太田述正コラム#7224(2014.10.6)
<宗教の暴力性?(その1)>(2015.1.21公開)

1 始めに

  彼女の著書である'The Great Transformation: The Beginning of Our Religious Traditions'を以前(コラム#1203で)紹介したことがある、カレン・アームストロング(Karen Armstrong)の新著、『(Fields of Blood: Religion and the History of Violence)』のさわりを、その書評等をもとにご紹介し、私のコメントを付したいと思います。

A:http://www.theguardian.com/world/2014/sep/25/-sp-karen-armstrong-religious-violence-myth-secular
(書評(以下同じ)。9月26日アクセス)
B:http://www.theguardian.com/books/2014/sep/29/fields-of-blood-review-absorbing-study-religion-violence-karen-armstrong
(9月30日アクセス)
C:http://www.telegraph.co.uk/culture/books/bookreviews/11104769/Fields-of-Blood-Religion-and-theHistory-of-Violence-by-Karen-Armstrong-review-questionable-logic.html
(10月2日アクセス(以下同じ))
D:http://www.ft.com/intl/cms/s/0/154f1b1e-4285-11e4-9818-00144feabdc0.html#axzz3Ez0wSfcd
E:http://www.intelligencesquared.com/events/karen-armstrong-on-religion-and-the-history-of-violence/
 (筆者の講演の案内)

 アームストロングは、1944年に生まれた「元カトリック尼僧であり、自分の宗教的信条(creed)を放棄し、仏教から霊感を得つつ、自らを「フリーランスの唯一神主義者(freelance monotheist)」と描写してきた。・・・
 <彼女は、>宗教問題についての、世界の指導的諸評論家の一人だ。
 彼女は、イスラム教、ユダヤ教、及びキリスト教が何を共有しているかを研究し、信仰と主要諸宗教について、また、どのように我々の諸信仰が世界史を形成し現代の諸出来事を駆動しているのかについて、16もの本を著してきた。」(E)

 「彼女は、聖職志望者から新米<聖職者>、更には[1960年代には]公然たる尼僧へと進んだが、[1969年に]英語学を学ぶためにオックスフォード大・・・に入学した。
 優等の成績で(with a Congratulatory First)卒業し、彼女は大学の委員会によって承認された題目(topic)について、論文を執筆した。
 しかし、彼女の部外審査員が、この題目が不適切(unsuitable)であるとして、この論文は、不合格とされた。・・・
 それは、彼女が、側頭葉てんかん(temporal lobe epilepsy)とまだ診断されていなかった、根治できない病に苦しめられた時期でもあった。
 [結局、彼女は、1982年にフルタイムの著述家兼放送人になって現在に至っている。]」
http://en.wikipedia.org/wiki/Karen_Armstrong ([]内はEによる。)

2 宗教の暴力性?

 (1)序

 「彼女は、この本の最初の部分で、(素晴らしいギルガメシュの叙事詩で不朽化された)シュメールから始まり、アッシリア、エジプト、ギリシャ、ゾロアスター、ヴェーダ、そして儒教、西側の(western)キリスト教の礎石、ユダヤ諸宗教に至る、古代の諸宗教についての説明を行う。・・・

→ガーディアン掲載の書評の書評子は、この中に、アームストロングご執心の仏教を列挙しなかったこと、キリスト教・・生まれたのが現在のパレスティナであり、当初は中東・地中海地域全域に普及した・・を「西側の」宗教と形容したこと、だけで失格であると言うべきでしょう。(太田)

 彼女の論考の命題(thesis)な成分(strand)は、最近に至るまでは、宗教は、人々の政治的・社会的生活と分かつことができないほど縒り合されていた、ということだ。・・・
 <つまり、>前近代世界においては、宗教は、生活のあらゆる諸側面に浸透(permeate)していた、というのだ。」(B)

→この本のテーマは宗教と暴力性なのですから、この書評子は、このくだりで、暴力性の問題に少なくとも言及すべきでした。(太田)

(続く)