太田述正コラム#7476(2015.2.9)
<日本の中東専門家かく語りき(その5)>(2015.5.27公開)

 ただ、ちょっと気がかりなのは、日本では、「イスラム国の伸長は欧米の側に原因がある」といった議論がしばしば見受けられることだ。例えば、一部メディアでは、西欧・米国への移民からイスラム国への参加者が出るのは「彼らが差別されたり貧困に苦しめられたりしているため」といった解説もなされているようだが、これは事実誤認だ。・・・
 「中東混迷の原因は、第1次大戦中の1916年に英仏露が結んだサイクス・ピコ協定にある」といった議論もしばしば耳にする。・・・
 しかし今サイクス・ピコ協定を否定してしまえば、極端な話、「オスマン帝国の版図を復活させろ」ということになり、トルコ以外の誰も認めないだろうし、中東全域に戦乱が起きてしまう。これはあまりにも無責任な議論だ。確かに「反欧米」という議論は日本などでも一般に受け入れられやすいのだが、中東の混乱の根本原因は、圧政や抑圧、社会に充満する不正義の感覚といった、イスラム社会が自ら解消しなければならない問題だ。欧米悪玉論はそうした実情を覆い隠してしまう。

⇒このくだりは、一転、再び私の見解と一致しています。
 但し、「圧政や抑圧、社会に充満する不正義の感覚」は、中東に限ったことではなく、地理的意味での欧州に在住するイスラム教徒についても概ね当てはまるのであって、それは、どちらの地域においても、イスラム教徒達自身の自業自得によって招来されたものなのであり、「イスラム社会が自ら解消しなければならない問題」である、というのが私の認識です。(太田)
 
 日本の思想界にも問題がある。・・・戦前の「近代の超克」といった議論にもみられるように、もともと日本の知識人には、西洋の生んだ自由主義をはじめとした近代思想を翻訳され図式化された教科書で学ぶのみで根幹の哲学を理解していないところがある。

⇒既に様々な角度から論じてきたところですが、戦前の日本の知識人、就中京都学派(コラム#344、5020、5376、6397、6399、6446、6495、6514、6716、6798、7268、7436)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%AD%A6%E6%B4%BE
の人々は、欧州文明とアングロサクソン文明を一緒くたにするという雑駁な「西欧」を、それ以上に雑駁な、存在していないに等しい「東洋」と対立させた上で、日本がこの対立を超克しつつある、という近代の超克(コラム#222、344、346、5372、5376、6397)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E3%81%AE%E8%B6%85%E5%85%8B
論を展開したわけですが、日本文明の至上性を直観していたという点で、近代の超克論は高く評価すべきであると私は考えています。
 とまれ、少なくとも「西洋の生んだ自由主義をはじめとした・・・理解していない」といった(恐らくは具体的典拠なしの)悪罵を池内は投げかけるべきではありませんでした。
 じゃ、君自身、本当に「西洋」の「根幹の哲学を」教科書ならぬ原典でもって「理解してい」るのかい、そもそも、日本語と英語とアラビア語のものだけじゃなく、ラテン語やフランス語やドイツ語の原書もすらすら読めるのかい、と問い返したいところです。(太田)

 それはいまだに変わっていないようで、安易にイスラム教を擁護してしまう。
 例えば「イスラム教は平和を命じる宗教だ」というのは正しいが、そこで言われているのは、イスラム教徒が支配し、イスラム法が施行される秩序の中での平和のことだ。・・・宗教の自由は中東には存在せず、正しい宗教と劣った宗教の区別が厳然と存在し、それが政治権力によって施行されている。その上で「平和」と「寛容」があるという事実を日本の知識人は理解できておらず、日本や欧米の限界を超えるユートピアが「イスラム」にあるという主張をポスト・モダン思想が流行したバブル期以来、繰り返してきた。・・・
⇒「日本の思想界」におけるイスラム教理解が池内の言う通りなのかどうかは詳らかにしませんが、仮にそうだとすれば、池内の批判は首肯できます。(太田)

 必要なのは、第一に、中央政府の統治が及ばないような地域を作り出さないことだ。・・・

⇒そりゃあそうです。
 それを実現するためにも、(イランを除く)外部勢力が中東イスラム世界に軍事干渉を行うのを慎み、中東イスラム世界内で新秩序が内生的に形成されるのを気長に見守るべきだと私は思います。(太田)

  加えて、イスラム教の解釈の方法論や体系そのものの改革を行わなければ、過激思想を退けることはできない。・・・いわばイスラム教の「宗教改革」だが、しかしその可能性はかなり厳しいといわざるを得ない。・・・」

⇒その通りであるところ、池内は、もう一歩・・数歩?・・進めて、私のように、イスラム教の廃棄、を主張して欲しかったけれど、これは、あえて寸止めしたのであろう、と解しています。(太田)
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<参考:Isisの原点>

 「1258年に<チンギス・ハーンの孫の>フラグ(Hulagu)<(コラム#1602、1603、1604、3132、3135、4296)>と彼の軍勢が流血の狂騒の中でバグダードを略奪したが、今でもイラクの母親達は、ベッドの傍らで彼女達の子供達にその時のことを警告の趣旨で囁いている。
 フラグは、宮殿及び図書館群を焼き、諸川岸を血で汚した。
 杭々に乗せられた首級群などというものを超える惨事がいくらでも起こった。
 捕虜達の拷問は当たり前だったし、生きながらえた者達は奴隷にされた。・・・
 イブン・タイミーヤ(Ibn Taymiyyah)<(コラム#387、7007、7231、7233)>・・・は、とりわけモンゴル人達を憎んだ。
 モンゴルの支配者達は、この時点では、形の上ではイスラム教に改宗していたけれど、彼の観点からは、<彼らは、>キリスト教徒達とシーア派イスラム教徒達の双方にとんでもなく甘過ぎた。
 <このような>モンゴル人達の諸犯罪と諸略奪行為が、今日、Isisのような諸集団が共鳴するところの、ジハードの拡張的定義の創造へと彼を導いた。
 モンゴル人達はイスラム教徒達であるところ、果たして、彼らが不信人者達(infidels)であるかのように、彼ら全員を死に至らしめることは可能なのだろうか?
 彼の説明では、彼がみなしたところの、神によって提供されていないところの、人が作った諸法、でもって統治している、不正な(unjust)支配者達は、全くもってイスラム教徒達ではないのだ。
 そうではなくて、彼らは、背教者達(apostates)であり怪物達(monsters)なのだ。」
http://www.csmonitor.com/World/Security-Watch/Backchannels/2015/0205/ISIS-leader-Baghdadi-cementing-reputation-as-the-new-Hulagu-Khan
(2月6日アクセス)
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(続く)