太田述正コラム#7718(2015.6.10)
<文明の衝突と欧米人(その2)>(2015.9.25公開)

3 ユーラシアで進行する露欧中の戦略地政学--突き崩されたヨーロッパモデルの優位

 この論考の原題は、Europe's Shattered Dream of Order--How Putin Is Disrupting the Atlantic Allince です。
 筆者は、ルーマニア自由戦略センター所長のアイバン・クラステフ(Ivan Krastev)とヨーロッパ外交評議会理事のマーク・レナード(Mark Leonard)です。

「・・・ワシントンは、ヨーロッパ諸国が隣の<ロシアという>「番長」をなだめようとアメリカとの同盟に背を向け、軍事力を削減し、政治的決意も失いつつあることへの懸念を深めている。特にワシントンは、ロシアのクリミア侵攻後にドイツとイギリスを含む多くのヨーロッパ諸国が国防予算を削減したことに大きな衝撃を受けた。
 2014年<の>・・・世論調査・・・で「自国のために進んで戦う」と答えた人はフランスで29%、イギリスで27%、ドイツでは18%でしかなかった(イタリアでは68%が戦うことを断固拒否すると答えている)。」(9)

⇒これは、米国と欧州NATO諸国のみならず、米国と2国間安保条約を結んでいるあらゆる国が、多かれ少なかれ、米国の軍事力にただ乗りをしてきた、という戦後史を通じての構造的問題であり、米国が真に、このことに不安と憤りを覚えているのであれば、米国の地上兵力を、例えば、20〜30万人にまで劇的に削減する、というのが一つの有力な方法でしょう。
 そのためにも、まず、米海兵隊を廃止すべきなのですが、これは政治的ハードルが高すぎるでしょうから、米陸軍の削減をもっぱら敢行するほかないでしょうね。
 (地上兵力をゼロにしたところで、州兵たる地上部隊は残ります。)
 なお、「戦意」ある国民の多寡については、装備の高度化と正面後方比における後方の比重の増大により、有事においても、軍隊要員は志願兵だけで充足できると考えられることから、心配する必要はないでしょう。(太田)

 「アメリカの外交専門家の間ではウクライナへの軍事援助を支持する声が有力なのに対して、ヨーロッパの外交関係者の多くは軍事援助に反対している。<ポーランドでの>2月に行<われ>た<世論>調査によると、多くの市民が「ウクライナ危機によって自国の安全保障がいまそこにある危険によって脅かされている」と考えているポーランドにおいてさえ、回答者の過半数がウクライナへの軍事支援には消極的だ。・・・
 ヨーロッパの一般市民もエリート層も、経済の相互依存こそがヨーロッパ安全保障を支える最大のツールだという思いを捨てられずにいる<からだ>。」(10)

⇒2人の筆者のうち1人は欧州人、もう1人は1974年生まれでケンブリッジ大卒のイギリス人とおぼしき人物です
http://en.wikipedia.org/wiki/Mark_Leonard_(director)
が、彼らは、どうして米(/英)と欧州諸国との間にウクライナ紛争観、ひいてはロシア観に違いがあるのかを全く説明していません。
 これは、米(/英)欧州間の亀裂を増幅することを恐れた戦略的沈黙なのかもしれません。
 私は、かねてから、欧州と欧州の外延たるロシアには、もともと相互に文明的親近感がある、と申し上げてきたところですが、それに加えて、欧州では、旧ソ連圏に属していた諸国を中心に、同じく欧州で旧ソ連に属していた諸国中、バルト三国等はともかくとして、ウクライナ(の西部端以外)及びベラルーシとロシアは、民族的、文化的に、分かれている方が不自然である、という認識があるのではないかと想像しています。
 その上で、自分達は既にNATOに属しているのだから、米国にただ乗りする形で、ロシアの侵略は抑止されているのだから、ウクライナやベラルーシがロシアに併合されたところで、心配はないと考えている、ということではないでしょうか。
 なお、筆者達の言う、「経済の相互依存」云々は説得力がありません。
 そもそも、ロシアは安全保障フェチであるところ、そのロシアは、現時点でも、エネルギーと食糧の自給ができ、いつでもアウタルキー経済に戻れるのですからね。
 (欧米諸国の経済制裁など屁のカッパのロシアの現状は、そのことを裏付けています。)(太田)

