太田述正コラム#7546(2015.3.16)
<米国がキリスト教国家化したのは最近>(2015.7.1公開)

1 始めに

 本日、表記のような内容の興味深いコラムがNYタイムスに載っていた
http://www.nytimes.com/2015/03/15/opinion/sunday/a-christian-nation-since-when.html?ref=opinion&_r=0
ので、さっそくそのさわりをご紹介し、私のコメントを付すことにしました。
 英国が英国教国家であることは、その君主が英国教の首長でもあることから明らかですし、パキスタンがイスラム教国家であることはその憲法に明記されています。
 しかし、米国は憲法で政教分離が謳われているのですから、キリスト教国家であるはずがないのですが、「敬虔」なキリスト教徒が依然国民の過半を占めているという近代国家としてはあるまじき国であるだけでなく、政府関係諸行事にキリスト教的要素が少なからず見出せることから、米国があたかもキリスト教国家であるかのように受け止めている人が日本人の中にも多いのではないでしょうか。

2 米国がキリスト教国家化したのは最近

 「ちょうど数週間前、・・・共和党員の57%が米国を公式にキリスト教国家(Christian nation)にして欲しいと答えた<、という世論調査結果が出た。>
 しかし、2007年の・・・<世論>調査では、米国人の55%が米国は既にそうであると思っている、ということが示されている。・・・
 <実のところ、米国の>建国の父達は、我々が米国がキリスト教国家であるかどうかを考えるにあたって念頭をよぎるところの、諸儀式や諸スローガンを創り出してはいないのだ。・・・
 1930年代から40年代を通して、企業の指導者達は、キリスト教、及び、<ニューディールに>反対するところの連邦リバタリアニズム、のそれぞれの諸要素を組み合わせた新しいイデオロギーの宣伝に努めた。・・・
 <この宣伝が功を奏して、>1942年に・・・米上下両院は、「我が国が神が監督し神が統制する国であるかもしれないことに鑑み」、<院内での>毎週の祈祷諸集会を開始した。・・・
 <そして、戦後、>米最高裁判事のトム・C・クラーク(Tom C. Clark)<(注1)>は、1949年の自分の<最高裁判事就任の際の>献身誓約(consecration)において、「いかなる国家(country)であれ文明であれ、キリスト教の諸価値に立脚していなければ、存続することはできない」、と発言した。・・・

 (注1)Tom Campbell Clark(1899〜1977年)。司法長官:1945〜49年。最高裁判事:1949〜67年。テキサス大学ロースクール卒。長老派信徒。民主党員。戦中の日本人強制収容の前段階に携わる。司法長官時代にはトルーマン政権への批判を逸らせるために米下院非米活動委員会の立ち上げを誘導。最高裁判事時代に判決で示された彼の見解は保守的ともリベラルとも言い難い。
http://en.wikipedia.org/wiki/Tom_C._Clark

 <それぞれの>目的のための諸手段として公共の場における(public)宗教性(spirituality)を擁護した(held)者達とは違って、アイゼンハワーは<、大統領に就任すると、>宗教性それ自体を目的として抱懐した。・・・
 この国を糾合し、彼は、新たな宗教的諸儀式や諸スローガンの革命的な陣立てを推進した。
 1953年の<彼の大統領としての>最初の週は、目が眩むような基調(pace)を確立した。
 日曜日の朝に・・・アイゼンハワー・・・は、新たに始めたのだ(baptized)。
 すなわち、その夜、彼は、ホワイトハウスの執務室で、 米国在郷軍人会(American Legion)の「神の下に戻る(Back to God)」キャンペーン向けの演説(address)を行い、木曜日には、ヴェレイド(Vereide)<(注2)>氏と共に、一回目の「国家祈祷朝食会(National Prayer Breakfast)」<(注3)>に登場し、金曜日には、彼は、閣議における初めての開始諸祈祷を始めた(institute)のだ。・・・

 (注2)Abraham Vereide。1886〜1969年。ノルウェー生まれのメソジスト派の米西部人。国際的障害者慈善団体の主宰者。
http://en.wikipedia.org/wiki/Abraham_Vereide
http://en.wikipedia.org/wiki/Goodwill_Industries
 (注3)1953年にヴェレイドによって第一回目が行われたところの、ワシントンで2月第一木曜日に開催される、諸会合、諸昼食会、諸夕食会からなる一連の行事。ヒルトンホテルの舞踏広間で、100か国を超える外国からの賓客を含む約3,500人の賓客が出席する。
http://en.wikipedia.org/wiki/National_Prayer_Breakfast

 政府の残りも、また、自身を聖別(consecrate)した。
 米国防省、国務省、及び、その他の行政府の諸省庁は、すぐに自分達自身の諸祈祷式を始めた。
 1954年には、米議会は、それまでは世俗的であった議員宣誓(Pledge of Allegiance)に「神の下で(under God)」を付け加えた。
 米議会は、また、類似のスローガンである、「我々は神を信じる(In God We Trust)」をその年の切手に印字させ、その翌年には、それを紙幣に印字させるという議決を行った。
 1956年には、それは、<実に、>米国の公式なモットー(motto)になった。
 これらの年々に、米国人達は、何度も何度も、この国はキリスト教国家になるべきなのではなく、いつもそうだったのだ、と聞かされた。
 彼らは、すぐに、米国は「神の下の一つの国(a nation under God)」なのだ、と考えるようになった。
 彼らは、爾来、そう信じ続けているのだ。・・・」

3 終わりに

 先の大戦で日本が戦った、というより戦わされた、相手の米国は、唾棄すべき人種主義国家であっただけでなく、ちょうどその頃、それまでのタテマエを脱ぎ捨て、キリスト教国家としての国体を明徴化したところの、ある意味で現在のIsis生き写しの、おぞましい前近代的国家であった、ということです。
 それにしても、今思い返して腹立たしいのは、東大法学部教育が一方的なマスプロ授業で教育の体をなしておらず、また、学生に学問方法論を身に着けさせることもないだけでなく、そもそも、このマスプロ授業で教授達が講義した内容のかなりの部分が絵空事であったことです。
 憲法の小林直樹教授は、こんな米国が押し付けた憲法第9条を「聖別」し、芦部信喜教授は、こんな米国の最高裁判事達が書いた米国憲法判例群を有難く押し頂いて日本国憲法の解釈にそのまま援用し、我々に講釈を垂れていたのですからね。
 (民法の諸教授だってそうです。これは本筋を離れ、私事にわたりますが、日本の民法の裁判上の運用が、例えば、家族法では、離婚にあたって、財産分与も親権も女性の絶対的優位の考え方でなされているなんて、一言も教えてくれませんでした。)