太田述正コラム#7631(2015.4.28)
<皆さんとディスカッション(続x2611)>

<太田>(ツイッターより)

 「…ロジックという枠を外してしまうと、何が善で、何が悪かがだんだん規定できなくなる。善悪が固定された価値観からしたらある種の危険性を感じるかもしれないですが、そのような善悪を簡単に規定できない世界を乗り越えていくことが大切なのです。
 でもそれには自分の無意識の中にある羅針盤を信じるしかないんです。…」
http://mainichi.jp/feature/news/20150427mog00m040004000c.html
 村上春樹サン、羅針盤にはロジックがあるからこそ、羅針盤たり得てるんでしょ。
 良く解すれば公案的「ロジック」なんだけど、本人にそんなつもりはさらさらなさそうだ。
 彼、小説を書く以外の活動はしない方が身のためだねえ。

<太田>

 「・・・超能力信仰みたいなものが<一部の若者の間にあった。>・・・
 そんな素地があるところに麻原彰晃が現れて、超能力っぽいことを少しやってみせると、すぽんとはまっちゃう。人間の心をクローズドサーキット(閉鎖回路)に引き込み、外に出られなくし、精神の抵抗力を失わせてから、サリンを散布させる。麻原が信者に与えたこのような物語はいうなれば悪(あ)しき物語です。僕らはそれに対抗する力を持った物語を書いていかなくてはならない。・・・」
http://mainichi.jp/feature/news/20150427mog00m040004000c.html 上掲
 ここ↑も極めて皮相な物の見方だ。

 そもそも、イエスが「超能力っぽいことを少しやってみせる」ところから、キリスト教は始まっている
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%A5%87%E8%B7%A1
わけだし、ユダヤ教(モーゼの紅海渡海、マナの獲得)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BB
もイスラム教(ムハンマドのエルサレムにおける昇天旅行)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E3%81%AE%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%A0
も、超能力挿話抜きじゃあ、クリープ抜きのコーヒーみたいなものになっちまう。

 それはさておき、東南アジアの「仏教」とは、実は、私見では、上座部仏教とヒンドゥー教の習合宗教であったわけだが、麻原彰晃が創作したオウム真理教とは、(下掲の諸典拠を参照して欲しいが、)空前の、しかし、コロンブスの卵的な、(観瞑想を核心とする)チベット仏教とヒンドゥー教(中の超常現象がウリのもの)の習合宗教である、と言える。
 であるとすれば、チベット仏教≒上座部仏教、であることから、オウム真理教による、サリン散布事件は、虐殺の手段に特異性があるだけであって、スリランカ、ミャンマー、カンボディアにおいて生じた歴史上の虐殺事件群と対比されるべき、ごくありふれた、しかも小規模な事件である、と言えよう。

 「麻原彰晃<(1955年〜)は、>・・・全盲の兄とは異なり目が見えたのに、学費も寄宿舎代も食費も不要な盲学校へ入れられ・・・20歳で卒業するまでの13年間、両親が訪ねてくることはなく、衣服や食料を送ってくることもなかった。・・・<後に、>日本で唯一の「最終解脱者」を自称・・・信者からは尊師、もしくは本来ヒンドゥー教の導師を指すグルと呼ばれ、崇拝の対象となっていた。・・・自分の修行がどの程度のものなのかチベット仏教の長老に見ていただきたい」と申し出、ダラムサラの宗教・文化庁を紹介される。現地で長老らと一緒に瞑想した結果、高く評価され、ダライ・ラマ14世との接見を認められる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB%E5%8E%9F%E5%BD%B0%E6%99%83
 「グル<とは、>・・・狭義にはヒンドゥー系のバクティ・ヨーガ等の指導者を言う。・・・バクティ・ヨーガにおけるグルは、弟子にとって神の化身ともいえる存在であり、信仰の対象である。グルは自身の霊力を愛という形で弟子に注ぎ、弟子はグルに意識を集中させることにより自己の霊性を向上させる。師弟の信頼により支えられたこの関係において、弟子はグルの指示・指令を実践することによりグルの期待に応える」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AB

 「村井秀夫<(1958〜95年)の>・・・入信理由は「かもめのジョナサン」の心境になったから。・・・教祖麻原彰晃の最側近。1988年11月に大師、1990年8月に正悟師、1994年8月に正大師となり、教団の最高幹部の地位に上り詰めた・・・ホーリーネームはマンジュシュリー・ミトラ<(文殊菩薩・同左の別名)>」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%BA%95%E7%A7%80%E5%A4%AB
 「かもめのジョナサン<は、>・・・禅の影響を受けていると指摘され・・・ジョナサンは思いもよらない非凡な訓練によって通常カモメの飛行能力を遥かに超えた能力を身に付けていくが、それらはすでに物理飛行の次元を超えていく。さらには岩盤に激突したカモメを生き返らせる場面も登場する」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%82%82%E3%82%81%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%82%B5%E3%83%B3
 「大師<とは、>・・・仏などに対する尊称。また、高徳の僧への敬称」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B8%AB

