太田述正コラム#7290(2014.11.8)
<米国知識人のロシア認識(番外編)>(2015.2.23公開)

1 始めに

 本日、NYタイムスで、表記に関わる記事2つに遭遇したので、それぞれのさわりをご紹介するとともに、簡単な私のコメントを付すことにしました。

2 米国知識人の憤激

 「・・・プーチンは方向転換をし、ロシアのナショナリズムに点火した。
 これは、恐らく、21世紀における最大の戦略的豹変(volte-face)であり、巨大でかつまだ殆んど消化できていない諸示唆を伴っている。

⇒これは、冷戦時の感覚を引きずっているため、欧州「戦域」ないしロシアを重視し過ぎているところの、米国の知識人なるがゆえのロシアの誇大評価です。
 私見では、中共において、トウ小平以来の日本文明継受戦略が、今や、(経済面に引き続き、)政治等の非経済面にも拡大された形で遂行されるに至ったことこそ、今世紀における最大の戦略的豹変なのです。(太田)

 アジアへと旋回(pivot)したのは、オバマ大統領よりも、はるかに、プーチンだったのであり、今年の中共との4,000億ドルの天然ガス契約がそれを示唆している。

⇒プーチンの欧米離れ、という趣旨でこのコラムニストは「アジアへ<の>旋回」と言っているわけですが、私見では、プーチンは、プロト欧州文明志向なのであって、英米離れであることは間違いないものの、欧州離れとは必ずしも言えないので、どちらかと言えばその逆なのです。(太田)

 彼は、ロシアの発展の魅力源(magnet)として、欧米への関心を失い、欧米を、むしろ、ロシアが自らそれとは対照的なものとするところの、欠陥のある弱肉強食的(predatory)な文明と描写している。・・・
 ハーヴァード大のケネディー・スクール助教授のカール・カイザー(Karl Kaiser)は、最近彼が参加したロシアの外交政策専門家達との諸会合における最も驚くべきことの一つは、クリミア併合に対する、欧米のロシア政府に対する諸経済制裁は、ロシアにとって、有難いことに、その発展に係る、より自給自足的なモデル採択に向けての有益な刺激たりうる、という彼らの確信だった、と私に伝えた。
 「実際、それはぞっとすることだ」と彼は言った。・・・
 <こういったロシアに対し、>米国政府内では、憤激(exasperation)の様相を呈している。・・・
 <ところが、>欧州では、ドイツが<対露>諸経済制裁賦課に関して中心的役割を演じたとはいえ、その雰囲気はどちらかというと異なる。
 <というのも、>欧州のロシアとの貿易は米国のそれとは比較にならないくらい大きい<からだ>。
 <とりわけ、>ロシアはエネルギーの<欧州への>決定的供給者だ。
 深いレベルにおいて、大部分の欧州人達はその大陸の長期的安全保障は、ロシアと敵対するよりは、ロシアと手を携えることによってのみ確保されると感じているのだ。・・・」
http://www.nytimes.com/2014/11/07/opinion/roger-cohen-russia-pivoting-to-asia-defines-itself-against-the-west.html?ref=opinion

⇒欧州自身、プロト欧州文明回帰への趨勢にあるがゆえに、プーチンが志向しているものと方向性を共有している、ということが、このコラムニストを含め、米国の知識人達には全く分かっておらず、彼らは、欧州のプーチンに対する微温的姿勢に首をひねり、この種の経済安全保障的な説明を行うことで、かろうじて自分達自身を納得させているわけです。(太田)

3 プーチンのプロト欧州文明志向に賛同するハンガリー

 「・・・今年の夏の演説の中で、<ハンガリー首相の>オルバン(Orban)氏は、自由民主主義は衰亡しつつあると宣言し、専制主義的な「非自由民主主義諸国」たるトルコ、中共、シンガポール、そしてロシアを称賛した。・・・

