太田述正コラム#7474(2015.2.8)
<日本の中東専門家かく語りき(その4)>(2015.5.26公開)

 ただ、「なぜジハード戦士が集まってくるのか」という問題に関しては、近隣アラブ諸国から来た人たちと、他の地域から集まる人々を区別して考える必要がある。・・・

⇒アラブ諸国出身者と欧米出身者とを分ける、という発想そのものが私には理解できません。
 私の認識では、イギリスを除く、旧ローマ帝国領は地中海世界と言い換えることができるのであって、現在では領域的に西欧の大部分と(トルコを含む)中東アラブ世界を併せたものがそうであって、西欧と中東アラブ世界とは、依然、文明的、文化的に極めて近しい関係があるのです。
 況や、中東アラブ世界出身のイスラム教徒達と、在西欧の1世やその子孫たるイスラム教徒達、においておやです。
 この感覚を、私のように、地中海世界の一大都会であるカイロに在住したことに始まり、そのカイロを尺度にして、中東アラブ世界や西欧の数多くの大都会を、何回かにわたって周遊して秤量した経験のない池内に求めるのは、いささか酷かもしれませんが・・。(太田)

 イスラム国の戦闘要員は・・・現時点ではおそらく3万人程度と見込まれているが、そのうち半分ほどを占めているのが近隣のアラブ諸国からの参加者だ。・・・
 実は、コーランやハディースの解釈は、過去の膨大な文献に通じていないとできないため、かつては各国の政権中枢に近いイスラム法学者が独占していた。しかも、そうした法学者は、比較的穏健な解釈をするのが常だった。ところが最近では主要文献がインターネット上にアップされるようになってきたために、検索すれば誰でも直接文献に当たることができる。イスラム法学者としての専門的なトレーニングを積まなくてもイスラム国のように過激な解釈を正統な根拠を引いて主張することも容易になった。
 同時に、イスラム諸国では中央政府の統治が揺らぎ始めているから、「御用学者」としてのイスラム法学者の権威は失墜している。こうなると、もう誰も過激な解釈をとめられない。これが最近10年ほどの間に出てきた動きだ。イスラム諸国からの義勇兵が後を絶たない背景には、そんな事情もある。

⇒このくだりは、私のかねてからの指摘通りの発言であり、余人が殆んど指摘していないこともあり、彼に花〇をあげておきましょう。(太田)

 一方、西欧・米国からのイスラム国への参加者は約2000人とみられているが、このような人々の意識は、アラブ諸国から参加している人々とはかなり違う。・・・

⇒先ほど、既に批判しました。(太田)

 ヨーロッパからイスラム国入りした人々について調べてみると、その多くは欧米社会でそれなりの学歴を得た、比較的生活水準の高い層から出ている。動機としては、差別や貧困よりも、<後>に述べ<る>「自由からの逃走」が圧倒的に強い。・・・

⇒ここも腑に落ちない箇所です。。
 Isisではなく自称アルカーイダ系ですが、先般の「シャルリー・エブド襲撃事件」の犯人たる兄弟は孤児院育ちです
http://en.wikipedia.org/wiki/Charlie_Hebdo_shooting
し、この事件と連動して起こった「ユダヤ食人店人質事件」の犯人は自称ISのメンバーでその妻は事件直前にトルコ経由でIsisの下へと逃亡しています
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E9%A3%9F%E5%93%81%E5%BA%97%E4%BA%BA%E8%B3%AA%E4%BA%8B%E4%BB%B6
http://www.sankei.com/world/news/150206/wor1502060038-n1.html
が、彼は17歳当時から強盗等を5回起こしていて、
http://en.wikipedia.org/wiki/Amedy_Coulibaly
結局、全員が「差別や貧困」経験者であるということになりますし、逆に、池内自身が語ったところの、アルカーイダないしIsisの指導的人物である中東アラブ世界出身の3名である、アッザーム、ビンラーディン、アッ=スーリーは、そのいずれも「それなりの学歴を得た、比較的生活水準の高い層から出てい」ます。
 もちろん、彼らの追従者達の多くは、貧しい環境で育ったことでしょう。
 (なお、池内による直接の言及はなかったけれど、Isisの前身の「イラクのアルカーイダ」の指導者であったザルカウィ(1966〜2006年)は、パレスティナ系ヨルダン人でしたが、若い頃は札付きの犯罪者にして飲んだくれでした。
http://en.wikipedia.org/wiki/Abu_Musab_al-Zarqawi )
 要は、アルカーイダないしIsisのメンバーには、アラブ諸国出身者であれ西欧出身者であれ、同様に、相対的に多くの「差別や貧困」経験者もおれば、相対的に少ない「それなりの学歴を得た、比較的生活水準の高い層から出ている」者もいる、はずである、と思うのです。
 もとより、池内の主張を裏付ける具体的なデータが存在するのであれば、別ですが・・。(太田)

 <彼らは、>自らの信仰を確認したくて、いわば、自らのアイデンティティーを確立するためにイスラム国に旅立っていく訳だ。
 さらにいえば、これは移民に限らないことだが、近代自由主義の中で生きる人間に固有の問題が現れているのだと思う。どういうことかというと、西欧社会では「自分が何をなすべきか」は自由意思に任されている。逆に言えば絶対に正しい答えというものはなく、自ら判断しなければならない。そのような自由は時として重荷になってしまう。ところが、何か権威あるものに従うことにすれば、自分で決めなくても良い。自ら判断する自由を捨ててナチスドイツの台頭を許した人々の心理を分析した社会心理学者、エーリヒ・フロムの言葉でいえば、彼らは「自由からの逃走」を図ろうとする。ましてやイスラム教の「神の啓示」は、なすべきことを全部教えてくれる。先進諸国からイスラム国を目指す若者が出ているのは、このような理由があるからではないだろうか。・・・

⇒「自由からの逃走」(コラム#2290-2、2745、4365)というのは、エーリヒ・フロムが、ドイツがナチズムによって席巻された理由を説明するためにひねり出した仮説であるところ、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E9%80%83%E8%B5%B0
私自身は、ナチズムをファシズムと読み替えた上で、キリスト教の「死」の後、欧州において生まれたところの、キリスト教の変形物たる、ナショナリズム、マルクス主義、と並ぶイデオロギー、と捉えているので、この仮説を全く評価していませんが、仮にアルカーイダないしIsisメンバー中の西欧出身者を「自由からの逃走」者だとすれば、私が上述したことに照らせば、中東アラブ世界出身者もそうであることになり、また、彼らの「過激」イスラム主義を一種のファシズムと捉えることになってしまう・・あの故ヒッチェンス(Christopher Hitchens)は、「過激」イスラム主義をイスラム的ファシズム(Islamofascism)と呼称した
http://foreignpolicy.com/2015/02/09/the-world-war-inside-islam-isis-caliphate-saudi-arabia-iraq-syria/?wp_login_redirect=0
(2月10日アクセス)が、私は、(シリアとイラクの)バース主義こそ中東アラブ世界における(唯一の)ファシズムであったと考えている・・わけであり、池内のこの主張のナンセンスさが一層募ろうというものです。(太田)

(続く)