太田述正コラム#7318(2014.11.22)
<同じ声で吠え続けることしかできないフクヤマ(その6)>(2015.3.9公開)

 (4)米国

「フクヤマは、世界が米国のイメージによって鋳造し直されることを信じてもいなければ望んでもいない。
 「米国の経済は、奇跡的な革新の源泉であり続けるだろうが、米国政府はインスピレーションの源泉には全くなりえない」と。
 政治的朽廃は、米国において、他の殷賑を極めている民主主義諸国においてよりも進行している。
 というのも、後者は、変化しつつある諸事情に適応する能力を指し示してきたからだ。
 しかし、これ<解決するの>は米国人達にとっては困難だ。
 なぜなら、彼らは自分達の憲法を「準宗教的文書と」見なしており、建国の父達に疑問を呈することは、それがいかなるものであれ、涜神である<と彼らは受け止める>からだ。」(B)

 「フクヤマは、合意形成的な諸政府と強力な諸国家との間にはしばしば緊張関係が生じると主張し、ハンティントンに同意する。
 「民主主義が近代国家に先行したところの、<米国を含む>これら諸国は、近代的諸国家を絶対主義の諸時代から相続した諸国に比べ、高品質のガバナンスを達成することに、より大きな諸問題を抱えてきた」、と彼は記す。
 彼によれば、この葛藤(conflict)こそが米国を悩ましている諸問題を説明するのだ。
 すなわち、米国人達は、かくも強力な政府不信、しかし、かくも強健な(robust)民主主義的体制を抱えているので、彼らは、その諸義務を効果的かつ独立して遂行するであろうところの、国家を欠いているのだ、と。・・・
 この<難問の>解答は不可能の領域に所在する。
 すなわち、<米国が、>統合された(unified)英国型の議会制度に切り替えることだ、と。
 <しかし、>フクヤマは、<上出の理由から、>かかる解決策は「想像すらできない(inconceivable)」だという。」(C)

 「過去数十年にわたって、米国の政治的発展は、後戻りしてきたのであり、その国家は弱体化し、より効率的でなくなり、より腐敗してきた、とフクヤマは言う。
 一つの原因は、次第に募る経済的不平等と富の集中であり、それらは、選良達に、大いなる政治的力を買収して自分達自身の諸利害を一層推進するべく制度を操ることを許したことだ、と。
 もう一つの原因は、米国の政治的諸機関(institutions)の諸利益集団にとっての浸透性(permeability)であり、これが「集団的に全体としての公衆を代表してはいない」諸派の勢揃いを許し、不釣り合いに大きい影響を政府に行使させていることだ、と。
 その結果は悪循環であり、米国の国家が主要な諸挑戦に下手糞に対処し、それが公衆の国家に対する不信を増幅させ、それが国家が諸資源と権威を奪われることへと導き、それが国家の一層下手糞なパーフォーマンスへと導く。
 このサイクルが、<米国を一体>どこに導くかは、恐るべき物知りのフクヤマでさえ予測するこはできないが、それが良い場所ではないことを言っておくだけで十分だろう。
 そして、彼は、米国の諸問題が、「EUの拡大と各国家の諸首都からブリュッセルへと政策形成<場所>が移行し、…全体として欧州システムが米国のそれに似ている度合いが次第に募っているところの」欧州を含む、他の自由民主主義諸国に関してもその特徴<たる諸問題>に次第になるかもしれないことを恐れている。」(A)

⇒ここまで読んでこられて、かねてから、私が指摘しているところの、米国への過剰適応をフクヤマが脱しつつある、と思われた方もおられるかもしれませんが、その正反対なのです。
 フクヤマが、冷戦終焉時に自由民主主義イコール米国の政治経済体制の勝利による歴史の終わりを唱えたのも、その時点での米国民の圧倒的多数の意識を雄弁に代弁したに過ぎなかったところ、彼は、この本(ないしこの連作)では、対テロ戦争に苦戦を続け、金融危機を契機とする経済停滞に苦しめられ、経済的格差の増大に苛立たされ、政府、就中議会の無能・お荷物化に絶望させられている、昨今の米国民の圧倒的多数の意識を雄弁に代弁しているに過ぎないからです。
 (一つだけ目新しい点は、米国の政治システムのイギリス(アングロサクソン)化を彼が推奨している点ですが、米国の知識人の間では、現在、潜在的に広く共有されている見解である、と私は推察しており、彼のオリジナルであるとは思いません。)(太田)

(続く)