⇒トルコは原理主義的イスラム教国化しつつあり、中共は日本文明を継受しつつあり、シンガポールは(香港同様)基本的に英領植民地時代そのままであり、ロシアはプロト欧州文明化しつつある、とそれぞれ、「専制主義」の中身が全く異なることを、オルバンが自覚しているとは思えません。
 しかも、ロシアに至っては、天然ガスや広義の武器の一部を除き、競争力のある産業を有しておらず、欧米等による経済制裁もあり、その経済の将来に展望はありません。
 ハンガリーにもまた、ハンガリー人がフン族の相続者と称してきた歴史
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%B3%E6%97%8F
にも鑑み、仏教や日本の人間主義に注目せよ、と教えてあげたいところです。(太田)

 欧米の民主主義諸国は、「恐らく今後の数十年の間に全球的競争力を維持することができなくなり、自分達自身を顕著に変えることができない限り、彼らの存在感は小さくなる(scaled down)だろう」とオルバン氏はその演説の中で言ったのだ。・・・
 ハンガリーは、「欧米によって採用されてきた諸ドグマや諸イデオロギーとの関係を断絶する」だろうし、その代わり、「今後の数十年の全球的大競争において競争力を有する」であろうところの、「新しいハンガリー国家」を建設するだろう、と言った。
 そのヴィジョンを実現するには、諸NGO、EU、そして、外国の貸し手達や投資家達等の外部諸力に対してより強い諸姿勢が求められるだろう、と彼は言った。

⇒このあたり、オルバンがプーチン同様、プロト欧州文明回帰を目指している、と私には見えます。(太田)

 つい最近の2008年時点では、オルバン氏はプーチン氏の激しい批判者だった。
 しかし、今やトーンは変化し、この二人は友好的となり、ロシアは大いにハンガリーに投資しつつある。・・・
 その結果、ハンガリーは、ルーマニアやブルガリアのような諸国が専制的経路を辿るよう誘うところの、「東欧における範例(role model)として機能(serve)することができる」、と彼は付け加えた。・・・

⇒ルーマニアにはハンガリー(マジャール)人が140万人以上居住しており、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%AB%E4%BA%BA
また、ブルガリア人の先祖であるブルガール人の文化はフン族の文化と類似性がある
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%B3%E6%97%8F 前掲
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%AB%E4%BA%BA
ことが、オルバンの年頭にあるのではないでしょうか。(太田)

 オルバン氏の最も辛辣な批判者達も、彼が反対者達を沈黙させることにかけては、プーチン氏の足元にも及ばないことは認めている。
 <実際、>政府を批判したとして牢獄にぶち込まれた者は一人もいない。
 公然たる検閲も行われてはいない。
 最近の、提案されたインターネット税に反対する大衆諸抗議は実行することを認められ、最終的にはオルバン氏が引き下がらされて終わった。・・・

⇒ロシア以上に、ハンガリーでは、国民の間に、英米的なもの・・個人主義/資本主義・・への嫌悪感が蔓延している、ということでしょう。
 このようなコンセンサスが成立していて反対派が極めて小さいため、弾圧や検閲の必要がない、というわけです。そのことは、以下の記述が裏付けています。(太田)

 ラズロ・マガス(Laszlo Magas)は、1989年に、オーストリアとの国境のソプロン(Sopron)で汎欧州ピクニックを組織するのに協力したが、それは、ベルリンの壁に最初の致命傷(death knell)を与えた。
 <当時、>何百人もの東独人達が、その機会を利用して、かつて閉鎖されていた、その国境を越えて外に出た。・・・
 そのマガス氏は、外国人達はこの国のことが分かっていないと言い、政治について語ることを完全に拒否した。
 欧米のニュースメディアは、今日のハンガリーでは極小でしかないところの、オルバン氏の反対者だけを探す、と彼は言う。」
http://www.nytimes.com/2014/11/08/world/europe/viktor-orban-steers-hungary-toward-russia-25-years-after-fall-of-the-berlin-wall.html?hp&action=click&pgtype=Homepage&module=second-column-region®ion=top-news&WT.nav=top-news&_r=0