは、資本主義に対する<これまでの>多くの敵対者達同様、この体制が最終的に変化するためにはそれがこれ以上悪くなる必要がある<として放置すべき>か、それとも、この体制がこれ以上悪くならないように<、我々は積極的にこの体制を>変化させるべきなのか、を決めかねているように見える。・・・」

⇒イギリス人識者達には、正しくも、ドイツ化(プロト欧州文明化)することは眼中にないようですが、一刻も早く、日本型政治経済体制(やプロト日本型政治経済体制)の超先進性・普遍性に気付いて欲しいものです。
 (米国人識者達が気付くことはまずないでしょうが、イギリス人識者達には気付く可能性が大いにあると思っています。)
 気付きさえすれば、着々と日本型政治経済体制化に向けて、但し、英米(固い組織<市場)とは正反対(固い組織>市場)の位置から、体制変革を遂げてきた中共を「発見」することでしょうし、それを参考にして、日本型政治経済体制化の工程表を作成し、「積極的に・・・体制を・・・変化」させて行く展望が開けてきます。(太田)