太田述正コラム#7626(2015.4.25)
<2015.4.25東京オフ会次第>(2015.8.10公開)

1 始めに

 ロボット掃除機を買って、床面がピカピカになると、この掃除機では対処できない場所の埃や汚れが気になりだし、掃除に費やす労力がむしろ増えたような気がします。
 そういうわけで、数日前から、玄関先の水洗いや、棚の埃取り、等を行い、本日を迎えました。
 途中で、komuroさんに、komuro手製スピーカーに携帯パソコンから音楽ファイルを出力して聴いてもらいました。

2 質疑応答等(順不同)(Oは私です。)

A:本日の仏教の話はとりわけ興味深く聴いた。
 そう言えば、先日、自分の近親の葬儀に田舎に行ってきたが、浄土真宗のお坊さんが出てきた時、良い印象を持たなかった。
 また、最後の、現在の中共の駐日大使が創価大学に留学した話は、現代の怪談めいていて衝撃を受けた。 
O:公明党/創価学会が日中国交回復の「井戸を掘った」ことは確かだが、宗教、とりわけ新興宗教弾圧を旨とする中共の当局が、戦後の日本留学生第一陣の一人として、将来を嘱望される、外交官を、わざわざ、創価学会系の、しかも、開校したばかりの大学に送ったのは、よほどの理由があった、と考えるべきだろう。
B:今、スマホで調べたら、件の中共の駐日大使は満州生まれだ。
O:当然、満州国や石原莞爾のことも良く知っているはずだな。
 もとより、創価大学留学を命じたのは、中共当局だが・・。
B:ぜひ、件の大使に、太田さんから、直接、ことの真相を問い質して欲しい。
O:現時点で、本当のことを答えてくれるワケがない。習近平に聞いてくれと言われるのがオチだろう。
 それはともかく、これだけ、長くコラムを書き綴ってきて、いまだに書くことがいくらでも出てくるということには、我ながら驚いている。
A:それにしても、どうして、太田さんの言うことに耳を傾ける人が増えないのだろうか。
O:マスコミに取り上げられないからだ。
 かつて、官僚の腐敗を糾弾していた頃には、「右」も「左」も私を「左」だと誤解していて、「右」にはどちらかと言えば受け入られず、「左」にはどちらかと言えば受け入れられたわけだが、最近は、(武器輸出解禁等について)「左」が私を取材しても、私が安倍内閣の施策を評価することが多いので、取り上げられない、ということだろう。
B:太田さんがそんなに安倍内閣を評価しているとは思わないが・・。
O:いや、習近平が安倍内閣を評価しているのと同じ理由で、その限りにおいて、私だって安倍内閣を評価している。
A:かなり前のコラムだが、太田さんによる、統制派=対赤露抑止派、皇道派=対赤露早期開戦派、という指摘はいまだに忘れ難い。
 それまでは、この対立が、もっとおどろおどろしいものだと思い込んでいた。
 ところで、そもそも、戦前の帝国陸軍、ひいては国策が、対ソ抑止だった、という発想は、防衛庁に勤務していた太田さんとして、戦前の陸軍の幹部達が先輩だという意識があったからこそ、出てきたのではないのか。
O:出身大学等から、他省庁の役人達と同僚意識を抱くことこそあれ、自衛官達と同僚意識などなかったので、戦前の帝国陸軍の軍人達を先輩だと思ったことはない。
 ただし、自分自身が対ソ抑止に関わる仕事をしていたので、戦前の陸軍も同じことをやっていたのではないか、と想像したことが、出発点となったことは確かだ。
C:遅ればせながら、最近、憲法第9条に係る芦田解釈の存在を知ったが、軍法会議や軍律法廷を持ったり、自衛隊のポジ規制をネガ規制に変えたりするためには、やはり、憲法改正が必要なのか。
O:芦田解釈へと政府憲法解釈を変更すれば、日本は軍隊を持てることになり、言及されたことは全てできるようになる。
 そうなれば、憲法改正しなくてもいいわけだ。
 私が、かねてから悩んでいるのは、(安倍政権は集団的自衛権行使の部分的解禁を行ったところ、)集団的自衛権行使の全面的解禁を行った場合に、本当に、なお、言及されたことができないのかどうかだ。
A:イギリスは三権分立ではなかった、という太田さんの以前の指摘も印象に残っている。
O:そのイギリスの王制の終わりは近い、という私の予想は、ウィリアム王子のお妃候補としてケイトはふさわしい相手ではないとの私の見立てがはずれたこともあり、当たらなかった。
B:要するに、ケイトが美人だったからだろう。
 日本の場合で言えば、佳子様人気は、何と言っても、眞子様に比べて美人だからであるところ、女系天皇論が消えた最大の理由でさえ、悠仁様が生誕したから、というよりも、愛子様が美人じゃないからだ、と自分自身は思っている。
O:誰も書かないが、私は、キリスト教系大学であるICUに、皇室の一員である、眞子様と佳子様が入ったのは問題がある、と思っている。
 ICUは、「教職員は原則としてキリスト教徒であることが求められている」ような大学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%9F%BA%E7%9D%A3%E6%95%99%E5%A4%A7%E5%AD%A6
だ。
 (参考)「1949年、御殿場にあるYMCA東山荘で催された日米のキリスト教指導者による会議において、国際基督教大学の創設が正式に決定された。高松宮宣仁親王が設立準備委員会の名誉総裁に就任し、当時の日本銀行総裁である一万田尚登が設立のための募金運動に奔走した。またGHQ最高司令官を務めたダグラス・マッカーサーも、大学設置に際し財団の名誉理事長として、米国での募金運動に務めた。」(上掲)