 「ウクライナ危機が起きるまで、ヨーロッパ<は>ロシアのことを根本的に誤解していた・・・。「ロシアが冷戦後のヨーロッパ秩序を揺るがそうと試みなかったのは、ヨーロッパの秩序を支持していたからだ」と誤解し、「世界経済に組み込まれれば、ロシアは現状を維持するために投資する」と信じ込んでしまった。ソビエト共産主義への回帰を願う者はほとんどいなかったが、ロシア人が超大国の地位へのノスタルジーを感じていたことをヨーロッパ人は見落としてしまった。

⇒欧州人たる筆者のみならず、イギリス人たる筆者まで、そんな皮相的な認識であることには呆れる思いです。
 累次申し上げているように、ロシア人達は、「超大国の地位へのノスタルジー」などというヤワなものではなく、タタールの軛による後遺症で、たゆまず緩衝地帯の拡大を図らなければならないという強迫観念に憑りつかれているのです。(太田) 

 ヨーロッパは、2004年にウクライナで起きたオレンジ革命がロシアにどれほど大きな衝撃を与えたかも理解していなかった。」(10〜11)

 「<しかし、>プーチンと彼の側近がどう考えようと、近年世界を席巻してきた抗議行動の波は文化的、政治的、技術的変化の結果であり、ブリュッセルやワシントンが画策したものではない。ズビグネフ・ブレジンスキー元米大統領補佐官(国家安全保障担当)が「グローバルな政治的覚醒」と命名した世界各地で頻発する抗議行動は「トレンド」であって、米中央情報局(CIA)の暗躍によるものではない。」(11)

⇒オレンジ革命に関しては、真理は、ロシアの主張と欧米の主張の間にある、と私は考えていますが、いずれにせよ、オレンジ革命の時には、プーチンはウクライナに軍事介入しませんでした。
 民意は、早晩、親ロに落ち着く、とプーチンが見ていたからであり、実際、2010年に親ロのヤヌコヴィッチが大統領に就任します。
 そのヤヌコヴィッチが、いかに腐敗していたとしても、2014年に、プーチンの目から見れば、親欧米派の事実上のクーデタで政権の座から追われた時点で、プーチンはようやく軍事介入したわけです。
 (事実関係は、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A
に拠った。)(太田)

 「ヨーロッパは、・・・ユーラシア経済連合(EEU)<(注)>・・・の本質<も>理解していなかった。もちろん、モスクワがEEUを設立したのはブリュッセルに地政学的に対抗していくためだが、軍事競争ではなく、経済的連携を通じて周辺国を内包していこうとするやり方に問題はない。これはEUのアプローチと同じだ。しかも、EEU抗争ではロシアのナショナリズム志向はそれほど強くなく、むしろ、経済相互依存に明確にコミットしている。周辺国がロシアの経済抗争に参加すれば、モスクワに自国の言い分を聞いてもらうこともできる。しかも、ベラルーシとカザフスタンが拒否権をもっているだけに、EEUはウクライナ東部におけるロシアの活動を抑え込む上でもっとも効果的なフォーラムになる可能性も秘めている。・・・

 (注)「2014年5月29日に・・・創設条約を調印、2015年1月1日に発足した。インド、イスラエル、ニュージーランド、ベトナム、トルコなどが<EEU>との貿易協定を希望しており、・・・プーチンはこのうちベトナムとは自由貿易協定の交渉、イスラエルとインドには特恵貿易地域開発のための専門家グループ設置を決定した。」
 現在の加盟国は、ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニア、キルギス。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%B5%8C%E6%B8%88%E9%80%A3%E5%90%88

⇒「軍事競争ではなく、経済的連携」というくだりにも違和感を覚えます。
 EEUは、ロシアが様々な形で経済的支援を加盟国に行うことで緩衝地帯の拡大という安全保障的(軍事的)目的を達成するための手段である、と私は見ているからです。
 「EEUはウクライナ東部におけるロシアの活動を抑え込む上でもっとも効果的なフォーラムになる」などというのは夢物語でしょう。(太田)

