太田述正コラム#7272(2014.10.30)
<アングロサクソン文明の至上性を疑問視し始めたイギリス(その7)>(2015.2.14公開)

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<本シリーズの中断・再開について>

 本シリーズを中断したのは、紹介している書評の原文が、ミシュラのものと同様、衒学的で分かりにくく、コラム#7260の場合、「慣れている<欧米の>人々にとって」の<>内に何を入れるべきか、前の方から何度も読み返しつつ10分間ほども考えさせられたこと、そして、それに続く箇所を、なんだかずっと前の箇所とダブっているなあと思いながらも、数行訳したところで、実は原文が乱丁で、数十行ほども、ずっと前の箇所が繰り返されていることを発見し、とりあえず、その日、続ける気持ちが萎えてしまったからです。
 そこで、急遽、愛知和男について、雑談的な話でお茶を濁すことにしたところ、翌日からも、気分直しに、別の(ミシュラによる)コラムを紹介・批判するシリーズに転じた次第です。
 そのミシュラのシリーズが終わったので、再び本シリーズに戻ることにしたわけです。
 衒学的なコラムは、ざっと全体を読んだ上で、重要な箇所だけを何箇所か抽出することが困難であり、頭から、順次、丁寧に読んでいくしかありません。
 というわけで、本シリーズについても、既にそうなってしまっていましたが、殆んど飛ばすことなく、邦訳して行こうと思っています。 
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21世紀には、社会主義や資本主義という欧米の諸イデオロギーを通じた普遍的進歩という古い魔法(spell)は決定的に破壊された。
 炎に包まれた世界に我々が恐れ戦き茫然としている(appalled and dumbfounded)とすれば、それは、我々が、西でも北でも、そして、同様、東でも南でも、諸虚栄心と諸幻想の下に生きてきたからだ。
 アジアとアフリカの諸社会は、欧州と同じように、経済成長が加速するにつれて、より世俗的にして手段的に(instrumentally)合理的になる、また、社会主義が死んで埋葬された今、自由諸市場が迅速な経済成長と世界全域の繁栄を保証するであろう、という諸虚栄心と諸幻想の下に・・。 
 ヘーゲル主義が倒置されたところの、これらの諸幻想が、常に纏っていたところのものは、居住まいを正さざるをえない(sobering)諸事実だった。
それは、欧米の「進歩」の動態と特定の諸様相は、非欧米において、複製されたり正しい順序に並んだりはしないし、複製したり並べることなどできない、という諸事実だ。
 少なくて相対的に均質な人口、或いは、余剰人口を兵士達、商人達、及び、宣教師達、として外国に送る能力、といった、19世紀における欧州の成功を可能にした諸条件が、アジアとアフリカの、人口が多くて人口密度の高い諸国においては欠けていたのだ。
 更に言えば、バジル・デーヴィッドソン(Basil Davidson)<(注11)>が『黒人の重荷--アフリカと国民国家の呪い(The Black Man’s Burden: Africa and the Curse of the Nation-State)』の中で主張したように、帝国主義は、<非欧米が、>欧米型の経済発展を追求する諸資源を奪ったのだ。

 (注11)1914〜2010年。英国の歴史学者、著述家にしてアフリカ研究者。エコノミスト誌記者、MI6諜報員を経て、先の大戦時にも諜報要員として活躍。
http://en.wikipedia.org/wiki/Basil_Davidson

 帝国主義は、存続できる政治諸単位や社会諸構造を何世紀にもわたって発展させてきた諸社会の上に破滅的な諸イデオロギーや諸制度をも押し付けたのだ。
 今日に至ってもなお、無謀にも世界全域に輸出されているところの、欧米が成功を収めた諸公式が、<非欧米で>多くの目に見えない苦しみを惹起し続けてきた。
 19世紀の植民者達にとって、無限の諸資源を有した諸国において正しいぴったりの衣服であったかもしれないものによっては、貴重な諸商品や諸資源の探求にあたって、彼ら自身の諸領域に植民し彼ら自身の土着の人々を家や土地から引き剥がす(uproot)ことしかできなかったところの、インド、支那、その他、の近代世界への遅れた到着者達は、安定した未来を確保することなどできなかったのだ。
 その結果は、終わることなき諸叛乱と対諸叛乱、諸戦争と諸殺戮、インドにおける毛沢東主義諸ゲリラやチベットにおける焼身自殺する僧侶達、雇用不能な若者における過激主義諸組織に魅力を覚える度合いの増進、そして、成功を収めた近代性の中心と彼らが見る地への危険多き旅を行う何千もの切羽詰まったアジア人達やアフリカ人達を刺激するところの、終わりなき艱難、といった奇怪な諸アナクロニズムと珍しい諸出来事だ。
 工業資本主義の不可抗力性(juggernaut)の下で非欧米世界の宗教が消滅することに失敗したことや自由民主主義が新しい諸中産階級の間で最も熱心なサボタージュ者達を見出すことに、驚くべきではあるまい。
 西欧と米国の政治的・経済的諸制度や諸イデオロギーは、僧侶の権威への諸叛乱、産業諸革命、植民地征服を通じた資本主義強化(capitalist consolidation)、といった、他の地域では起こらなかったところの、特定の諸出来事、によって鍛造されたのだ。
 だから、<非欧米においては、>イスラム教、ヒンドゥー教、ユダヤ教、及びロシア正教だけでなく、仏教のような最も静かな諸宗教を含む、公的宗教は、今や、国家権力から切り離されるというよりは、国家権力と次第に、より同盟するようになりつつある。
 中産諸階級は、インド、タイ、トルコ、或いはエジプトであれどこであれ、法の支配や社会的正義よりも、専制的指導者達や、軍服を着た独裁者達(despots)へのより大きな選好を示しているのだ。
 <更に追い打ちをかけるように、>今年の夏の<Isisの>諸残虐行為は、欧米の政治及びメディアの選良達を気絶させるほどの当惑へ沈ませたところだ。

(続く)