 「上祐史浩<(1962年〜)は>・・・「母子家庭」に育ち、「大学時代より 超常現象 チベット仏教 教団活動などに強い興味を持っていた・・・オウム真理教では、男性の中で・・・二番目の成就者であった。・・・オウム真理教信者としての名前(ホーリーネーム)は、マイトレーヤ<(弥勒菩薩)>だった・・・2007年・・・麻原の教義を完全排除した、とする新団体「ひかりの輪」を設立して、代表の座についた。・・・2010年・・・麻原彰晃は能力と人格が不一致な人物と一蹴。麻原の根源は、逆恨みと被害妄想であり幼い頃からの逆恨みを社会に広げただけの人物と評した」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E7%A5%90%E5%8F%B2%E6%B5%A9

⇒上祐は、麻原が創作したチベット仏教とヒンドゥー教の習合宗教は、麻原が悟ってなんかいなかったからあんな事件を惹起したが、悟った自分が作り直せば、有力にしてまともな宗教になる、と信じているのだろうが、上座部/チベット仏教とヒンドゥー教の習合自体が、あの類の事件を惹起する潜在性を有するのであるからして、いい加減諦めて欲しいねえ。(太田)

 ヒンドゥー教においては、ヨガを通じて空中浮揚ができるようになったと称される、サイ・ババ[(1838〜1918)]等のグルが、これまで何人も出現してきている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Levitation_(paranormal)
http://en.wikipedia.org/wiki/Sai_Baba_of_Shirdi ([]内。但し、彼は、ヒンデゥー教、イスラム教を超越した人物であり、現在でもインドを中心に広く崇敬されている。)

 もう一人の「サイ・ババ<(1926〜2011年)>は、・・・シヴァとシャクティ<(どちらもヒンドゥー教の神)>のアヴァター(化身)であり、人々の悩みを取り払うために降臨したと宣言・・・<するとともに、>ダルマ(正しい行い)とヴェーダを復興するために降臨したと述べ<た。>・・・<彼は、>ヴィブーティー(聖灰)や指輪や時計、ネックレスやフリーサイズの腕輪などを出現させる・・・<また、>病気や怪我を治す・・・インド人・・・を中心に世界各国に数百万人以上の信奉者をもつ・・・<元首相のバジパイや前首相のマンモハン・シンも、彼を高く評価している。>」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%A4%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%90

<qcbCsPX2>(「たった一人の反乱(避難所)」より)

 色々と読み取れず、言葉も足りませんで申し訳ありませんでした。
 “2つの質問に対する肝心のお答えを“との事ですが、

 1つ目の
“「説一切有部」が「上座部仏教」の「母体」となったこと“の典拠については前回で言い訳をさせていただいたように、私は“説一切有部が上座部仏教の母体となった“とは認識していないので典拠の示しようもありません。
 “説一切有部は上座部仏教(=古代インドの部派仏教)を代表する最大勢力“という意味の事を書いたつもりでした。
 その典拠は前回リンクしてあります。

 2つ目の
“ナーガールジュナが言うところの実在論がヒンドゥー教の母体となった“につきまして、前提として今日のヒンドゥー教とは“ヴェーダを権威とするバラモン教 + 各種民族信仰“の事です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%A9%E3%83%A2%E3%83%B3%E6%95%99
http://www.asiax.biz/column/indiabusiness/104.php
 バラモン教は正統派六派哲学と呼ばれる6つの主流の学派(ダルシャナ)が認められていました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%B4%BE%E5%93%B2%E5%AD%A6
http://ameblo.jp/nibbaana/entry-10372704872.html
 六派哲学は、それぞれで用語や性質などに差異はあるものの、永遠不変のアートマン(我、実体、魂)的なものを実在視している点は共通しています。
 (むろん無我説を採用している仏教は全ての学派でアートマンの実在を一切認めません。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%9E%E3%83%B3
 8世紀に論敵である仏教の論理から強い影響を受けたシャンカラというヴェーダーンタ学派の学僧が不二一元論(梵<(ブラフマン:宇宙を支配する原理)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%B5%E6%88%91%E4%B8%80%E5%A6%82 >
我一如説)を完成させ、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BF%E5%AD%A6%E6%B4%BE
その後はヴェーダーンタ学派がヒンドゥー哲学の最大勢力となって行きました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E5%93%B2%E5%AD%A6
http://www.hm.aitai.ne.jp/~genkou/isikimu/2daihinzu.html

 以降は蛇足かもしれませんが、それら“実在論をナーガールジュナが批判していた“という点に関して、細かく言えばナーガールジュナ自身は名指しでこれら個々のバラモン諸学派を批判していたわけではなく、同種の思考パターンを広く批判出来るように、あえて一般論的に書いているふしがありました。
 一応主要な仮想敵は仏教内部の最大勢力だった上座部系の説一切有部でしたが、文章の中にときおりバラモン教やその他特定の学派だけで用いられる特殊な概念の用語を使って論じる事もあったようです。
 肝心のこの辺りの典拠ですが、梶山雄一、中村元、三枝充悳などの日本の学者の著書を読んだ素人の私の記憶がもとですので正確性は怪しいです。
 しかしそれではあんまりなので、なるべく要点が似た記事をネットで探してリンクを典拠の代わりに貼っておきます。↓