 ヨーロッパが、EUとEEUの公的な関係の形成を提案すれば「経済的地域統合を試みるロシアの権利は認めるが、影響圏形成には反対する」という明白なシグナルを送れるし「今後のヨーロッパ秩序が、ロシアが反対しているEUとNATOの拡大だけで規定されることはない」という意思表示にもなる。また理念は異なるが、少なくとも名目的には目標を共有する二つの地域プロジェクトの平和的な競争の道筋をつけることにもつながる。」(14〜15)

⇒よって、私からすると、このくだりは、一方的な希望的観測を述べ立てただけである、という評価になります。(太田)

 「<他方、>中国の地域統合へのアプローチは、ロシア式の影響圏やEU式の地域主義とは大きく違っている。・・・中国は多国間協定による市場の自由化や債務の減免などではなく、主に鉄道、高速道路、港、パイプライン、税関といったインフラ投資プロジェクトに参加すれば、中国と言う成長市場へのアクセスを提供すると関係国に約束している。北京は二国間協定を積み重ねて、世界貿易のハブとなろうとしているのだ。
 現状では、この計画を妨げる障害は存在しない。中国経済が中央アジア諸国の経済よりもはるかに大きい以上、北京は相手国を格下の国家として扱えるし、対立が生じても、それを解決する公的なプロセスが存在しないために、中国に抵抗する方法はほとんどない。

⇒中共は、自国だけで全球的超大国になりつつあるのですから、全地球統合ならぬ地域統合などという矮小なことに興味がないのは当たり前でしょう。
 その中共の中長期的安全保障戦略は、価値を共有する日本との同盟による、アングロサクソン、及び、ロシアの封じ込めです。
 (中共からすれば、アングロサクソン中英国に対してはアヘン戦争以来の半植民地化の、米国に対しては米国内での人種差別の、遺恨がありますし、ロシアに対しては、領土を大幅に浸食された上、共産主義という負の遺産を与えられた、という遺恨があります。)
 そのため、中共は、軍事的な海洋進出により、日本を「独立」させつつ、海洋勢力たるアングロサクソンに対峙し、経済的な一帯一路構想
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E5%B8%AF%E4%B8%80%E8%B7%AF
により、その経済力を生かしたところの、ロシアを顔色なからしめる規模の持ち出しを行って、ロシア周辺諸国の、ロシア緩衝地帯化を阻止するとともに、最終的には中共への「朝貢国」化を図っている、と見るわけです。
 (これはまだ粗い仮説に過ぎませんが、海の「一路」は陸の「一帯」のカムフラージュである、と考えたらどうでしょうか。
 なお、「一路」を併せた「一帯一路」構想の対象国の大部分はイスラム国であることから、それが、対象国住民、ひいては政府の一層の真正イスラム化を回避することにも資する、すなわち、中共内のウィグル人の過激化回避にも資する、との考えがあることは間違いないでしょう。)(太田)

 欧米が、ロシアに対抗し、EUUの影響力を低下させることにばかり気をとられれば、第一次大戦後にアメリカがヨーロッパで支配的影響力をもつようになったように、中国が有力な地域大国として台頭してくるかもしれない。
 ヨーロッパもアメリカも、習近平の遠大なビジョンの実現を許すわけにはいかないはずだ。ロシアの裏庭である中央アジアでの影響圏拡大をめぐって、ロシアが中国と競い合うことを許容すべきだろう。」(16)

⇒既述したように、中共は「地域大国として台頭してくるかもしれない」どころか、既に「全球的超大国として台頭しつつある」のであり、ロシアどころか、欧州も、いや、米国でさえ、少なくとも経済面では「競い合う」ことなど不可能でしょう。
 筆者達は、いまだ、欧米中心的な歪んだ目で世界を眺めているようです。(太田)

4 終わりに

 今回ご紹介した2篇の論考に共通しているのは、それぞれ、欧米3文明に比して、文明度の低いイスラム(スンニ派)文明、(中共が継受中であるところの、)文明度の高い日本文明、への理解が不十分であることです。
 欧米にとっては、前者に関しては致命的ではないけれど、後者に関しては致命的でしょうね。

(完)