太田述正コラム#7750(2015.6.26)
<内藤湖南の『支那論』を読む(その26)>(2015.10.11公開)

 「日本の力が支那に加わって、その革新を促すにしても、あるいは支那が自発的に革新するとしても、一番の捷径はやはり軍事上から統一されることである。・・・
 長髪族の騒乱の時に・・・曾国藩が顕わした著しいことは、すなわち支那のごとき兵備の頽廃した国でも、郷団組織を基礎としたものは真に力ある軍隊となすことが出来るということと、支那のごとく官場臭味の浸み込んだ国家でも、郷団もしくは家族師弟の関係によって組み立てられたものは、創造的の政治を行うことが出来るということであった。・・・」(296〜297)

⇒一族郎党命主義を基礎とした軍隊であれ政治であれ、そんなもので、近代的な国家の軍隊や政治が務まるわけがありません。
 内藤は、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの決定的な違いが分かっていなかったのでしょう。(太田)

 「今日でも内政外交ともに、曾国藩のごとき李鴻章のごとき精神の人があれば、支那の政治を今よりはよく導くことが出来るはずである。そして西洋の翻訳政治ばかりで支那を改革しようとか、列国の関係を巧みに操って、実力もないのに権利の回収をしようというような不真面目な政治はやらないはずである。しかし今日の実情は支那人にもそういう人物が乏しいのとともに、外国の方も米国式の自分だけよければ他の都合はかまわないという遣り方で支那に臨んでおることから、支那人が真に政治上に自覚する機会を作る途がない。これが今日のごとき前程の判らないような混乱を生ずる所以である。けれども支那に政治軍事において、自発的に革新すべき素質が全く無いとはいわれない・・・。」(300)

⇒支那におけるエリートの劣化の原因についての私見は既に披露したところ、エリートの劣化に言及した部分を含め、このくだりについては、私は、基本的に内藤に同意です。
 但し、米国には功利主義的な自己中的側面だけでなく、人種主義に由来する非合理的側面もあることに、恐らく内藤は気付いていません。(太田)

 「<支那は、>所謂南船北馬で、都合のよい交通機関を持っておって、蒸気、電気のない時代にはそれ以上の望むべからざるほどの発達をしておった。日本では江戸と京阪とを馬の背によって、種々な運搬をしていたような原始的なものではなかった。この交通すなわち貨物の運搬に要する費用も、甚だ廉価に出来るようになっておる。この種々な事情が支那の社会において、商人の利益の壟断ということを促した。消費者と生産者の間にたって、商人が活動する余地は、今日機械工業等の進歩並びに新しい金融機関によって、生産者と消費者の間を非常に接近せしめ、その間に多くの利益を壟断する余地なきように組織せられた文明国の経済組織とは大変な相違がある。これが支那で国内においても所謂漢口の「七十二幇<(注39)>」のごとき問屋組織が成立し、広東貿易の最初において種々なる「洋行」<(注40)>が起った所以であって、支那の商売は外国に対して買弁組織に出来ておるのみならず、本国においても全く買弁組織すなわち問屋が多大の利益を占める組織になっておる。」(302)

 (注39)「幇(ぱん)とは<支那>で、経済的活動を中心とする互助的な団体。省外や海外などの異郷にあって同業・同郷・同族によって組織される。また秘密結社を指す場合もある。宋代に始まり、厳格な規約のもとに強い団結力と排他的性格をもつ。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%87
 (注40)「<支那>で,外国人経営の商社。」
https://kotobank.jp/word/%E6%B4%8B%E8%A1%8C-652924

⇒ここは、私は、批評するだけの材料を持ち合わせていませんが、もっともらしいと感じました。(太田)

 「支那の人民が日本人との接触に依る経済組織の変更から…もちろんこれは三年五年の問題ではなく数十年の将来の問題ではあるが…その富力潜勢力を増加した結果、これが何らかの成果を政治その他に及ぼさずにやむとは考えられない。その結果に対して生じて来るところの新しい社会組織、新しい国家組織というものを、今日ユウトピアのごとき想像を逞しくすることは格別の必要もあるまいが、ともかく前に政治軍事の上において、支那が自発的に改革をなし得る素質があることを述べたことであるから、経済組織の変化から来た影響は、支那の国家社会全体に至ることは少し遠い前程であるけれども、今日より予言し得るところのものである。」(303)

⇒既に指摘したように、シナリオこそ違え、目標としては、内藤が思い描いたところのものに近似した目標・・日本化・・を、現在の中共当局は抱懐するに至っているわけです。(太田)

 「現に今日の支那の経済殊に商人階級以外の一般の支那人にとって、最も害毒を流しておるのは、もちろん督軍<(注41)>政治であって、・・・多くは貯えた富を外国の銀行に預け、もしくは外国居留地にある仕事に資本を卸したりすることになっておるので、督軍のために吸い取られたところの支那人の富は、全くその土地に戻るべき機会もなくなって、支那の疲弊を促すべき原因をなしつつある。・・・

 (注41)「中国,民国初期の省軍政長官。 1916年7月から 25年にかけて設置された。1省の軍務を督理する軍事長官であり,大総統および陸軍部の命令下に,配下軍隊を指揮する権限を有していたが,なかには民政長官 (省長) を兼任する者もいた。 」
https://kotobank.jp/word/%E7%9D%A3%E8%BB%8D-104715

 もし支那人にして真に経済的に覚醒するならば、かくのごとき富を限りなく外に漏出する弊害を防止するに務むべきことが第一であって、日貨排斥などによって旧来の利益壟断をしていた支那の商人階級に援助するような結果になることは、大いに戒めねばならぬところのものである。」(304〜305)

⇒まさに、現在の中共当局も、中共の政府/党官僚達による腐敗と腐敗によって集積した富の外国への(本人共々の)逃避を防止、処断すべく腐心しているところであり、支那人の阿Q性の克服が、いかに困難な課題であるか、分かろうというものです。(太田)

(続く)