 ナーガールジュナの主著「中論」についてバラモン教諸学派の主張するアートマン(我)説を批判対象にした箇所ですが、アートマン以外にも犢子部という部派が説く「プドガラ」と呼ばれる自我に似ているが自我とはちょっと違うという、やや苦しい理屈の概念を指す用語も意識して、自我を実在視する同種の思考一般を批判対象にしてします。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~ym7m4ovz/churon.htm#l9
 ただし、ナーガールジュナの弟子筋にあたる中観派の学僧たちは、ナーガールジュナの論理を発展させたものを武器にして、明確にバラモン教の諸学派が主張する実在論を批判対象としています。↓

 6世紀のバーヴァヴィヴェーカ(中観派の学僧)によるナーガールジュナの著作の注釈書で、古代ヒンドゥー(バラモン教)諸学派が主張するアートマン説を批判
http://blogs.yahoo.co.jp/raccoon21jp/37331522.html
 ヴァイシェーシカ学派及びニヤーヤ学派とバーヴァヴィヴェーカとの論争
http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/jspui/bitstream/2237/21023/1/SAMBHASA-06-5.pdf
 7世紀のチャンドラキールティによるアートマン批判
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/11/2/11_2_722/_article/-char/ja/

 こうした中観派の実在論批判を含めて、始祖である“ナーガールジュナが批判した実在論“と省略した書き方をしてしまいました。

<太田>

 どうも有難うございました。
 いささか短絡的に整理すれば、仏教の空の思想、と、ヒンドゥー教の実在論ないし不二一元論、とは論理的に相いれないのに、この二つを習合させた結果が、東南アジアにおける仏教もどき、や、日本におけるオウム真理教、による虐殺事件である、ということになりそうですね。

<太田>(ツイッターより)

 「…朝鮮人だけが日本軍慰安婦として連れていかれたわけではない。朝鮮人の少女が最も多かったが、日本<人>…女性たちもたまにいた。…<日本人女性>は自分が何をしに来たのか理解していたが、朝鮮人少女たちは分からないようだった。…」
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/04/28/2015042800962.html
 この記事を書いた女性東京特派員はエライ。
 慰安婦にも日本人がいて、彼女達は慰安婦とは何たるかを知っていて自発的に慰安婦になったことを書いたんだもんね。
 「…韓国が2年以上にわたり、日本の歴史問題の追及にこだわっている間に、中国と日本は最近首脳会談を行った。
 韓国の外交が、現在北東アジアで起こっている大国間の力関係の変化を十分に読み解き、賢明な対応をしているという信頼感を国民に与えているのかどうか、心配でならない。」
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/04/28/2015042800707.html
という社説も立派だが、朝鮮日報、こんな記事↓はもうやめな。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/04/28/2015042800704.html

<UxUht8LY>(「たった一人の反乱(避難所)」より)

≫日本のマンガは、戦後、ディズニーや米国のコミックの影響を受けて出現したと・・・いう理解で正しいのかねえ。誰か教えて。≪(コラム#7629。太田)

 浮世絵からマンガへ
http://home.c01.itscom.net/a-hakken/Fumikura-02-Ukiyoe-Manga-1.html

<太田>

 こいつは面白い。(以下、⇒は唯一の因果関係、→は因果関係の一つ、を示す。)
 浮世絵→欧州のグラフィック・アーツの確立⇒ディズニーや米国のコミック→マンガ、というわけですか。
 但し、マンガの成立には、浮世絵→欧州のグラフィック・アーツの確立→日本のグラフィック・アーツの確立→マンガ、ないし、浮世絵⇒劇場看板・紙芝居等→マンガ、という因果関係もある、とね。、

<太田>(ツイッターより)

 カトマンズ空港が大混雑で軍用機優先になっていることから日本の国際緊急援助隊がバンコクに引き返した。
http://www.asahi.com/articles/ASH4X2T7DH4XUHBI009.html?iref=comtop_6_03
 しかし、英国の国際緊急援助隊は既に現地で活躍中で、今後英軍用機で物資搬入も予定している。
http://www.bbc.com/news/uk-32492017
 英・ネパール間には、グルカ兵提供協定に象徴されるところの、英領インド時代以来の特殊関係があるが、日本の外務省の、事前情報収集能力のお粗末さや、民航機、とりわけ、タイ航空機の使用決定、等、反省点が多々ありそうだ。
 もとより、受け入れ側のネパール政府の優先順位の判断も狂っているが・・。
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太田述正コラム#7632(2015.4.28)
<『日米開戦の真実』を読む(その7)>

→非公開