太田述正コラム#7248(2014.10.18)
<2014.10.18東京オフ会次第>(2015.2.2公開)

1 始めに

 本日は、私を除いて、8名が出席する予定であったところ、HNさんが、よんどころのない事情で急に参加できなくなって7名となり、うち、6名が二次会に参加されました。
 市民セミナーのスライドづくりでもお世話になった、TAさんは、バイクで遠方からのご参加でした。
 また、昨日、ディスカッションに登場したHMYさん(女性)は、初参加でした。

2 私の「講演」

 1430〜1700前の間、上記スライドを一渡り全部解説する形の話をしました。
 (この間、適宜、質問時間をとりました。)
 その中で、既にこのコラムで、公開しているところの、1〜5回目のレジメのどこにも出てこない話も若干はしたのですが、そのうち、大きいのは次の2点です。
 
 一つは、戦争嫌いのはずの縄文人が、実は、武士の起源であったということです。
 この話は、俘囚に関する日本語ウィキペディアを見ると、詳しく載っています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%98%E5%9B%9A
 渡来した弥生人を縄文人は基本的にあたたかく迎えたわけですが、当時、稲作限界が関東地方までだったためでしょうが、東北地方は、縄文人(蝦夷)の世界であり続けました。
 この蝦夷の地を、弥生人(大和朝廷)は、7〜9世紀に征服するのですが、この時、弥生人は、蝦夷から、馬に乗って弓矢(長弓)を使う戦術を学び、ここに武士が誕生するのです。

 もう一つは、どうして、インダス文明が農業に基盤を置く文明であったにもかかわらず、人間主義的な文明でありえたのか、が疑問として蟠っている、ということです。
 この点、何か思い当たる節があれば、ぜひ、ご示唆をいただきたいものです。

2 夕食会

 そもそもは、1週間ちょっと前の段階で、今回の出席予定者が少ないことから、夕食のメインディッシュを幹事団に作ってもらい、それに即席のスープ類や買ってきた簡単なデザートでもって、セミナーを終えた私を慰労しつつ、スライド等作成に関して私を支えた読者に感謝の意を表明しようとしたのです。
 しかし、幹事団が尻込みムードになってきたこともあり、一昨日になって、私は、自分が準備を引き受ける形で、予定通り夕食会をやろうと決め、同時に、省力化の観点から、発想を180度転換させて、スープ類やデザート(の一部)を私自身がつくり、メインディッシュ類は、出来合のものを買ってくることにしたのです。
 自宅(オフ会会場)の最寄りのスーパーでは、原則として20:00以降、売れ残ったお惣菜を半額にして売っており、これまでの東京オフ会では、夕食時に、出席者がこの店に行き、自分の好みお惣菜を正規料金で買って持ち帰るやり方をしていたのですが、私があらかじめオフ会の前日の20:00にこの店で売れ残りのものうち、比較的長持ちしそうなものを、大量に、しかも廉価に購入することで、時間とお金が節約できる、というわけです。
 こうして、昨日、材料やお惣菜等を3軒のスーパーを回って購入して持ち帰り、引き続き、豚の白菜煮(豚肉+白菜+コンソメの素+醤油)を作り、かつ、3箱分の生クリームのホィップ立てをしておきました。
 で、関西居住のshihouenさんが送ってきてくれたもののうち、本日のオフ会の「講演」時には、キビナゴとサラミソーセージをおつまみとして出し、18:30頃から始めた夕食会では、有名銘柄の焼酎を一部出席者に供するとともに、私提供のご飯でもって、上記豚の白菜煮とお惣菜をみんなで分け合って食べました。
 そして、最後は、餡ドーナツに上記生クリームをつけて食べてもらいました。
 結局、かかった経費は5713円であり、これを夕食会参加者7人(この中には私も入っている)で均等負担し、その残りを私が受け取りました。
 (TAさんからは、この夕食会の趣旨に照らし、負担金を受け取らず、私が彼の分をもった形にしています。)
 
(続く)