太田述正コラム#7336(2014.12.1)
<ジョン・グレイによるフクヤマ等の論駁>(2015.3.18公開)

1 始めに

 フクヤマを叩いた「同じ声で吠え続けることしかできないフクヤマ」シリーズを最近終え、また、トゥームズの新著のさわりを肯定否定ないまぜに紹介する「新イギリス史」シリーズが現在進行形ですが、主として前者に係る、しかし、後者にも一部係る、あのジョン・グレイ(John Gray)<(コラム#3218、3676、4242、5249、6076、6447)>によるコラム
http://www.bbc.com/news/magazine-30243590
(11月30日アクセス)に遭遇したので、そのさわりをご紹介し、私のコメントを付すことにしました。

2 フクヤマ等の論駁

 「私は、マーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)の急進的実験が、早晩、諸緩衝物にぶち当たるであろうことを自覚した瞬間について鮮明な記憶を有している。・・・
 <当時、>人々が執拗に主張していたのは、「考えられないことを考え」て、市場諸力を公共諸サービスや社会全体へと範囲(reach)を拡大することだった。・・・
 1970年代末には、英国は、破産寸前になり、IMFの融資によって助けられた<、という状況であったことを想起して欲しい>。・・・

⇒このくだりを、「ここでは典拠を示しませんが、サッチャー政権より前までは、イギリスないし英国が衰亡しつつあったことは間違いありません」(コラム#7334)の典拠に代えさせていただきます。(太田)

 1980年代末には、かつて異端であったものが正統として桂冠され<ることになっ>たのだ。・・・
 サッチャーによる諸政策に賛成の人も反対の人もいるだろうが、彼女が権力の座にあった大部分の期間、しばしば想像されたよりも、彼女は、より実際的(pragmatic)であって、ある観念ないし理論が求めるからという理由だけで何かをやるといったことは殆んどなかった。

⇒サッチャー政権時代に始まるイギリス(英国)経済の再活性化は、サッチャリズムによるものではなく、サッチャリズムの呪文によって、人々の気分が明るい方向に一新し、自ずから景気を良くしたことによるものだ、とグレイは示唆しているわけであり、私も同意です。(太田)

 自由市場シンクタンクのイデオローグ達が、彼女に人頭税(poll tax)<(注)(コラム#3467、3469、7149)>の諸意義(virtues)を吹き込み、彼女は<珍しくも>理論一辺倒の思考が彼女を導くことを受け入れたのだが。それが彼女の失権の端緒となってしまった。

 (注)英国のアダム・スミス研究所(Adam Smith Institute)の2人の学者が提唱し、1989年に導入された。それまでの家屋の価格に応じて支払う税から、家屋に住んでいる人の数に応じて支払う人頭税への変更は、(低所得者に対する軽減税率適用はあったが、)税負担の富者から貧者への転換であると受け止められ、猛烈な反対運動が起こった。これで倒れたサッチャー政権の後継のメージャー政権は、人頭税を廃止し、事実上、元の税制に戻した。
http://en.wikipedia.org/wiki/Tax_per_head

 皮肉なのは、四半世紀近く前に彼女の政府におけるキャリアを終わらせたところの諸観念が、爾来、<世界の>政治を形作ってきたことだ。
 <その後、>資本主義は、諸危機へと急に傾き、いまだ回復していない。
 にもかかわらず、自由諸市場のすり切れたイデオロギーが我々の現在の指導者達の世代<の人々の間>での枠組みを定め、彼らはその枠組みの下で引き続き考えたり行動したりしているのだ。・・・
 <この>新しい正統性が支配的となっているのは国内諸政策においてだけではない。
 反共産主義的であった1980年代においても、ソ連の倒壊に現実的可能性があると思っていた人は殆んどいなかったけれど、<いよいよソ連の>崩壊が<現実に>起こるや否や、それは不可避的なものである、と見られるに至った。
 <そして、>ロシアは、民主主義を採用し、自由市場を抱懐する、という形で欧米に加わるだろう、と我々は<欧米の指導者達によって>保証された。
 かの国の歴史についてわずかの知識のある者なら誰でも、最初から、そうはならないことを知りえていたはずだ<というのに・・>。
 ロシアには民主主義的政府の諸伝統はなかったし、その経済の多くは軍産複合体斜陽産業地帯(rustbelt)<といった趣>であり、資本主義は犯罪や非道徳性と同定されていた。
 <このロシアで、>社会的に攪乱的な経済的「衝撃療法(shock therapy)」を推進した欧米諸政府は、共産主義からの遷移を、本来必要であった程度よりも困難にしたわけだが、<いずれにせよ、>ロシアがその特異にして悲劇的な歴史を逃れる術はなかったのだ。
 しかしながら、当時は、歴史などどうでもよい(irrelevant)、とみなされていた時代だった。

⇒以上についても同意です。(太田)

 <もっとも、>全員が、米国の学者のフランシス・フクヤマの歴史は終わったという理論を一気に呑み込んだ、というわけではなかった。
 <意外や意外、>サッチャーはこ<のフクヤマの説>のことを聞かされると、「<歴史の終わりじゃなく、>ナンセンスの始まりだわ!」と返答したとされる。・・・

⇒サッチャーはサッチャリスト・・厳密にはフクヤミストとイコールではありませんが・・ではなかったということです。(太田)

 フクヤマは、彼のこの論文を今年振り返ったが、もともとの自分の議論は理想主義的に過ぎたかもしれないと述べ、しかし、「いつの日にか自由民主主義を超えるような、…より高い、より良い範例は存在」しない、と言い張っている(maintained)。・・・
 <振り返ってみれば、>冷戦なるものは、いつの日にか結末(conclusion)へと到達するであろうところの、歴史的例外(anomaly)だった。
 それとは対照的に、我々の<現在生きているの>は、その多くが解決される兆候を見せていないところの、複雑にして根深い諸紛争で蜂の巣のようになっている(riddled)世界だ。
 <その世界では、>ナショナリズムと宗教が強力な諸力として再活性化し、地政学的諸緊張が募りつつあり、帝国が再発明されつつある。・・・
 <ちなみに、>地政学とは、天然諸資源のコントロールを確保しようとする闘争だ・・・。・・・

⇒以上についてもまた同意です。(太田)

 <とにかく、>歴史は、何らかの結末へと到達するような物語ではないのだ。」

⇒私が、フクヤマと違った意味ではあるけれど、人間の歴史に終わりはある、という考えであることはご存知の通りですが、遺伝子操作や情報処理機器の体内埋め込み等ができるようになり、人間そのものが変容してしまえば、当然、また異なった歴史が展開することになるでしょうね。(太田)