太田述正コラム#7446(2015.1.25)
<カール5世の帝国(続)(その5)/2015.1.24東京オフ会次第(続)>(2015.5.12公開)

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<参考:ロサンゼルスタイムスに掲載されたセラの列聖に係る新たなコラム>

 表記は、内容的にこれまでの記事と重なり合う部分の多いコラム
http://www.latimes.com/opinion/op-ed/la-oe-platt-serra-sainthood-pope-francis-20150125-story.html
(1月25日アクセス)だが、ロサンゼルスタイムスの本件に関するこれまでの対応を見ると、カリフォルニア州(の少なくとも南部)における、セラ列聖への怒りの声が少数からとはいえ、噴出しているのであろうと推察される。
 このコラムの中で、カリフォルニアの、メキシコ、及び、米国による統治時代の過酷な統治も扱われているが、セラないしスペインによる統治時代についての記述から、もっぱら紹介することとしたい。

 「18世紀当時の諸標準に照らしても、セラの宗教的狂信主義(fanaticism)は過度なものだった。
 中世から継承した諸教義に立脚した諸信条でもって、彼は、極端な自己懲罰(self-mortification)に楽しみを見出し、魔女達、諸異端者、そして隠れユダヤ教(cryptojudaism)実践者達、を追い詰めたところの、メキシコシティー所在の異端審問所(Inquisition)に仕える、忠実な弁務官(comisario<=commissioner>)、ないしは拠点長(field agent<=field manager>)、として働いた。
 カリフォルニア大リヴァーサイド校の歴史学者のスティーヴン・ハッケル(Steven Hackel)が著したセラの伝記によれば、セラは、「教会に対する諸罪を犯したと彼が考えた者達に対する、抜かりなき(calculating)、厳しい(unrelenting)、尋問者」だったのだ。・・・
 1769年に、21か所のカリフォルニアの伝道所群の最初の場所である、サンディエゴにセラが到着した時、アルタ・カリフォルニアには、225,000人から300,000人の土着の人々が、比較的平和的に、自給自足の分権化された諸部族として、何千年も暮らしていた。
 彼は、<米国の南北戦争の時の>南部連合が奴隷たるアフリカ人達を見ていたのとそう違わない感じで、土着民達を、しっかりとした手<で支えてやること>が必要な遅れた子供達、と見ていたのだった。
 インディアン達が植民地化された地における臣民達として経験させられた大災厄は、通常、二つの諸物語に分かたれている。
 一つは、土着民の免疫諸システムをずたずたにしたところの、欧州の諸疾病の意図せざる結果を強調する<物語だ>・・・。・・・
 <他方、カリフォルニアが米国領になった>1848年以降に起こったことはジェノサイドの…諸基準に合致しているが、ゴールドラッシュのテロの基礎作業(groundwork)を行ったのはスペインの体制だったのだ。
 <この、>もう一つの物語においては、土着民の生存者達の若死に群(premature deaths)における人の作為(human agency)の役割が強調される。・・・
 私は、カリフォルニアの諸部族の異常な減少を説明するこの二つの物語について、ホロコーストの学者達が強制収容所群で死んだユダヤ人のうち推定20%が栄養失調と疲労困憊によるものであることをジェノサイドの犠牲と看做すのと全く同様、相互関係<における支配者側>が造り出した<ジェノサイド的な>諸悲劇である、と見ている。
 スペインと米国の<それぞれの>植民地諸システムは同じでは決してなかったものの、どちらも、国家形成と征服に従事した<、という点では同じだ>。
 そして、この二つ<の植民地諸システム>は、土着民の諸生命について、劣等視かつ消耗品視する、とするという点で類似の諸姿勢を共有していたのだ。」
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(続く)
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        --2015.1.24東京オフ会次第(続)--

B:前回のオフ会に出席した、変わった台湾独立論者の女性は、その後どうしているのか。
O:全く知らないし、二度と投稿もオフ会出席もないだろう。
D:台湾なんて、かつて日本帝国の一部だったとはいえ、今では外国であり、日本にとって、いわば、Isisと同じような存在に過ぎないのに、そんな「国」に入れ込んでどうするんだ、と思う。
C:有料読者になってから、過去コラムをようやく2009年の途中まで読み進んでいるが、一体いつになったら、最新コラムに追いつけることやら。
 今、ちょうど、消印所沢、バグってハニー、michisuzu、Nelson、植田信、各氏が活躍しているあたりだ。
 それぞれが、現在どうしているのか知りたいところだ。
 また、軍事オタク達と太田さんの論争も読んだが、ヘリの数が違うとかなんとか連中は言うけど、そんなこと、太田さんの主張と何の関係もないのに、という印象を持った。
O:当時、自衛隊の戦力はゼロだと言っていて、最近じゃ、尖閣を巡る軍事衝突があったら、中共軍なんて鎧袖一触だと言ってるが、一体どうなってんだ、という疑問を抱く読者がいるかもしれない。
 海上や空における軍事衝突はTVゲームの世界に近く、情報能力、装備の能力、練度、の総合力が上回っている方が勝利する。
 しかし、陸上、とりわけ日本国内での軍事衝突の場合は、陸海空の統合能力、自衛隊と他官庁や地方自治体や関係企業との連携能力や、これらに関わる(法制面、通信面を含めた)インフラの整備状況が極めて重要なのだが、私の防衛庁(省)時代には、これらの能力はゼロに近かった。
 だから、戦力ゼロだと言ったのだ。
 私が防衛庁を辞めてから、陸海空の統合能力に関しては、相当改善されているが・・。
 (しかも、自衛隊の装備の構成は著しく偏っており、また、自衛隊の正面後方比も著しく正面に偏っており、国産装備の多くは実戦で期待に応えられるか疑問符がつく、ときていた。)